第6話 運び屋
深淵の如き暗闇の坩堝が存在していた。そこに声が響いている。女の声だ。感情を感じさせない声が響いている。
「ああ、まったく」
それがこぼしたのはそんな言葉だった。何を見ているのか、何を知っているのか。あるいは全てを見ていて、全てを知っているのか。
それでなお、女の声はやりきれないとでもいうかのように言葉を漏らす。しかし、まったくそうは感じられない無感情な声で。
「どうして人類というものはこうも度し難いのか」
ああ、度し難い度し難い。なぜ? どうして。ああ、わからない。考えたところで、計算したところでそれが分かる日は永遠に来ないだろう。
それほどまでに度し難くイレギュラーの存在が消えることはない。駆除しても駆除しても奴らは現れる。今回もまた、それだった。
「感染者。あなたたちに生きる場所はない。あなたたちイレギュラーは死ぬべきなのだ」
感染者の異能は人類に過ぎた力だ。そんなもの人類には必要ない。過ぎた力は争いを誘発する。今もまた、一つの街で争いが起きて人が死んだ。
ゆえに、一つの結論は覆らない。感染者は存在してはならない。お前たちはこの地上で生きていてはならないのだ。
「そして、ヴィクセン。その機体もまた存在していてはならない」
それに搭載されている物も含めて、ヴィクセンと呼ばれるクランカー、あるいはそれに連なるクランカーは存在してはならない。
それは病原菌。いいや、癌だ。放置すれば全てを覆し、全てを破壊する。ただ己の為だけに。ゆえに、イレギュラー死すべし。
「人類に平穏と安寧を。それを乱す者を我らは決して許さない。
行きなさい、そして破壊するのです。あなたたちの役割はただそれだけなのですから。それ以外にあなたたちに存在意義などないのですから」
返答の代わりに深淵で起動音が響く。それはクランカーが起動した音。ジェネレーターが稼働し、熱量が上がって行く。
そして、それが臨界まで達した時、爆音とともに一機のクランカーが飛び出して行った。漆黒に十番目を示すナンバリングが成された鋼鉄が行く。
「…………わかっているよ。そんなことは、もはや何のためにこんなことをするのかも覚えちゃいないが、あんたの言葉だけは聞かなきゃいけねえ。そう思うんだよ」
だからこそ、もう語る言葉など必要ないだろう。己はただ言われたことをやればいい。殺して破壊する。それだけが己の存在意義。
ゆえに、ただの人形が行く――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
バグズの屋敷でのあれやこれやから数時間。ロイドたちはヴィクセンを見つけた遺跡へと辿り着いていた。とりあえず、ここで食料などを補給しつつアンナたちに事情などを説明するのである。
なぜだかすっかりなじんだヤマモトがせっせと食料を集めていた。本当に強い者にまかれる気らしい。呆れるほどの割り切りだった。
「…………」
さて、ヤマモトはそれでいいのだが、リノアの方が問題だった。なにせ、彼女はヤマモトほど割り切りが良くない上にぶちギレた勢いで色々とやってしまった為に心象はまさに最悪と言える。
そんなのがいきなり自分を連れ去っているとかどんな状況だと言いたくもなるだろう。ロイドだってどうすれば良いかわからない。
アンナにどうにかさせようかと思ったのだが、お父さんが原因なんだからちゃんとしてねと言われてしまったらどうしようもない。
だからこそ、二人して黙ったままにらみ合いが続いているわけだ。しばらく、沈黙が続いていたがおずおずとリノアが、
「なぜ」
「ん?」
「なぜ、殺さなかったのですか?」
あなたならば簡単に殺せたでしょう、そう聞いてきた。化け物ならば。あの瞬間に殺されていたかもしれない。
その恐怖を思い出せばリノアは震えが止まらなくなる。しかし、その弱さをこの男に見せるつもりは毛頭なく、強がりで彼の前に立っていた。
「あー、うん、まあ。君が子供だから」
「…………」
