第104話 海を
「で、そのクラーケンってどこにいるのよ。姿形も見えないけど」
マリーさんの言う通り、港は人もいないのでとても静かだ。
危険な魔物が出るということを知らなかったら、寂れた港だと勘違いしそうなくらい。
「港のすぐ近くに巣を作った、と聞いております。なのでここから姿は見えないようです」
「どの辺に巣を作った、とかわからないの?」
「すいませんが、そこまで調べてはいません。クラーケンはとても危険な魔物なので、下手に刺激しては危ないので」
クラーケンがいるのはわかっているみたいだけど、どこにいるのかはわからないのか。
じゃあそれだったらクラーケンが出てくるまで、ずっと待っているしかないのかな?
凄い時間がかかりそうだ。
「陛下、ご自慢の魔力探知でどこにいるかわかりませんか?」
「なんか皮肉を言われてる気分なんだけど……」
「そのつもりなので、正解です」
「嬉しくない正解発表!」
「それで、どうなのですか?」
じと目でラウラさんを睨みながらも、魔力探知をしてくれるナディア陛下。
「うーん、海、というか水の中って魔力探知するの難しいんだよね。だから全然わかんない!」
「使えませんね」
「使えない!? 女王を使えないって言ったよこの人!?」
「いらないわねこの女王」
「この人も私のこといらないって言った!? 誰も味方いないんだけど! アイリ、助けて!」
「めんどくさい、絡まないで」
「酷い!? キョースケ!」
「キョー」
「鳥にも断られた!?」
なんだか可哀想だけど、ノリで首を横に振ってしまった。
本当に面白い女王だなぁ。
「で、どうすんのよ。本当に出てくるまで待ってるの?」
「そうするしかなさそうですね」
「めんどくさいわね。しかも海の生物だから、仕留められずに逃げられたら最悪よ」
確かに海の中に逃げられたら、攻撃の仕様が無い。
クラーケンって強い魔物みたいだし、難しい戦いになりそうだ。
「ねえ、アイリ」
「ん? なに?」
これからクラーケンが出るまで待つ、みたいな雰囲気になっていたところで、ナディア陛下がアイリさんに声をかけた。
「私さ、短気だから。待つの嫌いなんだよね」
「……そうなんだ」
「だから、手伝って」
そう言うと、陸のギリギリのところに立った。
あと一歩進めば、海に落ちてしまうところだ。
アイリさんもよくわかってなさそうだが、僕を抱えたままナディア女王の隣に立つ。
「アイリって風魔法得意でしょ?」
「うん、そうだけど。なんで知ってるの?」
「なんとなくわかるのよ。私も風魔法放つから、合わせて魔法撃って。出来るよね?」
「出来るけど、どこに撃つの? クラーケンいないけど」
「そりゃもちろん……」
そう言うとナディア女王は、海面に右の掌を向けた。
「海の中のどこかにいるクラーケンに。出てくるまで撃つよ!」
「……良いね、単純で。キョースケ、肩に乗って」
腕の中にいた僕は、アイリさんの肩に降り立つ。
アイリさんもノリ気で、隣に立って左の掌を同じように海に向ける。
「とりあえず本当にどこにいるかわからないから、全力でやって海を禿げさせるわよ!」
「さすがに無理だと思うけど、頑張る」
二人が魔力を溜め始めると、後ろで話していたマリーさんとラウラさんが何をやろうとしているのか気づいた。
「へ、陛下! 本気ですか!? クラーケンに刺激を与えてしまったら……!」
「これから倒そうってやつを刺激して怒らせても別に大丈夫でしょ? ちょっと港に被害が出るかもしれないけど」
「……あまり港に被害を与えないよう、お願いします」
「はいはーい。じゃあアイリ、準備はいい?」
「いつでも」
そしてナディア王国最強のナディア女王と、S級冒険者のアイリさんの魔法が、同時に放たれる。
「さーて、タコさん出てきなさい! 『嵐』!」
その瞬間、とても静かで波も無かった海が、豹変した。
二人の掌から放たれた圧倒的な暴風。
海の水は空高くまで飛び散る。
いや、もう飛び散るというよりも、そんな優しいものじゃない。
滝は上から下に落ちるが、それをひっくり返したかのような勢いだ。
水はこちらにもその勢いのまま来るが、それはアイリさんが風で避けている。
そして二人の魔法で――海が割れた。
前世で海を割った人が昔にいたってのを聞いたことがあった。
それが本当か嘘かはわからないけど、今目の前にある光景は本物だ。
水深はおそらく二十メートルくらいあったのだろうか。
幅が十メートルぐらいで裂けて、港から百メートルくらい奥まで割れている。
「あー! 超気持ちいいー! 今度からイラつくことがあったら、海に来て魔法ぶっ放そうかな!」
目の前の驚くべき光景が想定内だったのか、楽しそうに割れた海に向かってそう叫ぶナディア女王。
確かにこんなやばい威力の魔法を放てるんだったら、とても気持ち良さそうだ。
ナディア女王だけの力じゃないけど、一人でも軽く海は割れるぐらい強いと思う。
「お疲れ様です、陛下」
「どうラウラ!? 凄くない!?」
「ええ、凄かったです。しかし被害が最悪です」
「えっ……?」
後ろを振り向くと、ラウラさんとマリーさんは水一滴もついていない。
おそらく魔法で当たらないようにしたんだろう。
だけど港にある建物とか、クラーケンに壊されないように海からあげられた船など。
それらがもう、びしょ濡れ。
水の勢いとかで屋根とかも壊れてるし、船の中に水が凄い溜まってる。
片付けるのが大変そうだ……。
「さすがに魔法を撃ってからすぐにそこまでは手が回らなかった、ごめんなさい」
「アイリ様のせいではありません。お気づきになってからは、守っていただいたようで、ありがとうございます」
どうやらこれでも被害が抑えられた方のようだ。
後ろでもラウラさんとマリーさんが魔法で防いでいたのだろう。
「しかし、陛下?」
「ひいぃ……!?」
「陛下は余力があるにも関わらず、目の前の光景を見てるだけで何もしませんでしたよね?」
「き、気づきませんでした、すいません……!」
「この修理代の全て、はさすがに可哀想ですから、五割くらいは陛下の小遣いから出します」
「そんなぁ!? というかもう今月分の小遣い多分ないけど!?」
「来月から差し引きます」
「嘘でしょぉぉ!!」
あんなに凄い魔法を撃ったのに、最後まで決め切れない。
どこまでいっても、残念な女王なんだなぁ……。
そして――お目当てのものが、見えた。