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少年少女永久ビン詰め(三十と一夜の短編第18回)

作者:カラスウリ


 「 A ペルセウス座流星群と奇跡の朝 」

 二〇二二年八月。

 ペルセウス座流星群が夏の夜空をよこぎっていった翌日。
 数多あまたの散りゆく星々を眺めていた人々に。
 無関心であった人々に、平等に訪れた歴史的一大事件がある。
 天体ショーの一夜が開けた奇跡の朝。
 地球上に存在する全人類は、おのれのなかに大いなる損失をみつけた。

 幼い子ども達は損失に気がつかない者がほとんどであった。
 彼らにはまだ、損失の元となるべく発芽がなかったからだ。後に「うつろの世代」と揶揄やゆされた彼らの生涯は、おだやかでやるせないものとなったのだが、それは大人達の意見であった。最初から無いものに対して「うつろの世代」の子供達が、惜しいと感じたり、欲っしたりする気持ちはどこにもなかった。

 ある者はこの日の出来事を、人類にもたらされた福音と呼び。
 またある者は存在意義の消滅と嘆き悲しんだ。
 反応は様々であったが、一夜にして消滅したものが、再び人類の手にかえってくる可能性は極めて低かった。

 奇跡の朝から、男性はおしなべて勃起不全となり。
 女性は出産に基づく全ての行為を拒否した。

 これから先。人類は地球上のどこを探しても、己のなかに性欲をみつけられなかった。


  「 B 雨の葬列 」

 二一二二年。
 冬。

 リンゴン ガンゴン
 鐘が鳴る。

 十一月の。まだ夜も開けきれぬ朝である。
 ハカタテンジン地区には、つめたい雨が降っていた。雪が滅多に降らぬ地区ではあったが、それでも寒いものは寒い。できればまだ暖かなベットのなかで、寝具に包まれて眠りをむさぼっていたい朝であった。

 葬列の朝である。

 うえだ園の少女たち五名は、眠たい目をこすり、園長の上田一郎の号令の元集まった。
 園の玄関から表門に続く煉瓦敷レンガひきのアプローチに、少女達は雨合羽を着込み一列になって並ぶ。
 雨合羽は実にカラフルであった。足元の雨靴もまたしかり。
 黒に身を包んでいるのは上田一郎と、彼のからわらに立つ全く同じ顔を持つ二郎三郎のアンドロイド三兄弟であった。
 旧時代からの習慣がインプットされている彼らは、礼節を守る傾向にある。しかし身長一八五センチメートルの彼らが揃って黒ずくめだと、どうしても物騒な雰囲気がかもしだれてしまうのだが、少女達は気にしない。どちらかと言えば自分達の柄の悪さに鋼鉄製のハートを痛めているのは、三兄弟であった。

 アプローチの脇に咲くダリヤの花は、いつもの華やかさを忘れ、雨にうたれて項垂れている。なんとも物悲しい風情ではあったが、誰一人ダリヤに注意を向ける者はいなかった。本日のメインイベントである主役。園の最年長ももの登場を、今か今かと待っているのだ。

 リンゴン ガンゴン
 正面玄関の背後に立つ時計塔の鐘が鳴る。

 旧時代には全校生徒千五百人の私立高校だったうえだ園には古ぼけているとはいえ、無駄に金のかかった設備がある。時計塔もそのひとつだ。

 リンゴン ガンゴン
 荘厳とはいいかねる鐘の音を鳴らしているのは、ネズミ頭のジミーであった。身長一四0センチメートルの男性の躯に、しろネズミの顔を持つジミーは、園の用務員だ。彼は礼服は着ない。つなぎ姿がジミーの誇りだ。
 一昨日から風邪をひいて微熱気味のヨーコが、玄関先まで運ばれていた手回しオルガンのハンドルを回転させる。一九00年代に国内に三人しかいない職人によって作られたハンドメイドのオルガンだ。
 折りたたみ式のブックーー音階部分に穴が開いている紙の楽譜がオルガン内部を通ると、流れでるのはドクトルジバコのララのテーマであった。
 うえだ園では別れの朝には毎回手回しオルガンが登場する。
 上田三兄弟の趣味である。だが彼らは自らオルガン演奏はしない。不器用なわけではない。第一手回しオルガンは子供から大人まで、誰が回しても簡単に演奏できる代物だがしない。
 兄弟はかたくなだ。
 音楽は人間の感性によってのみ成り立つものである。というのが彼ら三兄弟の持論であった。