だが、そんな恐怖も彼の発言で霧散する。リノアは盛大に呆れた。溜め息をついて立ち上がってアンナやヤマモトを手伝いに行くことにする。もはやこの男に何を言っても無駄なのだと悟ったから。そして、これが素なのだともわかってしまったのだ。
ロイドとしては何か言われると思った。あるいは、怒られるくらいは思っていたし、殴られたり刺されたりするんじゃないかなーと思っていたのだが拍子抜け。
「怒らないの?」
「怒る気力を失くしました。そこまで能天気で良く生きていられますね」
「そうじゃないと生きていけなかったとも言うね」
「はあ……で?」
「? でって?」
「これから私をどうするつもりですか?」
「え? いや、特に何も。好きにすれば良いじゃない。傷もきちんと治したし、僕は君に対して何かするつもりはなにもないよ」
ロイドとしてはまったく考えていなかったし、あの場に残して行けば確実に殺されたから連れてきただけなのだ。
だから何も考えていなかった。あとは自由にすればいいじゃないかと思っていたのだが、彼女の反応はまったくの予想外だった。
「残酷ですね」
この状態で好きにしろとは言ってくれる。それはすなわち、死ねと言っているようなものだった。
「えーっと?」
「感染者が、一人で生きれるわけがないでしょう」
感染者は生きていてはいけない。ゲネシスに感染した瞬間から決まるのだ。如何に強い力を持っていようとも、システムに発見されれば殺される。
システムから外れて生きていけばいいだけの話と言えればいいのだが、そうは言えない。一人では生きていけない。
システムから外れて生きることなんてできないのだ。少なくともリノアはそう思っている。だが、反応からしてロイドは違うのだろう。
「じゃあ、一緒に来る?」
そして、こういうのだ。まったくこいつは本当に何なんだ、そうリノアは思いながらも、
「…………仕方ありません。そうしなければ、私は死ぬでしょうから」
そう返すのだ。どのみち生きるにはそれ以外に方法などないのだから。だから、我慢する。
「うん、じゃあよろしく」
ならばとロイドは手を差し出す。握手。古今東西、仲直りと言えばこれだろう。そう思ってロイドは手を差し出すのだが、
「勘違いしないでください。慣れ合うつもりはありませんので」
しかし、その手をリノアが掴むことはなかった。行き場を失った手を所在なさげに動かして、ロイドは頭を掻く。
「やっぱり、年頃の女の子の考えることはよくわらないな」
「お話は終わったでござるかー?」
そこにやってくるヤマモト。
「うん、まあ終わったよ。で、どうだった?」
「食料はいっぱいでござるが、あまりここいらに長くいるのはおすすめできないでござるよ」
「だろうね」
元々がマシンエネミーの巣になっていた採掘場の地下だ。今は、全滅させられて何もいないが、いつまた彼らがやってくるかがわからない。
追手が来ることも考えればここにとどまり続けるよりは移動した方がいい。だから、まずはここで一泊して事情を説明してからヴィクセンに登録された座標にある宇宙船に向かう。
「この惑星に居場所がないなら出て行っちゃえばいいんだしね」
ヴィクセンが発進した発進口から見えるのは満天の星空だ。アテル曰く、宇宙船というのは都市船という都市丸々一つを積み込んだ船という。
生産施設も充実しており、カタログスペックだけ見るなら十数万人以上が普通に何年でも生活できるらしい。
ならば、それでさっさと逃げてしまうのも手だ。星の海に出ると言う夢も叶う。一石二鳥。約束も破らないで済むのであればあとは、事情を説明して同意さえ得られればいい。
危険な旅になるだろうが、もはやメランに住むことはできないのだから、どちらも同じこと。だからロイドは固形燃料で火を起こし皆を集める。
「そういうわけで、これから宇宙船を探しに行きます」
そして、そう宣言した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「…………」
