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終章 『達城圭人と、その世界で生きる住人たち』

終章、――達城圭人と、その世界で生きる住人たち



 ――その日は、今までの天気が嘘のように晴れ渡っていた。



「……、……」

 そこは、この街で最も広い港であった。俺の足元で大地は途切れて、ずっと向こうまで続くのはコンクリートで補装された人工の陸地である。幅は八十メートル、奥行きは一キロを超えるだろうか、ただしどちらも目算であり、俺に分かるのは、どうあがいても「手狭に思う」なんてことにはならないということだけだ。

 そして、

その最奥にいるのが――白駒騎士団であった。

そのうち一人が、向こうからこちらに歩いてくるのが分かる。

「……」

 歩くたび、ささやかに左右に揺れるシルエットは女性のそれだった。近付くにつれてその金糸の髪と、見知った風貌が目に届く。

 その人物、――デイジー・ポーンは、声が届くだけの距離まで近づいて、そして声を張り上げる。

「私たちは決闘の申し出から逃げない! だけどね、アンタは逃げたっていいのよ?」

「……」

 俺は何も答えない。

 その手に携えた一振りの剣を、たった一度だけ握りなおす。

 春の日差しが、俺と彼女に濃い影を落とす。

 潮風が強く吹く。

「団長には」

 それは、

先ほどの怒鳴るような声とは違い、俺が気を張らなければ聞き落すような声量であった。

「追い返せって言われたけどね、アンタの気持ちもわかるのよ」

 今なら、団長の肩書にかけて無罪放免で通すって話だけど、と続けて、

「でも、来るんでしょ? ――いいわよ、挫いてあげるから」

「……やってみろ、帰り討ちだバカ野郎」

 来たのはアンタだ、と、デイジーは笑って。

 そして、騎士団の方へ戻っていく。

むこうで、いくつかのやり取りを交わしたのだろうか。

ここからでは殆どシルエットのようにしか見えない彼らの陽炎が、こちらへと向き直る。

彼らが、

 ――隊列を取る彼ら全員が、一糸乱れぬ動きで携えた武器を天に掲げ、

「……、……」

 そして、その切っ先をこちらに向けた。

 俺は、

「――――。」

 歩き、

歩調を速め、

――そして、走り出す。

 それから、……そういえば、なんて思う。

 たしかにこんな、風が愛しくなるほどの晴天日和も久しぶりであったが、しかし、

 ――こんな風に思いっきり走り出すのも、そういえば久しぶりのことであった。

「……ははっ」


 それはキティとの作戦会議でのことだった。彼女はまず、作戦の骨子の説明から始めた。

「――まず、足を止めたら負けだと思え」

 走り続けるんだ、何にも優先して。

そう、彼女は言う。

「白駒騎士団。――ジャイアントキリング専門のはぐれモノ集団。彼らはチェスのイメージで戦場を動かす」

 プレイヤーがケイル。それ以外は駒の役割を、それぞれが独自に持って、

「幾つかの定石と、幾重ものインスピレーションを以って進める制圧戦。それが彼らのやり方だ。君に出来るのは、制圧されないように網を抜けることだけだ」

 でも、……それじゃあ勝ちには届かない。

それにさ、逃げてるだけじゃつまんないでしょ?

「――『天の柱の門』を出させる。それが私たちの、勝利条件だ」


「ッ!」

 走る、走る、走る。

 俺はたった一人、歴戦の猛者たちへ向かいただ走る。他方彼らが行うのは陣形の展開であった。それは、最短距離にして且つ最低限の人員の拡散による「網」の形成。あの最中に打ち込んだ瞬間に、俺は確実に、ただ捕食される。

 ゆえに、


「……包囲網(アイツら)をバラバラにするのが、一番最初の君の仕事だね」

 さて問題。

そもそもどうして、相手は固まっていられるんだと思う?

