第一話 恋は盲目(前編)
現世の日本では美人説が証明された。
人によって可愛さ、美しさの感じ方が違うというアレだ。
よくメディアで「何年に一人の存在」なんて、取り上げられることがあるが、そんなものただの話題性を作りだすためのきっかけでしかない。
というか、そんな頻繁にそんな存在が出るのなら、特別な存在でも何でもないだろう。ただ、それに同情する若者が多いといったアイデンティティの崩壊の予兆とでも捉えられるだろう。
全く嘆かわしい。
美の探求なんてものは一人でやるものだ。互いに意見、批評、評価しあって決める美人なんて自分の都合のいい美人でしかない。
粗を探してそこを簡単な画用紙で誤魔化すようなものだ。
人は粗があってこそ人だ。相手の粗を認め、その上で相手を想う。マザーグース曰く「女の子はお砂糖とスパイスと素敵な何かでできている」だ。
お砂糖も、スパイスも人によってはどちらも砂糖かもしれないし、逆にどちらもスパイスなのかもしれない。だが、そこを受け入れてこそ本物の美人説は成り立つのではないか。
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季節は夏、いつも通りの朝。太陽は嫌がらせのように空から不快にさせるような熱射を放ち俺はその暑さに耐えながら学校へと向かっていた。
学校に近づくに連れ俺の通う野々宮高校の生徒たちが増えていった。
この高校は、市内でも偏差値など平均的な高校で周辺に住んでいる人は大体ここに受験をする。俺もその一人なので同じ中学だった奴は多い。
「いーづる!相変わらず目が死んでんな!」
すると、不意に後ろから声がした。その声の主を見るとそこには、小学校からつるんでいる川原佐久間がいた。
一言で言えばチャラ男、一文字で言えば騒。だが、クラスの隅にいる俺とは対照的で集団の中心となる人物で明るくはっきり言って能天気な奴だ。
「ちげえよ俺の目が濁ってんじゃなくて周りがアホみたいに光ってるから俺の目が濁って見えるんだよ。」
俺が特殊な訳ではない。周りが特殊なんだ。そう。みんなが主役なんだ。…なんかゆとり世代のお遊戯会みたいだな。
「相変わらず屁理屈が多いなー!だからお前恋人の一人や二人出来ねぇーんだよ」
「いや、恋人は一人で十分だろ…つーかお前今の彼女どうしたんだよ、最近まで周りが不快になるくらいイチャイチャしてたのに」
「あぁ、真由美のことか?もうとっくに別れたっての!」
「はぁ!?お前まだ付き合いだして一ヶ月も経ってねぇじゃねぇか!また、どうしてよ?」
こいつは昔から女癖がわるく、今回の一件だけでなく過去の元カノを数えると二桁は余裕に過ぎていた。
「合わないんだって。「私は熱血系が好きなの!佐久間には悪いけど別れよ?」だってよ。自分の趣味に合わないなら最初から付き合うなんて言うなよって思うよな」
うるさくて、面倒くさくて、女たらしのこいつにも普通の感覚もあるようだ。
正直、こいつは女癖が悪いわけではない。ただ、顔がよく周囲に馴染む適応力を兼ね備えており、周りが勘違いしやすいのだ。「あ、この人となら付き合っていけるかも!」「この人は私に気があるんだ。今なら付き合えるかも!」などといった行動の原因により。
要するにこいつは「恋愛虚空」の能力を備えているのだ。
恋愛虚空。ごく一部の人間に与えられた異能力の一つだ。ラノベや、漫画とは違いこのような異能力を持つ者は力ではなく心理を動かすことが出来る。
種類によるが、例えば佐久間の持つ能力、恋愛虚空は相手を勘違いさせる能力だ。対象はランダムだが自分の気になった対象または、自分が少しでも相手に気に入られた時点で発動する。
発動により、対象は能力者に対し友好関係から恋心を抱いてしまい、対象は愚か能力者もその制御をすることができない。
この恋愛虚空ははっきり言って能力者にも対象にもなんのメリットもない。ただ相手を勘違いさせて自らそして相手からも時間を奪う誰も得をしない能力だ。
「でも、俺にも否は合ったのかもな。いくら能力が原因だと言っても俺の能力には変わりない」
「…」
俺は何も言えなかった。こいつの言ってることは正論そのものだ。だからこそ、こいつは自分を攻め立てる事しかできない。
