第114話 ヘレナの買い物で
「次は、お肉ですね」
ヘレナはメイド服姿のまま、荷物を片手に商店街を歩いていた。
身長が低いので子供のおつかいのようだが、姿勢正しくキビキビ迷いなく歩く姿に、周りからはメイド服ということもありそのようには全く見えない。
「すいません、お肉を五キロほどお願いします」
「あら、ヘレナちゃん。わかったわ、待っててね」
店の婦人に話しかけ、買い物を済ませる。
「ありがとうございます」
「最近ヘレナちゃん、お肉を結構買うわねー。重くない?」
「はい、大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
普通に持つのであれば他にも色々と買っているので重いと思うが、ヘレナは魔法を駆使して出来るだけ力を使わないようにしている。
「確かヘレナちゃん、S級冒険者のアイリ様のお手伝いをやっているのでしょう? 大変じゃない?」
「大丈夫です、とても良くされているので」
「まあ、それなら安心ね。また来てね」
「はい、また利用させてもらいます」
そしてヘレナは次の買い物に向かった。
数日分の食材を買い、一度屋敷に戻った。
シエルが壊してしまった家具を買うには、さすがに手持ちが多すぎるからだ。
食材を置いて、また商店街を歩き始めた。
この街に、エルフはほとんどいない。
ヘレナが知っている限り、エルフでこの街にいるのは自分だけだ。
エルフという種族の全員が、自身の国から出るのを好まない。
人族よりも長い一生を、母国から出ずに終える、というエルフも多い。
だがヘレナは見聞を広げるため、次期女王という立場でありながら外に出た。
外に出てからは、本当に色々とあった。
死にかけたことなど何度もあり、国を出てなければ良かったと思える苦しみなども味わった。
ただそれ以上に楽しく、刺激的な日々の連続だった。
国を出たことは申し訳なかったが、反省も後悔もしていない。
今も国にいたら絶対にすることはなかった、メイドという仕事もしている。
仕えているS級冒険者のアイリはとても良い人で、弟子のアリシアなども明るく楽しい性格の人だ。
国を出てからここ数年は、一番穏やかな日々を送っているだろう。
自分がエルフとバレると面倒なので、街に出るときはそれを隠している。
一番わかりやすく目立つのは尖った耳なので、それは幻術の魔法で人族の耳に見えるように誤魔化していた。
ずっと前から人間の街に入るときは、絶対にこの魔法をかけて入った。
今もそれをやっていて、この幻術を破られたことは一度もない。
そう――。
「あれ、君の耳、エルフ? ここ人族の街だよね? なんでいるの?」
――今まで、一度も破られたことはなかった。
正面から歩いてきた、黒づくめの男。
すれ違った瞬間にその男が発した言葉に、ヘレナは身体が固まる。
黒い男がヘレナを意識したのは、すれ違った瞬間だけ。
つまりその一瞬の間に、ヘレナの幻術を見破ったということだ。
「……」
「ねえ答えてよ。エルフがこんなところで何してるの?」
適当に言ったわけじゃなく、まぐれでもない。
確かのこの男は、ヘレナの幻術を見破ったようだ。
「……買い物をしているだけです」
「ん? いや、そういうことを聞いたんじゃないんだけどなぁ」
「貴方こそ、何者ですか? 人に名前を聞くときは、親から自分からと習いませんでしたか?」
「親なんていなかったから、習わなかったけど」
「……それは申し訳ありません」
ヘレナは怪しい者を問いただすようにしていたが、地雷を踏んでしまい謝る。
男は全く気にした様子もなく、むしろ笑って言う。
「ああ、違った――親は僕が殺したから、習わなかっただけだ」
「っ……!」
その言葉にヘレナは一気に警戒度を上げた。
どんな事情があって親を殺したかは知らないが……笑って人の死を語る者が、危ない者じゃないわけがない。
「みんなは親から習うんだ? じゃあ僕から名前を言うね。僕はユリウスだよ」
「……ヘレナです」
「ふーん、ヘレナ。なんか聞いたことある名前だなぁ」
ヘレナはもちろん、この男を見たこともないし名前も聞いたことはない。
だがユリウスと名乗った黒い男は、ヘレナの名前をブツブツと呟いて「あっ」、と何かを思い出す。
「あはっ、そうだそうだ、思い出した」
「違う人のことではないですか? 私は貴方と会った覚えはありません」
「うん、そうだね、僕もヘレナなんて名前の人と会うのは初めてだよ」
「……どういうことでしょうか?」
ユリウスは狂気じみた目で、右の口角だけを上げて笑った。
「ヘレナって、暗殺対象の名前だ」
「っ!」
「君がその暗殺対象のヘレナなのか知らないけど、ごめんね。殺すよ」
その瞬間、ヘレナの頭にユリウスの手が伸びてきた。
他作の話になってしまいますが、
「死に戻り、全てを救うために最強へと至る@comic 1巻」
が、緊急重版いたしました!
発売一週間ほどで重版なので、とても嬉しいです!
まだ買ってない方は、ぜひお買い求めくださると嬉しいです!
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本作もコミカライズが決まっており、企画は順調に進んでいるので楽しみにしていただけたら嬉しいです!
よろしくお願いします!