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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男子高校生達と、キスをする事で人を癒す力を宿す聖女

 

「大丈夫かサトウ君!?」

「ぐぅ……スズキ君」


 勇者サトウは息も絶え絶えのひどい怪我だった。地に倒れ伏し荒い息をついている。このまま放っておけば死に至る程の重症であった。


 魔族が使役する巨大な魔獣との戦いだった。他の仲間達はそれぞれ小型の魔獣に手間取り少数での戦いを余儀なくされた。一番耐久力のある勇者サトウが前に出続け負担が掛かった結果である。勇者のそばに居た黒魔道士スズキは、一度瞑想でもするかのように瞼を閉じると直ぐ決断した。


「タナカ君を呼んできてくれ!!」


 その言葉を聞いた途端に瀕死の筈だった勇者サトウが暴れだした。周囲にいた仲間達がそれを無理やりに押さえつける。やけに手馴れた流れる様な素晴らしいチームプレイだった。やがて一人の男が姿を現す。長身かつ筋肉質な体躯を持つ男だった。その容姿を何かに例えるとするならば――


 一子相伝の暗殺拳をつかう、世紀末の救世主をリアルにした感じ。


 そのような姿をした漢だった。ほあったぁ!! 彼が来た事に気がついた黒魔道士スズキは状況を簡単に説明する。


「サトウ君の怪我がかなり酷い、その……治癒を頼むよ……聖女・・タナカ君」


 聖女・・――そう、筋肉男にしか見えない彼女は聖女・・であった。聖女は無言で頷くと勇者サトウの前に片膝を下ろしてしゃがみこんだ。聖女の姿を目撃した勇者はまるでまな板の上の鯉のように暴れるが、手足を拘束されていた為に身動きが取れなかった。それでも顔を左右に振り必死で逃げようともがく。だが聖女タナカのグローブのような掌に、顔を左右から掴まれ完全に固定される。


「――――――――」


 声にならない声を出して最後まで抵抗する勇者サトウ。その無駄な足掻きも気にせず聖女タナカの顔が彼に確実に近づく。その場に居た男達全員が顔を背けた。


 ――勇者と聖女は濃厚な口づけをした。


 その言葉だけ聞くと美し気であった。ちょと妄想力の高い子ならばノクターン(18禁)で短編が書けるかもしれない。或いはムーンライト(女子向け)か。


 だが実際の現実は違っていた。今風の細マッチョイケメン(サトウ)と劇画漫画に出てくるようなゴリマッチョイケメン(タナカ)のラブシーンである。需要はたぶんあった、背後にいた侍女達が黄色い悲鳴を上げたからだ。確実にムーンライト(BL)案件である。暫くしてから真っ白になった勇者は解放される。全ての力が抜けた体には、あれ程の酷い怪我が一つも残っていなかった。何が起きたのか? 


 それは聖女タナカの持つ唯一の癒しの奇跡、その名も――聖女の加護ディープキスだった。



 ◇◇◇◇◇◇



 半年前の話である。三十九人の男子高校生おさるさん達は突然に異世界召喚されたのだ。


 召喚の間から手際よく王の元に案内され謁見を果し、そしてこの世界の危機を知った。それはこの世界を力で手に入れようと企む魔族による、人族への苛烈な侵略行為であった。ちょと練習したのかなって臨場感溢れる説明には少々困惑したが、日本人特有の正義感と男子高校生特有のノリから彼等はあっさりと決断した。


 魔王を倒す事を!――魔王を倒してくれたら、報酬に何でもアリよ? 男子の夢、女の子並べてパンパン出来るよ? と言われて釣られたのではない決してだ!


 その後、てんやわんや色々あって、彼等に備わる力がどの様なものか、魔道具にて加護を調べる事となった。戦士や魔導士や弓使いそして勇者。そう勇者だ。勇者は受けた。勇者は流石にない。勇者やべわー専用装備ある? とバカ受けした。だから何だというわけでもない。はい。


 そんな男子高校生的な悪ノリをしつつも、調査は順調に進んだが最後の最後で問題が発生した。ここ数百年見る事のなかった加護――聖女が現れたからである。


 皆が聖女の再来に驚き歓喜しそして戸惑った。なぜならば彼等は前述のとおり『男子高校生達』つまり『全員男』だったからだ。


 そしてこの混乱の中『ヌぅ、息子がない女になったようだ』という聖女となったタナカの発言は今でも鮮明に思い出せる。周りに居た男子高校生は全員が思った。


 ――どう見てもケン○ロウのままじゃねえかよっ!!


