第149話 不死鳥の死
「はぁ、はぁ……! よくやったぞ、ユリウス……!」
ラモンは一人、あの草原からすでに離脱していた。
立って歩いているが、今にも地面に突っ伏して寝転がりたいというほど疲弊している。
普通ならば何度か腕を斬られたり、燃やされたりされても、ラモンがここまで疲弊することはない。
だが問題なのは、やはり不死鳥の炎だった。
燃やされた時に痛んだのもそうだが、最後の毒の水を防ぐために出した太陽のような巨大な炎。
あれは地上にいた冒険者達が感じていたのは、身を包んでくれるような温かさだった。
しかしラモンは全くの別。
むしろ逆で、熱を感じているだけ全身に痛みが走るほどのものだったのだ。
本当なら不死鳥が死んだ後、あそこにいた冒険者達を皆殺しにする予定だったが、そんなこと出来る余裕は無くなってしまった。
「あの不死鳥の、炎……! なぜこんなにも俺に影響が出るのか、調べる必要があるな……!」
S級冒険者のルフィナがいたから、皆殺しは無理だったかもしれない。
しかしそれでも手負いのルフィナだったら、他の冒険者を数十人は殺せた可能性が高い。
それを、不死鳥の最期の炎で出来なくなってしまった。
「はぁ、はぁ……あそこにいた、何人かは……確実に殺さないといけない」
ラモンの頭に思い浮かぶのは、不死鳥と一緒にいた女。
名前は、シエルと言っていた。
「あいつは魔神のことも知っていたから、いつか殺さなければ……!」
そう呟きながら、ラモンは身体を休めるために安全な場所へと移動する。
「それに……本当にあれが不死鳥で、生き返るのかが問題だ」
伝説では、不死鳥は死体を残さず、生まれ変わるように生き返るようだ。
確かに死体はなかったようだが……今後どうなるのか。
不死鳥が、本当に魔神復活を邪魔するものになるのか。
「邪魔させてなるものか……俺の、永遠の野望を――っ!」
◇ ◇ ◇
「ほう……ユリウスは、死んだか」
いつもの会議する場所で、その男……マウリシオ・グラッチェは言った。
「ああ、死んだ。まさかあいつが死ぬとは、思わなかったが」
報告したラモンは、感情のない淡々とした口調でいう。
ユリウスが死んだことに、特に心を傷めることな全くなかった。
「……そう、あいつがね」
今回は呼び出された女。
女は肘をついて、ユリウスが死んだことを受け止める。
特に仲間とも思っていない連中だが、顔見知りが死んだというのは少し気分が落ち込む。
ユリウスは面倒な性格をしていて、人を殺すのに全く抵抗もないような男だった。
むしろ人を殺すのが好きという殺人鬼である。
それの罰が当たった、といえばそれまでだ。
(まあ……こいつらもそうか)
マウリシオも、ラモンも、人を殺すのに何の躊躇いもない。
何十人、何百人を一度に殺したことがある二人だ。
(まあ……私も人を殺したことならあるから、あまり言えないけど)
だがこの二人のように、無意味な殺しなどはしない。
時々野盗に襲われることがあるので、そういう奴らは殺す。
本当なら殺さずに捕まえられるだけの力の差があるが、それも面倒だ。
襲いに来たのであれば、殺されても文句は言えないだろう。
「で、なんでユリウスは死んだの? 誰に負けたの?」
女が一番気になるのはその点だ。
ユリウスは強く、この中だったら女に一番近い実力を持っている。
そんなユリウスが誰かに負けて死ぬとは思わなかった。
「ノウゼン王国のS級冒険者、ルフィナという男だ」
「……へー」
答える前に一瞬、マウリシオとラモンが目配せをしたのを女は見逃さなかった。
(つまり……嘘ってことね)
どうやらこの二人は、自分にユリウスを殺した奴が誰かを知らせたくないようだ。
(多分、こいつらの目的……魔神を復活させる目的の、邪魔をされたくないから)
女が裏切っているということを、この二人は知っている。
それでもなお自分をここに呼ぶのは、余計な動きをさせないため。
つまり監視をしたいためだろう。
「S級冒険者の中でも、一番強いらしい。俺も戦ったが、一対一では勝ち目はなかっただろう」
「ルフィナ、ね。一応頭に入れておくわ」
ルフィナという冒険者と戦ったのは本当らしい。
だがユリウスを殺したのは、その冒険者ではないのか。
「今日はその報告だけ? じゃあ私は帰っていいかしら?」
「……いや、もう一つある――ブラックドラゴンを殺した奴を発見した」
「っ! へー、そうなのね。どんな奴だったの?」
「もうそいつは殺したから、言う必要はない」
「……そう」
まさかブラックドラゴンを殺した者がすでに発見され、殺されていたとは。
それほどの強者を女は仲間に引き込みたかったが、出来なかったようだ。
「だけどそんだけ強い奴をよくこんな短期間に殺せたわね」
「ふん、典型的な、殺しやすい奴だったからな。弱いゴミどもを無駄に守って、そして力尽きたからな」
「そうなのね」
聞く限り、性格も申し分なかったようだ。
(じゃあ、もしかしたらユリウスを殺したのは、そいつ? 相討ちになったのかしら?)
だけどそれだったら、普通に言えばいいのではないか?
わざわざユリウスを殺した奴を、隠す必要はない。
「これで要件は終わりね? じゃあ私は先に失礼するわ」
女は二人の了承も得ずに部屋を出て、歩きながら考える。
(なぜ嘘をつく必要があるのかしら……もしかして、本当はそいつは死んでいない?)
ユリウスと相討ちにならず、そのブラックドラゴンを殺した者だけが生き残っていたのならば?
その者を探させないために、自分に嘘をついたのでは?
(……ありえるわね。とりあえず、まだその強者を探してみましょうか)
そんなことを考えながら、女は帰って行った。
「……ふむ、あいつはまだ、ブラックドラゴンを殺した奴を探すだろう」
部屋に残っているマウリシオは確信を持ってそう言った。
「そうなのか? じゃあマズイんじゃないか?」
殺したのは本当だ。
しかし相手は、不死鳥である。
殺しても生き返る可能性が高いので、あの女に探されては困るのではないか。
「いや、あいつはおそらく、人間だと思って探すだろう。まさかその相手が、不死鳥だとは気づきもしない」
「……なるほど。それなら問題ないか」
そうして何度目かわからない会議は終わった。
これから会議をすることになっても、もう二度と四人になることはないだろう。