「それはね、――君が近づいてこない限り無害だからだ。」

 だから私は「裏方」に徹してあげよう。

――まあ、多少派手にはなるかもだけど。


 俺のはるか後方から、俺の頬のすぐそばを通って何かが向こうで炸裂する。一瞬だけ見えた影は白い流星のようであって、ただしその炸裂は稲妻の類であった。騎士団の陣形の最中に、都合三度の爆発が起きる。――それが、キティによる援護だった。つまり、あの雨の広場で俺が見たのと同程度の威力の、手投げの爆撃である。

「    」

 怒号が飛び交い、陣形が崩れる。

ほんの一瞬の混乱。――そこに更に四つの爆発。

そのどれもが陣形を、的確に崩す。その穴の一角に向けて俺は走る。

彼らが俺の動向を察知し、ケイルが何か指示を飛ばす。俺の到達時間を予測し、そのうちに取れる最善の陣形準備を整えているらしい。

 ゆえに、――俺は倍の速度に加速する。


「……始めのテーマは、陣形を崩すこと。ただし私だけじゃ足りない」

 電気玉投げるなんてシンプルな攻撃じゃあ、いずれ連中も冷静に対処し始めるだろうし。

「でもさ、……それはつまり、落ち着いてゆっくりのんびりと、君を対処するつもりで連中がいるからだろう?」

 ――だったらさ、ほら。

その腹立たしい連中の冷静さを、はぎ取ってあげようぜ。


 ……そしたら、あとは流れで勝ってきて? というのが彼女の最後のアドバイスであった。全くもって適当である。しかしそれでもいい。彼女が言うところの『手札の切り方』とは、つまり俺の頭の使い方の話だろう。

如何に手札を切るか。

如何に、切るべき手札、取るべき駒を見抜くか。

これはつまり、連中の土俵に乗る行為に他ならない。

 いっそ、或いはチェスそのものなのであろう。盤をイメージし、その展開陣の穴に目を凝らす。人数の差は、つまりは持ち駒の数であるのだろうが。

 しかし、――俺と彼らでは、愛してくれる『女神』の質が違い過ぎる!

「だああああああああああ!」

 最高速で敵陣に突っ込む。砂埃を引いて敵陣の最中へ。それは投擲された岩石のように後先考えない速度であって、そしてそのバウンドのうちに、俺は周囲数人を剣の腹で殴り飛ばす。都合四人、そのうち三人には防がれ、残り一人は叩き飛ばしつつも威力を流された。確かに手練れだ、インファイトの技術勝負ではどうしようもない。だから、

「ッ!」

 飛び込んだ速度は殺さない。その速度の全てを膝とつま先に載せきってドリフトを行う。冗談のような速度を維持して左手に大回り、俺は全く別の陣形へ強襲をかける。

「こいつッ!?」

 誰かがたまらず叫んだ。砂埃の最中で、それが誰の声であったのかは本人にしかわからないだろう。俺はそれを置き去りに、常軌を逸したそのスピードを維持して敵の領域を離脱。その直線の最中に幾度と剣を振りぬいたうち、たった一度だけ明確に剣に感じた手ごたえに俺が思わず振り返ると、殴り飛ばした数人の内の一人が、威力を殺し損ねて腕に負傷を受けていた。

「    」

 そして、

 その光景は、明確に、

――戦場の絶句を生み出す。

「――――。よかろう」

 短い言葉は、ケイルのものであった。

その声は落ち着いたものであって、しかしこの戦場の端から端までを駆け抜ける。

 ゆえに、俺にもその指示が聞こえてくる。

「封殺ではなく、討伐だ。『出来る限り』は峰打ちにするように」

 俺たちの作戦は、彼らを『定石』の外に引きずり出すことであった。つまりは、それまでの時間は戦いですらなく、俺とキティがやったのは、ただのパフォーマンスのアピール、或いは率直にエキシビジョンとさえ言っていいだろう。

 今この瞬間の光景が――、ケイル・キングが、その告げた言葉で以って、

 決闘の始まりであると。静かに、そして明確に宣言した。



「こんなもんかなー?」

 戦場のはるか後方、とあるビルの屋上より。

キティはその戦いの全貌を俯瞰する。

「しかし、なかなか」

 その光景は、キティ自身をして予測を上回るものであって、彼女は静かに鼻を鳴らす。……なるほど、神造の剣を持つならば多少のドレスコードがあってしかるべきだが、それがよもや、ここまでチートじみたものであるとは。

