表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/15

第三章 『達城圭人と、彼のとある友人について』

三章、――達城圭人と、彼のとある友人について


01


 俺は自室で、朝を迎える。

「……、……」

 部屋の空気は湿気を多分に含んでいて、布団の裏に溜まった冷たい不快感に俺は眉根を寄せる。

 視線を、寝転がったまま天井へと向けると、

 その視界の隅では、厚手のカーテンの隙間をくぐってきた朝日が、ちょうどカーテンの隙間と同じ三角形で床に溜まっているのがわかる。

 それが、昨日や一昨日と同じ淡色をしていて、だから俺は気付く。

 なるほど今日も、

雨をこらえるような、曇天模様であるらしかった。

「……、……。」



 昨日のことが、まるで夢のように感じられた。

 あれから、あの魔獣を倒した俺は、白駒騎士団団員各位からの惜しみない拍手を背に帰路に立った。帰りの足は、行きと同様にアルバートに提供してもらった。

 アレはまさしく、文化祭の後のような高揚感であっただろうか。或いはそれをもっと濃縮したような熱狂だ。アルバート含め何人かの理性人の苦笑いなどは蹴飛ばして、彼らは打ち上げの席の店選びに花を咲かせていたようであった。

 アルバートにしたって、本当に苦い笑いではなかっただろう。俺のつきそうなんかで彼を遅刻させてしまうことを気に病んで、昨日俺が彼に気を使ってみたときには、

「……。」

 ……遅れて行ってちょうどいいくらいの暴れっぷりなんです、というのが、曰く彼の言であった。俺は、彼ら白駒騎士団がどういう人たちの集まりなのかがイメージできて、そして思わず苦笑したりして、

 それから、

キティの姿が見えないことに気付く。

 ……不穏なイメージは、彼らの陽だまりのような笑い声に気後れしたようであって、そのまま俺はキティを探すことも出来ずに家に向かって、そして、寝ることにした。

「……、……」

 カーテンを開ける。テーブルの上に転がっていた煙草の箱を、寝間着のポケットに入れて、キッチンに向かい水を沸かす。

 さらさらと、インスタントコーヒーの元をカップに注いで、それからなんとなく気が向いて、そこに小さじ三杯分の砂糖を混ぜた。

 お湯が沸くまでの暇は煙草で潰す。一本吸い切った頃にコーヒーの用意が済んで、俺はそれをポットに注ぎ、手に取って居間に戻り、それから、部屋中の湿気が気に障って窓を開けた。

 確かに、

予想した通り、そこにあるのは雨をこらえたような空模様であった。

雨の重みに耐えるように今日の曇天は厚く、そして重みのあるグレーの色をしていた。

 それを眺めながら、ふと俺は、自分の肺がまだ煙を求めていることに気付く。

 ……起き抜けは、あまり吹かすと眩暈が来るのだが、しかし、

 緩慢なリズムで寄せては返すその衝動(よく)に、俺は抗う理由を持ってはおらず、ポケットに突っ込んだ煙草をもう一度まさぐって取り出した。

「……」

 吸いつき、

火を立て、

最後に紫煙を吐く。

 薄く広く、淡く高く。

欠伸をするようにして、煙を吐き出す。

 それは、不穏な考え事を厭うた俺の気晴らしのようなものであった。……ただし、気が晴れるような面白みは何一つとしてなくて、俺は結局、その面倒に感じた考え事の方に自ら歩み寄っていた。

 始めに考えたのは、昨日感じた不穏についてである。

 不穏。つまりは、あの後にキティに会えなかったことについてだ。

「……、……」

 不安とは、往々にして形がない。

場合によっては質量さえないのが、人が抱く不安というものの性質だ。

「悩んでも始まらない」とは、始めてしまえば案外何とかなるという言葉の裏返しなのだろう。

この場合もきっと、その状況に近い。

案外、迎えて見れば致命的なものではない結果で落ち着くというのが、こういった感情の大抵の帰結だ。

 キティからの連絡がないから不安を感じるだなどとは、それこそ過敏に過ぎる。

あれだけの作戦の後なのだからそもそも忙しいはずであるし、それでなくても、元来俺たちは逐一連絡を取り合う仲ではないだろう。

 気が向かなかったら、連絡は次の機会に回す。それが俺と彼女の常である。

 故に仔細はない。

「…………」

 ……それでも不安がぬぐえないというのであれば、そう。その時は、ケースの想定がリラックスに有用である。つまり「どうしてこの状況に至ったのか」と「ならばどうすべきであるのか」だ。不安というのもが質量のない仮定なら、対し形のない想定で対処するのが妥当だろう。

