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今回は煎茶の入れ方教室です(笑)
あと、紅の色のお話し?かな。
「どう、落ち着いた」
私が泣き止んだのを見て、絵菜ちゃんがやさしく声を掛けてくれたの。そこでハッとしたのよ。絵菜ちゃんは妊婦さんです。絵菜ちゃんに無理な体制をさせていたのではないかと心配になったのよ。
でも、私が何か言うより早く絵菜ちゃんが言ったの。
「大丈夫よ。私は身体は辛くないから。それよりもお茶を頂きましょうか」
いつの間にか部屋の隅に茶器とポットが用意されていて、女将さんでしょうか。雀茶色の着物を着た女性が、私に濡れタオルを渡してくれたの。泣いて腫れたであろう目元に当てるとひんやりとした冷たさが心地いいわ。
「それでは今から煎茶を入れさせていただきます」
女将さんはそういうと、人数分の茶碗にお湯を8分目まで注ぎました。次に急須に煎茶の茶葉を、小さじで少し山目に4杯入れました。そうしたら茶碗のお湯を急須の中へと入れたのです。1分ほどしたら茶碗に均等に廻しつぎをして、最後の一滴まで出し切りました。その茶碗が私達の前に置かれました。
「どうぞご賞味ください」
その言葉に茶碗に手をのばしたの。熱過ぎない茶碗を右手で持ち左手は底に軽くあてて、そっと傾けました。口の中に甘さが広がります。
「甘い!煎茶ってこんなに甘かったんですか」
私の言葉に女将さんはニコッと微笑まれました。
「ええ、そうです。適温で煎れますとお茶のうまみ成分がしっかり出て参ります。お家で飲まれるお茶は、皆様温度が高めに煎れていられるので、旨味よりも渋みなどが勝ってしまうのですよ」
その言葉に茶碗の中を覗きました。若菜色のお茶が揺れています。
「お嬢様。宜しければ煎れてみますか。お教えいたしますよ」
「本当ですか。是非お願いします」
女将さんの提案に一も二もなく頷いて、女将さんの隣に移動したの。そして、もう一組の茶器を使って、煎れてみたわ。廻しつぎをして最後の一滴まで煎れて、みんなの前に置いたの。みんなが茶碗に手を伸ばして飲む様子を、じっと見つめてしまったわ。
「美味しいわ、清香ちゃん。お茶の旨味がしっかり出ているわよ」
「本当だな。これが甘露というものかな」
「流石、菱川様にございますね。その言葉が出て参りますのは」
達也さんが言った言葉に女将さんがそう言いたのですが、意味が分からなくて首を捻ります。それに女将さんは笑って教えてくれたの。
「甘露は煎茶に対する言葉として使われます。意味としましては「上等な煎茶」ということでございます」
女将さんの言葉にまた私の顔は赤くなっていることでしょう。顔を俯けていたら女将さんの声が聞こえてきました。
「それでは菱川様、男性方は暫しご退席願います」
「おいおい、俺達を追い出すのかい、女将」
「まあ、菱川様。女子の化粧をする姿を覗くなどとは、無粋でございますよ」
その言葉に仲居さんが道具箱を持って入ってきたのね。それを見て、達也さんと智也君は立ち上がったの。
「ああ、ではよろしく頼む」
そういうと部屋を二人は部屋を出ていったわ。
二人が部屋を出たのを見てから、女将さんは私の方を見てきたの。
「お嬢様、私にお化粧を直させていただけませんか」
「そうね、清香ちゃん。直していただいたらどうかしら。清香ちゃんはお化粧品を持ってきていないでしょう」
女将さんの柔らかい言い方に、絵菜ちゃんが同意したわ。私もお化粧道具など持っていないので、素直に頷いたの。
「では、お嬢様。誰もが見惚れる美人にして差し上げましょう」
女将さんがそう言って道具を広げながら、私に微笑んだのよ。
女将さんは涙で流れた私の化粧をクレンジング液を染み込ませたコットンで拭き取ってくれた。次いで化粧水を手に取り手の平に出すと、その手を顔に当ててきた。女将さんの手が私の顔を撫でるように触っている。私は目を瞑ってそれを受けていた。また、何かの液が肌につけられたの。そのまま顔の筋肉をほぐすようにマッサージをされたのね。それから、もう一度クリームを塗られたの。
「お嬢様、折角ですので白粉を御塗いたしましょうか」
「いえ、白粉は・・・」
女将さんの問いかけにちゃんと答えられなかったの。でも、その言葉で分かっていただけたみたいで、女将さんは微笑んで言ってくれたわ。
「そうでございますね。では白粉はやめておきましょうね」
女将さんはファンデーションを手に持つと私の顔に塗り始めました。そして、アイシャドーと頬紅をつけ、それから筆を持つと紅の色を絵菜ちゃんと相談を始めたのね。
「奥様、お嬢様には若々しくこちらの朱色など、いかがでしょうか」
「そうねえ~、猩々緋もいいかしら。赤色も捨てがたし。それとも紅色までいっちゃってもいいかしら。紅赤、朱砂、紅緋、緋色、似紅。どの色もいいわね」
「奥様もお色に詳しいのですね」
「ええ。うちは色に関わる家でしたから」
「まあ、そうでございましたか。それではどういたしましょうか」
「そうねえ~。清香ちゃんはどの色がいい」
「私ですか。私は・・・赤色がいいです」
「赤色ですね。ではお嬢様軽く口をお開けください」
言われたとおりに口を開けたら、唇の上を筆が動いていった。
「これでいかがでしょうか」
「ええ、とっても可愛いわ。ありがとう、女将さん」
「いえ。では、菱川様方をお呼びしますね」
女将さんは道具を片付けると部屋を出て行きました。