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第148話 戦いの幕切れ



 冒険者達はもう、死ぬと思っていた。


 最後まで足掻こうと足を引きずりながら毒の水から逃れようとする者。

 諦めてその場に座り、毒の水を無心で見上げる者。

 もしかしたら毒の水ではないのでは、と祈りつつも、本当はわかっていてその恐怖から逃れたい者。


 そしてもちろん、ずっと気絶したままの冒険者達もいる。

 誰一人、毒の水から逃れる術を持っていなかった。


 しかし――。


 その太陽は、全てを焼き尽くしてくれる。


 毒の水も、冒険者達の諦めかけたその心も――。


 また冒険者達の目の前に、太陽が昇った。


 今度の太陽は距離が近く、地上から四メートルくらいの高さ。

 太陽は大きく、冒険者達がいる頭上を覆う。


 とても火力が高いので熱が冒険者達の方までくるが、熱くはない。

 むしろ温かく、身を包んでくれるような太陽の光のようだった。


 毒の水で死ぬと諦めていた冒険者達を、その太陽が守ってくれる。


 大量の毒の水が、一滴も地上へ落ちてこない。

 全て地上四メートルで、蒸発させているのだ。


 数百リットルもありそうな毒の水を、全て。

 それは、どれだけの火力、そして魔力がいるのだろうか。



「キョースケっ……!」


 地上で座り込んでいるシエルが、頭上の炎を見上げる。


 涙を流し、必死に祈りながら。


 シエルにはもう何も出来ない。

 魔法はもう一発も撃てないだろう。


 いや、撃てるかもしれないが、一発でも撃てばすぐに気絶する。

 それが魔力の限界なのだ。


 しかしキョースケも、自分と同じように限界だったはずだ。


 それなのに、今まで見た中で一番と言っていいほどの火力、太陽と見間違えるほどの炎を出し続けている。


 それがどれだけありえないことか、シエルもアリシアも、魔法を使えないルフィナでもわかっていた。


「お願い、キョースケ……! もうやめてっ……!」

「シエルちゃん……」


 炎は全く勢いを衰えず、ずっと上空を覆っている。

 雨のように降ってくる毒の水が、全て蒸発するまで。


「――美しすぎるわ」


 ルフィナは、涙を流しながらずっと上空の太陽を見ていた。


 これほどの美しい太陽を、見ない訳にはいかない。


 ルフィナよりも強い可能性が高い魔物のキョースケ。

 そんなキョースケが、命を懸けて放出する炎。


 美しくないわけがない。


 ルフィナの身体には少量の毒が入り込んでいて、身体には今も激痛が走っている。

 しかしそんなものは何もないとでもいうように、瞬きもせずに上を見続ける。


 目に焼き付ける。

 最強の魔物が、命を懸けて出した太陽を。


「キョースケ……! 生きて、お願い……!」


 指を絡め祈るようにしながら言うシエル。


 心の中では、もうわかっていた。

 キョースケの覚悟、そしてあの炎を見れば、結果などすでにわかりきっている。


 しかし、わかっていても認めなかった。

 信じたかった。


 キョースケは死なない。

 あれだけ強い、S級冒険者のアイリよりも強く、今までずっと助けてもらった。


 今回もシエルと、他の冒険者達を守るために、少し無理をしているだけだ。

 あの炎が収まったら……キョースケは降りてくる。


 いつものように飛んで降りてくるのは、無理かもしれない。

 先程の自由落下のように、重力に従って落ちてくるかもしれない。


 だけど、しっかり生きているはずだ。

 いつものように、可愛い嘴から「キョー」と間抜けな鳴き声を上げてくれるに違いない。


 それで、数日後にはいつも通り元気になって……。

 シエルが「心配したんだよ!」と怒ると、「キョー……」と泣いてすまなそうに謝ってくる。


 そう、信じる。

 信じるしかない。


「――っ!? キョースケ……!」


 そして――。



 炎が、収まった。


 毒の水は最初からなかったかのように、地上には一滴も落ちてこなかった。

 炎がなくなって見えた空は、いつも通り黒雲で淀んでいる。


 しかし冒険者達は、雄叫びを上げる。

 太陽が、自分達を守ってくれたと――。



「……キョー、スケが、いないっす」


 上空を見ても、地上を見ても、キョースケの姿がない。

 アリシアは辺りを見渡すが、やはり見当たらなかった。


「うぅ……ああぁぁ……!」


 炎が無くなっても、キョースケの姿が見えない。


 シエルは膝をついて下を向いたまま、嗚咽を漏らしながら涙を流す。


 アリシアにはわからなかったが、ルフィナにはなんとなくわかってしまった。


「……死体も、残らなかったようね」

「……えっ?」

「あれだけの炎をずっと放ち続けて、身体も燃え尽きてしまったみたいね……とても美しい、散り方だったわ」


 ルフィナは目を瞑り、右手を胸に当てて黙祷する。


「そんな……キョースケが……」


 アリシアは辺りをまた見渡す。

 瀕死の状態であれだけの炎を出して、死なないほうが不思議なくらいだ。


 だけど、死体も残らないなんて、あんまりじゃないか。


 その亡骸を抱きしめることも、埋めることも出来ないなんて。


「キョースケ……キョー、スケっ……!!」


 シエルは、聞こえた。

 炎が最後、消える前に、キョースケの声が。



『キョー』



 ――またね、シエル。大好きだよ。



「なんで、なんで、また……! キョースケ……!」


 また、失ってしまった。


 強くなったと思っていた。

 いや、ちゃんと強くなっていた。


 兄であるアルフィートが死んだ時よりも、確実に。


 だけど、足りなかったのだ。

 自分の大切なものを守るためには、足りなかった。


 それだけの、ことである。


「うぅ、ひっく、あぁ、うわああぁぁぁぁ……!」



 ――こうして、草原での戦いは幕を閉じた。




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[一言] え?生き返るよねキョースケ… というか生き返ってくれ
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