第128話 家族の夢
僕たちは、急ぎ気味にエリオ君の家へと向かった。
余命はもう一ヶ月しかない。
そして余命と言っても、一ヶ月後にちょうど死ぬとは限らないのだ。
いつ体調が崩れて、危険な状態になるかわからない。
……前世の僕が、そうだった。
大事な手術を、成功したらもう病気に苦しむことはないという手術を目の前にして。
急に体調を崩して、命を落とした。
だから命とは、簡単に崩れていってしまうものなんだ。
僕は運良く、前世から憧れていた鳥になったけど、死んだ人がみんなそうなるのかわからない。
そして僕のように違う命を授かったとしても……前の人生での僕は、死んでるんだ。
前の僕の両親に、僕は何もしてあげられなかった。
僕の両親はとても優しい人で、僕が死んでどれだけ悲しんだことだろうか。
この世界に来てそれを思った時、悔しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。
だからエリオ君、それにエリオ君の両親には、そんな思いを味わって欲しくない。
そして、僕たちはエリオ君の家に到着する。
時間的に夕飯を食べているか、食べ終わっている頃だろうか。
家のドアをコンコンと叩くと、エリオ君のお母さんが出てきた。
「あら、シエルちゃんに、キョースケ君……どうしたの、こんな時間に」
前に会った時と、変わらない笑顔で迎えてくれた。
そんなエリオ君のお母さんに、シエルは言う。
「黒雲病の、完治薬を届けにきました」
その後、中に入ってエリオ君の父親も交えて、黒雲病の完治薬の説明をする。
今まで人族の国では完治薬は完成していなかったが、エルフの国では出来上がっていたこと。
そしてそれを僕が、エリオ君のために一つだけ取りに行ったこと。
それらをシエルがエリオ君の両親に説明してくれた。
「ま、まさか、本当に……!」
お父さんがテーブルの上に置いてある、黒雲病の完治薬を驚きながらも見つめる。
「こ、これでエリオの病気が、治るんですか……!?」
お母さんは中で少し揺れて反射で見える透明な液体を、縋るような目で見ていた。
やはり二人とも、もうエリオ君の病気は治らないと思っていたのか、半信半疑である。
しかし信じたいという思いは、一緒のようだ。
「キョー」
「エルフの国では、すでに数百人の黒雲病の患者が、その薬で完治しているようです」
僕がフォセカ王国で聞いたことを、シエルが代わりに言ってくれる。
「ほ、本当ですか? 本当に、この薬で……!」
「はい、エリオ君の病気は治ります」
エリオ君のお母さんはそれを聞いて、我慢できずに泣き出してしまった。
自分の息子があと一ヶ月しか生きられないのが、いきなり助かる手段が見つかったら嬉しくて泣いてしまうのもしょうがないだろう。
「シエルさん……! 恥ずかしい話ですが、そんな素晴らしい薬を買うお金を私たちは持っていません。だけど、絶対に、絶対に全てお金を返しますので、その薬を譲ってもらえませんでしょうか……!」
僕はお父さんの言葉に、少し呆気に取られてしまった。
そうか、普通薬を貰うって、お金いるよね。
フォセカ王国で持ってくるときは、全くお金を渡さなかったら忘れていた。
だけどあれはクラーケンを倒したから、お金を払わずに貰えたということか。
まあ、つまり……。
「お金は要りません」
「えっ……! し、しかし、そんな貴重な薬……!」
「これはエリオ君を助けるためだけに、キョースケが持ってきてくれた薬です。そのキョースケが、お金は要らないって言ってるので」
「キョ、キョースケ君……!」
とうとうエリオ君のお父さんも涙を流しながら、僕の方を見つめてきた。
「本当に、いいのですか……? エリオのために、こんな薬を……!」
「キョー!」
もちろん、と言って僕は頭を縦に振る。
言葉の意味がわからなくても、伝わったはずだ。
お父さんは目元を手で覆いながら、涙声で言葉を紡ぐ。
「あ、ありがとう……! 私たちの、息子のために……本当に……!」
「ありがとう、ございます……! 本当に、ありがとうございます……!」
二人は泣きながら僕たちに頭を下げた。
そうだ、お金は要らないって言っておいて、ちょっと頼み事があるんだけど……。
「なんでしょう? キョースケ君の頼みごとなら、なんでも聞きますよ」
僕の代わりに、シエルがまた伝えてくれる。
「キョー」
エリオ君とお父さんとお母さん、三人で海とか見に行くとき、僕も一緒に行っていいかな?
「もちろんです!」
「エリオも喜ぶと思います」
ありがとう。
僕も……家族で、海を見に行くの、夢だったんだ。
だから、代わりじゃないけど……エリオ君の家族が楽しそうにしているのを、見たいんだ。