第100話 はぁ? の違い
僕たちは暇な時間を適当に過ごしていた。
具体的にはアイリさんは僕をもふもふ、マリーさんもときたまに僕をもふもふ。
本当に暇だから、マリーさんですらもふもふしてくれた。
キールさんが部屋を出て行ってから、一時間が経った頃だろうか。
突如外の廊下が騒がしくなり、誰かがドアをバンッと激しく音を立てながら開けた。
そこに立っていたのはキールさんではなく、女性のエルフだった。
「人族の冒険者はあなた達ね! 私もクラーケン退治に連れてって!」
入ってきて早々、僕たちを指差して偉そうにそう言い放った。
とても良い笑顔なのだが……まず、誰だろう?
身長はそんなに高くない、一五〇過ぎくらいか。
髪の毛は緑で、とても綺麗でエメラルドグリーンみたいな感じだ。
長さは肩に少しかかる程度で、長くも短くもない。
顔立ちは整っていて、とても可愛らしい笑顔を浮かべている。
そして一番のツッコミどころは……王冠とマント。
装飾はほとんどないがとても綺麗な金色の王冠と、こちらは装飾がとても凄いマント。
子供、とは言えないが、大人びているとも言えない容姿なので、その二つが少し場違いな感じだ。
「はぁ? あんた誰よ?」
マリーさんが僕の翼から手を離して、眉を顰めてそう問いかける。
意外と気持ちよかったから、もう少し続けて欲しかった。
「女王よ! 敬いなさい!」
「はぁ? あんたみたいのが女王なわけないじゃない。そのおもちゃの王冠を外してから出直しなさい」
「おもちゃじゃないし、嘘じゃないわよ! これ純金で作ってあるの! すごくない? 少し重くて肩凝るけど」
怒ったと思えば、王冠を自慢するように見せてきたりと忙しい女性だ。
えっ、というか……女王?
本当だとしたら、フォセカ国の女王様ってこと?
そんなことを考えていたら、また一人女性が応接室に入ってきて……自称女王様の頭に、拳骨を落とした。
エゲツない音が鳴った……頭蓋骨が殴られたような音だ。
「いっったああぁぁぁ!? あ、頭が割れたぁぁぁ!!」
「黙りなさいナディア。本当にかち割りますよ」
「殺害予告だ! 女王に殺害予告したよこの人!」
「殺しますよ」
「黙ります」
よくわからないことが目の前で起こりすぎて、僕たちは何も言えずに呆然と見ているしかなかった。
自称女王様の頭をかち割ろうとした女性が、僕たちに一礼してから話し始める。
「初めまして、アイリ様、マリー様。私はラウラと申します。こちらのアホ、ナディア陛下の側使を演っている者です」
漆黒のとても綺麗でサラサラな髪を、腰ぐらいまで伸ばしている女性、ラウラさん。
身長も高くてスタイルも良く、仕事が出来そうな美しくカッコいい女性って感じだ。
……ナディア、陛下?
えっ、本当に女王様なの?
涙目で頭を両手で押さえながら、ラウラさんを睨んでいるこの人が?
全く女王様っぽくない……というか、ラウラさんも普通に殴ったり、アホとか呼んでるけど。
「陛下、自己紹介しなさい」
「さっきしたけど?」
「もう一度。私の前で、しなさい」
「は、はい! フォセカ王国第三十代国王、ナディア・エル・ルエバノです!」
「よく出来ました」
側使って王様に命令できる人のことを言うのかな?
「で、その本物らしい女王様と側使が、いきなりここまで来て何なの?」
僕たちが一番疑問に思っていることを、マリーさんが聞いてくれた。
だけど女王様ってわかっても、普通にタメ口で話すんだ、凄いなぁ。
「さっき言ったじゃん。クラーケン退治に連れてって。耳遠いの? それとも記憶力皆無?」
「ラウラさん、殴って」
「はい」
「いったぁぁ!?」
マリーさんとラウラさんの連携で、ナディア女王の頭にまたゲンコツが落ちた。
初めて会ったとは思えない上手い連携だ。
さっきよりは軽いようだけど、痛そう。
「なんで一国の女王がクラーケン退治についてくるって話になってんのよ」
「楽しそうだから!」
「ラウラ、そいつ縛ってくれない?」
「さすがに無理です。紐がないので」
「あったらしてるの!? 私女王だけど!?」
もうマリーさんとラウラさんは仲良くなったみたいだ、呼び捨てだし。
というよりも、本当に女王様がクラーケン退治についてくるの?
めっちゃ危険だと思うけど、女王様がついてきていいの?
「私とアイリでも本当に倒せるかわからない相手よ。そこに足手纏いを連れて行く暇はないわ」
「大丈夫よ、私あなた達よりちょっと強いから」
「はぁ?」
マリーさんは今までの疑問の「はぁ?」ではなく、少しカチンと来たような「はぁ?」という声が漏れた。
「ラウラ、これは本当?」
「おそらく。ナディア陛下は前国王を倒して、即位しました。なので現状、フォセカ王国で最強です」
「へー、女王様が最強なのね……」
「あなた達二人は前国王、お父様と同じくらいの強さね。素直に凄いと思うよ」
アイリさんとマリーさんを交互に見ながら、ナディア女王はそう言った。
戦ってもないのに、強さってそんなに正確に測れるの?
「ただ……その赤い鳥」
「キョ?」
アイリさんに抱かれている僕を指差しながら、ナディア女王は言う。
「その鳥、何? 私より強いんだけど。面白いからちょうだい」
「――はぁ?」
最後の「はぁ?」は、アイリさんのガチギレの声だった……。