 さて。

彼女がメールを送れないとしたら、それは先程思い至った通り忙しいのか、或いはそもそも気が向かないかである。

ここで、後者はないと考察しよう。なにせ彼女はこういうことでの連絡だけは欠かさない。

「こういうこと」とはなにかと言えば、具体的には困るが。敢えて言うならば、相手が連絡を欲しがりそうなタイミングにキティは、それを察して必ず連絡を返す。そういう行為の積み重ねはきっと、彼女を彼女たらしめているものだ。

 故に、彼女がメールを送れない理由として挙げるならそれは、ほかの用事という線が妥当であった。例えば昨日の事後処理だとか、他のインシデントに追われていたりだとか、或いは素直に寝落ちしてるとか。

「……、……」

 恐らくはそういうことだ。ならば俺は、――例えば彼女が忙しかったのなら、或いは返信を求めない内容のメールを送ってみるという手があるかもしれない。彼女はきっと、……自分に都合がいい物言いであることは一度置いておいて……、俺に連絡を返すタイミングを求めているはずで、俺のその何気ないメールのどこかに「返信のとっかかり」を見繕って連絡を返すだろう。

 他方、寝落ちなどの理由で携帯を確認できない状況にあるとしたら、……それならばもう素直に詰みである。俺が待てど暮らせど面白メールを送ろうと、見られないのであれば返信も出来ない。その場合、俺は学校でようやく彼女と再会し、そして彼女から「ごめんね寝落ちしてたんだ」みたいな旨を聞き、そして安心を得るわけである。「なるほど、寝落ちならば仕方がない」なんて風に。

「……」

 さて、

ここで、前者であるか後者であるかを判断する材料はない。そして、であるならば俺は、「彼女が忙しくしていて連絡を返せないケース」と、「そもそも携帯を確認できない状況にあるケース」の、そのどちらであっても角の立たないような選択肢を吟味し、行動を起こすべきであった。

「……。」

 ――つまり、何もしないべきなのだった。

メールは送らない。五分と五分の二つの可能性を前に、そのどちらに転んでも問題の無い選択肢がそれである。忙しいなら邪魔をするべきではなく、寝落ちしているなら送ったところで意味はない。

 以上を以って、俺が不安を覚えることが無意味であることの証左とする。

 何もしないのが、どう考えたって最善手である。そして俺は、その分析通りに何もしない。

 一番妥当な選択肢を選んでみて、それでも不安に思うとすれば、それこそがこの胸中にある不安が具体性をもたない些事であるということの証明である。


 ――だからして、そんなものは見なかったことにしてしまえ。


「……、……。」

 コーヒーを嚥下する。

 煙草を一口、紫煙が上る。

 俺は、

朝食の準備をすることにした。



 俺の学校へは、一番郊外にあるというだけあって、バスを一つ乗り継いで向かう必要がある。

 そういえば、昨日の鮮烈な夜更かしの割に、今朝はいつも通りの時間に起きるのが苦ではなかった、なんてことを思い出したのは、登校の支度が仔細済んだ後のことである。

 その後に、俺はルーティンのように思い出す。

窓は締めたし、

今、戸締りも済ませた。

傘は折り畳みのものをバッグに詰めてあったはずだ。

……そのような手順で俺は、アパートの階段を下りながら指折り確認していく。降りて、トタンの床から踏み出した先、

一歩目のコンクリートは、深くまで雨を吸い込んだグレーであった。

「……、……」

 不思議と、睡眠時間の割には身体に疲れが見当たらない。そういえば昨日の、魔獣を討伐した後からの記憶がどことなく飛び飛びというか、思い出せる光景と実際の所要時間が一致しない。