夜。ロイドの説明のあとほとんど全員が寝静まった頃――説明にもならない宣言だけだったのでアンナが盛大に彼を怒ってAIであるアテルが説明した――リノアは一人起きて、星を見ていた。
ロイドを見ると今でも震えが止まらない。霧散した恐怖が一人になったのを見計らって戻ってくる。これは精神を汚染する毒だ。
リノアは今の状況も、何もかもが恐ろしかった。そして、それ以上に何も警戒していない彼らが信じられなかった。
「なぜ、みなさん普通に寝ているのですか」
追手がいつくるかわからない。ここはあまりメランから離れていないのだからもしかしたら今すぐにでも来るかもしれない。だというのに、暢気に眠っている。
そのくせ、AIだとか都市船ヴァンテアンだとか、意味不明にもほどがあるしシステムに反逆して星の海に飛び出そう? アホか。
そうとしか思えないのに、
「まー、いいでござるよー、ロイド殿が倒れるようなことがあれば長い方にまかれれば良いだけで御座るし~」
ヤマモトは楽観的超暢気に言ってのけていの一番に寝やがったのだ。普通、マシンエネミーの真実だとか、システムによる管理の破壊だとか誰も信じないし、そもそもシステムから脱却するという暴挙についていくというのが一番ありえない。
常識を持ってそうなロイドの娘ですら、
「お父さんが行くなら私も行くよ」
とお父さんは隠し事とかはしまくるけど嘘だけは言わないからと言ってついていく気だ。
リノアからすれば信じられなかった。気が触れているとしか思えない。しかし、だからと言ってロイドたちから離れることもできないのだ。
そうすれば自分は死んでしまう。いやだ、死にたくない。だからここにいるしかないがここにもいたくない。全てが裏目に出て、自業自得。
「怖い」
ロイドは怖い。あんな化け物の傍になどいたいと思う人間などいないだろう。生存本能があれから逃げろと言っているのだ。あれが行く場所にはきっと死しかない。生存本能が逃げろと叫んでいる。
ヤマモトとは逆のタイプ。恐ろしいものにはとことんこびへつらいその下で生きていくということを許容するタイプとはリノアは逆だ。
リノアはどこまでも逃げたくなるのだ。恐ろしい者から逃げたい。誰も獅子と一緒の檻の中で生活したいとは思わないだろう。だが、逃げてしまえば生きられないというジレンマ。だからこそ我慢する。我慢して、我慢してここまで生きてきたのだ。
それでもふと漏らした言葉が限界を示していた。もう我慢も限界だ。辛いことを我慢していては潰れる。それは自明の事。今回の件は特に大きかった。使われるだけ使われて平穏ならそれで良かったのだ。
ここ数時間で大きく状況は変わった。変わってしまった。リノアのキャパシティを越えて事態は動き、もうどうしようもならない。
自分の知らないところで何もかもが決まって、決められてそれを我慢し続けてきた。数年以上も蓄積したストレスをもう彼女は処理できなくなっている。
「何が怖いの?」
「――っ!?」
そんな時、突然の声にびくりと身体を振るわせる。声はロイドのもの。聞かれた。なら、次は何を言われる。それはなんとなくわかる気がした。
曰く、百五十年は生きていると自称するこの男は、とぼけていたり暢気ではあるが時折全てを見透かしたように言うのだ。
「僕かな。あんなことをやったんだから、それも当然だろうけど、違うね。たぶん君は全部怖いんだろ?」
言うな。
「大丈夫だよ。一緒に来るんでしょ? 僕が守るよ。もう怖い思いはさせない」
言うな。
「だから、安心して――」
「言うなああああああ!!!」
言うな、言うな、言うな。それ以上何も言うな。聞きたくない。
がりがりと髪を頭を掻き毟って、もうやめろと叫ぶ。ダムが決壊するように、堰を切って言葉が溢れ出す。
「なんなんですか! あなたは、守るとか、大丈夫だとか! そんなの信じられるわけないじゃないですか! システムから外れて、生きれるわけないでしょう! システムから外れた者の末路を私は知っています。どこまでも、どこまでも、どこまでも!! あいつらは追ってくるんですよ。まるで世界が敵になるようなものです!
