第113話 A級、S級
「えっ、キョースケ、姉貴とマリーを追いかけに行ったんすか?」
シエルと一緒の朝食を食べてる最中、アリシアは目をまん丸にしながら聞き返した。
「うん、そうみたい。エリオ君のために」
「エリオ君? なんであの二人についていくのが、エリオ君のためになるんすか?」
「あっ、えっとね……」
メイドのヘレナに聞いたことを、アリシアにも話す。
シエルは一瞬躊躇ったが、アリシアなら他の人にむやみに話すことはないだろう。
一応話し終えたときに、「これは内緒だからね」と言っておく。
アリシアはもちろん、と言うように頷いた。
「いやー、しかし黒雲病の完治薬っすか。そりゃ機密事項っすよね」
「そうなの? それだけ凄い発明したなら、大々的に発表して色んな国に渡した方がいいんじゃないのかな?」
ヘレナに聞いた時から、シエルはそれが不思議でしょうがなかった。
世界中が苦しんでいる、不治の病の完治薬だ。
発表すればとても注目され、その国の最大の強みとなるだろう。
取引などすればどれだけの財を産むか、見当もつかない。
「まあ普通に考えたらそうっすよね」
「うん、なんで発表しないんだろう? まだ完璧には出来てないのかな?」
「さあ、それはわからないっすけど、完璧に出来てもエルフの国だったら発表しない可能性が高いっすよ」
「エルフの国って鎖国的って聞くけど、なんでなんだろう?」
「私もあんまり詳しくないっすけど、大昔に他の種族と関わって大変なことがあったとか聞いたことがあるっす」
「大変なことって?」
「そこまでは知らないっすね」
黒雲病の完治薬という歴史に名を残すほどの発明を公表しないほど、過去にエルフは何かがあったのか。
二人には全くわからないし、想像もつかない。
「ヘレナちゃんならわかるんすかね?」
「どうなんだろう。あの人ならなんでも知ってそう」
朝食を食べ終わり、二人はヘレナを探した。
エルフの国のことを聞くためだ。
しかし屋敷の中にその姿はなかった。
諦めて二人はそれぞれ自室に戻り出掛ける準備をしていると、机の上に置き手紙があるのを見つける。
それぞれの部屋に一枚ずつあり、どちらも同じ内容だ。
手紙に書いてあったのは、ヘレナは買い物に出掛けているということだった。
前にシエルが訓練をしている最中に、誤って家具を壊してしまったので、その代わりを買いに行ったようだ。
「うわー、私がやったせいで、本当に申し訳ない……!」
「前に雨だから室内で訓練をしたときっすね。あれは仕方ないっすよ」
ヘレナに会ったら謝ろうとシエルは決め、二人は家を出て冒険者ギルドへと向かった。
「そういえばキョースケはいつぐらいに帰ってくるんすか? 姉貴達と一緒だったら、一週間後とかっすか?」
「ヘレナさんが言うには、早かったら今日中に帰ってくるって言ってたけど」
「早っ!? めちゃくちゃ早いっすね!」
「一匹で行ったからすぐにアイリさん達に追いつくし、完治薬を貰ったらすぐに持って帰ってこれるからね」
「……なんかシエルちゃん、怒ってるっすか?」
シエルの「一匹で行ったから」という言葉が、含みのある言い方で気になった。
一瞬固まったシエルだったが、すぐに笑みを浮かべる。
しかし目は全く笑っていない。
「怒ってないよ。私に何も言わずに一匹で勝手に行ったキョースケのことなんて」
「いや、怒ってるじゃないっすか」
どう聞いても怒ってるようにしか思えない。
「……まあ正直少し怒ってるけど、それ以上に悲しい。なんで連れて行ってくれなかったのか、って」
「それはあれじゃないっすか、シエルちゃんと一緒だったら姉貴達に追いつけないから」
「だったら一言そう伝えてから、出発すればよかったのに……」
おそらく最大の理由はアリシアが言ったことだろう。
それにキョースケが助けたいというエリオは、余命一ヶ月と診断されている。
一ヶ月は安全……なんて考えは甘く、いつ死んでもおかしくないだろう。
だからすぐに追いついて、薬を貰ったらすぐに帰ってこれるから、キョースケは一匹で行ったのだ。
だが……。
「多分私がまだ弱いから、アイリさんやマリーさんみたいに強くないから、キョースケは一人で行ったんだと思う」
「それは……」
アリシアも否定出来ず、言葉が詰まる。
今回の依頼は、S級冒険者の二人が一緒に行くというぐらい危険なものと判断されている。
エルフの国がどういう場所か全くわからないが、二人が抜擢されているというだけあって相当危険なのだろう。
そこにアイリよりも強いキョースケが行っても大丈夫だろうが、シエルが行っては足手纏いになる可能性がある。
例えエリオの寿命がまだあり、先に行ってる二人にシエルと一緒に行っても追いつけたとしても。
もしかしたらキョースケは、シエルを置いて行ったかもしれない。
「シエルちゃん……」
「……だからね、もっと強くなろうって決めたんだ!」
「……っ!」
「もっと強くなって、A級! それでS級になる! そうしないと、キョースケの相棒として釣り合わないから」
シエルは微笑みを浮かべて、上を見ながら言う。
空には朝なのに、陽がほとんど差してこない原因である真っ暗な黒雲が広がっている。
それを無くすというのが、シエルとキョースケの目標だ。
「……すごいっすね、シエルちゃんは」
「ふふっ、ありがとう! じゃあ行こう、アリシア! 今日も頑張ろう!」
シエルは止まっていた足を動かし、ギルドへと歩き出す。
「……本当にすごいっすよ。私はもう、諦めちゃったっすから」
小さく呟いたアリシアの言葉は、シエルの耳には届かなかった。