第147話 太陽のような
僕が……なんとかしないと。
あの量の毒の水を、防ぐ方法は僕しか持っていない。
僕が毒の水以上の巨大な炎、強い火力で一気に蒸発させるしかない。
僕達に、冒険者達にかかる毒の水を全て、一滴も残らせずに。
ユリウスともう一人の男と戦う時、僕は何も出来なかった。
その前にアンデッドと魔人形のユリウスと戦ったから、僕の魔力がほとんど底を尽きた。
今も、魔力なんてほとんどない。
これ以上炎を出したら……本当に、死ぬかもしれない。
いや、多分……あれだけの毒の水を相殺するだけの炎を出したら……確実に死んでしまう。
それはなんとなく、本能的にわかってしまった。
ルフィナさんがユリウスを殺した。
だからあの毒の水は、ユリウスの最期の、命を懸けた攻撃なんだろう。
ここにいる冒険者達が、全員確実に死ぬような猛毒。
いくらルフィナさんでも、あの毒の水を防ぐことはできない。
今僕達の目の前で守ろうとしてくれているけど、僕達しか守れないみたいだ。
だから……僕が、やらないといけない。
「キョー!!」
シエルの腕の中からまた抜け出し、上空へ飛び立つ。
上空といっても、そこまで高くではない。
もう僕には、高く飛ぶ力も残っていないのだから。
「っ! キョースケっ!!」
シエルの声が、地上から聞こえる。
そこまで高く飛んでないはずなのに、どうしてかとても遠くから聞こえるようだ。
意識がある冒険者達が頑張って逃げようとしているのが見える。
だけどもう遅い。
毒の水はもう、すぐ目の前まで降りかかってきている。
このままでは五十人以上の冒険者の人達が死んでしまう。
僕が、守る。
守る力が、あるのだから。
「キョー……!」
身体の中に残っている魔力を……全部、全部使う。
本能が「使っちゃいけない」と言って、身体の奥底に最低限ある魔力。
いや、これはもう、生命力と言ってもいいかもしれない。
その生命力を、理性で「使うんだ」と言って引っ張り出す。
今まで使っていた魔力とは違う、とても大きく、質が高い生命力。
これも用いて炎を放出したら、あの毒の水を全て蒸発出来るだろう。
だけど、その時僕は……。
「キョースケっ! ダメっ!! やめて!!」
シエルの声が聞こえる。
僕が何をやろうとしているのかわかっているのか、必死な声で、泣きそうな声で訴えかけているのがわかる。
ごめんね、シエル。
だけど、僕は守りたいんだ。
昨日、エリオ君に黒雲病の完治薬を届けに行った時に、改めて思ったんだ。
ここにいる冒険者の人達にも、家族がいるだろう。
大事な大事な、もしかしたら、自分の命よりも大事な家族が。
僕はそういう人達を、守りたいって。
エリオ君の両親は、エリオ君が助かると知ってすごい泣いていた。
あの涙は、とても優しい、嬉しい涙だ。
だけど、僕が前世で最後に親に流させてしまった涙は、悲しみの涙だ。
僕が見たのは手術をする前の光景だけど、僕が死んだら絶対に母さん、それに父さんも泣いてしまっただろう。
もう、誰にもそんな涙を流して欲しくないんだ。
涙を流すのならば、嬉しい涙、優しい涙がいい。
僕は、残っている魔力、そして奥底から引っ張り出した生命力、全てを使う。
「だめっ、キョースケ……! やめて、逃げてよ……!」
ああ、シエルは、泣いているのだろうか。
そんな声が、聞こえる。
泣かないで、シエル。
「キョースケまで、死んじゃったら、私……!」
僕は、シエルの笑った顔が好きなんだ。
本当にごめん、シエル。
悲しい涙を誰にも流して欲しくないから、僕が冒険者達を守ろうとしている。
それで、君が悲しい涙を流してしまう。
優しいシエルは、僕が死んでしまったら悲しい涙を流してしまう。
それが、とても心残りだ。
だけど矛盾するんだけど、悲しい涙を流して欲しくない気持ちもあるけど、流してくれて嬉しいという気持ちもある。
僕がそれだけ、シエルに大事だと思ってもらっているということだから。
シエル、僕も君を大事にしている。
この異世界で……いや、前世も合わせて、世界一大事な女性だ。
君は僕にとって、太陽のような女性だ。
僕は太陽の下、綺麗な青い空の中で飛びたい。
その時に、君と一緒じゃないとダメだと思った。
そんな君を、守りたいんだ。
たとえ僕が、死んだとしても――。
冒険者達を守るために、死なせないために、悲しませないために。
僕は魔力、生命力の全てをかけて、毒の水めがけて……太陽のように熱い炎を、放出した。