 聖女タナカよどうしてTSテンプレ通りに美少女にならなかったのか?



 ◇◇◇◇◇◇



 王宮騎士たちとの訓練や近隣の魔物討伐。聖女タナカさんの嬉しくないTSイベントをこなしつつも彼等は力をつけ、やがて旅立ちの日を迎える事となった。


 男子高校生達の魔王討伐のための旅立ちに、盛大なパレードが開催された。


 旅のための構成は男子高校生三十九人と、王国から各種支援――野営や護衛、物資運搬などの人員である騎士や兵士達が六十名ほど、そして男子高校生達の中で唯一の『女性』である聖女タナカのために、つけられた侍女が三名ほどである。


 この侍女三名に関しては、最初のころは人員に含まれてなかったのだが、それを知った侍女一同から懇願があったらしい。


『仮にも、か弱き乙女たる聖女様を、御一人で野蛮な男達と共に旅をさせるとは何事か! もしも間違いがあったらどうするか!! もぐぞごらぁ!?』


 これ懇願じゃなくて抗議――と言うより恫喝だよね? そして後からそれを聞いた男子高校生達は、何とも言えない気分になったのだ。


 ――僕達にだって、相手を選ぶ、権利はあるよっ!!


 実際の処はこの王宮の短い滞在時間で、侍女達の、それどころか貴族の令嬢たちの間でも、聖女タナカの男らしい態度に言動。そしてさり気ない包容力に心奪われる者が続出したのである。劇画筋肉な外見それすらも、この世界では美形の条件の一つだったのだ。全員が聖女の前でチョロインと化したのである。


 タナカが聖女ではなくまだ男であったなら、今ごろ一大ハーレムを築いていたはず――は、本人の性格的にないだろう、タナカさんは加護無しでも素で紳士だし。


 そこで聖女タナカのために、侍女が付いていく事になったのだが、それを希望する侍女が多すぎて、三名ほどに絞られることになったのだ。この枠を手に入れるための試験が行われた。試験の参加は侍女だけではなく貴族の令嬢達もおり、公平を期すために様々な観点から行われた。


 そして試験は、王や大臣そして聖女タナカの立ち合いの元で行われた。参加者のあまりの熱意に、もうあの娘っ子共で魔王討伐隊を作ったほうがよくないかのう、と審査に付き合った王が零していたという。まさかこれが後々現実になるとは、神の身ならぬ王には分からぬことだった。


 そうして選ばれた三名は、あらゆる事柄において高い採点を出した、非常に優秀な者たちであった。ある意味で優秀すぎたともいう。


 旅立ちの前にそのような事があったが、旅自体は魔族の支配領域まで順調に進み、また男子高校生達と王国の騎士達との関係も、旅の前から訓練などでの付き合いがあり、それなりに良好でお互いに何の問題もなく過ごすことができた。


 魔族の支配領域に入ってしばらく経ってからの事だった。


 それはとある街を巡った戦いだった。城壁におおわれた町の周辺には、数多くの魔獣の群れと、それを率いる魔族達が待ち構えていたのである。すでに街には火の手が上がっており、このままでは蹂躙されるのは時間の問題であった。


「皆行こう!!」


 勇者サトウによる短い掛け声。男子高校生達や王国の騎士達も、その場で戦える者にはそれだけで十分であった。魔獣の群れの側面からぶち当たる。男子高校生達の殲滅力、その力は凄まじいものがあった。あっという間に群れの大半を消し飛ばしてしまったのである。


 途中から援軍に気が付いた街の兵士たちからの支援もあり、それほど長くない時間で、魔獣の群れとの戦いを終える事が出来たのである。蓋を開けてみれば犠牲者が誰も出ない完全勝利であった。


 ――だが悲劇はここで起きた。


 生き残りの魔獣に襲われていた街の住人を庇い、勇者サトウが怪我を負ってしまったのだ。魔獣は咄嗟に倒すことが出来たものの、出血が酷く命に関わる状況だった。勇者サトウも自分で治癒術をかけて、最低限の治療を行うが意識が朦朧とし気絶してしまう。並の治癒術では到底治すことのできない重傷だった。