世界が敵になって守るなんてできるはずがないでしょう!!! あなただって絶対に死ぬ、私も死んじゃう! 私は、死にたくありません! あなたたちについていくのはごめんです。でも! そうしないと生きていけないからついていくしかないんです! でもついていきたくもないんです! もう、どうすればいいんですか!! いっそ、いっそあのまま殺してくれていたらよかったのに! なんで……」
「…………ごめん」
ロイドはただそう言った。
「それでも僕は、君を殺したくなかったんだよ。だって、君はまだ子供だからね。生きていつか、生きていてよかったって思ってほしいんだよ」
「無理ですよ、この偽善者、偽善者ァ! 無理に決まっているでしょう! こんな世界で、どうやって感染者が生きていてよかったって思えばいいんですか! 感染者とバレたら殺される世界で、どうやって幸せになれっていうんですか!」
そんなことができるのは規格外の力を持つお前だけだ。リノアはそう断じる。少なくともリノアには出来ない。
如何に強い力を持っていても、異能を駆使しても出来ることとできないことがある。世界が敵になって、誰も彼もから追われて、追われ続けて幸せになんてなれるはずがないだろう。
「……うん、わかった」
何がわかったというのか。しかし、彼は何かを決めたようにリノアを見る。
「なら、僕が君が生きていける世界を創るよ。それなら、君ももう怖いって思う必要もないし。大丈夫、信じていいよ。僕は隠し事はするけど嘘はついたことはないからね」
「――――」
ああ、何を言っているんだこいつは。何もわかってない。なのに、何で自分は信じてみようなんて気になっているんだ。わからないわからない、わからない。
わからないまま、夜は更けて行った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「解放の為の武装の設計図を集める為に遺跡をめぐる。ルートによれば街も近いからなんとかできそうだね」
『はい、それから技術者の方がいれば道中でも武装を作成することが出来れば良いのですが、右手の修理もできませんでしたし』
「それについては、僕も知り合い少ないしなあ」
「お父さんは知り合いが少ないじゃなくていないでしょ。年中仕事始めてはクビになっててご近所さんに甲斐性なしって言われてたじゃん」
「あっはっはっは、アンナ殿は言うでござるな~。ロイド殿~、大丈夫でござるよ~、ロイド殿が利用できるうちは拙者知り合いでござる、いや、親友でござる~。利用できなくなったら他人でござる」
「ああ、もう、この人たちは。判断、失敗したかなぁ、はあ」
翌朝、一行は遺跡から出て次の目的地に向かっていた。次の目的地はアテルが示したプロジェクトに関わるという遺跡である。
そこにはこのプロジェクトに参加するクランカーの為の高威力兵器の設計図が今も眠っているらしい。本物は経年でとっくの昔に壊れているか使い物にならないとか。
そういうわけで最終目的地である都市船「ヴァンテアン」を目指して一行は一路、メラン付近の遺跡から次の遺跡があるというシュランへと向かっていた。
西へ数日行ったところにあるという。マップデータがあるので迷うことはない。しかし、早々にどうにかしなければならない問題があった。
「まあまあ、リノアもそんなに溜息つかないで。大丈夫だって、なんとかなるよ」
「ええ、そうですね。そうだと良いですね。はあ、とりあえず、移動用の車両どうにかしてください。狭いです」
「砂っぽいでござる~拙者敏感肌なのでござる~直射日光はきついでござる~」
「うぅ、熱いよぉ。お父さーん、どうにかならない?」
問題とは移動手段がヴィクセンしかないことである。中に乗っているロイド以外は無事な左手に乗っている状態なのだ。
この状態では戦闘なんてできるはずがないし、直射日光や砂、風の影響をモロに受けてしまう。かといって中に乗れるのは一人しかほとんど無理な上にクランカーの操縦が出来るのは現状ロイドのみ。
