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第150話 嘘つき



「……ただいま、帰りました」


 ヘレナは一日ぶりに、屋敷に帰ってきた。

 ユリウスにやられて翌日、ヘレナは一日中眠っていたのだ。


 屋敷の中は一日ヘレナがいないだけでは、特に何も変わらない。

 毎日掃除をしているが、一日空いただけでは埃もそこまで溜まらないだろう。


 しかし……屋敷の中に流れる空気は、全く違うものになっていた。


「あっ、ヘレナちゃん……お帰りなさいっす」


 玄関ではアリシアが出迎えてくれた。

 いつも元気で笑顔満開のアリシアだが、今は笑みを浮かべているものの、少し曇っていた。


「アリシア様。この度はご迷惑をおかけしました」

「いや、大丈夫っすよ。あたしこそ一昨日の戦いは、足手纏いになっちゃったっすから」

「……はい、まあ、その通りですが」

「ありゃ? 普通そういうのって否定しないっすか?」


 一瞬で気絶して、足手纏いになったのは否定出来ない。



「なんだか、屋敷の雰囲気が暗いですが……何かあったのですか?」


 いつもの屋敷の雰囲気ではないことを感じ取り、ヘレナはそう問いかける。


「それにアリシア様とシエル様はこの時間帯は、いつもギルドの依頼に行っていましたが……」

「あー……今は、そういう気分じゃないんすよね。あたしも、シエルちゃんも……」

「……何かありましたか?」


 さすがにこの状況で、何もないというのはおかしい。


 またユリウスが来て、何かをしたのか……ヘレナはそう思ったのだが。


「……キョースケが、死んだっす」

「……はい?」


 予想の斜め上をいく答えに、ヘレナも一瞬思考が止まる。


 しかしすぐに動き出し、その言葉を理解した。


「……キョースケ様は、ユリウスという者に殺されたのですか?」

「……まあ、そうっすね。ユリウスと、あとそいつの仲間っす」

「仲間……その者の名前は?」

「名前は言ってなかったからわかんないっす」


 仲間と聞いて、すぐにヘレナはマウリシオのことを思い出した。

 ユリウスもマウリシオを知っていたようだから。


「その者の特徴は?」

「えっと、身長が低い男だったっす。子供っぽいんすけど仕草は冷酷な男って感じで、額に短剣を刺しても血も出なくて死ななかったっす」

「……そうですか」


 それを聞いて、マウリシオではないと判断する。


 マウリシオは身長は高いし、ちゃんと血が通った人間だ。

 おそらくその額に短剣を刺しても死なずに血も出ないということは、アンデッドなのだろう。


「……シエル様は?」


 その問いに、アリシアは目線を下げて悲しそうな顔をする。


「……昨日からずっと、部屋に閉じこもってるっす。鍵かけてるんで入れないし、外から呼びかけても……すすり泣く声しか聞こえなかったっす」

「……そうですか」


 ヘレナも一度目線を下げ、すぐに歩き出して階段を上る。

 いきなりの行動にアリシアは驚いて、ヘレナについていく。


 向かうのは、シエルと……キョースケの部屋。


「ちょ、ちょっと、ヘレナちゃん! 今はそっとしておいた方が……!」

「いえ、シエル様に、重要なことをお伝えしなければいけません」



 そしてヘレナは足早にシエルがいる部屋の前へと行き、ドアをコンコンと叩く。


 返事はない。


「……シエル様。ヘレナです。キョースケ様のことを、お聞きしました。心中、お察しします」


 部屋のドアの前で、ヘレナは一礼する。

 もちろんシエルには見えず、見ているのはアリシアだけ。


 キョースケが死んでから一日経っているからか、もうすすり泣く声は聞こえない。

 しかし中から全く声が聞こえないので、いるかどうかもわからない。


 だがヘレナはシエルが中にいることを確信し、言葉を続ける。


「シエル様。お伝えしたいことがあります――キョースケ様は、生きております」

「……えっ?」


 驚きの声をアリシアが上げて――次の瞬間、部屋のドアが吹き飛んだ。


「のわっ!?」

「……」


 内側から吹き飛んだドアは、そのままだったらヘレナに直撃して大怪我を負っていたが、ヘレナは魔法で簡単にそれを逸らした。


 ドアがなくなったので中を覗くと部屋は暗く、明かりはついていない。

 だがそこには髪がボサボサで、目を泣き腫らしたシエルの姿があった。


 まだ泣いていたのか、赤くなった目がヘレナを仇を見るように睨んでいた。


「ふざけないで……!! そんな妄言、絶対に言わないで……!!」


 シエルは、わかっている。

 キョースケと、契約していたのだから。


 契約した時にキョースケの力が一部、シエルに渡った。

 今もその力は残っていて、シエルの強さは変わらない。


 しかし、キョースケと繋がっていた何かが、なくなったことは確かだ。

 なくなって初めて気づく。


 心の中、胸の内にあった温かい何かが、消えた。

 それはおそらく、いや、確実にキョースケと繋がっていたものだった。


 だからシエルは、キョースケが死んだということは、わかっていた。

 信じたくないのに、嘘であって欲しいのに……なくなったという実感があるのだ。


 それなのに、適当な慰めのように「キョースケは死んでいない」なんて言われれば、烈火のように怒るのは無理もない。


 アリシアもそんな言葉は絶対に言わなかったが、まさかヘレナが言うなんて……。


 そう思いながら、全く表情が変わらないヘレナを睨み続けるシエル。


「……もう一度言います。キョースケ様は、生きています」

「っ――!!」


 全力で、本気で、魔法を放つ。

 屋敷の中、部屋の中なんて関係ない。


 怒りに任せて全てを壊す勢いで、魔法を放った。



 しかし――吹き飛んだのはシエルの方だった。



 吹き飛んだ勢いがすごく、そのまま窓を突き破ってシエルは外に出た。

 二階だったので、シエルの身体は宙に投げ出された。


(ああ……)


 痛みなどは特になく、シエルはただ上を見上げていた。

 外に吹き飛ばされて目に入った光景は、空だ。


 黒い雲。

 どこにも青色の空はなく、白色の雲もない。


(ねえ、キョースケ……約束、したじゃん……!)


 いつか一緒に、空を見ようって。

 黒雲を消して、夜空を見上げて、星を見るって。


 そう、約束したのに……。


「キョースケの、嘘つき……!」


 また涙を零しながら、シエルは屋敷の庭へと落ちていった。




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