第146話 ユリウス
「はぁ、はぁ……」
ユリウスが、とても息を荒げながら地面に転がっていた。
側にはほぼ無傷のルフィナが立っている。
「はぁー、疲れたわ。すごい汚れちゃったし」
ルフィナの身体にはほとんど傷はない。
あってもかすり傷である。
しかし……本来なら、かすり傷を負った段階で勝負は着くのだ。
ユリウスの拳でつけられたかすり傷には、例外なく毒が傷口に入ってくるのだから。
しかし毒を受けてもなお、ルフィナは戦い続けた。
飛び散る毒も羽織っていたマント、そして来ていた服を駆使してなんとか避けた。
そのお陰で毒の水でビチャビチャにされ、地面に落ちている。
「この服はもう着れないわね。お気に入りだったのに……残念だわ」
少ないといっても、ユリウスの猛毒が身体の中に入っているルフィナ。
だがそれでも、痛みに悶えることなく、浴びる前とほぼ同じ動きをしていた。
「は、はははっ……! 君は、化け物だね……!」
「そう? 褒め言葉として受け取っておくわ」
「ああ、僕からの最高の褒め言葉だよ」
魔人形を作るために、心臓を何度も渡して回復魔法を使った。
アンデッド一体一体に、効率の悪い毒の水を仕掛けた。
ユリウスが本調子じゃない理由を挙げればキリがないが、それでも負けは負けだ。
しかもルフィナもアンデッドや魔人形のユリウス達と戦って、疲弊しているはずだった。
だからこそこれは、単なる実力の差だろう。
「はぁ、負けかぁ……あはっ、特に悪い気分でもないね」
「あら、そうなの? アタシ、最近全然負けてないから、わからないわ」
「あはっ、いつか君も負ける時が来るんじゃないかな? 君よりも強い奴を、僕は一人、そして二匹知ってるよ」
「ふふっ、それは楽しみね」
「あー、だけどあれだ、一匹はもう死んじゃったらしいからね。あと一人と一匹だ」
死んだというのは、ブラックドラゴンのことである。
ユリウスは誰に殺されたのか聞いてなかったので覚えていない。
だがブラックドラゴンを殺したのは、ユリウスが言う「ルフィナよりも強い一匹」のキョースケだ。
「アタシも早く自分よりも強い相手と戦って、殺されたいわね」
「あはっ、変な趣味を持ってるね。変態だぁ」
「お互い様よ。アナタはいいわね。アタシみたいな、強い相手と戦い合って死ねるなんて」
「そうだね。本当はまだまだ生きて、強い奴と戦いたいけど……見逃してくれないだろう?」
「さすがに、アタシもそんな聖人じゃないからね」
自分を殺しに来てそれを見逃すほど、ルフィナは平和ボケしていない。
S級冒険者という最強の立場になるほどのルフィナが、他の冒険者を殺しまくったユリウスを逃すわけがない。
「ユリウスって言ったかしら? とても強かったわ、久しぶりに命の危機を感じるくらい」
「ルフィナって言ったっけ? 超強かったよ、僕が死ぬくらい」
そして――ルフィナは躊躇いなく、ユリウスの首を斬った。
驚異的な回復魔法、そして魔神の血を貰っていたユリウス。
何回も殺さないと死なないほどの生命力を持っていたユリウスだが……。
もう二度と、その首が繋がることはなかった。
しかし――。
「あはっ、タダでは死なないよ……僕は意外と、執念深いんだよ」
生首になってもまだ少し生きていたユリウスの口から、そんな言葉が出て……それは巻き起こった。
ユリウスの身体、その腹部辺りが爆散するように散って……その身体から、大量の水が放出された。
噴水のように上へ、上へ。
まるで滝を逆さまにしたかのような勢いで、上空へと大量の水が巻き上がっていく。
「っ! まさか、あれは……!」
「全部、毒の水だ。信じるか信じないかは、君達次第だね……じゃあ、おやすみ……」
その言葉を最後に、ユリウスは目を瞑り、言葉を発することはなくなった。
その毒の水が上空へと放たれているのは、キョースケ達もはっきりと見えた。
「な、なんすか、あれ……! た、ただの水っすよね?」
地面に横たわりながら、首だけそちらに向けてアリシアは声を震わせながら言う。
「あ、あれ、毒の水……! まさか、嘘……!」
シエルは、わかってしまった。
ユリウスの毒を七十人以上も解毒していたので、わかってしまう。
何百リットルという毒の水が上へと噴き上がり……そして、重力に従って落ちてくる。
この辺りに、半径数十メートル以上の範囲で毒の水が散らばるだろう。
もちろんその範囲の中にシエルやアリシア、そして生き残っている冒険者達もいる。
ほとんどの冒険者はもう動けず、逃げ出すことも出来ない。
このままでは全滅してしまう。
生き残れる可能性があるのは、雨の中でも剣一つで濡れずに歩けるぐらいの力量を持つルフィナ。
それにアンデッドで毒が効かないラモンだけだ。
「は、はははっ! ユリウス、死んだか! だがこれは、最高の攻撃だ!」
やっと自身の両腕が燃える痛みに慣れてきたラモンが、毒の水の噴出を見て言った。
「ヤバイわね……! さすがに、この人数は守れないわ……!」
ルフィナはそう言いながら少しでも守るために、アリシアとシエルの元へ来た。
「アナタ達、動けないわよね? 動かなくていいわ、アタシが守ってあげるから」
「ル、ルフィナさん……!」
「さすがに他の冒険者は守れないわ……アタシがしっかりユリウスにトドメを刺せれば……」
もしかしたらこの毒の水の噴出を防げたかもしれない。
そう思うと、後悔するしかない。
まだ冒険者で息が残っているのは、五十人以上いる。
それを見殺しにしないといけないのは、ルフィナでも心が痛む。
B級やA級冒険者になるほどの実力者達が、ここで全員死んでしまう――。
しかし――その命は、太陽によって守られる。