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今回は知識になるものはないかな。
ほのぼの散歩の少し微糖です。
女将さんと入れ違いで戻ってきた達也さんと智也君は、お化粧を直してもらった私を見てニコリと笑った。
「美人さんに戻ったな」
「きれいだよ、清香ちゃん」
二人に言われて、また顔に熱が集まります。
「それじゃあ、庭園に散策に行こうか」
達也さんがそう言って絵菜ちゃんに手を出したの。だけど、絵菜ちゃんは困ったように達也さんを見上げただけだった。
「どうかしたのか、絵菜」
「え~とね~、なんかお腹が張っている感じがするのね。それに足もむくんできたような?」
「それは・・・冷えたのか」
「冷えてはいないと思うけど、やっぱねえ~」
「絵菜ちゃん、大丈夫なの?」
不安に駆られて絵菜ちゃんに言ったら、絵菜ちゃんは私を安心させるように微笑んだわ。
「大丈夫よ。ずっと座っていたから血行が悪くなっただけよ。マッサージをすれば、すぐよくなるわ。それよりもせっかくだから清香ちゃんと智也君の二人で、散策に行ってらっしゃい」
「でも、絵菜ちゃんをおいてなんて」
「だからね、達也がいるから大丈夫よ。私もよくなったらすぐに庭園に行くから、ね。先に行っててね」
絵菜ちゃんにそう言われては、グズグズ言い続けるのは小さい子の我が儘見たいだと思ったから、私は小さく頷いたわ。
草履をこの部屋の窓の外に回してくれたから、濡れ縁から外に出て履物を履いたのね。
「じゃあ、行こうか」
智也君と連れ立って歩きだしたの。
まずは池のほとりに行ってみたわ。大きな鯉が幾匹か泳いでいたの。
「わ~、錦鯉がいる~。え~、金色の鯉?あそこの鯉は白色だわ」
身を乗り出すように見入っていたら右手を智也君に掴まれたの。
「危ないよ、清香ちゃん。それ以上前に出ると池に落ちてしまうよ」
「あっ、その、つい・・・」
大きな鯉にはしゃいでしまって、子供のようです。智也君に呆れられてしまったでしょう。それともやはり手のかかる妹扱いでしょうか?
「あの、気をつけますから手を離していただいても・・・」
「ダ~メ。清香ちゃんは夢中になると周りのことが見えなくなるんだから。危ないからこのままでね」
智也君が私の手をギュッと握り直したの。私は恥ずかしくて、また顔を赤くしたと思います。
そして石橋を渡り、整備された小径を通ってお茶室まで歩いて行ったわ。池から離れたら智也君は手を離してくれたのね。お茶室のそばには桜の木があり、花が二輪咲いているのを見つけたの。
「咲き初めだね、清香ちゃん。この木もかなり立派だよね」
「そうね。満開の所を見てみたいかな」
「じゃあ来週来ようか」
「でも、来週に満開とは限らないでしょう」
「しばらくは暖かいと言っていたから、一週間経てば満開になっていると思うよ」
「そうかしら」
「そうだよ」
そんな話をしながら小径をそぞろ歩いたの。野点が開かれるという小山の向こうにも行ってみたわ。この広さなら十分に行えるよね。番傘のような東屋に戻って来たところで、智也君に一休みしようと誘われたの。
木の長椅子が置かれていて、智也君と並んで座った。ここから見る日本庭園の素晴らしさに心が奪われそうになる。いいえ、そちらに意識を集中していないと、智也君のことばかり気にしてしまいそうだったから。
ふと、ある事に気がついて「ふふふっ」と笑ってしまった。
「どうしたの、清香ちゃん。なにか思い出したのかな」
「ううん、違うの。・・・そのね、着物を着てこんな素敵な料亭でお食事をしたでしょ。その後お庭を散策したのがね・・・あの、よくドラマとかである、お見合いの席みたいだなと思ったのよ。あとはお若いお二人でっていう、あれ。ね、おかしいでしょ?」
私が笑いながらそう言ったら、智也君は驚いた顔をして私のことを見てきたの。そして、顔を赤らめたの。私も智也君の様子に驚いて、改めて智也君を意識してしまい、顔を赤くしたことでしょう。
お互いに視線を逸らして、でもちらりと伺いみれば、目が合うと尚更赤くなるという状態がしばらく続いたのよ。
「そ、その、清香ちゃん」
智也君が私の方を向いて、意を決したように声を掛けてきた。緊張のためか声が裏返っていたの。
「は、はい」
「そのね、清香ちゃんが嫌でなければ、僕とお付き合いをしてくれませんか」
げ、幻聴じゃないですよね。
智也君はその言葉を言ったら落ち着いたのか、軽く深呼吸をして私の目を見つめて真剣な顔をしてきたの。
「清香ちゃん。僕は、君のことが好きです。出来れば一生を共にと考えています。清香ちゃんが嫌でなければ、真剣に考えてくれませんか」
智也君の言葉が頭の中でこだましています。私は瞬きを三度しました。私の顔を見ていた智也君が慌てだしました。
そうよね、目に涙が浮かんできたら焦りますよね。
「智也君、私でいいの」
私の言葉に智也君が動きを止めて、私の顔を覗き込むように見てきたわ。
「清香ちゃんがいい」
「私じゃ、智也君に相応しくないよ」
「清香ちゃん以上に、僕に相応しい人はいないよ。・・・というより僕の方が清香ちゃんに相応しくないよ」
「そんなことないよ。うちは普通の家で、老舗の呉服屋さんの跡取りの智也君に釣り合うとは思えないもの」
「それこそだよ。清香ちゃんは呉服屋さんのお嫁さんに、相応しい知識を持っているじゃないか」
そう言って智也君は私の左手を両手で包んだの。着物の袖から覗く手首の感じが私と違い骨ばって見えたわ。