第105話 お留守番
ナディア女王はラウラさんに小遣いを減らされるのを許してもらうために、頼み込んでいる。
「駄目です。許しません」
「そこをなんとかぁ! もうこれ以上減らされたら、私生きていけない!」
「陛下の衣食住は保証されてますので、大丈夫です」
「そういうことじゃないから!」
もうその姿は一国の王には見えない。
怒っている親に謝っている子供みたいだ。
「だ、だけどほら! クラーケン見つけたから許して!」
「いいえ、駄目で……今、なんておっしゃいました?」
「えっ、クラーケン見つけたって」
ナディア女王の一言に、ラウラさんだけじゃなく僕たちも目を見開く。
「どこですか?」
「あそこ」
指差した方向は、先程まで海が割れていた辺り。
今はそれが無くなり、あれほど荒らした海は波が高くなっている。
そしてよく見たら……なんか大きなタコの足が海面から出ていた。
僕は視力が良いから余裕で見えるけど、多分人間の視力でも見えるぐらいの近さだ。
「なぜ言わなかったのですか?」
「クラーケンよりも私の小遣いの方が大事でしょ!?」
「ああ、アホでしたね」
何をどう考えたら女王の小遣いの方が大事なるのか。
彼女にとっては死活問題なのかもしれないけど、クラーケンは国の一大事でしょ。
「巣から引きずり出せたみたいだけど、どうするの? まだ結構遠いわよ」
マリーさんが目を細めてクラーケンの足を見つめている。
人間でも見えると言ったが、遠くにいるから小さく見えることだろう。
僕の目測だと足だけで十数メートル、足の幅も二メートルくらいある。
まだ全長は見えないけど、百メートルを超えるんじゃないだろうか。
「ここから魔法飛ばしても当たりはするけど、倒せるほどの威力は保てないわ。近づかないと」
「さっきの魔法を放てば一撃で……」
「陛下?」
「うん、やっぱり近づかないとね!」
確かにさっきのをやれば倒せるかもしれないけど、その後の被害が大変なことになる。
「私は魔法で飛べるけど、ラウラは飛べないよね。そっちは誰が飛べる? あ、キョースケが飛べるのわかってるからね」
やはり海に潜って近づくわけにはいかないので、風魔法で飛べる人が行くことになるみたいだ。
僕はもちろん飛べるよ、鳥なんだから。
「私は飛べる」
「私は飛べないけど、いけるわよ」
「飛べないのに?」
「水魔法が得意だから」
そう言うとマリーさんは港から海へ落ちた……って落ちた!?
えっ、大丈夫なの?
いや、泳げるなら別に死にはしないと思うけど、別に泳ぐような服でもなかったし。
海面は地面よりも数メートル下なので、マリーさんの姿は見えない。
僕が肩に乗っているアイリさんが近づいてくれて、ようやくマリーさんの姿が見える。
するとマリーさんは海に落ちたのに、海の中に入っていなかった。
海面に、立っていた。
「ええ! 海って立てるの!?」
ナディア女王も目を見開いて、そしてキラキラさせて驚いていた。
「ふふっ、私は水魔法が得意で練習したからね。少し得意くらいだったら絶対に出来ないから、やらない方がいいわ」
「へぶっ……!?」
「何いきなり飛び込んでんのよ! 普通に落ちてるじゃない!」
アホな女王が早速挑戦して、普通に足から頭まで水の中に浸かった。
いや、本当に何やってるの……。
その後、すぐにマリーさんが救出。
そしてすぐにラウラさんの説教。
「その服も高いのですが?」
「ごめんなさい……だって海の上、立ってみたいじゃん」
「わからなくもないですが、もう少し考えてから――」
王様の服はやっぱり高そうだよね……ナディア女王の来月の小遣いは、どうなるのだろうか。
あとラウラさんも海の上立ってみたいんだね。
ビショビショな女王と服を、風魔法と火魔法の合体魔法で暖かい空気で乾かす。
凄い便利な魔法だ。
ものの数分で豪華な服も髪の毛も乾いた。
「うー、髪が軋んでる……」
「海水を浴びて乾かしたので当然です。我慢してください」
サラサラしていた髪が、指を通すと引っかかるようになっているようだ。
海に入るとそうなるんだ、知らなかった。
僕は髪ないけど、羽とか翼がそういう風になったら嫌だなぁ。
「で、最終的に誰が行くの? そこのアホ女王と、私とアイリ?」
「そうですね。私は飛べないですし、海面にも立てません。申し訳ありませんがここで待っています」
ラウラさんは申し訳なさそうに一礼する。
まあ三人とも強いし、僕もいるから……。
「あっ、キョースケもお留守番」
「キョ?」
アイリさんの一言に、「えっ?」と声が漏れてしまう。
ぼ、僕お留守番なの?
「水の攻撃苦手でしょ。危ないから」
いや、確かにそうなんだけど……ここまで来て、クラーケン退治に参加できないの?
僕のことを心配してアイリさんは言ってくれてるから、無下にはできない。
「ラウラ、預かってて」
「はい、わかりました」
ほ、本当にお留守番なんだ……。
「じゃあ行ってくる、待っててねキョースケ」
「すぐに終わらせてくるわ」
「ラウラ! クラーケンすぐに倒すから港の修理代、お小遣いから出さないで!」
「考えておきます」
ラウラさんの腕の中に抱かれ、僕は三人がクラーケン退治をするのを遠くで眺めていることになった。
戦いたかったのに……。