「やっぱ俺、人と関わるべきじゃないのかもな…」
「それは違うだろ」
俺は佐久間の言葉を否定していた。
「確かに女がお前に惚れるのはお前の能力のせいかもしれないが、近づいてきた奴はお前に少しでも気があるからこそその能力にかかったんだ。」
「いづる…」
「お前が全部背負う必要は無い。その慈悲心こそがお前に、今まで能力にかかっていた奴らにも報われるんじゃないか。」
「い…いづるぅーーーーーー」
佐久間が俺の横から勢いよく突進し、抱きついてきた。
「やめろ、暑い上にキモい。触るな、抱きつくな、離れろ」
「いいじゃんかぁー、お前に彼女が出来ないなら俺がお前に嫁いでやる。そして俺がお前の姓を取って「天勢佐久間」として人生を送ってってやる!」
「だぁーやっぱりお前は誰とも接しずに一人で生きてけ」
このあとしつこく俺にへばり付く佐久間を無視し、学校へと向かった。
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俺は教室に着くなり、少しいつもより異様な空気を感じた。
「おい佐久間なんか騒がしくないか?」
いつも通りの教室だが今日に限って生徒たちは落ち着きがなく空気は浮つき、そわそわしていた。
「そうか?…あ、そうだよいづるあれって今日じゃねぇか?」
「あれ…?」
なんかあったけなぁ?ひとしきり考えるが何も思いつかない。ただこの空気から感じられるのは尋常ではない男子の落ち着きのない行動。
「あ、転校生か」
「そうそう。聞くところによるとその転校生、園女から転校してくるお嬢様らしいぜ」
「は?あのお嬢様高校から?なんでまた、こんな公立を受けに来たんだ?」
園女…私立園原女学院っていったら、ここらへんでもそこそこ、偏差値高くてお嬢様しかいないって有名な高校じゃねぇか。
「さあ?でも、お嬢様って言うくらいならお淑やかな大和撫子が来るんじゃねぇの?」
「大和撫子ねぇ」
「だが、まあ問題を起こさないのならお淑やかでも、大和撫子でも何でもいい。
「ですね。問題起こすってなったらあの人手のつけようがないし、止める方が難しいんだよ」
「ほう。それで?」
「その上理不尽な理由で俺に面倒ごとを押し付けてあとは丸投げだし、傍若無人で慈悲がないあの人は本当に教師なのか?なあ?佐久間…」
後ろを振り返るとまぁ不思議。佐久間はどこかへ行き、佐久間の立ち位置には担任教師氷道先生がいるではないか。
「お前が私をどう思ってるかがよくわかった。」
可愛らしい笑みを浮かべる氷道先生の瞳孔の中には燃え盛る炎を感じこれが修羅場なのだと俺は察した。
「天勢。後で職員室に来なさい。…覚えてろよ」
最後の言葉には笑みは一切なく、怒りだけが込められていた。このとき俺の居残り説教が決定した。
氷道先生は呆れたように溜息を吐き、教壇へと立った。
「さあ、席につけ。」
そう言うとまばらに生徒たちは座り、やがて静まり返る。
「今日はどこかのバカが言っていたとおり転入生が入る。まぁ、なんと言うか気難しいやつだから、私的に仲良くしろとは言わん。最低限でも適切な距離を心がけて欲しい」
その一言にやはりクラス中がざわざわと騒ぎ始めた。氷道先生の転入生に対する謎の特徴を言ったことで生徒たちの好奇心を刺激したのだろう。
すると先生は廊下に待たせていた転入生を呼ぶように手を振った。
「では来なさい、雨宮未来。」
ドアを開けて入ってきたのは、黒い長髪を後ろに結び少し小さめの身長に、青い瞳をしたおとなしそうな少女だった。
「あ…雨宮未来…です。園原女学院から…転校して…きました。よ、よろしくお願い…します」
どこかおとなし目なその少女は下を直視し、誰とも目を合わせようとしなかった。まぁ、しょうがないだろう。転校初日で馴染めという方が無理な話だ。
「では、雨宮。君はあそこの空いてる席に座りなさい」
先生が指を刺した先は俺。…かとおもいきや俺の後ろの席だった。どうりで後ろの席が空いていたのか。だが、一つ不自然な事があった。昨日まで俺の後ろの席には佐久間が座っていたはずなのにあいつはなぜか一番後ろの角の席に座っていた。これも生徒となじませるための氷道先生からの気遣いなのか?