 ――全員が後方より到着した聖女タナカをみた。


 皆の視線を浴びた聖女タナカは、動じる事もなく勇者サトウの元に行くと、倒れ伏していた背を手で支えて起こし、迷うことなく勇者の唇に自らの加護くちびるを近づけた。全員がその凄惨な光景から、目を逸らそうとしたその時一人の男が叫んだ。


「目を逸らすなよ! これが俺たちのこれからの現実なんだ!!」


 黒魔導士スズキだった彼は泣いていた。普段冷静な彼が泣きながらも、その光景から目を逸らさずに見ているのだ。その姿に全員が心打たれそして勇者と聖女の深い口づけを見守る。侍女達の上げる悲鳴だけがやけに大きく聞こえた。しばらくして勇者サトウが目を覚ます。喜ぶ皆に彼は戸惑いながらも問い掛けた。


「僕は――いったい、どうなってしまったんだ?」


 どうやら意識を失ってから、先ほどまでの記憶がなかったらしい、その場にいる全員が安堵した。彼は聖女の加護ディープキスを貰ったことにまだ気がついていない。大丈夫だ勇者サトウ。お前はまだ戦える。だから何も考えず今はただ眠るんだ。


 だがここで男達のささやかな願いをち壊した女がいた――聖女タナカである。


 勇者サトウを支えたままその体を手早く診察し、そして怪我がまだ残ってるな此れはいかんよ、よしよし治すぞう、ぶちゅーと溢れる博愛の心で再度逝ったのである。侍女達の黄色い悲鳴がまた響いた。君たち確実に喜んでるよね? 


 勇者サトウの手足が出鱈目に跳ね上り暴れる。その動きはまるで屠殺される家畜のようであった。しばらくしたら唐突に止まった。全員が手の平で目を押さえ天を仰いだ。流石に今度は黒魔導士スズキも何も言わず。あーあと溜息をついた。


 スポンッと音が聞こえるような大きな動作で、勇者サトウの唇から聖女タナカは顔を離す。お互いの唇に美しい銀色のアーチが掛かっていた。侍女達は大興奮である。男子高校生達と王国騎士達の目が静かに濁っていった。


 三週間であった――勇者サトウが戦闘不能になり、脱落するまでの時間である。


 最初の一週間目まではまだよかった。戦闘前でもよーし皆頑張っていこう。などと笑顔で自ら檄をとばし、皆に気合いを促す余裕あった。次の二週間目もまだ何とかなった。時々奇声を上げたり走りだしたりしたが、戦う事自体はまだ出来ていた。最後の三週間目が過ぎたころ、戦闘を終えて聖女の加護をもらった後に突然動かなくなった。何を話し掛けても、あーあーしか言えない人になっていたのだ。


 皆のために壁役を張り続けた勇者サトウ――彼は治療のため後方に送られた。


 そこからは積み木崩しのようであった。


 まず被弾して怪我を負うことの多い前衛が食われた。あっという間だった。その次は前衛の代わりに、双剣担いで前に出た弓使い達だった、彼等の得意武器は弓ではなく双剣だった。その間に薄くなった壁を補うように入った、王国の騎士や兵士たちも順調に食われていき、最後に残ったモヤシな魔導士達も全員ダメになった。


 その時の聖女の治療の光景は、絵心のある侍女が克明にスケッチしていた。


 ほぼ全員が脱落し後方送りとなった。奇妙な事は重傷どころか怪我を負った者が一人もおらず、死亡した者がまったくの皆無であったという事である。ちなみに勇者サトウ以外の者達が、あーあーしか言えない人になるのに、全員合わせても三週間も掛からなかった。勇者サトウは凄まじい精神力の持ち主であったことが証明されたのである。流石は勇者様! 馬鹿にして御免よ! さすゆうだよ!



