第112話 書庫
アイリ達は、キョースケが窓から出ていくのを見送った。
「あー、もうキョースケ行っちゃったんだ……まだしっかりもふもふ出来てなかったのに……」
ナディアは口を尖がらせ、不満そうに言った。
ずっとアイリが抱きしめていたので、ナディアはもふもふする機会がなかったのだ。
実際は一回だけもふもふして、それからキョースケがされるのが嫌で逃げるようになっただけなのだが。
「ていうかキョースケって魔物なのに、よくあれだけこっちの言葉理解できるよね。鳥なのに」
「そのまま人間の言葉を話せたら良かったけど、馬鹿みたいな鳴き声しか出せないしね」
「マリー、誰の、何が、馬鹿みたいって?」
「えっ!? い、いや、その、とても可愛らしくて、素敵な鳴き声だと思うわ!」
「うん、そうだよね」
「アイリ様はキョースケ様のことになると、とてもお怒りになりやすいのですね」
そんなことを話しながらも、黒雲病の完治薬の受け取りが終わった。
「これで面倒臭いやり取りは終わったね! じゃあアイリ、マリー、遊ぼ!」
「……遊ぶ?」
「うん!」
「遊ぶって、何をして?」
「えっと……なんだろ?」
ナディアは勢いで言ったが、友達と遊んだことなどないのでわからなかった。
「二人はいつも何して遊んでるの?」
「……別に、遊んだことない」
「そ、そうね……アイリとは遊んだことないわ」
アイリは淡々と言ったが、マリーは少し落ち込みながら言った。
「えっ、そうなの? じゃあ他の人とは?」
「特に遊んだことない。依頼をするか、家でのんびりか、訓練するか、キョースケをもふもふするか」
「私もアリシアっていうアイリの弟子と、街に出かけるぐらいで、遊ぶことはあまりないわね」
「えっ……二人とも、それじゃつまらなくない?」
信じられない、と顔にくっきりと書いたような表情のナディア。
「もっと遊ばないと!」
「そんなことより、今は書庫の方が気になるわ。見してよ」
「書庫なんて後でいいじゃん! 遊ぼうよ!」
「陛下、そろそろ口を出してもよろしいでしょうか?」
側で使えているラウラが、呆れと怒りが混じったような声で言う。
「陛下の今日の仕事はまだ残っております」
「えぇ!? だって港に行く間にもずっと書類仕事やったじゃん!」
「そうですね、なので後一時間ほどやれば終わるかもしれません」
「い、一時間……それだったら、まあ……」
眉を顰めながらも、それぐらいだったら頑張ればすぐ終わる、と思うナディア。
「それやれば、今日は自由?」
「はい、そうです」
「じゃあ今からそれすぐに終わらせるから! アイリとマリーは待ってて!」
ナディアはそう言って、ドアを勢いよく開けて部屋を出て行った。
「……静かにドアを開けて、廊下は走らないように後で言い聞かせないといけませんね」
冷めた目でそれを見送ったラウラ。
「で、ラウラ、本当に一時間でナディアの仕事は終わるの?」
「さあ、どうでしょう。私でしたら一時間丁度で終わりますが、陛下でしたら二時間半はかかるかと」
「ラウラとナディアでどれだけ仕事をこなす速度の差があるのよ」
ラウラは「一時間ほどで終わるかもしれない」、と言っただけで、終わるとは言ってない。
ナディアも本気で一時間やれば、終わる可能性はある。
しかしその集中力が、一時間も続けばの話だが。
「では約束ですので、書庫にご案内いたします」
「いいの? ラウラは書庫に連れていきたくないって言ってたじゃない」
「本来ならそうですが、お二人のことを信じています。書庫で得た知識は、あまり他言をしないようお願いします」
「んっ、わかった。ありがとう」
「あのヘレナさんが書いた本が気になるわね」
ナディアが開きっぱなしにしていたドアから三人は出て、書庫へと向かった。
書庫の入り口は、とても大きな金属製の扉で塞がっていた。
「厳重な扉ね」
「はい、とても重要な書庫なので。普通の方の魔法では、傷一つつきません」
「へー、試してみていい?」
「駄目です。陛下と同等ほどの力をお持ちのお二人なら、数回で壊れてしまうかもしれません」
ラウラは扉の前に立ち、右手を扉の前に出す。
しばらくすると、扉が派手な音を立てながら開き始めた。
「どういう仕組み?」
「特有の魔力反応で扉が開きます。私と陛下、それに他数名しか開けることは出来ません」
「そんな技術あるのね、知らなかったわ」
「エルフの国でしたら、おそらくどこにでもある技術です」
中に入り、アイリとマリーは棚に収まっている本の数々を見渡す。
「本当にいっぱいあるわね。これの半分をヘレナさんが書いたって、信じられないわ」
マリーは本棚に並んだ背表紙を見ながら言った。
いっぱいありすぎて、どれを読めばいいかわからないぐらいだ。
「お二人が読みたいのは、戦闘指南術が書いてある本でしょう。それは奥の方にあります」
「そうなの? じゃあそれを……」
「ですがその前に、お二人に読んで欲しい本があるのです」
ラウラはこの本の森から一切迷うことなく、本棚から一冊の本を抜く。
「これです。お二人は、あのことを知らないようなので」
「あのこと?」
アイリは聞き返しながら、本を受け取る。
マリーもアイリの側で覗き見のように読もうとする。
「私自身、伝説かと思っていましたが、まさか本当に目にするとは思いませんでした」
そして二人はその本を読み――衝撃の事実を知ることとなった。
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