第102話 港へ
数分でラウラさんが帰って来た……何百枚という書類を携えて。
「あ、あはは、ラウラさん?」
「はい、陛下。もう教師でないので、さん付けは余計かと」
「その紙の束は、なにかな……?」
「陛下の書類仕事です」
「ぜ、全部じゃないよね? 何割かは、ラウラの仕事だよね?」
「いえ、全部陛下のです」
「……死にたい」
「仕事をやってからでお願いします」
「終わったら生きるよ!」
……女王様も大変なんだなぁ。
その後、すぐにクラーケン退治に出発するということで、建物を出て城壁の門のところに向かう。
歩いて行く……と思いきや、少し歩いたところに転移が出来る道具があるらしい。
それで門までひとっ飛び出来るようだ。
「へー、そんなのあったの。私たちはここまで来るのに使わせてもらわなかったわ」
「余所者には使うな、みたいな感じらしいの、ごめんねー」
「えっ、あ、いや……いいわ、別に」
マリーさんの嫌味に、ナディア女王が普通に謝ってきた。
さすがのマリーさんも、少し戸惑ったようだ。
「なんか私たちの国、というかこの国に限らないけど、エルフの国って面倒だよね。他国を排斥する文化がずっとあるの」
「……女王様がそういう考えを持ってるのね」
「最近私が女王になったばかりだからまだ変えてないけど、今後変えてくつもりだからよろしくね」
そう言ってナディア女王は笑う。
どうやらただ強いアホの女王じゃなく、ちゃんと国のことを考えているみたいだ。
そして僕たちは転移出来る道具、というもので門のところまで飛んだ。
その魔道具というものが発動すると、一瞬の浮遊感が起こり、次の瞬間には目の前の光景が変わっていた。
「うん、じゃあ門を開けてもらって出ようか」
僕たちは魔道具の効果に驚いて止まっていたが、女王とライラさんは慣れた様子で歩いていく。
あとで話を聞くと、王宮から僕たちがいるところまでも遠く離れていたけど、転移の魔道具で一瞬で来たらしい。
フォセカ王国にはすごい便利なものがあるんだなぁ。
僕たちが来たときには門が開けられなかったけど、それは王様の許可が無かったから。
今回はもちろん、開けられる。
「ねえ門番さーん、開けてー」
「へ、陛下!? か、かしこまりました!!」
ここにナディア女王がいるんだから、そりゃすぐに開けられるよね。
ということですぐに開けてもらって、馬車も凄い豪華なものを用意してもらった。
馬も四頭だし、車両の方も凄い大きい。
僕たちが乗って来たものは屋根があって、人が三人寝転がれるくらいの広さがあるくらいだった。
だけど今目の前にあるのは、まず扉がある。
もはや荷車ではなく、とても偉い人が乗り込むようなものだ。
やっぱり王族が乗るとなると、凄いんだなぁ。
「すごい、大きい……」
アイリさんも驚いたのか、豪華な車両を見てそう言った。
それを聞いてナディア女王が「ふふん」と鼻を鳴らして得意そうに話す。
「そうよ! 私ぐらいになると、このくらいの馬車は用意できるわ! 中もほとんど揺れずに、とても快適よ!」
「ええ、そうですね。だから書類仕事をしても、全くもって問題ありません」
胸を張って自慢をしようとしたナディア女王だったが、ラウラさんの一言で顔が曇る。
「……やっぱりもう少し小さいやつでいいんじゃない? もっと揺れるやつとか」
「いえ、一国の王が乗るにはこれでも小さいぐらいです。なので陛下、この馬車でお許しください」
「い、いや、それはいいんだけどさ。もっと安いやつでいいのよ? ほら、もっと揺れるやつとか」
「なぜ揺れるのに固執するかわかりませんが、大丈夫です。揺れても揺れなくても、仕事はやってもらいますので」
「固執する理由わかってるじゃない!」
この二人はいつもこんなやり取りをしてるんだろうなぁ……。
「すみませんがアイリ様かマリー様、御者をやってもらえませんか? 私は馬車の中で陛下に仕事をやらせないといけませんので」
「じゃあ私がやるわ。西に道なりに行けばいいのね?」
「はい、二時間ほどで着くと思います。よろしくお願いいたします」
「それはいいけど、仮にも女王なんだから他の兵士とかついてこないの? まあめんどくさいから、私たちそっちの方が嬉しいけど」
確かにそうだ。
さっき門番さんに会ったので、もうお忍びとか関係ないと思うしね。
「私がついてこなくていいって言ったのよ。めんどくさいから」
「ラウラ、これでいいの?」
「なんで王様の私がいいって言ったのに納得しないのよ! あなたと同じ意見だったでしょ!?」
「よくはありませんが、仕方ありません。陛下の護衛となると何百人も兵士がいないと、盾にもなりませんので」
「ああ、そういえばこの国で一番強かったのねこいつ。そりゃ兵士つれても意味ないわね」
やっぱりラウラさんとマリーさんは仲良いみたいだ。
しかしそうか、僕も忘れてたけどこの国で最強だから女王になれたんだよね。
護衛を連れていく意味もあまりないのか。
ということで、御者席にマリーさんが座って、僕たちは後ろの豪華な車両に乗り込む。
中も広くて、座るところもとても柔らかそうだ。
まあ僕はアイリさんの膝の上にいるから、関係ないけど。
そして机のようなものが、一つだけあった。
そこにラウラさんが、ナディア女王を座らせた。
「さて、陛下。やりましょう」
「……まさか机まで用意して……ガチじゃん」
「ガチです。万年筆や印鑑も持ってきております」
うわー、大変そう……。
アイリさんと僕はその対面で、他人事のようにその様を見ていた。
いや、実際他人事だしね。
クラーケンがいる港に行くまで、ナディア女王はずっとこうして書類仕事をさせ続けられることになった。