 ◇◇◇◇◇◇



 男子高校生達が全滅――その報を聞いたとき、王はあまりの事に膝をついた。死者や重傷者が出なかったのは幸いであった。しかし全員が精神を病む事になるとは予想外だった。魔族との戦いとは、それ程までに過酷で熾烈なものなのか。


「陛下――その件について、まだ続きがあります」


 報告を持ってきた大臣の声に、一瞬惚け掛けていた王は我に返る。王としてやるべき事がある。犠牲になった若者達のためにもこの国の民のためにもだ、それを果たすまでは悠長に休んでなどおられぬ。王は気を引き締めると立ち上がり大臣に向き合った。


「再び魔族が侵攻を開始したのか?」

「あ、いいえ、その逆なのですよ」

「え、うん? 逆? なんだと?」


 王のその不可解という反応に、大臣は非常に申し訳なさそうな表情を浮かべる。彼自身も確信が持てないのか半信半疑そうに報告する。


「確かに、魔王討伐隊は壊滅しましたが――その後も魔族支配下にある人族の街は、次々と解放されている模様です」

「ど、どういう事だ?」

「聖女タナカ様と、その付き人の侍女達の手によって解放されてるそうです」

「聖女タナカと侍女だと? は!? 何それ? 何が起きているの一体!?」


 王の疑問はごもっともであったが、それに答える者は誰もいなかった。



 ◇◇◇◇◇◇



 聖女タナカは最後の旅の目的地である魔王城の前に居た。


 多くの仲間たちを戦いで失い・・・・・、ここに至るまでには様々な出来事があった。数多くの悲しみを、数多くの漢達の願いを背負いここまで来たのだ。


 背後を見ると十三人の侍女達が居た。誰もが不敵に麗しく微笑んでいた。各自がそれぞれに武器を持ち、種族も年齢も出身地もそれぞれバラバラであった。だが共通していることがある。全員がお揃いの仕立て衣装――侍女服を着込み、全員が聖女タナカと共に今まで戦ってきた気高き乙女達という事だ。


 王宮から共に旅立った三人の侍女達が居た。解放した村や街から力になりたいと着いて来た女達がいた。奴隷になっていたエルフ娘。捕まえた猫耳娘の義賊や、暗殺にきたダークエルフの女や、誘惑してきたサキュバスの女王もいる。聖女タナカが色々イケメンチカラ(真)を発揮していたら、いつの間にか仲間になっていた。


 そして聖女タナカの協力者はここに居る者達だけではない。解放された街や村の人々が、水面下で聖女の戦いを支えてくれていたのだ。今ここに居るのは十四人だが、それ以上の人々が聖女タナカの考えに共感し、望むべき一つの理想の為に力を貸してくれていた。それを叶える為に、どうしても魔王に会う必要があったのだ。


 魔王城の内部に入る。城の構造は魔族の協力者が教えてくれた通りだった。聖女タナカはここに来るまでに、人族だけではなく数多くの魔族まで味方につけていたのだ。この聖女さんガチで救世主やってますね。


 魔王の間まで護衛の兵士は誰もいなかった。これは挑むは何者でも構わん我が前に来い。という現在の魔王の方針によるものであった。


 そう魔族とは力を至高とする者達だ。魔王とて例外ではない、むしろ最もそれを体現した存在であった。故に如何に正しい事を言おうとも、力無き者の言葉は響かないのである。避けられぬ戦いの予感がした。平和を手にする為に暴力を振るう。何とも矛盾している聖女はそう嘆いた。


 だからこそ必要なのだ全てを終わらすために魔王の力が。


 魔王の間。その広い空間は謁見するための物ではない、この場所は戦うための領域だ。それは壁や床それどころか天井にすら走った、罅割れや抉ったような様々な戦いの痕跡が教えてくれた。


 そこに魔王が居た。その豪奢な王座に肘を付きだらしなく、だが圧倒的存在感をもって座る漢が居たのだ。


 刹那。魔王と聖女タナカの視線があった。そして、お互い今のままでは相容れぬと、それだけで理解をしてしまった。その恐ろしいほどの強い威圧を肌で感じたのであろう。聖女と一緒に様々な修羅場をくぐってきた侍女達が慄き騒めいた。


「是非は問わぬ、乙女・・よ何用だ?」


 魔王は侍女達には特に興味をしめさず、ただ聖女タナカだけを見つめて問い掛けた。それに対し聖女は片足を引き膝を軽く曲げ、背を伸ばしたままお辞儀をする。


 それは今までの旅の間に、侍女達による淑女教育の一環で覚えた、俗に言う淑女の挨拶カーテシーであった。ただこの聖女がやると色々な意味で違和感と威圧感が半端なかった――何らかの武術の型と言われた方がしっくりくる。


はタナカ。聖女タナカだ。魔王よ」


 魔王に自己紹介の挨拶をした。言葉使いの教育も受けたのだが、タナカ自身が、この姿で女言葉は自分でもマジで無理ですお願いします許してください。そう珍しく素で泣きついたので一人称の変更だけで許してもらった。そんな可愛いところもある聖女に侍女達は思わずほっこりとしてしまった。