 きっと、俺は疲れていて、それで泥のように眠りにつくことが出来たのだろう。

 夢を見ずに迎える朝は、こんな風に爽快なのだ。

「……」

 ……身体と心の調子が合わない、というのは、流石に贅沢な悩みであろう。

 いっそ身体の方もダウナーであってくれたなら、俺はこんな風にアンバランスな体調に気が滅入ることもなく、理由をでっちあげて布団にもぐって入れただろうに、

 なんて思いつつも、一通り済ませてしまった身支度のせいで、もう一度アパートの階段を上がり部屋の鍵を開け布団にもぐるという作業がやたらと面倒に感じられる。

 或いは、そう。

道すがらにコンビニに寄るというのも一考かもしれない。

朝食は、簡単なものではあるが適量摂取してしまったが、しかし、まだコーヒー一杯くらいの胃の隙間であれば見繕えそうだ。



 学生服というのはやはり身分証として一流だと、俺は改めて思う。それは、コンビニに備え付けの灰皿を前にした感情であった。

 手元には、ホットのコーヒーと小さなレジ袋。レジ袋の中にあるのはスティック状のベイクド・チーズケーキである。テーブルの上で食べるという選択肢がない場合の甘味選びは案外選択肢が狭まるものであって、俺はそのチョイスに、未だ心残りがあった。

 チーズケーキは決して嫌いではないが、……今は出来たら、ただすら甘いだけのものが食べたい気分だった。

「……、……」

 そこは、とある国道に面したコンビニである。

住宅街の近隣に敷かれた広い道路は、それに面して防波堤のように大型施設が並んでいる。例えば何某の倉庫や、規模が求められる類の、……つまり家財屋等の、幾つかの小売店舗や、その他の様々といった風に。

 ゆえに、それらの足元には必ず駐車場の準備があって、だからこのコンビニから見る風景は、

――本当に空が広い。

「……、……。はぁ、ねむ」

 距離感の掴みづらい曇天であっても、こうも視界を用意されてしまえば、流石にその模様が分かる。それを目で追っていくうちに地平線の際が見えてくるのは、この辺りが平地続きであるためであった。