 アレは間違いなく、人の想像の大抵を為し得るものであった。神様のドレスコードとは、なるほど言い得て妙である。アレはまさしく神に謁見し得るべくして、ヒト種の最高品質を再現していた。

「……、……」

 ――今、陣形はシフトした。

これまでの達城圭人を誘い込む形ではなく、彼を追い立てるような形にである。

無論未だハードルは高いが、それでも守りに入られるよりは、各集団ごとの戦力が減る分だけ、各個撃破の難易度が下がる。

また、膠着に対する布石は、ここまでキティが見せた通り。裏でコソコソしてみろよ、黒焦げになるぞ? と。

ならば、さてと、

こちらにとってもあちらにとっても、――これが間違いなく最善の、戦場の変遷であった。

「……、……。」

 風を感じる。

 雲が皆無とはいかないが、しかし春の日差しを陰らせるほどのものではない。

海が近いためだろう、彼女がこの街に来て以来、今日が最も潮風の匂いが強い。

 ――再び、彼女は雷撃を投擲する。

的確なコントロールで、都合五つ分。

 或いはそろそろこちらでも、本当の戦いが始まる頃だろうか。キティはそんなことを、他人事のように思う。



 戦場の港にて。

「キティの魔力の位置検索は?」

「不明です。雷撃軌道も位置割り出しに加味していますが、足取りが全く掴めません」

「それは、……魔術起動の探査を阻害する類の術式か?」

「いえ、これは……――。その逆、かもしれない……?」

 聞いてケイルは、たった一瞬だけ思考して、

 そして言葉を返す。

「アルバート。三人連れて、雷撃の軌道計算のみに専念しろ。ヒトを舐めた馬鹿な吸血鬼に、俺たちの意地を見せてやれ」


 ――最前線にて。

「デイジー任せるぞ!」

「は!? 何言ってんのよ馬鹿なんじゃないの!?」

「キティの方を相手してくるんだよ! アルバートからお呼びがかかった!」

「ああそう! いいわよわかったわよさっさと行ってきなさい役立たず!」

「うるせえよ任せたぞ!」


 陣形が、わずかに乱れたのが分かる。

ただしそれは、たった一瞬で再生治癒する程度のかすり傷のようなものであって、

――ゆえに俺は、その一瞬を逃すわけにはいかなかった。

「!?」

 相手の、驚いたような表情が分かるほどに接近する。直近二名にもそれが伝播し、彼らは焦ったように俺を剣で狙う。正面から縦に一閃、その他に死角を補う太刀筋で左右二つ、

だが、

「っだあらあああ!!」

 ――聖剣の膂力で以っての打ち上げ一閃。

その三日月の打ち筋が、都合三つの斬撃を弾き飛ばす。

「ぅぐお!?」

「――――ッ!」

 三人分の体格で遮られていた視界がきれいに通る。小集団が、俺の進行方向に三つ見える。そしてその先にいるのがケイルだ。まずはその、ひとつ目に向かって走り出そうか。

 目算十二歩分だった距離は、相手の接近によりその半分で制空権がかみ合う。大斧の大男を中心に、その両脇の長剣持ち二人が抜き出て、驚異的なスピードで俺の懐を狙うが、

 ――その左右二つのコンパクトな剣筋の下を、俺はスライディングですり抜ける。それを見た大男が振りかぶる。しかし遅い。スライディングから前傾に姿勢を正したった一瞬だけ速度をゼロに。弾かれたような挙動で以って、斧の軌道がある右手側から、走る軌道で弧を描き、そのスイングの更に下を駆け抜ける。

「――――」

 左手側、大男のスイングの死角に当たる方角はまさしくデッドゾーンであった。そちらを覆うように展開していた別の小集団が、俺の走る軌道を見て陣形を正す。しかし遅い、彼らが俺の進行方向に立つ。行違う寸前、鎧袖が触れる。それだけだ。俺は彼らを置き去りにする。彼らの指先が虚空を撫でたのが分かる。俺は三つ目の小集団に接近し、

