第118話 暗殺対象?
「あはぁ……! まさか、本当に……潰されるなんてね……!」
ユリウスは、笑っていた。
地面に仰向けに倒れ、真っ暗な闇を見つめながら。
「言ったでしょう。左目も潰すと」
そのすぐ側でヘレナは、冷めた表情で見下ろしている。
ヘレナの身体には全く傷はなく、メイド服に返り血が少しだけついているだけだ。
対してユリウスは身体中に傷がついて血だらけで、目は潰されて閉ざされていた。
勝敗は、誰が見ても明らかだった。
「何も見えない、光も感じない、暗い、痛い……これが目を潰されるって感覚かぁ……!」
「……楽しそうで何よりです」
「あはっ、わかる? すごく楽しいよ」
「いえ、わかりません。なぜこの状況で貴方の心に、楽しいという気持ちが湧き上がっているのか、見当もつきません」
ヘレナは冷たくそう言うが、それでも愉悦そうに口角を上げたままのユリウス。
理解なんて出来ないとわかっていたヘレナは、淡々と話をする。
「貴方に聞きたいことがいくつかあります」
「ははっ、何かな? 今までに人を殺した数とか?」
「貴方はこの王都に、何をしに来たのですか?」
「無視するんだぁ……ここに、何しに来たんだっけ、君と戦うのが楽しすぎて忘れちゃったなぁ……」
ユリウスは目から頰に流れる血を、舌で舐めとる。
顔が血で真っ赤に染まっていたが、そこだけ肌色が見えるようになる。
「そうですか。では貴方が、私を狙った理由は? なぜ『ヘレナ』という名前が、暗殺対象になっているのですか?」
名前を告げた瞬間、命を狙いに来たユリウス。
その理由が全くわからない。
「僕といつも、いや、いつもじゃないかぁ……一緒にいる奴が、『ヘレナ』っていう名前の奴を殺せって言ってた気がしたんだよね」
「……その者の名前は?」
「ええ……あいつ、名前なんだっけ……? 長いから忘れたなぁ……マ、マなんとかって名前だった気がする」
「――マウリシオ・グラッチェではないですか?」
「ああ、そんな名前だった気がするなぁ」
ヘレナはそれを聞いて、心が一気に冷えた気がした。
「そうですか……やはりあの男は、まだ生きていたのですね」
「へー、あいつと友達なんだぁ」
「友達ではありません」
食い気味にそう答えたヘレナ。
「あんな男と友達なんて、反吐が出ます」
「あはっ、今度会ったら言っておくよ」
「……お会い出来ると思いますか? これから貴方を拘束して、兵士に身柄を預けます」
もう目も見えないユリウスを拘束するのなんて簡単だ。
身体にも死にはしない程度の傷を幾度も与えた。
最初の頃の動きはもう出来ないはずだ。
「しかし、縄がありませんね……屋敷に戻ればあるのですが」
何で縛るかヘレナが迷っていると、ユリウスがゆったりと立ち上がり始めた。
動くだけで辛いはずなのに、まだ戦うつもりなのだろうか。
「……まだやりますか?」
「うん、そうだね……光も、感じるようになったしね」
「……どういうことですか?」
ヘレナの質問に答えず、ユリウスはまた攻撃を仕掛け始めた。
一気に迫ってきたユリウスの速度に、ヘレナは避けながらも驚く。
傷だらけのはずなのに、最初の時と動きが遜色ない。
足も動けないほど傷つけて、だからユリウスは倒れ伏していたはずなのに。
なぜいきなり動けるようになったのか?
そして目が見えていないはずなのに、ヘレナに向かって正確に手を伸ばしてくる。
そのことも不審に思ったが、ヘレナは気づいた。
「……貴方、水魔法で回復魔法が使えますね?」
「――あはっ、バレた?」
血で真っ赤に染まったユリウスの目が、しっかりとヘレナの姿を捉えていた。
どちらの目も完璧に潰したはずなのに、完全に治っている。
血と服でしっかり見えないが、おそらく身体中の傷もほとんど治っているのだろう。
回復魔法はとても難しく、使える者が限られている。
大きな病院でも回復魔法を使える医者は、ごく僅かだ。
前にアイリが足の骨を折って治したのは、スイセンの街でただ一人の回復魔法使いだった。
難しすぎて普通の者は覚えられず、ヘレナですらどれだけ努力しても完璧には覚えられなかった。
回復魔法を覚えられる者は、生まれ持った天性の才能が重要だとされている。
ヘレナの回復魔法は回復速度を通常よりも早めるだけだが、ユリウスは魔法を行使すればほとんどの傷が治る。
「いつも戦闘中は痛みを感じたいから治さないんだけど、動けなくなったから使ったよ。ごめんね」
「……謝られる筋合いは全くありません」
二人は最初の時のように攻防を繰り返す。
ヘレナがユリウスの回復に気づかなかった理由は、もう一つある。
普通ならヘレナは相手が魔法を発動した瞬間に感知できるほど、魔力探知が長けている。
しかし回復魔法は相手の身体の中だけで行われるので、探知しづらいのだ。
特にユリウスが相手だと、身体強化の魔法を行なっているので、常に身体に魔力を纏った状態だ。
なおさら内部の魔力を探知するのは、困難を極める。
「んー、だけどこれじゃあ、どっちも決め手がないよね」
「……そうですね」
しばらく攻防を続けた二人だが、お互いに相手を倒す手札がない。
ユリウスは掴めば終わりなのだが、ヘレナが相手だとそんな簡単なことが出来ない。
ヘレナも攻撃は通じるのだが、それを片っ端から治されてしまうとどうしようもない。
「どうでしょう。もうここは戦闘をやめるというのは? 私も貴方から聞きたいことは聞きましたし」
「えー、それじゃ僕が話し損じゃん」
ユリウスは急に攻撃を仕掛けるのをやめ、嫌そうに顔をしかめる。
「はぁ、これはあまり使いたくなかったんだけどなぁ……つまらないし」
「……なんでしょう」
「だけど仕方ないよね、君がずっと避けるから。あまり好きな殺し方じゃないんだけど」
ヘレナはユリウスが何をするか、注意深く観察していた。
魔力の全てを感知し、集中して体内の魔力も捉えようとしている。
そんなことも知る由もないユリウスはため息をつきながら、その魔法を使った。