 ヨーコの手の動きに合わせ哀愁に満ちた曲が鳴り響く。
 皆のお待ちかねの時間の始まりだ。観音開きの扉が開かれた。
 扉を開いたのは、右が茶ネズミ頭のチャーミー。左が灰ネズミ頭のエイミーだ。二人はうえだ園のネズミではない。お隣のなりた園からの出張サービスだ。

 二人の開けた扉からひつぎがゆっくりと現れる。
 主役の登場である。
 ももをのせた棺に蓋はされていなかった。その為彼女の愛くるしい姿は、小雨に打たれながら皆の目にはっきりと映った。
 二十五歳で天に召されたももであったが、その姿は旧時代の中学生くらいにしか見えない。胸も腰回りもうすい姿をしている。それは他の少女達も同様だ。
 この世界に成熟した大人の躯をもつ女はいない。少なくとも公式で発見されていない。男もだ。成熟した男女の格好をした者は、アンドロイドだと思って間違いない。

 ももはくるくるとカールさせた茶色の髪を結い上げ、お気に入りのミモザ色のワンピースを着て横たわっている。桃という名に反して、ピンク色をひどく嫌う少女であった。
 彼女の周りには、ミモザ色を引き立てる白バラと青い小花——ベロニカオックスフォードが引きつめられている。これらは上田二郎のチョイスであったが、目にした途端ヨーコの眉間に皺がよった。
 二十歳になるヨーコはミモザ色のワンピースをお下がりとして、密かに狙っていたのだ。

 棺を運ぶのはグズベリーとグランベリーのトカゲ頭兄弟だ。グズベリーが黄緑いろで、グランベリーがむらさきの顔をしている。
 なんで人の躯にカラフルなトカゲの頭をのせたかったのか理解に苦しむが、仕方ない。ジミー達も似たり寄ったりだ。こういう風に作られたのは彼らの罪ではない。
 トカゲ兄弟は上田同様、黒の礼服に身を包み、ぱりりとしたシャツに黒のネクタイを結んでいる。紳士の装いは礼節からきているものではなく、葬儀を執り行う専門アンドロイドの為、年がら年中同じ服装だからだ。

 園の少女達は神妙な顔つきで、敬意をこめて彼ら二人組みに担がれたももを見守る。
 最初に歌いだしたのは、今年十歳になる最年少のエミだった。
 エミは耳のうしろできつめに結んだおさげ髪をぴんと伸ばし、朗々と歌いはじめた。
 歌が大好きなエミにとって、お別れの朝は晴れがましい一大イベントである。哀しさなどは一グラムもそのちいさな胸に秘めていない。決して薄情なわけではない。

 誰が掘るの? お墓の穴を
「それは私よ」 フクロウが言った
「私のシャベルで私が掘るの」
「お墓の穴を」

 マザーグースのCock Robinの歌である。
 うえだ園の少女達は決まって五番から歌う。
 一番から歌うにはアプローチは短すぎるのであった。五番からが最適なのだ。

 誰がなるの? 牧師になるの
「それは私よ」 カラスが言った
「私の小さな聖書を手にして」 
「牧師になるの」

 エミの声に重なるようにして、十一歳のさえが歌う。
 エミとさえは腕をからめて立っている。エミの水玉模様の雨合羽と、さえのカエル模様の雨合羽がこすれてしゃかしゃかと微かな音をたてるが、このメンバーのなかで最も神経質なヨーコはあいにくと離れた場所にいる為、注意する者はいなかった。

 誰がなるの? 付き人になるの
「それは私よ」 ヒバリが言った
「この世が暗くならなければ」
「私が付き人になるわ」

 誰がもつの? 松明を
「それは私よ」 ヒワが言った
「すぐに戻って 取ってきて」
「わたしが運ぶ松明を」

 十三歳のメイの声は、かすかに震えている。
 別れの恐怖の為ではない。式の前にたっぷりと牛乳を飲んでいたメイは、朝の寒さも相まって尿意を感じていた。だからと言って切なくないわけではない。
 メイは世話好きのももを慕っていた。ももとの別れは悲しい。だがここで漏らすわけにはいかない。なんと言っても今朝は一番お気に入りの紅いエナメルの靴に、おろしたての白いタイツなのだ!