「……」

 その最中にデイジーを見る――。

「――。」

「……何を。」

 その、見知った顔が言う。

「情けない顔をしているの? 私は楽しいのに」

「――、――。」

彼女のその目を見て、

俺は取り落としそうになった気迫を締めなおす。

彼女のその眼は明確に、この一合を望んでいた。

「……、……」

 三度の三人編成。真ん中がデイジーで、その手にはあまりにも巨大な剣がある。右には短剣持ち。左は、人の上背ほどの盾を持っていた。そこで、――デイジーが一歩引く。その挙動は、今まさに巨大な盾を足場に飛んで短剣持ちを飛び越えた俺の挙動を読んだものであって、

「んな!?」

「そうすると、――思ったのよッ!!」

 着地地点を荒っぽく弾く彼女の大剣を、俺はただそのスイングの軌道上に聖剣を置くことでしか対処できない。叩き飛ばされ吹き飛び、体勢を崩し、それを持ち直しきれず、そして俺は、無様に尻もちをついた。つまり、

――俺は今、明確に立ち止まった。

「ッ!?!??」

 脳裏に反響する耳鳴り。後頭部を掻きむしるような不吉な感覚は、今まさに俺の首元まで追いすがってきた誰かの切っ先の存在感か。

 思い出すのは、――立ち止まったら負けだというキティの言葉であって、……しかし、


「――全く、仕方ないなあ」

 キティは戦場を見下ろしながら、そう呟く。


 ザリンッ、と。

 鎖の鳴るような音が一面に響く。地面からほとばしったのは、白い乱杭歯のような逆稲妻。それが俺の周囲一面に展開されて、――追いすがってきた者全てを貫く!


「――位置特定完了しました! 今の魔法が『網』にかかった模様! やはり彼女、今のモノ以外は魔法を使っていません!」

 ケイルはそれを聞き、

「どうせワープ阻害なんて張ってない! ファイアーウォールの一つさえなかったんだろう? 早く行って終わらせて来い!」

 その指示を聞き、三人の戦士が影も残さずに消失する。


 ――戦場が、ただ一瞬だけ明確に時を止めた。

「    」

「……、あ、ぐぁ?」

 逆稲妻に貫かれ痙攣する彼らには、しかし苦痛の色はない。

当然だ、それが単なる『派手なスタンガン』であることは、この局面こそが彼女との作戦会議時点で最も詰めた部分であったために承知していた。

つまり、俺とキティがともにあってこそ成立、拮抗するのがこの決闘だ。彼女は「常に戦場を牽制する」必要があった。ならば彼女が援護を行えなくなった時点でこの作戦は瓦解する。ゆえに、彼女は最後まで居場所を探知されないでいる必要があり、探知され得る「魔法という手段」による援護は、俺たちの敗北と表裏一体のギリギリの一手であった。

「……、……。」

 俺が体勢を取り戻すまでは、

――コンマ三秒。

周りの連中が走り出すまでは、更に幾ばくか。

 分からないならば、早い方がいい。俺は、無様に尻もちをついた体勢から、身体のバネで伏せたような姿勢まで無理やり持ち直し、そして立てた両足のふくらはぎに力を張る。

剣は握ったまま両の手を地面にあてて、指先でコンクリートを掴み、そして、

 身体の全てで、大地を弾く!


