第22話 戦闘後
ギルド内、冒険者のほとんど。
そしてシエル、僕。
今僕達の目の前には、鬼がいます。
「ねえ、あの壁は誰が直すのかしら? いくらかかると思ってるの?」
鬼の名前は、カリナ・クルーム。シエルのお姉ちゃんである。
あれ、僕の幻覚だよね? 頭になんか二本くらいツノが生えてる気がするんだけど。
僕達は鬼の前で、正座をさせられている。
二十人くらいの男達が一人女性の前で正座をしているのは、なかなか変な光景だ。
「ま、待ってくれギルド長。これはあの、深いわけが……」
「黙りなさい、ゴミ」
「すいません」
さっきまで僕と前線で戦っていた男の人が、一瞬で撃沈した。
あの人この中で一番強そうなのに……。
僕の身体が炎だとわかった瞬間、水魔法という手を思いついていた。
実際、この身体に水が効くのかは僕にもわからない。
だけど、誰もがこの炎の身体を見て無理だと思ったのに、一人だけすぐに次の手を考えて行動していた。
ここに二十人くらい冒険者達がいるけど、一番ベテランなのかもしれない。
「オルヴォさん、貴方はここで戦闘したら建物、さらに街の人に迷惑になるってわかりますよね? なんでしたんですか?」
「だから、この魔物が……」
「言い訳は聞きたくありません」
「はい、すいません」
ベテラン冒険者の人はオルヴォ、という名前らしい。
何かを言おうとしたら、またもや沈没させられる。
というかカリナさん、今理由を聞いたんじゃないの?
オルヴォさんが話そうとしたらそれを聞かないって、なんか理不尽じゃない?
「キョースケ君? 君も何か言いたいことがあるのかな?」
「キョ!? キョ、キョー!」
いきなりとても綺麗な、そして怖い笑顔でそう言われて僕は慌てて首を振った。
なんで僕が何か言いたいとかわかるの!? エスパーなの!?
「では、あの壁の修理代はここの方達の依頼報酬から出させてもらいます」
「はぁ!? そりゃないぜギルド長!」
「そうだ! 俺達は何もしてねえよ! 悪いのはその魔物と吹き飛ばされた奴だろ!」
二十人の冒険者の何人かがそう声を荒げて言う。
この人達は僕と戦おうと武器を構えた人達で、特に何もしてはいない。
あと、僕が吹き飛ばした人は壁のところから救出されて、ギルドの隅っこの方でまだ伸びている。
「あら、何か文句があるのかしら? この私に? ある人はどうぞ、言ってください。今後どうなるのか、覚悟の上でお願いしますね」
……やっぱり、頭にツノが二本生えてるよね、あれ。多分、皆見えてると思う。
その後、鬼と化したカリナさんに何かを言った者はいなかった。
集まった冒険者の人達に、僕が魔物だけどしっかりと調教されていて、魔獣登録をするということを説明した。
冒険者の人達は最初は信じられずに不満を言っていたが、オルヴォさんが、
「そいつは俺達の言葉を理解しているぞ。しっかり調教されていて、黒雲の影響を受けていないんだろう」
と言ったら、渋々他の人達は納得してくれた。
やっぱりこの中でもベテランで、信頼されている人なんだろう。
というか僕が言葉を理解してることをわかっていたのか。
まあ、この人が水魔法を使う人を探して見つけた瞬間に僕が攻撃したから、言葉を理解してるって推測できるのは当然かな。
見た目は三十前半ぐらいの歳で、黒髪のお兄さんって感じ。
無精髭が似合っていて、無造作に散らかっているような髪もワイルドでカッコいい。
彫りが深くて、革の鎧の上からでも筋肉が盛り上がっているのがわかる。
そして冒険者の人達がここから離れて、騒ぎが起こる前の冒険者ギルドへと落ち着いていった。
「すまんな、いきなり斬りかかっちまって。もう五年くらいか、黒雲が出てきてから魔獣登録なんてしてる奴を見たことがないからな。お嬢ちゃんも悪かったな」
「いえ、大丈夫です。キョースケも無事でしたし」
「キョー」
気にしてない、といった意味をこめて鳴く。
「ぷっ……! 変な鳴き声だな、あんな強いのに」
笑われた。
くっそー、僕だって気にしてるのに……!
「キョー! キョー!」
「はっはっは! 悪かった悪かった!」
怒って鳴き声を上げるが、笑いながら謝られても全く謝罪の意が伝わってこないぞ!
僕の頭を笑いながらオルヴォさんは撫でていたが、急に真面目な顔になる。
「触れるんだな。別に熱くもないし。なんでこいつ、俺が剣で切ったとき炎になったんだ? どういう仕組みなのか全くわからん」
ああ、そういうことか。
うん、僕もわからん。
自分がなんで炎になるのか、攻撃された時になぜ無意識に炎の身体になるのか。
もうこの身体と長く付き合ってきたから、そういうものとしか言えない。
僕にとっては、人はどうやって息をしているの? という質問みたいなものだ。
「キョ、キョー」
「キョースケがわからないって」
「そうなのか。ん? 言葉わかるのか?」
「はい、わかります」
「ってことは、契約してるのか!?」
オルヴォさんは目を見開いて僕とシエルを交互に見る。
「へー、若いのによくやるな。しかもこの魔物、結構強いだろ」
「はい、契約してから私の力が上がったくらいです」
「すげえな、普通は魔物の方が力が上がって、人間の方は数日気怠いのが続くらしいんだがな」
そうなんだ、じゃあ僕もこの気怠さはあと数日の内に治るのか。
「ん? 待てよ、ってことはさっきの戦いはこいつ、その気怠さの中でやってたってことなのか?」
「そうですね、今日契約したので」
「マジかよ、こいつどんだけ強いんだよ……」
おっ、褒められた。
まああの黒いドラゴンを倒したからね。強くなってるのはわかってたけど、他の人に認められるとなんか嬉しいな。
「キョ、キョー」
「多分褒められてないよ、キョースケ」
「キョ!?」
「褒めてねえよ」
なんで!? 強いって言ってくれたじゃん!
「キョースケ君? 私がいない一瞬の間に、よくもあれだけの騒ぎを起こせたものね」
「キョ!?」
えっ、僕!? だって襲われたんだから、しょうがないでしょ!
前世の頃もほら、なんか自衛権とかあって、先にやってきたらやり返していいよみたいなのあったよ! あったよね?
「シエルちゃんも、今度から相棒になるんだからしっかりしなさいよ!」
「えっ、私も?」
「自分の魔獣が悪さをしたら、当然その登録者に責任があるんだから!」
「うっ……はぁい」
「返事はしっかり!」
「はい!」
「よろしい、キョースケ君も!」
「キョー!」
「変な鳴き声ね」
「キョ!?」