 誰がなるの? 喪主になるの
「それは私よ」 ハトが言った
「私の愛で 弔うの」
「喪主になる」

 穏やかな死に顔をしたももが運ばれていく。
 生前のもものお気に入りは、木曜日のパンケーキとショパンの雨垂れであった。
 彼女はピアニストだった。
 最もこの時代のピアニストは難関な仕事でもなんでもない。「ピアニストです」と中央職業センターへ自ら申し立てをすれば、そして最低限の音階さえ理解して、ピアノ演奏ができれば誰でもつける職業であった。
 自給自足で暮らすこども園の経営をささえているのは、アンドロイド達だ。
 大人になれない永遠の子供達にとって職業の重みはなく、肩書き程度に過ぎなかった。もしくはたしなみと言っても良い。
 あらゆる場所にコンサートのないピアニストと、読者のいない小説家が存在し、彼らの存在は社会的に許されていた。人数の足りないサッカーチームの選手もいたし、バスケ選手もいた。
 そのなかでももは勤勉な方であった。いつだって土曜日と日曜日の朝には、ショパンを弾いていた。それは朝の食堂であったので、少なくとも彼女は五人の聴衆ちょうしゅうは確保していたわけだ。


 誰が運ぶの? 棺を運ぶの
「それは私」トビが言った
「夜通しでなければ」
「私が棺を運ぶ」

 十七歳の、ともが歌う。
 雨合羽のフードをかぶっていない為、ともの長くのばした黒髪はしとどに濡れている。
 皆の声と共に、ゆっくりとアプローチを進んでいくももにはっきりと届くようにともは歌う。
 背を伸ばし、ともの視線はももから逸らされない。十七歳は死を意識するのに、決して早すぎない年齢であるが、それにしても瞳に浮かぶ光は強い。

 誰がささげ持つの? ビロードの布を
「それは我ら」 ミソサザイが言った
「夫婦いっしょに」
「棺衣をささげ持つ」

 皆の声がひとつになって、園を去っていくももを送る。
 ももを運ぶトカゲ兄弟は歌わない。彼らに歌うという機能はついていない。話せるかどうかも疑問なところだ。

 誰が歌うの? 讃美歌を
「それは私」 ツグミが言った
「薮の小枝にとまり」
「私が讃美歌 歌うのです」

 誰が鳴らすの? 鐘を鳴らすの
「それは私」 雄牛が言った
「私はとても力持ち」
「私が鐘を鳴らすのよ」

 空には すべての小鳥たち
 ため息ついて すすり泣く
 鐘の音 皆が聞く時に
 かわいそうな クックロビン!


 園の少女達の歌声が雨模様の空をしめやかに渡っていく。
 アプローチを抜け、トカゲ兄弟の運転するリムジンカーへ棺は乗せられる。ももの亡骸が去って行く。
 皆はそろって棺を見送ると暖かな園のなかへと我先にと戻る。
 クックロビンの歌詞にあるような墓掘りはしない。

 第二次成長期を経て死亡したももの亡骸はセンターに運ばれる。そこで彼女の卵巣は取り出され、培養液にひたされ、次なる永遠の少年少女達を創りだす。
 哀しむべき事柄ではない。実際園の少女達の目に泪はない。
 喜怒哀楽がないわけではないが、彼女達の誰もがももの成長と死を仕方がない事と割り切っている。
 園には健康な卵巣を提供したとして結構な額が支払われ、それは経営にまわされる。

 少女達の最後で最大の仕事があるとすれば、それは死んだ後に卵巣を残す事に違いない。
 二十二世紀の子供達の成長はいびつであった。ある者は二十歳で死を迎え。ある者は三十歳で迎える。ただひとつ平等な事があるとしたら、彼らはいびつに遅くなった第二次成長と共に穏やかに死んでいき、恋情も欲情も知らぬという事だ。
 このいびつな成長はうつろの世代の後に世界規模でおこった。
 性欲を無くした人類は、次に成長を止めたのだ。


