第129話 二日間の眠り
エリオ君は寝室にいたが、まだ眠ってはいなかった。
お母さんが呼んできて、リビングにエリオ君が来ると僕たちを見て嬉しそうに顔を輝かせる。
「キョースケ! シエルお姉さん!」
「こんばんは、エリオ君」
「キョー」
エリオ君は走るように近づいて……こようとしたみたいだが、いきなりコケてしまった。
足が言うことを聞かないみたいに、前のめりに倒れた。
「だ、大丈夫!?」
「う、うん、大丈夫。ちょっと嬉しくて慌てちゃった」
「……そう、気をつけてね、エリオ君」
シエルが近づいてエリオ君の身体を優しく起こす。
その時に僕、それにシエルも見たと思うけど、エリオ君の足が真っ黒に染まっていた。
多分黒雲病が足まで侵食してきて、思うように動かなくなってしまったのだろう。
前会った時は走れていたはずだが……いや、多分今も走れるとは思うけど、やっぱり黒雲病の影響はそこにも少しずつ出ているんだ。
やっぱりすぐに完治薬を持ってこれてよかった。
軽くエリオ君が来てから雑談して、本題に入る。
「エリオ君、今日はね、君のためにお薬を持ってきたんだ」
「えっ、そうなの?」
「うん、キョースケが持ってきてくれたの」
「そうなんだ! キョースケ、ありがとう!」
「キョー」
どういたしまして!
エリオ君は自分の病気の重さをいまいち理解出来ていないので、完治薬の凄さを知らない。
だからかとても気軽に僕にお礼を言ったけど、それでいいんだ。
エリオ君は何も怖がらず、命の危険なんて全く知らずに、治れば十分。
まだ十歳なんだから、何も知らないでいいんだ。
「これが薬なんだけど、飲める? 味は……どうなんだろ?」
「……キョー」
ごめん、味まではフォセカ王国で聞いてない……。
良薬口に苦し、って言葉があるから、もしかしたらマズイかもだけど……。
「なんか水みたいだけど、薬なの?」
「うん、そうだよ。エリオ君、飲んでくれる?」
「もちろん! これ飲めば、海とか山に行けるかな!?」
「……うん、きっと。いや、絶対に行けるよ」
「キョー!」
必ず行けるよ!
家族みんなで、それに僕も行かせてもらうからね!
「わかった!」
そしてエリオ君は目をぎゅっと瞑って、フラスコの中の飲み薬を一気に飲んだ。
よくわからない薬だから怖いはずなのに、全く表に出さずに飲み切った。
「ぷはぁ……なんか、変な味……」
「ごめんね、だけどよく飲めたね」
「うんっ! ……あれっ?」
エリオ君は椅子に座っていたが、いきなり頭が振り子時計のようにふらつき始めた。
「なんか、眠く……なって……」
最初は小さくだったが、どんどん揺れが大きくなり、隣にいるお父さんが身体を支えた。
「だ、大丈夫か、エリオ」
そう声をかけたお父さんだが、すでにエリオ君は夢の世界に旅立っていた。
いきなり効果が出て眠ってしまったみたいだ。
「……これで、エリオは治るんでしょうか?」
「おそらく。飲んだ人は眠って、次起きたときにはすでに身体の黒くなった部分は全部無くなったみたいです。最長で二日間眠ったままになったらしく、もしかしたらエリオ君もそれくらい眠るかもしれません」
フォセカ王国で聞いた話だと、重症の人ほど眠っていた時間が長いみたいだ。
最短でも半日、長いと丸々二日。
エリオ君は余命一ヶ月程だったので、結構重症なはず。
だから二日間眠り続ける可能性が高いだろう。
「……わかりました。改めて、こんな貴重な薬をありがとうございます!」
「シエルさん、キョースケ君、ありがとうございます……!」
「い、いえ、私は何も……!」
「キョー」
僕も持ってきたけど、まだ治ったというわけじゃないから……。
これでもし治らなかったら、ぬか喜びをさせたみたいで、本当に申し訳ない。
「いえ、本当に、もうエリオは助からないと思っていたので……少しでも希望が出てきたのであれば、嬉しいです」
「二日後、エリオの体調がどうなったのかお伝えしたいので、よかったら住所を教えてもらえませんか?」
「……わかりました。エリオ君が治ることを、祈ってます」
「キョー!」
僕たちはエリオ君の両親に、今住んでいる家……つまりアイリさんの家の場所を教えた。
そしてもう用事もなくなったので、夜遅くだし帰ることに。
最後までお礼を言っていたエリオ君に別れを言って、僕達は夜の街を歩く。
「エリオ君、治るといいね」
「キョー」
絶対に治るよ。
なんとなくだけど、僕は確信して言える。
全く根拠はないから、エリオ君の両親には言えなかったけど……。
「キョースケがそう言うなら、大丈夫だね。エリオ君の家族と海行くの楽しみ?」
もちろん!
海には僕は入ったら魔力を消費しちゃうけど、それでも一緒に遊びたいな。
シエルも来るでしょ?
「えっ、私も行っていいのかな?」
「キョー」
僕はそのつもりでエリオ君の両親に伝えたつもりだよ。
多分あの二人も、それをわかって了承してくれたと思うしね。
「……じゃあ、私も行こうかな」
うん、そうしよう!
安全に海とか山に行くために、早く黒雲を晴らさないとね。
「そうだね……あっ、そうだ」
「キョ?」
「キョースケ……私になんか、謝ることないかな?」
えっ、謝ること?
なんだろう……あっ! もしかして……。
「なんで私に何も言わずに、フォセカ王国に行ったのかなぁ?」
「キョ!?」
やっぱりそのことか!
いろんなことがあって、すっかり忘れていた!
「相棒なんだから、一言ぐらいなんか言って欲しかったなぁ……!」
ご、ごめんなさい!
僕はシエルの肩の上で、必死に頭を下げて謝った。