第103話 港到着
港までの道をずっと進んでいると、時々魔物が出現する。
一番早く察知するのは、馬車の中にいて書類仕事をしているナディア陛下だ。
S級冒険者の二人よりも強い、って自信満々に言ったのは嘘ではないみたい。
「おっ! 魔物だ! 私が倒して……」
「マリー様にやっていただくので大丈夫です。お願いします」
「はいはい、わかってるわ」
御者席は外だけど、馬車の前の方に小さな窓みたいのがあって、そこからマリーさんの後頭部が見える。
「どこよ、全く見えないけど」
「陛下、どの方角ですか?」
「……四時の方向、数百メートルのところに、一体」
「それは先程、危険はないので見逃した魔物では?」
「……はい、そうです」
「ナディア、黙って、仕事をしなさい」
「はい、ごめんなさい」
とうとう女王のことを呼び捨てにした側使のラウラさんだった。
「アイリー、キョースケ貸してー。癒しが欲しいよー」
「もちろん、ダメ」
「うー、しんどいよー……」
僕を抱きしめてもふもふし続けるアイリさん。
ナディア女王は撫でるのが下手だから、僕も嫌だ。
特に何事もなく、フォセカ王国を出発してから二時間ほど経った。
ラウラさんが言うには、そろそろ港に着く頃らしい。
「ね、ねえ、もう港見えたよ?」
ナディア女王が机に置いてある書類仕事を、生気がない顔で片付けながらそう言った。
「窓からはまだ見えていませんが」
「いや、私の魔力探知で見えてるから!」
「……強いのも考えものですね。ですがまだ到着はしてませんので、仕事をしてください」
「うぇ〜……もう文字を見てたら気持ち悪くなってきたよ」
「錯乱魔法の耐性を持っている陛下なら大丈夫です」
「魔法をかけられるのと仕事をし過ぎて気持ち悪くなるのは、違うと思うけど!」
相手を気持ち悪くさせる魔法があるんだ。
直接的な攻撃じゃなくて、そういう攻撃は僕に効きそうだ。
物理攻撃も水は効くし、無敵じゃないってのは意識しとかないと。
そして数十分後、港に到着した。
一番喜んだのはもちろん、書類仕事から解放されるナディア女王だった。
着いた瞬間に席から立ち上がり、ドアを蹴破るように外に出た。
「やったー! 自由だぁー! うーん、潮の匂いー!」
「……陛下」
「な、何? もう着いたんだから、仕事しなくても……」
「それはいいのですが。なぜ、ドアを蹴破ったのですか?」
「えっ? あっ……!」
蹴破るように、ではなく、実際に蹴破っていた。
完全に壊れてはいないが、蝶番が上と下に二つあるんだけど、その上の方が壊れている。
ナディア女王はそれを見て、「やってしまった……」と誰にでも伝わるような顔をした。
とりあえず僕たち、それにラウラさんも外に出る。
もちろんドアを開ける必要はない、閉まってないのだから。
「ご、ごめんなさい……」
「大丈夫です、ナディア陛下の小遣いで直しておきますので」
「そ、それだけは勘弁を! ただでさえ少ない小遣いが無くなっちゃう!」
えっ、王様って小遣い制なの?
それに涙目になりながら懇願するほどお金持ってないの?
「ナディア陛下が色んなものを壊したり、無駄なものを買ったりするから無くなっていくのです。一般的に考えて、とても多い小遣いを貰っていますよ」
「週に五回ぐらいシャンデリアとか椅子を壊すだけじゃん! あとテーブルとか!」
「王宮にある物は高価なものです。月に二十個も壊していたら無くなるのも当然かと」
週に五回も物を壊すって、何をしてればそんなに壊すんだろうか……。
多分王宮だから、アイリさんの屋敷よりも高い家具とかがいっぱいあるんだろうなぁ。
そりゃそんなに壊したら、多い小遣いも無くなるよね。
「王様はストレス溜まるんだよ! だから物に当たることもあるの! 簡単に壊れるのが悪い!」
「鉄製の物などを魔法で壊す陛下が、よくそんなことを言えますね?」
「……ごめんなさい」
「陛下の小遣いで直しはしますが、時間や労力もかかるのでやめて頂きたいです」
「善処します」
多分ナディア陛下はこれからも壊すんだろうなぁ。
なんか王様ってもっと厳かで、カッコ良くて、漠然と凄い人なんだろう、って思ってたけど……。
「はぁ、また小遣いが無くなる……美味しいものとか、お洒落な服とか買えない……」
なんか普通の女性っていうか、普通よりも残念な可愛い女の子って感じだ。
まあ接しやすいってのは美徳なんだろうけど、それを補って余りあるマイナス。
悪い人ではないんだろうけど。
「ここがそのクラーケンが出るとかいう港よね? 人はほとんどいないわね」
マリーさんが御者席から降りて、港を見渡して言った。
確かに港というには、漁師の人とかがいるのかと思ったけど。
「バカね、クラーケンが出るんだから全員避難させてるに決まってるでしょ」
ナディア女王がそう答えてくれるが、一言多い。
「ラウラ、港だからそこに紐があるわ」
「クラーケンが出てきたときに足手纏いになってしまうので、縛るのは遠慮したいです」
「だから縛ろうとするのやめて!? ラウラももうちょっとはっきり断ってよ!」
女王とは思えないツッコミぶりだ。
やっぱり良い意味でも悪い意味でも、女王っぽくない人だ。