 風のある日は、地平線からここまで滑り届く風の音が煩いほどなのだが、今日は、或いはここ最近の日和を思えば、今日もと言うべきか、風の音は聞こえない。

 ――静寂は好きだが、

 今日は何か、音が聞きたかった。

「……」

 だから耳を澄ませていた、などというつもりではなかったが、俺は携帯のバイブ音に気付く。

 周りに人はいないから、つまりそれは俺の携帯から鳴るものであった。

 緩慢な動作で、それを取る。

 待たせるのは申し訳ないと思いながらも、これが、俺の精一杯であった。

「もしもし?」

『あー、もしもし』

 聞こえたのは、デイジーの声だ。

そういえば彼女とは番号を交換していなかったはずだが、はてさて、

「デイジーだよな?」

『せーかい』

「……。」

 気の抜けるような調子である。

『いまどこ?』

「うん? 学校向かってる最中だよ。どうした、こんな早くに」

 代返は大学からだぞ、と。

片耳に挟んだ事情で、知ったようなジョークを返すが、

『借りを返そうと思って』

 という言葉に、俺は少し戸惑う。

「借り?」

『こないだの、傘の借りよ』

 忘れてたんなら踏み倒せばよかった、などと電話口で嘯く声。

 彼女と初めて会った時の「アレ」のことを言っているのだろう。しかし、電話口で清算するようなことになるとは思っていなかった。

というか普通に五百円返してくれるんだと思ってた。

「口頭で済む用事なんだ?」

『情報提供よ』

 彼女は言う。

『キティ、向こうに帰るみたいだわよ』

「――――。」

 次の言葉を、俺は待つ。

 ――こちらには、返せる言葉が無かった為である。

『結論から言うとね、昨日のアレ、私たちの目的じゃなかったみたいなのよね』

 本部の方から、予言の解消が認められないって言うハナシが来たみたいで、と続けて、

『A級なんてね、そうそう出ないのよ。こないだのアメフラシは、まあハリボテの二流だったわけね』

 それで、本題だけど、と。

 彼女は一度、言葉を切って、

『そういえば、元々一人いたじゃない? 伝説級のモンスターがさ』

 ――長い時を生きて、

一度世界を壊した実績があって、太陽をやり込めたなんていうド級の逸話さえ持ってるような、超一流の奴が。

 そう告げる電話口の声に、俺はまた返す言葉を選び損ねて、

 沈黙で返す。

『ヘタレのアイツのことだからね、多分こういう時はビビッて、電話か何かで挨拶を済ませるのよ、だから……』

 ――会って話したいでしょ? この情報は、十分借りを返せるネタじゃない?

 そう、彼女は締める。

 俺は、

「そうか、ありがとう」

 という言葉だけ絞り出した。

『…………また会えるわよ。そう遠くないうちに』

「ああ、大丈夫だよ」

 会話が、急速に停滞する。

 それから幾つかのやり取りを経て、俺は通話を終了した。



「……、……。」

 今しがた、ちょうど学校に向かうバスが出た時間だろうか。今のを逃せば、どんなにバス停に急いだって時刻表的に遅刻が確定するはずだ。

 だからもう、敢えて急ぐ必要はない。天気だって溌溂とはいかないわけだし、

 俺ばかり元気に急いで歩いていては、きっと、浮いてしまうだろう。

「……」

 そこは、いつか通った繁華街の一角であった。すぐ先の通りに出れば、目の前にはもう俺が目指していたバス停が見えてくるような場所であって、加えてそこは、これまでにキティと一番時間を潰してきた、件の喫茶系列店の直近でもある。

 その、バス停と喫茶店が近くに並ぶ通りを、俺は理由もなく避けて通る。考え事をするだけであれば、いっそ座ってしまえばその用事に集中できただろうけれど。

 座れるような場所を探さないのは、……つまり、歩いているのが心地いいのは、思考に埋もれてしまうのが嫌だったからだと、そういう自覚はあった。

 片手間がちょうどいい。こういう考え事は、散歩の片手間にするくらいがちょうどいいのだ。

「……、……」

 電話口で受け取った一言を、俺は反芻する。

 曰く、――会って話したいだろう、と。

 それを、言葉に出して言ってもらえたからこそ、こうして振り返ってみて俺は、――きっと、キティが予定通りに何も知らない俺に電話で別れを告げていたとすれば、俺は「そういう結末」で納得していただろうと気付いた。

 つまり、彼女が「そういう風な別れ」を求めるのであれば、それでいいと。

 我を出さないことこそが、恰好いいことであるゆえに。

「……、」

 ――なんて風に、イフの俺は思っていたに違いない。それを客観視できたのは、まさしくデイジーのおかげだろう。

 俯瞰してみて、俺はそんな風に格好つける自分の後頭部を、そこまで格好よくは思わない。我を出さないことを神聖視しているのだ、俺はきっと。

 ……しかし、

ならばどうすればいい? ここでわがままに引き留めるのが正解だとでも言うのか。

 それはない。きっとそんなことはないだろう。

「……、……」

 イラついた時の癖で、俺は胸ポケットをまさぐろうとして、そういえばと思う。

 酒や煙草、つまり非行の勲章に俺が流れた時は、どんなきっかけがあっただろうかと。……自分自身、そんなステレオタイプな社会への白紙投票に、恥を覚えるだけの価値観はある。それに、ルールを破るために選ぶには酒も煙草も金がかかり過ぎるし、そもそも俺は、酒も煙草も、どちらも好きだ。

 ――初めは、そう。

 つまらない世界で、まだ選んでいない選択肢が、それしかなかったのだ。

 ……俺の視線が、ほとんど自動的に喫煙所を探す。上着のブレザーを脱いだとしても、それだけでは流石に悪目立ちが過ぎるだろう。人目につかなければなお良いのだが。

「……」

つまらない世界で、選んでいない選択肢がそれしかない。それは、知っている選択肢の少なさの証左に違いない。

学生生活とは、保護されたものである分狭い世界だ。俺たちが大人を羨み、彼ら大人が俺たちを羨むように、きっとそれは一長一短のような在り方なのだ。

或いは大人が俺たちを羨むのは、彼らにならもっとたくさんの選択肢が見えているからなのかもしれない。

俺には今、あまりにも選択肢がない。選べる自由度と言えば、帰り道にどの道を選ぶかが関の山であって、

しかし世界には、もっとたくさんの選択肢と可能性が転がっていて、――その世界を生きる住人は曰く、彼ら自身がハードルを越える心の準備を済ませるだけで、その全てを選べるのだという。