「ほう、貴様が聖女ターナ、カか、噂は聞いている」


 外人さんに有りがちな不思議な発音で聖女の名を呼ぶ魔王。彼は外人じゃなくて魔族だけど。そして魔王はゆっくりと王座から立ち上がり、聖女の前まで歩いて来た。素晴らしい筋肉密度をもった太い腕を、聖女タナカの前で大仰に広げた。


「そして貴様が成そうとしていることもな。ならば互いにやる事は一つ、戦う以外にあるか?」


 恐ろしい程の筋肉量を誇る巨躯であった。聖女タナカも人族の中では背の高い方だろう、だが魔王はそれ以上だ。恐らく二メートルは軽く超えている。魔族としては普通であろうが、その体躯からは近寄る者全てを焼き尽くす凄まじい熱量を感じた。強敵である今まで戦った事の無い強さをもった相手であった。


「その前に、私の話を聞く気にはならないか?」

「魔族に、しかも魔王に対しておかしなことを言う。聞かせる気があるなら力を示せ。先ずは俺の膝をつかせてみせる事だ」

「やはりそれしか道はないか……いいだろう」


 武器を構えようとした侍女達を手で制して下がらせた。そして聖女タナカは魔王の前で、軽く緩やかに舞う様に構える、それは聖女カラテの型であった。


 そう彼が、戦うための加護をもたず。戦い傷き倒れる・・・仲間達を見て、癒す以外には何も出来ぬ己に悩み、どこまでも慈悲深く優しい聖女が、悲しみの末に編み出した戦うための牙。これが聖女タナカの聖女カラテであった。それは元の世界で最強かもしれない格闘技カラテと、聖女の加護とかを何となく融合させてみたら、普通に出来てしまったまったく新しい格闘技であった。


 ちなみにタナカさんには元の世界で格闘技の経験は全く無かった。でも格闘漫画とかを、クラスメイトから借りて読んでいたので、何となく出来てしまったのだ。


 対して魔王、その構えは聖女タナカと鏡写しの様に全く同じものだった。これは聖女カラテか!? いや違う、これは――これこそが魔王の魔王カラテだっ!! それは異世界でも最強かもしれない格闘技カラテと、魔王の魔力とかを何となく融合させてみたら、思い掛けず出来てしまったまったく新しい格闘技であった。


 ――僕さ、何を書いているんだろう。話を考えてる時は面白いと思ったんだ。


 お互いに向きあう、もうそれ以上の言葉は必要としなかった。視線と視線がぶつかり合う、どちらが先だったのか、それとも同時だったのか、それは意味のない問いだ。鋼と鋼を撃ち合わせるような、重く鈍く甲高い音が辺りに鳴り響いた。聖女タナカと魔王の二人の拳と拳が、まるで力比べでもするかのように、重なり拮抗し合っていたのだ。


 ――鋼鉄の様な拳同士の重打撃による相打ち。


 そして、聖女は魔王を見た。魔王も聖女を見た。互いが互いを同時に認め合う。同時に歯を剥き出し笑い、同時にあぎとを開き咆哮した。


「「おおおおおおおおおおおおおおおおぅぅぅぅ!!」」


 明らかに人体では出せない音が連続で鳴る。聖女の拳が走る、魔王が自らの拳で迎撃する。魔王が打撃を放つ、聖女が拳で撃ち落とす。二人の攻め全てが一撃必倒と一撃必殺。だが防御など知らぬとばかりに打撃のみを撃ちあう。互いの拳が互いの拳を打ち消し打ち落し、鉄壁の防御となっているのだ。恐るべき事に彼らのそれは、攻撃は最大の防御をまさしく体現していたのであった。


 一見互角。だがそこに明確な差が生まれようとしていた。


 あっ、と息を飲んだのは、最初から聖女の付き人として一緒に旅をしてきた王宮侍女だった。彼女は侍女選抜試験を勝ち取るほどの才媛である。あらゆる技能、そして武術も習得しており、それ故に理解してしまったのだ。聖女では魔王を絶対に超える事の出来ないある原因に。