「――まさか、ただ手榴弾を投げているだけだとは思いませんでしたよ」

 その声はキティの後方から届いた。

「――――。」

「どうも。」

屋上の縁から戦場を俯瞰していた彼女は、振り向き、

その場違いな挨拶の出所を見やる。

「ああ、どうも。」

「……。」

 そこにいたのは三人の修道服であった。

一人は長身金髪で長剣を携え、一人は華美な装飾槍を手堅い構えでこちらに向けて、一人は短く武骨な剣を、ただ肩に担いでいる。

「――意外だったか?」

「……、……」

 キティは、

 三人の姿を目にとめて、

しかしそれだけで、視線を切った。

「そりゃあさあ、ほら? 私が魔法を使ったらマジで君ら死んじゃうだろ?」

「……。」

 長身の長剣持ち、――アルバートは、それを受け取って、

「ケイル・キングを舐めないで頂きたい」

 落ち着いた物腰で、強い口調で、しかし短く、そう告げる。

 それを皮切りに、

空気が加速度的に張り詰める――。

「ケイル・キングが、何の勝算もなく人を行かせると思うか?」

 その、質量さえこもっていそうな強い言葉を、キティは、

「……、……」

 彼ら三人を迎えた時と同じ、遠くを見やるような姿勢のままで、ただ聞いていた。



 キティの魔法、白い雷撃の檻が消失する。

「……」

恐らくは、これ以降にキティの援護は期待できないだろう。魔法を使った瞬間に、彼女の位置は確実に特定された。

「    」

 戦場を俯瞰する。

視線ではなく思考で、脳内に今の立ち位置を再現する。

俺の後方で、今まさに戦線に復帰した連中は、果たしてどう動くか。

――走る、走る。

頬に風を感じる。強い風が俺の身体を打ち据えて、しかしその薄弱な空気の壁を、俺は蹴破り加速する。

 そしてイメージする。キティからの援護がなくなれば、それはつまり俺の接近を、彼らが、最善の陣形を敷いて待ち受けるという最悪の状況が再び訪れるということに他ならない。彼らが受けに徹すれば、彼らはそうして、ただ待てばいい。俺が迷い込んだ包囲網を彼らが的確に絞るだけで、即座且つ確実に決着がつく。

 ならば、

今が最後のチャンスであった。

「    」

 そう。

騎士団の連中のほとんどは、後方で俺の背中を追いかけている。

この速度に追いすがるとすれば、彼らには、的確な布陣に広がるような余裕などはない。ただ直線距離で、俺の肩に手を掛けようとしていて、

 ならば、――俺は更に加速しよう。

 イメージするのは風だ。海の風は強く、そして透明で。春の真昼の強烈な日差しを更に煌めかせる。そんな風の背中をさえ、俺は追い抜く必要があった。

 後方の気配が遠のく。感じていたのは一塊の熱気だった。きっと誰も彼もが体温を高ぶらせて俺に追随し、しかし少しづつ離されていく。

 もっと早くと、そう確信する。

俺は、どうやら、

もっと早く走れるらしい!

「――構えろ!」

 俺が目指す先で、ケイル・キングが指示を飛ばす。それに応じたのは彼の両脇にいる団員たちだ。そのどちらもが杖を掲げ、そしてその先に光が収斂し――

「撃て!」

 そして弾け飛ぶ。否、弾けたように分裂し、光の飛沫が軌跡を描く。そうして生まれたのは十二の光弾だ。それが、俺に向かって降り注ぐ。

 ――それに向かって俺は、

シンプルに、この手の聖剣を投げつけた!

「!」

 向こうの表情が視認できる。その驚愕或いは苦渋の滲む表情が、目を凝らす必要もなく見て取れる位置まで遂に来た。

 縦回転を付けて投げた聖剣が、光弾の一つを叩き切る。――そうとも、この剣がすべてを断つのであれば、こんな非物質程度切れずにどうする!

「――っ!」

 残りの光弾は十一。そして、――俺の手には瞬くほどの空白もなく再び剣が握られていた。聖剣の再現出のその条件が、……あまりにも当たり前でシンプルなその条件が今なら分かる。なにせこいつは俺のものだ。俺が望んだ時、必ず聖剣は俺の手元に現れるべきなのだ。

 だから、何度だって俺はこいつを放り投げてやればいい……!

「――ッ!?」

 都合十一回の投擲を、俺は五歩を進むうちに行い、その全てが光弾を射抜く。視界の果てで、二人の杖持ちが更に二十四の光弾を打ち上げ、更にケイル・キングが片手を水平に薙いで、その腕の軌跡から発生した八つの光弾が、腕を振った慣性を引き継ぐような速度で地面を低く滑り出す。

 上に二十四、下に八。その内で俺に当たらない軌道のものに俺は早々にアタリを付けて、

 そして、――残る二十九の光弾を打ち落とすべく、俺は剣を握る手に力を籠める!

「    」

 制空権の交差まで、あと一歩。

 風の音が瞬間的に遠のく。

 光弾の速度が海底を進むように緩慢になる。ただしそれは俺にしたってそうだ。大腿部の筋繊維一本のしなりさえ、この一瞬においてはあまりに明確だ。あまりにも遅すぎる。

 そして今、制空権が、

 ――交差した!