 「 C なくなった仕事と新たな展開 」

 二〇二三年
 性欲が消滅した世界で、人類は滅びる事なく日常をおくっていた。
 全くの混乱がなかったわけではない。
 いくつかのビジネスはこの世から消えてなくなり、少なくない数の人々が自ら命をたった。
 結婚という概念は崩れ去ったものの、流星騒動以前から婚姻を結んでいた家族に限っていえば、その大半が夫婦関係を維持していた。

 世界の人々は数ヶ月の混乱の後に、次なる試行錯誤への道を歩みだしていたのであった。
 性欲消失の朝には報道関係が大騒ぎをはじめ、あらゆるメディアがこぞって得体の知れぬ肩書きを持つ評論家に意見を求め、政府は対策におわれた。
 しかし一週間もすれば人々は徐々に新世界へ慣れていった。

 もし消滅したものがサバ缶であったならば、好物だった者たちはいくばくかの寂しさの元、別の嗜好品を探すであろう。また、全人類から体毛が一晩で消えたとしても、驚愕の後に慣れていくのが人の世の常である。
 性欲というセンシティブな問題であったものの、多くの有識者の思惑を外し、わずかばかり覇気に乏しくなった人々の生活は続行された。
 だからといって、全てが問題なくすんだわけではない。
 三代欲求のうちの一つを失った人類ではあるが、そのまま人類そのものが消滅するのには同意できるわけではなかった。

「我々はあがき続ける必要がある。そして又考え続ける必要がある」
 時の指導者はそう宣言したが、即座に反応を示したのは一部の金持ちだけであった。

 廃れたビジネスの変わりに爆発的に流行ったものは、卵子と精子のバンクサービスであり、デザイナーベイビー産業であった。これらは膨大な費用がかかる。
 一部の権力者と特権階級。財産とコネを持つ者達が競って自分達の遺伝子を残そうと目論もくろむ一方、文明の進みが遅い地域の人々は衰退への道をゆったりと歩んでいった。
 先進国でも所得の低い層は、今いる子供達に希望を託すしかなかった。
 そして限られた数の卵子と精子の組み合わせが乱発され続けた結果、人類はゆるやかに成長を止めていったのだ。


 「 D 穴掘る者と夢みる少女 」

 もものお別れの日から七日が過ぎた。
 乾いた風にながい髪の毛を揺らせ、ともは曲がりくねった小道をひとり歩いていた。
 腕時計は午後四時を指している。

 うえだ園の少女たちは判で押されたような生活を義務づけられている。
 朝六時半にはベットから下り、身なりを整える。
 七時に食卓につき、上田兄弟の用意する朝食をとる。この時上田兄弟はカフェエプロンを身につけ給仕をする。なかなかその姿は様になっているものの、性欲がない、すなわち極めて恋情を持ちづらい少女達が彼らに頬を染める事は今まで一度もなかった。
 八時になると全員が教室へ集合する。
 かつて教室は一年生から十二年生まで各学年毎にあったのだが、余りにも人数が減った今では全員がひとつの教室を使っている。おかげでうえだ園は、鍵のかけられた幽霊部屋だらけとなっている。

 集まった少女たちはモスグリーンの絨毯がひかれた教室の床に思いおもいに座りこみ、上田一郎か二郎か、はたまた三郎が差し出す情報端子を各自の学習ヘッドギアに差し込む。それはうえだ園だけではない。
 旧日本国地区のこども達は、よほどの理由がない限り八時から十一時までの三時間を、学習にあてる事を義務づけられている。その為午前中は電力を供給している発電所のアンドロイド達にとっては忙しい時間である。最も産めよ増やせよが叶わぬ昨今。人口減少は歯止めが利かない状況であるので、忙しいといったところでたかが知れている。

 義務学習を追えると、十一時半には食堂で昼食をとる。
 午後は一時間の休みをとってから、十三時半から二時間の軽作業となる。
 ともの軽作業は、園に併設されている飲料部でさかな顔アンドロイド達の間に立ち、瓶詰めサイダーをつくる事だ。

「サイダーを作るのは楽しい?」
 この日ともが訪れた元野球場で、彼女にそう話しかけたのは今年十九歳になるケイタツであった。
 彼はなりた園に属して、ともとは幼なじみのような関係である。