「くはっ!」


 ほんの僅かな、そうほんの僅かな綻びだった。だが高度な打撃戦を繰り広げていた二人には、確実に目に見えた勝機と危機だった。魔王の拳が聖女のその豊かな胸(大胸筋)に直撃したのである。堪らず苦悶の声を上げ宙に吹き飛ばされる聖女。そのまま落下し床を転がりながら侍女達の前で停止した。


 そのとき聖女はTSテンプレ、おっぱい触られイベントを確かに消化した。


 聖女タナカは侍女達に背を支えられながら、片膝をつき体躯を起こす。そして口から血を吐く、内臓器官に致命的な損傷を負ったのかもしれない。獣の様な荒い息を吐き呼吸を整えようとする聖女タナカ。そして目の前には悠然と立つ魔王。そこには確かな勝者と敗者の姿があった。


「聖女ターナ、カよ。貴様は確かに強い」

「…………」

「だがしかし貴様では俺に勝てん。力も速さも技も魔力も全て同等。だが一つだけ、そう、一つだけ決定的に違う事がある」


 聖女は俯いたまま反応を示さない、ただ乱れた呼吸を整えるだけだ。その彼女の敗因に気がついていた侍女は、胸の前で手をぎゅっと握りしめ唇を噛み締めた。


「それは生物としての耐久性。俺がおすで貴様がめすだという事だ」

「…………」

「貴様は恐らく女としての頂点だ。並みの男ではかなうまい、だが俺は男として最強の頂点に立つ魔王だ。男と女。その最強同士がぶつかり合えば、どちらに軍配が上がるかは明白であろう?」


 聖女は息を吐き俯いたままだ。侍女達全員が体を震わせ悲痛な表情を浮かべた。ここに仲間の男子高校生が一人でも居れば話は変わったかもしれない。タナカさんの女扱いについて、恐ろしい事に突っ込む常識人は不在だったのである。


「だがその強さは敬意に値する。聖女ターナ、カよ俺の伴侶となるがよい」

「っ!」


 魔王は突然に聖女に求婚をした。侍女達が声にならない悲鳴をあげた。魔王は一体何を言っている? いや本当に何言ってるんだ正気かなこの魔王さん。


「貴様の望みも知っている、たしか魔族と人族の和平だったな」

「…………」

「それも叶えよう、ただし貴様が俺の妻として存命の間だけだ。悪い条件ではないだろう?」


 魔族と人族の和平。それは魔王討伐の旅の間に様々な人や出来事に出会い、それと同じくらいに魔族達と触れ合い語り合い、何時しか心の中に宿った願いだった。それこそ慈愛と博愛に満ちた優しい聖女にとって、命を懸けても叶えたいほどに。


 その魔王の条件を呑めば恒久とはいえずとも、しばらくはお互いの種族が平穏に暮らしていけるだろう。聖女タナカ一人の犠牲の上にだ。侍女達が聖女を不安げに見る。この底抜けに優しい人は自らに常に犠牲を強いてきたのだ。今回もまた自分だけが苦難の道を選ぶのではないか? そう考えてしまったからである。


「すまないが、それは受けられん」


 しかし聖女は魔王の申し出を断った。聖女タナカはゆっくりと立ち上がる。その身が既に死に体である事は誰の目にも明らかだった。今立ち上がれたのが奇跡にちかい、それでも確かな声で聖女は魔王に語った。


「魔王よ。お前は個としては最強なのかもしれない、だが、ただそれだけだ」

「聖女よ、この後におよんで何を言う?」

「お前は知らない、人と人。たとえ小さな灯火でも、数多くのものが集まれば確かな力になる事を」

「下らん、弱者が幾ら集まろうと真に強き者の前では無力だ」

「ならば私が証明しよう、この身には今まで背負ってきた、数多くの者達の思いが詰まっている。故に一人のお前に負ける道理などはない!!」


 聖女が言い放った。彼女の背中からいくつもの影が湧き上がる。それは数多くの数え切れぬ男達であった。人族の者がいた。魔族の者がいた。若い少年がいた。年老いた老人がいた。その無数の男達の影を背に立つ聖女。魔王は自らでは理解できぬ恐れに思わず後ずさってしまう。


「な、なんだ、それはいったい、なんだ!?」

「これは……私と共に戦い、拳をあわせ、そして、私が癒してきたディープキスした漢達だっ!!」


 陽炎の様に浮かぶ漢達。全員の顔が笑っていた。でも瞳のハイライトが消えていた。俗に言う死んだ魚のような目だ。もう一度言う死んだ魚のような目だった。様々な悲哀と悲壮に満ちた、その漢達を背負い黒髪の乙女は静かにそこに立っていた。


