死後の世界1
「・・・い・・・きな。
あんちゃん、起きなって。
・・・まいったな、これじゃ仕事にならねぇや・・・。」
どこか遠くから聞こえる声は、不思議なことに男の声にも女の声にも聞こえる声だった。
意識を取り戻した男が目を開けると、目の前にはローブに覆われた人物がいた。
顔の部分には、闇が広がるかのように黒いもやが広がり、背中には大きな鎌を背負っていた。
「お?やっと起きたか。
そんじゃ仕事を始めるとしますかね」
そう言うと、ローブの人物は背中に背負った鎌を構え、目の前に突きつけてくる。
ヒッ、と短く悲鳴を上げる男を見て、ローブの人物はククク、と笑いをこぼす。
「・・・お・・・俺を殺す気か・・・?
な・・・何が目的なんだ?金か?金が欲しいのか・・・?」
男が絞り出した声に対して、ローブの人物は更に気を良くしたのか笑い声が大きくなる。
何が目的なのかもわからないが、このままでは不味いということだけは男にもわかる。
男が話を続けようと意を決した時だった。
「くはははは、すまん、ちょっとタンマ。
やばい、くふ、今のかなりツボに入ったわ。」
ローブの人物は、そのまま腹を抱えて笑い出した。
男は、唖然として立ち尽くした。
「くふ、くはは、・・・ふぅ・・・。
いや~、すまんすまん。
久しぶりにここまで面白そうな魂に出会えたものだからな。
ついからかってやりたくなってしもうた。」
そう言って目の前で手を合わせ、謝ってくるローブの人物。
そのことに呆れを示しつつ、男はある言葉に注目する。
「魂とは・・・どういうことだ?
俺は今魂の状態ということか?」
「その通りだよ?あんちゃん。
あんたは死んだのさ。覚えてるかい?のた打ち回って死んだことを?
だからお仕事に来たのさ、死神である僕がね。」
クフフと笑いつつ、ローブの人物、もとい死神は鎌を空中に振るう。
すると、鎌が振られた場所からブゥンと音をたて文字軍が現われる。
そのことに男が呆気に取られていると、
「それじゃ死の清算を始めようか。
間違ってたら教えてね、多分99%間違いはないだろうけどさ。
まずは、享年32歳 死因は脳梗塞。
童貞・・・ではないがほぼ似たようなもんだね。
家族はなし、か。寂しいもんだねぇ。」
死神は、文字軍と男を交互に見比べ此方の反応を窺いつつ話を進めていく。
男は死因に関しては知らないが、他は特に間違ったこともないので頷きつつ話を促す。
清算とやらはわからないが、男を今すぐ害するような雰囲気は今のところない。
ここで下手に抵抗したほうが厄介ごとになりそうだと判断したためだ。
「24歳で○×商事に入社、享年まで営業課にて勤める。
う~ん、実に普通。最初に波乱万丈があったぐらいだねぇ。
教科書に載せたいぐらいだよ。」
死神はそう言いつつ、文字軍を今度は鎌で縦に切り裂いた。
すると、今までの経歴の狭間から青い文字、赤い文字が飛び出し左右に分かれだした。
「あんちゃんにも見えるかい?
この青い文字が前世でやった善の所業、赤い文字が悪の所業ってやつさ。
天国だとか地獄だとか聞いたことあるだろう?実際そんなものないんだけどさ?
良いことをしたら天国で幸せになる。悪いことをしたら地獄で苦しむって言い伝えのあれ。
生命は死んだら転生する。人も動物も虫も植物もなにもかもね。
転生する祭にある程度の基準を決める必要があり、その判断が善悪の所業。
そして、それを確認するのが魂の清算で僕の役目なのさ。」
死神の話が終わるころには、ようやく男の善と悪の所業が全て導き出された。
左右に分かれた二つはちょうど同じくらいに見える。
それを見やり、死神はやっぱりと呟く。
「最初に見た時に感じたとおりだったねぇ。
あんちゃんは異質なんだ。」
「・・・・・・随分と嬉しそうだがどこが異質なんだ?
ただ、善と悪が丁度半々に分かれただけじゃないのか?」
「その半々ってのが異質なんだよ。
大半は善か悪のどちらかに偏るのさ。
半分ずつというのは僕がこの仕事を始めて大体46億年ぐらい?