「――ぁああああアアアアアッ!!」

 剣を投擲、それが光弾を射抜いた瞬間に、二つの光弾が俺の身体に触れる。一歩分更に踏み出し身体をひねってそれを避けた瞬間に聖剣が再び手元へ。振りかぶる時間はない。下ろした手を振り上げる挙動で投擲、そのまま、振り上げた上半身の勢いを大腿部へ伝え空中で身体を半回転。――刹那、俺がいた空間で三つの光弾が衝突する。目前、俺は見る。地面を滑る光弾を視界がとらえる。それが跳ね上がるような軌道で俺を狙う。聖剣の手ごたえが復帰する。空中にいるまま俺は体幹だけで身体を回す。錐揉み回転の勢いでほとばしる聖剣の斬撃が、更に三つの光弾を叩き落とす!

「――はは」

 笑みが、零れる。

きっとそれは誰にも聞こえない。

それでいい。一向にかまわないとも。

それよりも見るといい、本当に、

――今日はいい天気であった!

「はっははははははははははははは!!」

 本当に走るのが久しぶりで、聖剣の補助が無ければきっと俺は早々に足を止めていたはずだ。しかし今は、疲れの感覚が思い出せない。どこまでだって行ける気がする。行きたい所なんて無い俺だけれど、それでも走るだけで、こんなにも爽快な気持ちになるとは……!

「白駒騎士団団長ケイル・キング! ――気に食わないから殴りに来たぞ!」

「くだらないッ! はっ飛ばして頭蓋カチ割って頭に昇った血を吐き出させてやろうかこのクソ餓鬼がッ!!」

 なんだ、……面白い文句が言えるじゃないか。

 そう思った俺の視界の先、つまりケイル・キングの背後で、――空間が爆発する。

「    」

 振り返ったケイルにも、確実にそれが見えたはずだろう。

なにせそれは、あまりにも大きく、しかし決して目を灼きはしないから。

「…………なん、で」

 ――太陽召喚。

確実なスケールダウンを伴いながらも、その恒星はなお俺の頬を、致命的なほどの熱で強く照らす。



 今まさに神話の再現の様相を呈した戦場の、はるか後方。

 とあるビルの屋上でのんびりと座りながら独り言ちる声は、キティのものであった。

「分かってるんだよ、君らの考えなんて」

 そこに熱はない。皮肉気なニュアンスさえも、

 それはまさしく、虚空に放つ独り言であった。

「多少はやる気があるみたいな台詞言いつつも、一番の目的は時間稼ぎだろう?」

 ――ただし、挑発にしては遠慮が過ぎるね。

 そこにだけはしかし、苦笑するような感情が少しだけ滲み、

 そしてすぐに消失する。無感情に言葉を紡ぐ。

「――太陽召喚の妨害が、したかったんだろ? ……まあ、あれだけの魔方陣を用いる大魔術だし、そりゃあ手続き的には、何かを相手取りながら出来るもんでもないよね」

 でもさ、

 彼女は言う。彼女が座った椅子――つまりコテンパンにのされて積み上げられた、その騎士団の刺客三人に対して、

「……まー、あの詠唱は一応、私とあの恒星とで決めた正式なものではあるんだけどさー?」

 彼らは返事の代わりに、小さなうめき声で返す。

 しかしキティは、或いは返事など最初から求めてはいなかったという風に、

「でもさ、――そもそも気の置けない友人を呼び出すのに、逐一わざわざ礼儀なんて守んないじゃん?」

「……、……」

 それを聞いた、キティのお尻直下のアルバート・ルークは、

 ……無茶苦茶すぎます。もう知りません。今日はこのまま椅子に徹します。

 と、投げやりに意識を手放した。


「まあ、そんな訳で。――あとは君の仕事だぜ、タツキ?」




 ――瞠目して振り返ったケイル・キングは思考をフル回転させる。これからどうする。これをどうする? 太陽との敵対などそれこそ神話レベルの災害だ。いくらジャイアントキリング専門の自分たちであったとしても、天災そのものを組み伏す術なんて思いつくわけがない!