 ――そう聖女は漢達の悲しみを背負いながらも歩み続ける乙女だったのだ。


 その漢達の姿に気圧される様に、魔王が雄たけびをあげて襲い掛かってきた。構えも何もない原始的な一撃、だが今の聖女を仕留めるには十分すぎる攻撃だった。侍女達が悲鳴をあげる、聖女タナカはただそれを見、腰を落とし、構え、そして――


 ――魔王の放った拳に、己の拳を放った。


『そのような拳で俺の拳がとめられるものか!!』


 魔王は自らの勝利を確信した。だが互いの拳が触れた瞬間、魔王の拳が捻じ曲げ打ち払われ、聖女の拳が魔王のその分厚い腹筋に確かに突き刺さった。魔王の巨躯がくの字に折り曲がり両足が地面をはなれる。


『ここが、この瞬間が私が手にする事の出来る唯一の勝機っ!』


 しかし先ほどの一撃が自らに出せる最大の力だった。そして体は既に動かない、それどころか目がかすみ今にも膝をつき倒れそうだ。このままでは反撃され敗北するのは目に見えている、聖女タナカは歯ぎしりをする。


 だがその時、彼女の背中になにか暖かいものが乗せられた。一つではないそれは無数の、そう数えきれないほど無数の――彼女が背負ってきた漢達の掌であった。振り向かなくても分かる、彼等はこう言っている、俺達の悲しみちからも一緒にと。


「あだっあぁ!」


 確かな力に支えられ聖女は吠えた。その一撃が空にいたままの魔王の体を直撃する。再び跳ね上げられる魔王、だが聖女の攻撃はそれで終わりではない。


「あっだぁ! あっだぁ! あっだぁ!」


 続けて二連撃。三連撃。四連撃。聖女の脚と腰と拳が連動してリズミカルに加速していく、まるでその体躯が聖女一人の者ではない意思に操られるかのように。


「あっだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!」


 人の目には到底視認できない連続攻撃が、魔王に全て突き刺さった。恐るべき打撃の暴力は魔王の巨躯を一度も地面に落さない、そして――


「あだぁぁぁぁぁあっ!!」


 怪鳥の叫びと共に放たれた、最後の拳が魔王に直撃し水平に跳ね飛ばす。魔王のその巨躯は王座を巻き込み破壊し壁に地響きをあげめり込んだ。侍女達の歓声が巻き起こる。聖女はふらつく体を押さえながら、地に倒れ伏す魔王に視線を向けた。


 ――聖女は、聖女タナカは魔王に勝利したのだ。



 ◇◇◇◇◇◇



 魔王は微睡む意識の中で覚醒した。


『俺は負けたのか……』


 完敗であった。魔族として生まれ魔王として降臨し三百の時を重ねたが、文句の付けようもない見事な敗北であった。だが不思議と心は冴え渡っていた。これ程に清々しい気分はいつ以来だろう。そして魔王は気がつく何か暖かいものが自分の体を包み癒していることに、これは一体なんだ? 魔王はゆっくりと目蓋をあけた。


 ――魔王と聖女は濃厚な口づけをしていた。


 その言葉だけ聞くと美し気であった。ちょと妄想力の高い子ならばノクターン(18禁)で短編が書けるかもしれない。或いはムーンライト(女子向け)か。


 だが実際の現実は違っていた。劇画漫画に出てくるようなゴリマッチョ同士のラブシーンである。需要はあるのだろうか? 確実にムーンライトでも扱い切れない案件である。だが背後にいた侍女達が黄色い嬉し気な悲鳴を上げていた。彼女達はまったく参考にならない、超上級者であるから。


 魔王は、自分の頭を手で支えて目を瞑り口づけをする聖女を確認する。それに気がついたのか聖女は目蓋を開けると魔王の顔から体を離した。唇と唇の間に銀色の美しいアーチが掛かる。そして聖女タナカは微笑みを浮かべ魔王に語り掛ける