その中で100にも満たないんじゃないかな?」
いや~、久しぶりすぎて記念撮影したいねぇ、と死神は喜んでいるが男にとっては
よく分からない状況だった。
珍しいのは分かった。それでこれからの状況がどう変わるのか、それが重要なのだ。
このまま、自分が希少だということだけで満足してそうな死神に先を促さなければいけない。
「とりあえず、俺が希少な存在だというのはわかった。
それで、俺の魂の清算というのは良くなるのか?」
「いや?全く?
むしろ、どっちつかずな分面倒になってるんだよねぇ。」
男の問いに、急に真顔で返答する死神。
「これで善だったら来世は幸せになりやすい生命へと転生させるし、悪だったらその逆にする。
それだけで良いんだけど、中途半端だとどっちにしたほうがいいんだろうねぇ。
確か・・・前回はどうしたんだっけ・・・。
う~ん・・・・・・・・。
面倒だし、あんちゃんが決める?」
「・・・それでいいのか?・・・適当すぎないか?」
「いいのいいの、転生したらこのことは覚えてないんだし、僕が黙っておけばそれでいいのよ。」
良い考えだ、と自画自賛する死神を見て呆れるしかない。
さてと、と呟きつつ死神が大きく鎌を振るうと目の前に扉が3枚現われた。
「一番左が人へと生まれ変わる扉ね、幸せと感じるかは本人次第!
んで次の扉が動物や虫に生まれ変わる扉、次が植物とかだねぇ。
どれでもいいよ、好きなのに飛び込んで頂戴な。」
「・・・本当にどれでも良いのか?
後で嘘でしたってのはやめてくれよ・・・?」
「疑り深いねぇ。
まっその性格嫌いじゃないよ?」
どうぞどうぞ、と扉を進めてくる死神。
こうなったら、覚悟を決めて潜るしかないか、そう男が決意し1歩前に出た。
そして一番左の扉に手を掛け、扉が開け放たれた瞬間
「ちょっと待った!」
死神からの待ったがかかり、思わず止まってしまった。
死神のほうを見やると、どこか遠くのほうを見つめ何かを呟いていた。
「あ~はいはい、わかりましたよ~だ。
ごめんねぇ、あんちゃん。どうやら上の人に見られてたみたいでねぇ・・・。」
「死神よりも上がいたのか・・・。
それで・・・俺の判決でもでたのか・・・?どっちつかずよりはそっちのほうがいいが。」
「上が言うには、地球では人への転生は許可しない。
動物として転生させるか異世界への転居を出せだってさ。」
普段なんも仕事しないくせにこういう時だけ口挟んで来るんだよなぁ、と死神がぼやく。
「地球では人へ転生させない・・・か。
それで・・・異世界への転居とは、一体どういったものだ・・・?」
「そのまんまだよ。
地球ではないどこか別の星に魂を転居させて転生するのさ。
人として生きるには異世界に行くしかないだろうね。
そこんところの詳しいことは担当の奴に聞いておくれ。」
死神が面倒くさそうに鎌を振るうと3枚の扉が2枚となった。
「左が地球で人以外への転生、右が異世界への転居窓口さ。
好きなほうを選んでくれよ。」
「・・・分かった。そんじゃ俺はやっぱり人として生きていたいから異世界に行ってみるよ。」
男は死神にじゃあな、と声をかけ右側の扉を開け中に入っていった。
扉が閉まるとすぐに扉は消え失せ、死神だけが残された。
「・・・・・・さて、これでいいですか?先輩。
あんまし嘘はつきたくなかったんですがねぇ・・・。」
「すまんな・・・。彼が次も、地球に転生したら恐らく未曾有の事態が引き起こされていたからな。
そうならないように、異世界に行って貰う必要があったんだ。」
「彼一人でそこまでの事態が起こりえるんですか・・・?
いや、先輩の予知能力を疑うわけじゃないんですけど。」
「まぁ、今回ばかりは自分の予知能力に疑問を持たざるを得なかったね。
だが、もし僕の能力が正常だとしたら彼は、異世界転移をしたほうが幸せになるはずさ。」
「・・・だとしたらいいんですがねぇ。」
死神は大きく背伸びをすると、仕事仕事と呟いてその場から消え去った。
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