「はい…」
そう言って雨宮という転入生は俺の後ろの席へと向かっていった。
その少女の表情からは不安しか感じられない。緊張、期待そんな感情もあると思うが雨宮からは明らかに恐怖という感情しか出していない。…どれだけ怖い場所だと思ってるんだ。
「さて、雨宮の紹介が終わったところで、来週行われる球技大会の選手決めをする。ではここからは委員長頼む」
しかし、雨宮はその恐怖心さえなければただのおとなし目の女子だ。ただ、その周りへの警戒心があるため今も、これからも他人を引き付けることは多いだろう。
だが、その考えた結末からは誰かに誘導されたような感覚を覚えた。
「そこで、卓球には天瀬君、雨宮さんダブルスで出てもらいます」
そう。だからこそ俺はダブルスで卓球を…は?
その時俺の脳内の思考が緊急停止を行った。
俺は条件反射に黒板を見るとサッカー、野球、バスケ、バレー、卓球と球技大会の選手決めが行われていた。
そこには、卓球以外の種目は綺麗に埋められていて卓球だけが不自然にぽっかり空いていた。
oh…これは新手の嫌がらせかなにかでしょうか?それとも隠す気ゼロのたちの悪いいじめでしょうか?そんな訳はなく俺がほかごとを考えている間にどうやらみんな決まったらしく俺だけが余りに入れられていたようだ。
ペアを組まれていた雨宮も緊張のせいで話を聞いていなかったらしく今度は卓球のペアを組まれた俺をチラ見しながら小刻みに震えている。
まあ、俺は構わないがこいつは大丈夫なのか?こんなどこの馬の骨ともわからないような奴と一緒にスポーツをやるなんて、そのうえ競技は卓球のダブルスだ。やりきれるとは思えない。
すると、やがてロングホームルームが終わり俺は無理を承知で氷道先生の元へ競技変更ができないか聞きに行こうとした瞬間意外な人物が俺のもとへやってきた。
「あ、…あの!」
そう言いながら俺の袖を引っ張るのは雨宮だった。小刻みに震える事は止むことがなく、俺は「とりあえず落ち着け」と言い聞かせても全く耳を貸さず緊張している。
「わた、私は足を引っ張ることはま、間違いがないのでそ、そこはご了承くください。あ、あと…」
緊張している中自分に保険をかけており俺的にはこういうイベントには消極的だから本人がそういう考えならいいと思い一言かけてそのままトイレに向かおうとすると彼女から思いもよらない一言がかけられた。
「あなた、その能力早く解いてください。迷惑です」
そう言われた。
俺はその一言に呆然としてしまい、その場から動くことができなかった。まるで、毒蛇に噛まれた野生の熊のように。
それと同時に俺は彼女が園女から来た理由。そして異能力の持ち主ということが分かった。
そして、俺が感じたことのない心臓が張り裂けるような謎の痛み、対となる天に浮いてしまうような高揚感が俺を襲った。
_____この、感覚そしてこの感情。俺は気づいた。
…あいつに惚れてしまった。