Epilogue_その世界を生きる住人と、達城圭人の物語。
Epilogue_ その世界を生きる住人と、達城圭人の物語。
「とまあそんな訳で、諸々全部、無事連中が何とかしてくれることになったわけだね」
言うのはキティだ。その言葉を遮らない程度の風が、教室のカーテンを優しく揺らす。
返答を急ぐようなことでもない。教室には数拍分の沈黙が下りてきて、俺は自分の席で、キティの方は俺の前の机に座ったままで、
ふと届いた、やわらかな風に、窓の外へ視線を振る。
――それは、ある梅雨の日の午後のこと。
この街では最も郊外に位置する、とある高校の放課後のことだ。
ホームルームを終えてしばらく、教室にいるのは俺たち二人だけ。キティが開けた窓からは、風と、潮の香りと、少しだけ傾いだ晴れの日の日差しが差し込む。
「……、……」
……ちなみに蛇足だが、なんでそんな誰も残ってないような時間に俺たちが二人でいるかというと、無断欠席のペナルティで担任教師京極に掃除を頼まれたからであった。完全に忘れたいたのだが、気付いたら俺たち二日連続で学校をさぼっていた。びっくり。
「……なんかしょうもないこと考えてない?」
「そんなことはない」
閑話休題。今はこの、穏やかな時間に管を巻くことが先決である。ようやく掃除も終わったし。
さて。
「――――。」
昨日の晴れが、どうやら後を引いてくれたらしい。
雲こそ幾つか見えていても、今日も暖かく、概ね青天の日和であった。
或いは、今日の日差しには、少しだけ夏の気配さえ感じる気がした。
「……って言うかね、昨日のアレ以来この街に不穏な『天気予報』は出てないみたいなんだよね」
「はあ?」
天気予報とは、恐らくは彼女なりの比喩なのだろう。つまりは、
「未来予知の異変が解消されたみたい。……もしかしたら、天の柱の門の方が本命だったのかもしれないってのが私の予想」
本末転倒だけど、確かにこの街には危機が訪れたわけだし。と続ける。
……天の柱の門の格であれば、予知の算出した致命性、――脅威度Aにも合致する。
或いは――、
「天の柱の門を倒すために、あの予知が出たのかもしれないね」
そう、適当な調子で彼女は締めた。
未来予知というからには、或いはそんな、因果の捻じれた帰結もあり得るのかもしれないと。
それを聞いて俺は、殆ど他人事のように、とりあえずで納得しておくことにした。
「おかげさまで私は、もうしばらくここにいられそうだよ」
「それならよかった」
その言葉が、考えるよりも前に口から出る。
裏社会の事情など知ったことではなく、俺にとっては、その結果だけが重要であるために。
「しかしね、君にあんな熱い一面があるとは思わなかったよ」
「うん?」
緩慢な調子で、キティが続ける。
「楽しそうにさー? 走ってたじゃない?」
「あー……」
俺もやはり、緩慢に返答の言葉を選ぶ。
そんな低燃費な会話であっても、或いは春の日差しのおかげだろうか。退屈さをまるで感じない。
……たまにの雨もいいが。やはり俺は暖かい方が好きかもしれなかった。
「俺は、そんなつもりはないけどな」
「ふうん?」
その返事には、続きを促すニュアンスがあった。
とはいえ、これ以上説明するべきことがある気もしないのだが。
「……いや、俺に限らずさ? 誰だって本当は熱いんだよ」
「なんだ? 語るねえ」
「うるせえな」
誰にだって、
気に食わないことが一つ二つあるはずだろう。誰にでも、現状に満足していないという感情があるはずだ。
押し殺した感情があるとして、……それを吐き出すにはちょうど良いような状況に巡り合えたなら、――そのときは、誰だって、あんなふうに瞳に熱を宿すはずだ。
「まあでも? ……そういうところに惚れたんだったな。そーいえば私って」
――君に。ね?