羨ましい話だ。それと同時に、心の底から歯がゆく思う。気付けないがために俺はきっと、この狭い風景に満足する他にないのだ。

昨日見た空模様と、今日の模様の差異を指折り数えて悦に入る他にない。

つまらない街だ。やることが少ない。選べる選択肢があまりに少ない。学生服を着る身分では、知っている禁忌など法律に触れる類の嗜好品の他にない。

知っているものから選んでようやくそれだ。俺の知らない選択肢を知っている人たちには、この世界はどのように見えているのだろう。

俺は、まだ選んでいない行動など、煙草と酒しかなかったのに。

羨ましい限りだ。

「……、……」

 否、

であった。

 それは流石にわざとらしい物言いだ、と俺は思う。自虐と恨み言が重なってくれたおかげで気付けたことだ。どうやら俺は、諦観を理由に主張にトゲを立たせていた。

 俺にだって、出来ることはもっとあったはずだ。或いは俺が見えていないと宣った選択肢でさえ、本当は見えていて、例えばそれを選ぶのは苦労がかかるから、時間がかかるから、出来るとは思えないから、ゆえに学生には選べない類のものだと諦めを付けていたのかもしれない。

 いや。――それはどうなんだよ。

 俺は本当に。苦労が掛かりすぎると思ったし、時間がかかりすぎると思ったし、出来るとは思えないと思った。それの何がいけないんだ? 「出来ないかもしれないけどやってみよう」って? ありえない。失笑モノだ。出来ないかもしれないことをそれでも始める人間のことを自棄と定義するんじゃないのか? 挑戦と無謀を履き違えるなよ。クソ下らない。

「……、」

 ――それが、

その自己分析が正しいか否かはわからないが、

 こういう場合は二択から、より俺に厳しい方を選んでおけば、大抵はそれがより良い選択だ。

ゆえにきっと、俺は、本当は存在している選択肢を、見て見ぬふりでやり過ごした。そう仮定する。「別の可能性」は除外することにする。

 ――ならば、

どうした?

 俺は、悔いの多い選択肢選びをしてきた、などと、この生涯の反省でもしたいのか。

「……、……」

 ……始めはそう、デイジーの「情報提供」によって思考の海に身を投げ出した。

 ならば、――それはなぜだ。

俺はどうして、「キティがいなくなる」というデイジーの言葉に思考を沸かせた?

 キティの動向を聞いたことは、間違いなく重要な分岐点だったはずだ。俺は、キティと別れたくはないと思っていて、しかし俺は、それを受け入れるべきだと気付いていて、


「――――。」

 ――俺は、キティと別れたくないのか。


 つまりそれが、俺のストレスの原因であった。俺の悩みの種だ。俺が散々回り道して考えあぐねていた、形の無い苦悩の出どころだ。

 俺はそれに気付くために、

バス停通りの周りを、延々と行ったり来たりしていたわけだ。

「…………………………………………はあ」

 これが分かれば、

打つ手は一つであった。

俺は、散々回り道した目的地、つまりはバス停通りへと足を向ける。目的地は、しかしバス停ではなく、例の、俺と彼女が懇意とする系列喫茶店である。

 暇を潰すなら、オーダーはコーヒー一つがあれば十分だろう。注文の仔細よりも先に、俺には考えるべきことがある。

 キティと別れるにしても、会って話をしないだなどと大人ぶっただけのような真似を、もう俺には選べない。

 そして、考え始めた彼女宛のメールの文面は、しかし三十秒も悩み続けることなく、結局は適当な短文で済ませることにした。

 俺が彼女に送るメールは、こういうのが一番いいのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