 十九ではあるが、ケイタツの声はまるで少女のごとく澄んでいる。ボーイソプラノのままで、喉仏もほぼ分からない。顔や手足も見るかぎり、無駄毛はなく、つるりつるつるしている。
 ともはケイタツに会うと、決まってインパラを思いだす。
 インパラは草原に住むウシ科、鯨偶蹄目くじらぐうていもくの草食動物だ。但し牛にも鯨にも似ていない。
 インパラはつぶらな瞳でシカによく似ている。

 ともは上田兄弟の情報端子からインパラを知った。情報端子によって学習からは困難さが取り除かれ、役にたたないものから、専門知識まで望めばいくらでも記憶できる。
 一方流通が全滅しているので、飛行機旅行でインパラを目にするのは望めもしない。オリエント急行に乗れたらどんなに素敵だろうかと夢想するだけの二十二世紀だ。

「退屈だけど、まずまず楽しい」
 ともの答えにケイタツは「そうか」短く応える。
 ケイタツの手はとまらない。
 彼はともがやって来た時にはすでに、十四ケ目の穴掘りに夢中であった。
 今掘っている穴は、一六四センチメートルのケイタツの頭部がやや出るくらいの深さがある。
 ともは穴のふちにしゃがみ込むと、働くケイタツを見下ろした。

 十八歳でなりた園の学業部を卒園したケイタツの選んだ職種は穴掘りであった。
 男の子ばかりが在籍するなりた園と、うえだ園の真ん中にある元野球場で、ケイタツは飽きるまで穴を掘る。掘る穴がなくなれば、埋めてから又掘る。
 なりた園の同期からケイタツは、スコップくんやシャベル小僧と呼ばれている。

「将来の職種は穴掘り職人です」
 学業卒園の朝。
 しゃきりとしたボブカットの成田 一子いちこアンドロイド女史に、ケイタツは胸をはってそう宣言した。

「じゃあ、ともは園の飲料部に勤めるのか?」
「それもいいけど……」
 ケイタツの質問に、ともは言葉を濁した。
 学業卒園は来年だ。
 今の自分は平等という名の共同体に縛られている。

「……どこか遠くを見てみたい」
 ともは、できそうにない希望を口にした。

 旅行。恋。出産。子育て。自立した女性。
 情報でだけ知っている、前世紀の女性をとりまくWordにともは夢を見る。
 欲する心が乏しいと言われている世代であるが、夢を見る事はできる。
 性欲がなくとも友愛精神は持ち得ているのと同じだ。

「遠くかあ。オレも行ってみたいな」
 ケイタツが手を止めて、空を仰ぎ見る。
 十一月のしろく曇った空に、スコップくんは夢をせてみた。
 埋める必要などひとつもない。どこまでも掘り放題の大地が、まだ見ぬ遠い地にはあるのだろうか。

 穴掘りをするケイタツは少々変わり者で、ともは変わり者になるのを恐れていた少女であった。
 はみだし者を責めるシステムはない。社会の基盤を支えるアンドロイド達にその様な権限はないからだ。けれど、はみだした先を想像するのは難しい時代であった。

「ももは満足するくらい生きていたかなあ」
 おおきく伸びをすると、ともは本当に言いたかった事を口にする。
 ともはももとのお別れ以降、自分のなかにある変化に見て見ぬ振りができなくなっていた。

「え?」
 ケイタツが目を見開いて、穴の中からともを見上げる。
 先ほどとは違って、ケイタツの動作は完璧に止まっている。

 ももの死亡をケイタツは知っている。
 地区の情報は月曜日と水曜日に伝達される。彼女の死因だって知っている。隣の園に居たほっそりとした奇麗なもも。健全で立派な人生であり、死亡であったはずだ。皆がそう認識している。

「なんでそんな事を言うんだ?」
 ケイタツは至極全うな質問をした。

 中央センターで産まれ、三歳でこども園へひきとられ、担当アンドロイド達に世話される。全員が平等に学習と軽作業の権利を約束され、十八で仕事につく。不満を感じる事のない、平均的な人生を誰もが送っているはずだ。

「だって。わたし知っている」
「なにを?」
「ももの秘密」
「秘密?」
「そう。ももの本当の願いは、男の子とキスをする事だった」
 ともはキスという部分に力をこめて言う。
 顔は赤らんでいない。性衝動に基づく行為であると知識として知ってはいるが、意味までを理解しているわけではないからだ。