「だあ、クソッタレ!」

 ――ゆえに、

「全員聞け! これより『天の柱の門』を発動する!」

 言い、しかし応答は待たない。これに限らず作戦行動の全てはケイル・キングの責任の下に行われる。だから彼はただ、彼自身の物差しだけで勘定を行う。……どう考えたって、――太陽が落ちてきたら、街一つ壊滅なんて被害では収まらないだろう!

 冷静になれ、とケイルは唱える。そして魔道具を取り出す。行う作業はたったの三つ。……魔道具(ソレ)を掲げて、召喚詠唱を行い、そして「天の柱の門」命令を下す。それだけだ、それだけでいい、しかしその、

 ――一つ目で、

「はっはははバァーーッカ!」

「――――え?」

 掲げた護符を、達城圭人にもぎ取られる。

 ――そして、それを待っていたように太陽が冗談のように消滅した。

 残ったのは、つまり、……お互いににらみ合う二人の男の姿だけであった。


「(ドヤ顔)」

「(絶句)」


 二人の間に言葉はない。

ふと、

ケイルは気付く。

太陽召喚に目を奪われた瞬間から、そういえば、

このアホ餓鬼の存在を完全に忘れていた……ッ!

「――わ、わーー! バカバカバカやめろバカお前何してんのか分かってんのか!?」

「お、落ち着いてください団長! 詠唱されなければアレは無害ですッ!」

「とッ、取り戻せぇ!」

 ケイルは叫ぶ、隊員の言葉はあまりにも楽観的だった。――そんなもの(スペル)など、キティに聞いているに決まっているじゃないか!?

「詠唱は三節だ! それまでに、もういい峰打ちとか無しでいいからアイツをぶっ殺せ!」

「そーんなこと言っていいのかなー?」

「は?」

 視線を振る。

 その手には魔道具と、

 他方の手には、――それと同じ高さで水平に構えられた、聖剣があった。

「な、なにを……?」

「アンタんとこのが言ってる通り、解除方法なんて俺は知らないさ。そもそも俺は一般人なんだ。魔法なんて唱えられてたまるか」

 にやにやと、

 そう、宣う。

 しかし対するケイルキングは、本当に全く笑えない。

「じゃ、じゃあ返せよ! 使わねえんだったら返せ! 使わねえんだったらよォいいんじゃねえのか!?」

「――この剣は。」

 言う。

「非物質だろうが概念だろうが、当てて引けば何でも斬れるんだろ? オタクんとこのデイジーちゃんから聞いてたよ」

「き、貴様……!」

「だから斬るんだよ。この魔道具の、――封を」

 ……いや、そんな親父ギャグみてえな論法で詠唱とか全部省略出来てたまるか! というケイル・キングの思考は、――しかし、魔力の奔流にかき消される。

 それは、

――巨大な円の形をした、空間の歪曲であった。

「    」

 ずしん、と。

 遠くから響くような、重低音。

 それがもう一度、

そして、さらにもう一度、と。

数拍のラグを以って、幾度となく響く。

 後方で指示を仰ぐ団員達の声さえ遮るその音は、空から降り注ぐ幾つもの「柱」の着地音であった。

天から降り注ぐ柱、……美しく精緻な神殿調の見た目のそれは、しかしそのサイズ感において桁が違う。

見上げても柱の頂上が見通せないほどに高く、それらが数えきれないほどの数で以って、水平線に向かって等間隔に並び、――その彼方に見えるのが、「空間の歪曲」であった。

 否、……それはよく見れば、空間の歪曲などではない。その、空を覆うほど巨大な、魚眼レンズを通したようにも見える円形の空間の、その奥に広がる空の模様は、どう見たって周りの空模様と合致しない。

なぜなら、それは、ここではなく、

神の国の空を映すものであるゆえに。


――『天の柱の門』

 それは、神々の世界へ繋がる門を呼び出す第一級禁忌魔術。神々の世界は最も純粋なエーテルにより成るとされ、そのエーテルは、人の世に存在するありとあらゆるものにとっての上位物質である。