などとキティは、
まっすぐにこちらを見て、
「……それはお断りじゃん?」
「喜んでくれよー」
からりと、俺たちはそれを一笑に伏す。
「お前はただの友達だよ。それ以上でも以下でもない感じの」
「冷たい男だ。昨今の日本はみんなこんな感じじゃないか!」
大事にしないでほしいものである。
「いや、まあ。……でもさ。覚えてない? 私たちの初対面」
「うん?」
覚えていないことはなかったが、
しかし、何も言わずに俺は待ってみる。
それで、そのままそうしていると、
……キティが続きを話し始めた。
「屋上でたむろしてた君を、私が見つけてさ」
「…あー、アレは驚いたなー」
なにせ、当時からして彼女はあまりにも有名であった。
外国人のぶっちぎり美少女、などと俺は小耳に挟んでいたのだったか。
……今にして思えば、なかなかにもう一捻りほしい感じの通り名である。
「そう。んで、なんだかわかんないけどみんな敬語だったんだよね。同級生も、先輩方も」
「あったなー」
ってかぶっちゃけわからないでもない。初めて見たキティは見た目以上にやたらと大人びていて、彼女の身の上を聞くまでは、いっそ老けているとさえ思ったものであった。
「俺もな、普通に敬語使っちゃったよ」
「寂しいよー? アレは」
そんなもんかい? 俺は独り言のように返す。
「それでさ。私があの日、君に聞いたこと。……覚えてる?」
「うん? 確か、……なんでみんな敬語なんだーって感じだったっけ?」
「そうそう」
それは、屋上にて少しだけ話をしたあとに、彼女が俺に訪ねてきたことだった。
今にして思えばその表情には、ほんの少し陰りのようなものが滲んでいたかもしれない。
「それで君が答えたんだよ。――タメ口がいいなら、そうするって」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
その日は、ちょうど一年前の今頃だっただろうか。そういえばその時も、こんな風に夏の気配を感じるような、日差しの強い日だったように記憶している。
「そこまで、特別な返事でもないだろ?」
「まあ、そうなんだけどね?」
少なくとも、彼女の表情の影に見えた何かを取り除けるような言葉ではない。
彼女はそれから今日に至るまでに、彼女自身の力で周囲との距離感を詰めていって、そして今の関係性がある。
あの日、劇的に彼女が変わったなんてことはないと、そういう風に俺自身は思っていた。
「ほら、敬語って言うのはつまり、距離感の言語化だろ?」
「……なにそれ、難しい話?」
「あれ? 君って馬鹿だったっけ?」
「上等だよ受けて立とうじゃねえか……!」
それでね、とキティは続ける。
「具体的な『距離感の意思表示』が敬語じゃん? あなたとは敬語を使いあう関係性ですーっていって」
「はあ」
それに限った話でもないような気がする。距離感の意思表示にしたって、それは相手を尊重する気持ちとも表裏一体だろうし、
「まあまあ。これはさ、あの日私が思ったことの話だよ。……それで、距離感ってのは大抵、時間とか誠意で取っ払っていくものじゃないか?」
「それは、まあ。……そうだろうなあ」
「そこで、――君が言ったんだ。『嫌だったらやめる』って」
「……、……」
俺の中で意を汲めない言葉は、一度置いておこう。俺は、彼女の次の言葉を待つことにした。
なにせそれだけ、彼女が気持ちよさそうに喋っていたのである。
そして、そんな俺の沈黙を、彼女は、
「そこでさ、思い出したんだよね、私」
――心地よさげに視線を和らげながら受け取って、続けた。
「――ああ、そういえば。
こんなもんはそんな風に、ただただシンプルな話だったけーってさ?」
「……、……。」
距離感を跳ね除けるために必要なのは、時間と誠意の二つなのだと思い込んでいて、しかしその実、たった一つの『意思表示』さえあれば、案外それだけで済むものなのだ、と。
それを思い出したのだと、彼女は続けて。
「それで私は言ったんだ。――君に、友達になってほしいって」
「……光栄だったよ」
こちらこそ、彼女は答える。
「さあ、そろそろ帰ろうか。昨日までのことのデブリーフィングも一通り済んだし」
「そうだな、もうこんな時間だ」
「……う、うわあそうだった! このままじゃこないだの二の舞じゃん!」
唐突に声を上げるキティ。それは過日の、とある帰り道での話だ。……つまりは、俺が散々レポートして連れて行ったラーメン屋が、たどり着いてみたら無慈悲に閉まっていたという、例の悲しい事件のことである。
あの、魚節とラードで極上の甘さと風味を演出した味噌ベーススープと、あまりにも芳醇な小麦の香りを噛むたび幾度も破裂させる、小気味良い歯ごたえの太ちぢれ麺。思い出すだけで俺の腹が鳴りそうになり、俺は努めて、窓の外に視線を投げることでそれを落ち着かせる。
「アレから何日か経ったけどね、私未だにラーメンの口なんだよ! カップラーメンじゃ全然如何ともしがたかった……っ!」
「……さいですか」
荒ぶるキティに俺は八割方引きつつも、俺のせいなので強くツッコめない。努めて、窓の外の景色を眺める。
……本当に、数日前までが嘘のように晴れたものだ。恐らくは、また遠からず梅雨前線が盛り返すのだろうけれど、
――そんないつかを憂慮して今日の日和を楽しめないというのは、流石にナーバスが過ぎる。
「……、……」
今日は、ひとまず。
今日を満喫しよう。そう、俺は思うことにした。
……、……。
「……そういえば。あの、キティ?」
「うん? どしたの?」
「今日って何曜日だっけ」
「水曜日だね」
「……………………そしたらラーメン屋休みだわ」
「わーわー! ふざけんなぁ!」
《終わり》
当シリーズはこれにて完結となります。
某小説賞に応募し(そんで落選し)たものをそのまま載せた稚拙な作品ではありますが、見てくださった皆様には多大なる感謝を。
この作品と、この作品に出てきた登場人物を皆様に紹介出来たこと、本当に誇りに思います。
きっと面白かったことでしょう。私は面白いと思って書きました(笑)
またいつか、縁があったらお会いできますように。
PS.ちなみに別の落選シリーズはまだ続いておりますゆえ、そっちでの再会もお待ちしております。