「変わっているな」
 ケイタツが肩をすくめる。余り興味のある顔つきではない。

「ももは恋愛小説を嗜むのが趣味だったの」
「古典的趣味だ」
「図書室には山ほど恋愛小説のデーターがあるし」
「ああ」
「空想としては面白そうじゃない?」
「そうか?」
 首からさげているタオルで顔をこすると、ケイタツは「よいせ」と、かけ声と共に地面にあがって来た。

「ももが仮想したキスのお相手。誰だと思う?」
 隣に腰かけたケイタツににじり寄る様にして聞いてみる。

「相手なんていたのか?」
 居たとしても空想の範囲をでないのではなかろうか。ケイタツはそう考えた。

「いたと思う?」
「……思わない」
 ケイタツの言葉に、ともはこっそりとため息をついた。男の子だもの、仕方がない。恋に恋するのは少女達の得意技なのだ。男の子はいつの時代だって不器用なのだ。

「ももは、抵抗したかったんじゃないかな」
「抵抗? なににさ」
「この世界に」
 穴の縁に、ともはすっくとたち上がる。
 ケイタツの掘った。何の役に立つのか分からぬ(多分役立つ事などほぼない)穴は黒々とした地肌をさらしている。
 このなかにはミミズがいる。
 コガネムシの幼虫がいる。
 オケラがいる。人類以外の生物は、流星騒動の後も以前と変わらぬ秩序の元に生殖を繰り返し、繁栄している。生き物のルールから逸脱しているのは人類だけだ。

「安全で刺激のないわたし達の人生に。先の見えない未来に、ももは少しだけ抵抗したかった」
「その為のキスか?」
「そう!」
 ともは深く頷くと右の拳を握った。クックロビンの詩に送られていったももの棺を脳裏に浮かべる。多分ひとりの男の子の唇も知らなかったもも。心のこりはなかったのだろうか。

「けど。そういうのは、いたずらに寿命を縮める行為じゃないか?」
「そうはそうだけど……」
 振り上げた拳を中途半端に下ろすと、ともは不満げに唇を尖らせた。

「試してみなければ分からないじゃない」
「キスを?」
「キスを」
 うーんと首を傾げると、ややしばらくケイタツは無言であった。
 二人の頭上をしろく厚い雲が流れていく。やがておもむろに立ち上がると、ケイタツはともとまっすぐに向かい合った。

「他者を愛する事は重い十字架である」
「パステルナーク?」
 ケイタツの言葉にともがすぐさま応える。豊富な知識は情報端子学習の賜物たまものだ。

「愛は互いに見つめ合う事ではない。共に同じ方向を見つめる事である」
「サン・テグジュペリ」

「ほどほどに愛しなさい。長続きする恋はそういう恋である」
「シャイクスピア」

「接吻は細菌が行き来する行為である」
「なにソレ?」
「事実だ。オレはしたくない」
 きっぱりと。交渉の余地などない口調でケイタツは言う。

「恋とは性欲を持ち得た頃の人類の嗜みだ。オレは恋に夢をみない」
「ケチ!」
 ともが叫ぶ。ケイタツは困ったような顔つきで、
「それに……ともにはまだ死んで欲しくない」そう言った。

「……キスしたからって、すぐにも第二次成長がくるとは限らない」
「こないとも限らない」
 ケイタツはシャベルを手に、もう一度穴へと下りる。
 その後ろ姿に、ともが大きな声をかける。

「自分らしくあれ。他の人の席はすでに埋まっているのだから!」
「——オスカー・ワイルド」
 シャベルで穴掘りをしながら、しぶしぶといったていでケイタツが応える。
 素直で付き合いが良いのだ。だからこそともは、ソコにつけ込もうとしている。

「誰もが世界を変えようと考える。だが誰も自分を変えようとは考えない」
「トルストイ」

「明日死ぬかの様に生きよ。そして永遠に生きるかのように学べ」
「ガンジー。だから何だよ?」
 ケイタツが振り返る。
 途方にくれた顔をしている。ともは真顔で言った。

