第123話 二対一、だが……
ユリウスは嘘をついていた。
魔神の血を取り込んでいるというのは本当だが、不死身になったわけではない。
本来の魔神なら不死身に近いが、その血を少しだけ取り入れただけじゃ不死身にはなれない。
ユリウスの身体は、昔の魔人族と同じぐらいの生命力。
つまり普通の人が何度か死ぬような攻撃を与えれば、死ぬ。
だがそれを知らないヘレナとシエルには、ユリウスが不死身の敵に見えている。
「……シエル様、アリシア様を連れてお逃げください。私が時間を稼ぎます」
「ヘレナさんも一緒に逃げないと……!」
「逃げたいのは山々ですが、ここで食い止めないと王都に甚大な被害が出てしまいます」
ユリウスの能力は、人を大量に殺すのに適しすぎている。
ユリウスがその気になれば、王都を歩くときに地面に毒の水を流せば、それだけで死者が数万人は出てしまうような能力だ。
今はここの地面だけが毒の水に侵食されている。
しかしヘレナとシエルが逃げれば、後を追って毒の水を王都中にばら撒かれてしまう。
そうなったら被害は甚大なものとなるだろう。
「あははっ、逃がさないよ。というか、逃げたら追うよ。ヘレナちゃんを殺してから、君のことを殺すために」
「っ! ヘレナさん、ここであいつを……殺さないと……!」
シエルは明確に、ユリウスを殺さないといけないと判断した。
そうしないとあいつは、何万人も人を殺してしまう。
「そう、ですね……ですが、首を落としても死なない相手に、どうすれば……」
ヘレナは今まで魔物でも人間でも、殺すときは首を切って終わった。
首を切って死なない敵なんて、アンデッドぐらいである。
「ヘレナさん、あいつはアンデッドだと思えばいいんですよね?」
「……そうですね」
「じゃあ……頭を落として、その頭を粉々にすればいいんじゃないですか? アンデッドは、そうすれば消滅します」
「っ! そうですね、盲点でした。アンデッドと同じ倒し方を、すればいいだけですね」
「あははっ、楽しそうな話してるね。そんな殺され方されるなら、本望かも」
ヘレナとシエルは立ち上がり、ユリウスと対峙する。
二対一だが、不利なのはヘレナとシエルの方だろう。
さっきシエルがユリウスの腕を切ることが出来たのは、ユリウスが油断していたからだ。
ユリウスがシエルのことを認識し、避けることに専念されれば当てるのは難しい。
「じゃあ、いくよ――」
「シエル様、下がってください!」
「はいっ!」
ユリウスが突っ込んでくるのを察知し、ヘレナがそう指示を出す。
ヘレナだったら一対一でもユリウスの攻撃を躱せるが、シエルはユリウスの速度についていけない。
しかもユリウスが近づくということは、地面にも毒の水が浸みているということだ。
ヘレナはその場を動かず、ただ魔法で地面に足をつかないように浮いた。
シエルも魔法で浮いて、近くで寝ているアリシアも同時に浮かして下がる。
「あはっ、狙うとしたらまず、弱い方からだよねっ!」
「させません」
シエルは自分の身体や他人を浮かすのは不慣れなので、下がるのが遅い。
それを狙ってユリウスが攻撃を仕掛けてくるが、ヘレナは魔法でそれを妨害する。
ユリウスのシエルに向けて伸ばした手が、ヘレナの魔法によって弾かれた。
切断はされていないが、肉が裂けて血が噴き出している。
「さっきまでは遊びながら殺そうとしてたけど、そろそろつまらなくなってきたから、本気で殺しにいくよ」
「もちろん、私もそうさせてもらいます」
「浮いてるから毒の水喰らわないと思ってる? 毒の水は、僕の身体のどこからでも出せるんだよ」
ユリウスが腕を振るうと、毒の水がばら撒かれる。
直接浴びてしまったら、地面から毒の水を喰らうよりも毒の進行が早くなる。
「くっ……!」
「あはっ、風魔法で逸らすの上手いね。だけど足手纏いがいるから、毒の水を逸らすのも一苦労でしょ」
ただでさえ水という流動するものを風魔法で正確に逸らすのは大変なのに、後ろにはシエルとアリシアがいる。
後ろに逸らしてはいけないので、風魔法をさらに高度に操って横に逸らさないといけない。
「ヘレナさん、すいません……!」
「ほら、役立たずを見捨てれば、僕と良い勝負になるかもよ? 多分もう無理だけど」
「はぁ、はぁ……!」
もともとユリウスの首を切ったときぐらいに、もうヘレナの魔力は底が見え始めていた。
だからここまで高度な魔法を続けるのは、あと数分が限度だろう。
ヘレナがユリウスの攻撃を弾けるぐらいの魔法を使えている間に、決着をつけないといけない。
だがヘレナは攻撃を捌くのに精一杯。
だから勝負の明暗は、シエルに託されている。
(私が、あいつを殺さないと……!)
ユリウスの毒の水、そして伸ばしてくる腕などを全て防いでいるヘレナ。
その後ろでシエルは魔力を溜め――魔法を放った。
狙うは首。
首を切り、頭と身体が離れたところで、頭を潰せばおそらく殺せる。
風魔法でヘレナの後ろから、ユリウスの首を狙い――。
「――あはっ、狙いがバレバレだね」
しゃがんで、簡単に避けられた。
「人と人の殺し合いに、慣れてないでしょ。狙ってるところがわかりやすいよ。何十回やっても、それだったら簡単に避けれるよ」
「そ、そんな……!」
確かにシエルは対人戦は、ほとんどやったことがない。
何度かヘレナと模擬戦でやったぐらいだ。
その不慣れな対人戦で、しかも今回は殺し合い。
殺し合いに慣れているユリウス相手では、狙いを隠せないシエルでは攻撃を正面から当てるのは難しい。
魔物相手では狙いなんて隠す必要はないから、今まで練習したことがない。
「さて、ヘレナちゃん、あとどれくらい僕の攻撃を捌けるのかな?」
「くっ……! シエル様、もう一度……!」
「あはっ、他の人の手を借りないと倒せないってことだね。そろそろ終わりが近いのかな」
シエルはもう一度魔力を溜めるが、どこを狙えばいいかわからない。
(首? それとも攻撃してる腕? どこに攻撃を与えれば……!)
広範囲な魔法は、目の前にヘレナがいるので出来ない。
だから小規模で、だが殺傷能力が高い攻撃を仕掛けないといけないが、それだと避けられてしまう。
(どうしよう、どうすれば……!)
シエルが迷ってる最中にも、ヘレナとユリウスの攻防は続いている。
そして……。
「っ! しまっ……!」
ヘレナが不覚を取り、自身の身体に毒の水を浴びてしまった。
毒の苦しみ、痛みに気を取られて正確な風魔法が出来なくなる。
それを見逃さず、ユリウスはヘレナの頭を潰すために手を伸ばす。
「これで終わりだね、ヘレナちゃん」
「ヘレナさんっ!!」
ユリウスの手がヘレナの頭を掴む――寸前。
「えっ――くっ、がぁぁぁぁ!!」
上から何か近づいているとユリウスが気づき、見上げる前にその身体が炎に包まれた。
炎に包まれたユリウスは後ろへと吹っ飛び、ヘレナ達から数メートル離れた。
一瞬、ヘレナとシエルは何が起こったかわからずに呆然としたが……。
シエルは自分の肩に乗っかる重量に、安心を覚える。
視界の端で赤い羽根が見え、目から涙が溢れた。
「キョースケ……!」
「キョー!」