第143話 巨大な手
「それほど消耗しているお前らは、いつまでこの攻撃に耐えられるか。見ものだな」
ラモンがそう言うと、地鳴りがしてから突如また地面から出てきた。
それは、手であった。
先程のユリウスの魔人形が出てきたような大勢の手ではなく、右手と左手一つずつ。
しかし注目すべきは、その大きさだ。
手首から上しか地面から出ていないのに、四メートル以上あった。
「き、きもいっす! なんであの人の技、だいたいキモいんすか!?」
「……貴様、黙れ」
アリシアの言葉にイラっとしたのか、ラモンが自分の右手を動かすと、地面か生えている巨大な手も連動して動く。
巨大な手とは思えない俊敏さで、もの凄い速さでアリシア達を捕まえようとしてくる。
ユリウスの手ではないが、あんな巨大な手に掴まれたら潰されてしまう。
すぐさまアリシアがシエルを抱えて、跳び上がるように避ける。
キョースケはまだ動けずに、シエルの腕の中にいた。
「はぁ、はぁ……あのユリウスの魔人形達を相手にした後に、これはキツイっす」
シエルやキョースケほどではないが、アリシアもそろそろ体力の限界を迎えていた。
アンデッドの群れと戦うときはすぐに下がったが、ユリウスの魔人形はシエルを抱えての本気で逃げ続けたのだ。
少しでも油断をすれば死ぬ、という極限の状況で集中力を使い、いつまで体力が保つのかわからない。
対して相手のラモンは、万全の状態だ。
このまま戦っていれば捕まるのも時間の問題だろう。
「どうせ無駄な足掻きだ。潔く死ぬがいい」
「くっ……!」
ラモンの腕の動きと共に、地面から生えている巨大な手が動く。
シエルとキョースケを抱えたままアリシアは避け続ける。
「いったい、どうすれば……!」
シエルは自分がまた足手纏いになっているとわかって、なんとかこの状況を打破しようと考える。
しかしシエルはもう魔法をあと一発か二発撃てば気絶してしまう。
その一発か二発でラモンを倒す方法が、どうしても思いつかない。
それにアリシアが額を短剣で貫通するくらい刺したのに、死なずにすぐに修復するというのも、どう対処すればいいのかわからない。
そして……アリシアがまた跳んで避けようとしたとき、足が何かに掴まれて跳べないことに気付く。
「うぇ!? なんすかこれ!?」
掴まれている右足を見ると、アンデッドのような手が地面から生えて足を掴んでいた。
力はそこまで強くなく、すぐに振り払えたのだが……。
「もう遅い。諸共死ね」
目の前に巨大な手が迫っており、もう避けきれない距離であった。
今から避けようとも、確実に掴まってしまう。
咄嗟にアリシアが取った行動は……。
「ごめんっす、シエルちゃん!」
「えっ、あっ……!」
キョースケを抱えているシエルを、そこらに投げることだった。
「がっ……!!」
投げた瞬間、アリシアだけが巨大な手に掴まれる。
その巨大な手に見合う強い力が、アリシアの身体を潰すように握り込まれていく。
「いっ……! アリシアっ!!」
「キョー!」
アリシアに投げられたシエルは地面に背中から落ちて呻くが、すぐに悲痛な声で叫ぶ。
自分とキョースケを助けるために、アリシアだけがあの巨大な手に掴まってしまった。
「ふん、小賢しい真似を。まあいい、まず一人だ」
アリシアを掴んでいる巨大な手は、右手。
ラモンが軽く開かれていた右手を、閉じていく。
「いっ、あああぁぁぁ!!」
ミシミシ、と骨が軋むような嫌な音が響く。
巨大な手に掴まれているアリシアが、痛みに悲鳴を上げる。
「やめてっ!!」
シエルが気力を振り絞り、風魔法を放つ。
地面から生えていた巨大な手が、根元から切れてアリシアを掴んでいた手が崩れ落ちる。
「ほう……まだそれだけの攻撃が出来たか」
ラモンは巨大な右手が簡単に切られたのを見てそう呟いた。
そしていつの間にか、ラモンの右手も手首の辺りから切れて地面に落ちていた。
ラモンは慌てることなくゆっくりと屈んで、自分の右手を拾う。
その間にシエルはふらふらになりながら立ち上がり、アリシアの元へ。
「アリシア……だい、じょうぶ……?」
「くっ……もう、動けないっす」
アリシアの身体中の至るところの骨が折れて、肌が紫色となり腫れている。
そしてシエルも身体は傷ついていないが、今にも気絶してしまいそうだ。
「言った通り、無駄な足掻きだったな」
右手をくっつけたラモンが、アリシアとシエルに近づきながら言った。
すでにシエルが切った巨大な右手も、何事もなかったかのように地面からまた生えていた。
「最初から逃げられない、死ぬとわかっているのだから、無駄なことはせずに死ねばよかったものの。そうした方が、楽に死ねたはずだ」
「くっ……まずい、本当に、ヤバいっす……!」
「はぁ、はぁ……」
アリシアはなんとか全身に激痛が走りながらも、起き上がって逃げようとするが、地面でうごめくだけで立ち上がることは出来ない。
シエルは顔を真っ青にしながら、キョースケを抱きしめ、アリシアを守るようにラモンとの間に入る。
ラモンはゴミを見るような目で二人を見下ろし、そして告げる。
「じゃあ、死ね」
そう言って右手と左手を、振り下ろし二人を潰す――。
「やらせないわよ」
――前に、両腕が斬られて無くなった。
「なっ!?」
「さっき見てたけど、デカイ手が切れたらアナタの手も切れたわよね。そしたら、逆もあるわよね」
いつの間にかラモンの後ろにいたルフィナが、ラモンの両腕を斬り落とした。
ルフィナの予想通り、地面から生えていた巨大な手は崩れて消えていった。
「アタシがいる限り、可愛い後輩と、愛しい愛しいお鳥さんを殺させないわよ」