 ゆえに、アレの堕とす柱や、あの空間の歪曲を通ってこちらに流れ込む雲に触れるだけで、この世界のものは即座に灰燼に帰す。あの世界のモノの座標移動の阻害さえも許されないがために、この世界は、彼の地の物質に触れた瞬間に、その空間を明け渡すのだ。


「うわっ……」

 それは測らずとも出たケイルの声であった。

彼は脳内で反芻する。この不可逆の災害の、彼が知る全てについてを。

 ――それは、まさしくこの世界を「完了」する魔法。終焉ではなく、世界の完了。それがこの魔法の本質。

……或いは、もっとわかりやすく且つざっくりな言い回しで表せば、『天の柱の門』とは、シューティングゲームの地球でやるバージョンみたいなものであろうか。

 当然、当たればゲームオーバー(せかいのかんりょう)である。

「――う、うわあああああああああ! なんてこったああああああああ!」

「はっはっはバーカ! それじゃあ天の柱の門先生やっちゃってください! これがほんとの天柱ってなあ!」

 などと妙なテンションになっている達城のすぐ横を、

――落ちてきた柱が貫いた。

「…………………………………………。あれ?」

「馬鹿野郎お前っ、封印解いたらそりゃあ暴走するに決まってんだろうが!」

「あ、あれ? ……そうなの? 俺の言うこと聞いてくんないの?」

「ああもうキティの馬鹿! クッソうキティの馬鹿ァ!」

 ケイルは早くも説明不足によってこの状況を招いた真の黒幕に思い至ったようであった。

 しかし、そう言い合っている間にも、天の門に続く柱の道は出来上がっていく。海に突き刺さる幾つもの巨大な柱の向こう側、港から見える遠い空の風景が、心なしか天国っぽいたおやかな日差しに包まれていく気がする。これはヤバいと、みんなが思った。

 そこで、

……唐突に、

「――まあ、でもさ?」

 降って湧いた声は、全く第三者の声であった。

その声の先に、その場の全員が視線を振る。

「……ほら。その剣があればなんとかなるかもだよ?」

「あ! 馬鹿のキティ!」

 ケイルの言葉に、「誰が馬鹿だ」と短く返す。その声の主、――キティ・オルド・マルティネスは、三人分の気絶体を摘まんで当たり前のようにそこにいた。

「まったく、たった三人で私を止めようとか片腹痛すぎてバトルに支障きたすわ」

「言ってる場合じゃねえだろ目の前見てみろ!」

 空は今、黄金に染め上げられる。その日差しを受ける海面は、水平線に近づくほどに黒く脱色されていた。その視界は、空の天辺から海の一片までの一切に「青」がなく、空間の歪曲を中心に、世界は黄金色の濃淡だけで彩られていく。

「なんだよ、白駒騎士団はとんだ不祥事を起こしたもんだなあ」

「おま!? どの口で……」

「――この口だよ責任者さん。素人に切り札取られて? あまつさえ使われちゃうとか洒落なってないねえ?」

 その言葉に、

ケイルは一度冷静になる。

「……何が、言いたい?」

「君が不適任だって話になったらさ、別の団が私を連れに来るんだろ? ――そうしたら私は、本気を出さない理由がなくなる」

 君のところ以外に、貸し借り交換してるような縁は無いからね。とキティは言ってのける。

 それは、

 ――あまりにもわかりやすい脅迫であった。

「不肖世界を滅ぼした一派の一人程度の身の上ではあるんだけれども、それでも可能なら、私は、――君たち「協会」とは良好な関係を結びながら、この身の潔白を証明していきたい」

「……」

 短い逡巡があった。

その間に幾つの思考を重ねたのだろうか、

 ケイル・キングは、

「――ッ。だぁーー! クソッタレ! もういいよ、それでいいから手を貸してくれ!」

「オーケー。――それじゃ、そういうことみたいだね、タツキ?」

 言って、キティが振り替える。

 さてと、

――なるほど?

「……も、目論見通りだなっ、キティ!」

「ああうん、そだね(笑)」

と、俺がやっと絞り出した言葉は、そんな風に、軽やかな苦笑で返された。


 次回、最終回です。このあと0時の更新を予定しております。

 どうかいましばらくのお付き合いを。

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