第17話 名前
う、うーん……。
突然目の前の女の子が笑い出した。
最初は僕のことを見て怯えていたから、なんとかしようと身振り手振りで「僕は悪い鳥じゃないよ」と伝えてみたけど笑われた。
僕の鳴き声と動きがなんか面白かったようだ。
怯えなくなったのはいいけど、なんか複雑な気分……。
涙が出るほど笑われてる……。
女の子が笑い止むのを目の前で黙って待っていると、ようやく落ち着いてきた。
「ふふふ……ありがとう、鳥さん。助けてくれて!」
おお、僕が助けたということがわかってくれたのか!
笑顔でそう言ってくれた女の子は立ち上がり、僕を見下ろす。
女の子は当然鳥の僕より大きい。
十五か十六歳くらいかな? 笑顔がとても可愛くて、少し見惚れてしまった。
髪は肩にかかる程度の長さで、色が綺麗な青色。
僕の好きな空、そして海をも彷彿とさせる色だ。
目も碧眼で綺麗な色をしている。
髪を染めているような雰囲気はない、元から青色の髪色って感じだ。
地球にこんな青色の髪を持っているような人はいないと思うから、やっぱり異世界なんだなと再認識した。
まあ、炎の身体を持った鳥とか岩を吐くドラゴンとかいるから今更なんだけど。
「えっと、私の言葉わかるのかな?」
女の子は僕に近づくと、目線を合わせるためにしゃがむ。
綺麗な青い目に僕の姿が映っているのが見える。
「キョー」
返事をしたけど、ちゃんと伝わったかな?
「ふふふ」
あ、また笑われた。
「あ、ごめんね笑っちゃって。なんか可愛くて」
うーん、やっぱり複雑。
前世の頃も看護師の女の人とかによく可愛いと言われたけど、男にとってはあまり嬉しくない言葉だ。
ん? そういえば僕、同い年ぐらいの女の子と話したの久しぶりかも。
看護師の人達は僕より皆年上だし、学校には行けなかったから同年代の女の子と話したのなんて本当に少ない。片手で数える程かもしれない。
なんかそう思うと、少し緊張してきた。
うまく喋れなかったらどうしよう……。
「鳥さん? どうしたの?」
はっ、女の子が不思議そうに僕を見てる!
な、なんか喋らないと……!
「キョ、キョー!」
「ふふふ」
……そうだ、僕喋れなかった。
うまく喋るどころか、全く喋れなかったらどうしようもない。
いや、うん、喋れたら逆に挙動不審になっていたかもしれない。
だから喋れなくて良かったと考えよう、そうしよう。
「私の言葉通じるんだよね? わかったら鳴き声上げてー」
「キョー」
「ふふふ、やっぱりわかるんだね」
笑いながらも話しかけてくれる女の子。
「魔物、だよね? ここまでこっちの言葉がわかる魔物っているのかな? レッドバードに似てる気がするけど」
僕を眺めながら独り言のように呟く。
レッドバード、それが僕の種類なのかな?
赤い鳥、そのままだけど僕の姿を見るとその名前が合ってる気がする。
「だけどこんなに鮮やかな赤い色してたっけ? ちょっと小さい気がするし、瞳も赤くなかったような……」
ん? 違うの? どっちなの?
小さいのは多分、産まれたばかりだからだと思うよ。
僕が鳥って認識してからまだ半年ぐらいしか経ってないから。
いや、だけどその半年間全く成長しなかったな。これが大人の大きさなのかな?
大人になってから物心がついた、って感じなのかな?
そういえば人間も三歳くらいから物心がついて記憶していくんだよね。
僕は大人の鳥になってから物心がついたのかな?
だから産まれたと思った時にベッドの周りを見渡しても親鳥とか卵の殻がなかった?
今更考えても遅いけど、どうなんだろ?
そう考えた方が辻褄が合うかも。
それじゃあ、僕はこの先大きくならない?
今でも普通の鳥としてはデカイ方だけど、この異世界だとちょっと小さい気もする。
もう少しデカくなりたいな。
「それに黒雲の影響を全く受けてなさそう。魔物だったら少なからず受けると言われているのに」
こくうん?
なんか聞いた覚えがない単語が出てきた。
こくうん……黒雲?
あ、あの黒い雲のことかな?
あれは黒雲って言うんだ、そのままだね。
黒雲のせいで魔物に影響があるって、どういうことだろ?
どんな影響があるかとか、いろいろ聞いてみたい。
この女の子についていきたいな。
多分女の子は街に戻ると思うけど、そこに僕も一緒に行けばもっといろんな情報がわかるかもしれない。
「キョ、キョー!」
「ん? なにかな?」
僕は言葉は話せないけど、頑張って街に行きたいと伝えてみた。
街の方を翼で差して、翼をバタバタ。
「んー、何か伝えたいの? あっちは……街があるね」
翼で僕を差して、そして女の子を差して、脚をバタつかせて一緒に行こうと伝える。
「で、鳥さん? と私? 二人で、あっちに行くってこと? もしかして、街に行きたいの?」
「キョー!」
その通り、と言うように一声上げる。
「うーん、連れていっていいのかな? 前だったら大丈夫だったんだけど、今は黒雲があるからなぁ。黒雲のせいで魔物が凶暴化しているから、気軽に街に魔物を連れてっちゃいけない感じなんだよね」
ここでも黒雲が邪魔をしてくるか!
「キョー! キョー!」
僕は必死に「悪い鳥じゃないよ!」と言ってみる。
「うーん、鳥さんは大丈夫みたいだけど。お姉ちゃんに言えばなんとかしてくれるかな?」
どうやら連れてっていけるようだ。
「キョー! キョー!」
「ふふふ、嬉しそうだね。わかった、一緒に行こうね」
僕は女の子の肩に乗る。
肩に乗るには僕は少し大きいかもしれないけど、そこは上手く乗る。
僕がいきなり飛んできたことに女の子は驚いていたけど、肩に乗ると安心したようにホッとしていた。
「んー、鳥さんの毛とっても気持ちいいね。頬に当たるところがこそばゆくてなんか気持ちいい」
僕の身体に頬ずりしてくる。
まあ、嫌がってるわけではないから良かった。
「意外と軽いね、鳥さん。あ、そういえば名前教えてなかったね。シエル・クルームだよ、よろしくね!」
シエル・クルーム。多分、シエルっていうのがこの子の名前なのかな。
「鳥さんの名前は? って聞いても答えられないか」
僕の、名前?
そういえば、僕は名前がなかった。
あまり気にしてこなかったけど。
「鳥さんってずっと呼ぶのもなんだから、私が名前つけていいのかな?」
「キョー」
いいよ、と言うように返事をする。
できるだけ変な名前をつけないで欲しいけど。
「んー、鳥さんは男の子? それとも女の子?」
男か、女か? どっちなんだろ?
前世の頃は男だったけど、今の身体はどっちだかわからない。
「男の子だったら右手上げて、女の子だったら左手ね」
そう言われて少し迷ったけど、とりあえず右手を上げた。
本当の性別はわからないけど、前世だったら男だったからね。
今の気持ちとかも男って感じだし。
「男の子か……あ、じゃあ――キョースケ!」
キョースケ……。
「キョー、って鳴くからキョースケ! 良い名前でしょ?」
安直な名付けだけど、良い感じだ。
僕も気に入った。
「キョー!」
「あっ、喜んでる? 良かった!」
僕がこの世界に来て半年。
ようやく、名前がつけられた。