「起きたか、体はもう問題ないな?」

「――――――」


 魔王は、タナカのその問い掛けに無言でコクコク頷く、何故かその頬は微妙に赤らんでいた。そして気がつく、あれ程の拳を受けた自分の体に傷一つない事に、これは恐らく噂に聞いた聖女の力であろう。魔王は聖女を見た、その体はボロボロであった。聖女の力とは己には使えないものなのであろうか? そしてそんな身を押してまで他の者の、魔王の体を癒してくれたのだ。


 魔王は息を吐いた。完敗である。全てにおいて完敗であった。魔王は立ち上がるとそんな彼女に話しかける。


「聖女ターナ、カァよ。俺の負けだ、貴様の望みを叶えよう」

「魔王?」

「貴様の望む魔族と人族の和平。そのために俺も力になると言っている」


 魔王のその発言に侍女達が歓声をあげた。聖女の願い、そして自分たちの願いともなっていたそれが、実現に向けて確かに前進したのだから。聖女はそんな魔王に微笑みを浮かべ静かに手を差し出した。だがそれは握った拳だった。しかし魔王も笑みを浮かべると、自らも握り拳を出し聖女の拳と軽く打ち合わせた。それは死力を尽くし戦った者同士にとっての最高の握手であった。


「その上で、いや、それとは別で貴様に申し込みたい」

「なんだ魔王?」

「聖女ターナよ、俺は貴様に完全に惚れてしまった。共に生きる妃となってくれ」


 瞬間、聖女の頬が真っ赤に染まった。侍女達も色んな感情の乗った黄色い悲鳴を上げた。そんな聖女に対して魔王は詰め寄り腰を抱くと問い掛ける。


「ターナよ、嫌か?」

「い、いや、まて魔王よ。嫌以前の問題だろう」

「何が問題なのだ?」

「結婚以前に私の体を見ろ。到底女と呼べるものではないぞ。そのような者を嫁とするのかお前は?」


 その言葉に魔王は不可思議な表情を浮かべた。そして、ああっと気がついた。


「なるほど聖女よ、貴様は生まれつきその体らしいな、故に知らなかったようだ」

「何の事だ?」

「貴様も知っているだろう、一部の魔族には戦闘形態の魔術があるという事を」


 そう上級の魔族には戦闘形態バトルフォームという特殊能力を持つ者がいるのだ。ある程度攻撃を与えると姿が変わるというRPGではお約束なアレである。実際に聖女タナカと侍女達もそのような魔族と戦った経験が何度もあった。


「ああ、それがいったいどうしたのだ?」

「つまりターナよ、貴様の今の姿もその戦闘形態という事だ」

「なっ!」


 そして突然、魔王の体が光りだした。驚く一同のまえに姿を現した魔王は、聖女タナカと同じくらいの背丈だが、先ほどのゴリマッチョバトルフォームとは別人の、妖艶な美しさと逞しい体躯をもった美丈夫であった。魔王はその手に抱きしめたままの聖女に告げた。


「人族の高い魔力を持つ者に、偶にそういう戦闘形態を得る者がいる。最もそのような者達は、大抵もう一つの姿に気がつかず余生を終えるものだが」

「ま、まおうっ!?」


 魔王の美貌が聖女の顔に近づいていった。今まで様々な男達と散々に唇同士を重ね合わせて来たタナカだが、流石に相手からされるとなるとよく分からない焦りを感じてしまう。魔王はタナカの顎を優しく掴むと持ち上げた。普通の人には嬉しくない顎クイッだった。侍女達の反応はもういい――


「このような場合。呪いの解き方は古来より決まっている」

「な、なんだ、魔王、お前は一体何を言っているっ!?」

「美しき姫には、その僕たる王の接吻を」


 ――そして魔王と聖女は口づけをした。


 侍女達の黄色い歓声、魔王の美しい微笑み、その中で聖女タナカのその体躯は眩いばかりの光に包まれた。そして聖女は、彼女の体は――



 ◇◇◇◇◇◇



 後の歴史が語る。


 この魔王戦役と呼ばれる戦いの後、人族と魔族の和平が結ばれ、人族と魔族が手を取り合い協力し合って、今の時代に至るまでの平和の礎を築き上げたのだと。


 そしてその中には、この和平の立役者として聖女ターナ・カァと呼ばれる美しき人族の少女がいた事はあまりにも有名である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] オチが予想外だった。 [気になる点] 作者様の作品一通り見て思ったのはなんか小説というより説明をしてる感じでプレゼン的な何かになりかけてる所です。 作者様が読み手に語りかける、(なろうでよ…
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