「ちょっとキスするくらい何でもない。核爆弾が頭上に落ちてくるわけじゃあない」
「ペルセウス座流星群は落ちてくるかもしれない」
「今は夏じゃあない」
「オレはイヤだ」
「弱虫! ケチ! どケチ!」
「何ともでも言え」
 ケイタツは穴を掘る。
 掘りながら背中で幼なじみの少女の怒りと落胆を感じて、内心ほくそ笑んでいた。
 ももがどれ程真面目にキスをしたがっていたか知らない。ロマンチストだったもも。けれど机上の空論といくらキスしたって成長期には関係なかったかもしれない。ももの死は予定された寿命であったろう。
 ところがどうだ。ここにいる変わりものの少女は、生身の男子とキスしたいと宣言しているのだ。
 面白い。
 決してキスに興味があるわけではないが、痛快だ。
 相手に選んでもらえて、どこか浮き立つ気分もある。
 そんな事はおくびにもださず、少年は穴を掘る。衝動のない分彼は理性的であり、臆病であり、極めて現実的なのだった。


 「 E/少女革命家の宣言 」

 二一二三年。春。

 桜はとうに散り、うえだ園の周囲は新緑を迎えていた。
 体育館の窓は開けられ、おだやかな風が吹込める。
 四名の少女達に見守られ、壇上にあがっているのはともであった。

 ともは長い黒髪をばっさりと耳のあたりで切りそろえていた。
 スカートではなく、つなぎを着込んだ姿は、卒園の晴れがましい日の主役というよりも、体育館の床のささくれを直しに来た修理人のようであった。
 礼服に身を包み、胸ポケットにはカトレアのコサージュをさした上田一郎はその姿をとがめたりはしない。服装は個人の自由であって、たとえともが素っ裸にタオルを巻き付けて現れても、尊重されるべきものであったからだ。

 ともは上田一郎から卒園証書を受け取る。
 上田が「おめでとう」と泪声に聴こえる音声で告げる。ともは「お世話になりました」そう応えると頭をさげた。上田が一歩後ろへひき、ともが変わりに壇上の中央へと進む。そこには職業宣言をするマイクがある。

「わたしは」

 たった四人の少女達を前に、彼女は宣言をする。
 エミとさえは右手と左手をつなぎ座っている。
 メイは膝にのせたラクダのぬいぐるみを撫でている。
 ヨーコの顔色がすぐれないのは、お腹の具合がよろしくないからだ。彼女はそれを生理の予兆ではないかと、気を揉んでいた。

「わたしは」
 ともが言う。

 誰も卒園スピーチに何の期待もしていない。
 上田も。ジミーも。真面目くさった顔をして、淡々と時間のすぎるのを待っているだけだ。
 子供達に期待をする時代ではない。優しく無関心な時代であった。

「わたしは革命家になります!」
 ともの叫びに、メイがラクダをいじる手を止めた。

「革命家になる為に園をでます」
 エミとさえが互いの手のひらを握る力を、人知れず強めた。

「そしてどこか遠い地で、男の子と恋に落ちようと願っています」
 ヨーコが「まあっ!」小さいながらも声をあげた。
 多少の非難が混じった、感嘆の声であった。
 意味を理解できない上田三兄弟とジミーが拍手をするなか、ともは颯爽と壇上をおりた。


 この出来事を水曜日の地域情報として耳にしたケイタツは、リュックサックにスコップと僅かばかりの身の回り品をいれた。そして右手に大型。左手に中型スコップを持ち、朝早く姿をくらました。
 誰にもナニも言わなかったため、しばらくの間なりた園は混乱したが、そんな事はケイタツの知った事ではなかった。
 彼にとって問題なのは、幼なじみが自分以外の少年に興味を持つか否かを見極める事であった。
 ペルセウス座流星群にはまだ遠い春。
 わずかばかり世界の基準からはみだした少年少女は、自らの意志と足によって、狭い世界から飛び出したのであった。



                                    完


 
十二時投稿予定の本作後書きを、11:34分に書いています。
ギリギリです。焦っています。なんちゃってSFです。SFと掲げて良いのか悩んでいます。ジャンルその他も考えにいれていますので、ナニかありましたらお知らせください。

尚本作中の「クックロビン」はマザーグースからの出典です。マザーグースは詠み人知れずで、尚かつ著作権が切れています。が、和訳は著作権が生きている可能性がある為、わたしが訳したものをのせました。

原稿用紙換算枚数34枚

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