第151話 輪廻へ
そのまま落ちたら大怪我をしていたが、シエルの身体は地面に直撃する寸前に一瞬止まる。
落ちる勢いがなくなってから、地面にそっと置かれるように落ちた。
シエルは何もしていなかった。
破れた窓からシエルを吹き飛ばした張本人、ヘレナが飛び降りてくる。
シエルと同じようにふわっと浮かんで着地をした。
アリシアもいきなりのことに驚いた様子のまま、追いかけるように窓から飛び降りた。
普通に着地をしたので、魔法は使っていない。
アリシアの身体能力なら、魔法を使わずしても二階から飛び降りても着地は容易だろう。
「へ、ヘレナちゃん、やりすぎじゃないっすか?」
「そうでしょうか? 攻撃を仕掛けてきたのはシエル様の方ですから」
「い、いや、そうっすけど、挑発したのはヘレナちゃんじゃないっすか」
ヘレナが「キョースケが生きている」という嘘をつかなければ、シエルはあんなにまで激怒して魔法を使うことはなかった。
「……そうですね、語弊がありました」
ヘレナは倒れているシエルに近づき、頭を下げる。
「申し訳ありません、シエル様。確かにキョースケ様は、死んだのでしょう」
「……」
シエルは何も言わない。
目元に手を当てて、ヘレナの方を見ようともしない。
何も見たくない――黒雲なんて、見たくないというように、目元を覆っていた。
「ですが――キョースケ様は、おそらく生き返ります」
「……えっ?」
その疑問の声は、シエルの口から発せられた。
全く理解出来なかったが、「キョースケが生き返る」という言葉に反応した。
その言葉に驚いたのは、もちろんアリシアもだった。
「ど、どういうことっすか? キョースケが生き返るって……」
「キョースケ様の種族を、お二人はご存知でしょうか?」
「種族っすか? いやー、似てる魔物は見たことあるっすけど、あんな鳥の魔物の種族は知らないっすね」
レッドバードという魔物に似ている。
他にもガルーダという魔物にも、キョースケの姿形などは似ていた。
しかしどの種族でもない。
理由は簡単、キョースケは強すぎる。
いくらA級の魔物のガルーダといっても、S級冒険者のアイリよりも強いなんてことはありえない。
つまり誰もキョースケの種族を、今まで知らなかったのだ。
……ヘレナを除いて。
「キョースケ様は……不死鳥です」
その言葉にやっとシエルが目元の手を退けて、上体を起こして座ったままヘレナを見る。
「……不死鳥って、なんですか?」
「その名の通り、不死の鳥です」
「だけどキョースケは……死んだ」
声を震わせ、涙を堪えながらシエルは言う。
不死の鳥であれば、死ぬことはないのではないか。
「いえ、不死鳥は死にます。ですが、生き返るのです」
「……生き返る? どうやってですか?」
「わかりません」
「……えっ?」
希望を持ち始めたシエルだが、その言葉にまた驚き固まる。
「私も昔に一度、不死鳥という存在を知っただけです。色々と調べましたが、文献は少なく情報は限りなく無かったです」
エルフの国、フォセカ王国にヘレナがまだいた時に、王宮の書庫で見つけて調べたことがある。
不死鳥という生物がいることを。
その生物は、死なない。
その生物は、生き返る。
「死んだ時、遺体はありましたか?」
「……なかった、です」
「では、不死鳥として輪廻に帰ったのでしょう。不死鳥は死ぬ時、遺体を残さずに灰になると文献で読みました」
「……」
確かに、遺体はなかった。
灰があったのかはわからないが、あれだけ炎で燃え盛っていたのだから、灰は消えてしまったのかもしれない。
「……本当ですか、ヘレナさん。キョースケが……生き返るって……」
「十中八九、キョースケ様は不死鳥です。でなければあれほどの強さ、知性は普通の魔物ではおかしすぎます」
確かに、言われてみればそうだ。
S級冒険者を上回るほどの強さ、こちらの言葉が全てわかるほどの知性。
キョースケが不死鳥という伝説の魔物でも、不思議ではない。
いや、むしろ伝説の魔物でなければ不思議である。
そう考えるとシエルは、また涙を流す。
今度は悲しみの涙ではなく、安堵、嬉しくて溢れた涙である。
「よかった……! キョースケ、キョースケ……!」
もう二度と、会えないと思っていた。
いや、普通ならばもう会えないだろう。
だがキョースケの種族が不死鳥であれば、生き返ればもう一度会える。
その可能性が高いとあれば、まだ希望は持てた。
『――またね、シエル。大好きだよ。』
という言葉が、キョースケが死ぬ前に聞こえた。
あれは、また会えるということなのか。
いや、そうに違いない。
そう、信じる。
「良かったっすね、シエルちゃん」
「うん……! アリシア、ありがとう……!」
膝をついてうずくまるシエルの背中を、優しく撫でるアリシア。
キョースケが死んでからもう立ち直れないと思っていたシエルだが……まだ、希望は残っていた。
――しかし。
「……」
ヘレナは、あることを隠していた。
いや、特に隠すわけではなかった。
ヘレナが読んだ文献に書いてあったことは、全て伝えている。
ただ少し、ヘレナは疑問に思うことがある。
キョースケは不死鳥だろう。
おそらくそれはキョースケと接してみて、ヘレナもほぼ確信を得ている。
だから死んでも、生き返る。
だが……完全に身体も脳も失って、生き返った生物は――。
――前と同じ生物と、言えるのだろうか。