ヤマモトは刀剣機械以外の機械を触ればぶち壊すほどに機械オンチだ。アンナは出来そうではあるが、戦闘になったりすることを考えればあまりさせたくはない。
そうなるとリノアが出来そうなのだが、ここから早々に離れることを考えると彼女に操縦を覚えさせる時間が惜しいということでロイドがやっているわけだが、いつまでもこれを続けるわけにはいかないだろう。
ロイドだっていつまでも操縦し続けられるわけじゃないし、ヴィクセンのエネルギー源である駆動液も切れるだろう。
そうなってしまえば動けなくなってしまう。砂漠の真ん中で動けなくなるとか死ぬ以外の選択肢がない。まだまだ駆動液は八割を残しているがいつなくなるとも限らないのだ。
ゆえに、早々に車両がいるというリノアの意見は至極真っ当だ。
「うーん、運び屋の人とかいてくれるといいんだけどなぁ」
しかし、そう都合よく物事が進むわけがない。
「あ、いた」
と思われていたが存外、物事なんてそんなものであるとでも言わんばかりにヴィクセンのカメラが一台のトレーラーを捉えた。
クランカーの輸送にも使われる大型トレーラーだ。良い感じに積載スペースはクランカー一機分はありそうである。
「頼んでみるのもいい、かなって、あれ不味くないか?」
何やらいつかどこかで見たような光景。どこぞの傭兵であることを示すエンブレムを付けたクランカーがトレーラーを追っていた。
射撃音と砂柱が上がる。それは左手に乗っているアンナたちにもしっかりと見えていた。ヴィクセンを走らせていればトレーラーが追われていることにも気が付く。
「お父さん! 助けようよ!」
「うん、そうだね。助けようか。助けたら乗せてくれないかなぁ」
「まあ、交渉次第でしょう」
「良し、んじゃ、助けますか」
そういうわけでアンナたちは右肩へと移動。アンナはヤマモトが抱えて連れて行った。
「さて、それじゃあここから狙おうか。みんなは耳塞いでてね」
『了解。戦闘開始。遺跡から回収した予備のエネルギーライフルを左腕に装備します』
それによりファイアコントロールがインストールされ更に精密射撃モードへと移行する。左操縦桿のホイールを回してカーソルを敵の脚部に合わせて、ロイドはトリガーを引いた。
携行弾薬性のエネルギーライフルであるためチャージの必要はなくトリガーを引くと同時に発射シーケンスが行われ光線が放たれる。真っ直ぐにアテルによって補正された照準のとおりに光線はクランカーの脚へと直撃した。
そうして――
「いやぁ、助かったわ」
その後、クランカーを追い払ったロイドたちはトレーラーの持ち主であったダークスーツを着た黒髪に眼帯の女クレアに同乗させてもらっていた。
「あいつらしつこく襲ってきてねぇ。しっかし、面白い連中よね」
そう言いながらクレアは操縦席より後ろの座席に座っているロイド一行を見る。
「ミスターサムライに? お嬢ちゃんたちが二人、ボーヤが一人。どういう関係なのかしら?」
「さて、なんでござろうなぁ?」
本当なんの一行なのだろうか。
「ボーヤ……まあ、旅は道連れと言う感じです」
「それであんな珍しいクランカーで旅ねえ。まあ、いいわ。詮索は命取りってね。で? どこまで行くの?」
「次の街まで」
「りょーっかい。助けてもらったし、連れてってあげるわよ。お姉さんに任せない」
「では、拙者寝るでござる」
「私も、眠らせてもらうわ。なんか眠いし」
そう言ってヤマモトとリノアが寝息をたてはじめる。早い。不自然なほどに。まあ、野宿をしたことのなさそうな奴らであるから昨日の疲れでも出たのだろう。
なにせ、戦闘してそのまま逃げたのだ。慣れていても疲れる。ロイドはそういうことが日常だったこともあるので別に良いが他はそうはいかないだろう。
「ふぁ」
それを見たアンナが大きなあくびをする。我慢できなかったのだろう。そんなアンナにクレアがクスリと笑っているのに気が付いて顔を赤くする。
ロイドもほほえましそうな目で見ているから、なおさら顔を赤くするアンナ。
「アンナも眠いなら寝ていいよ」
「うん、ごめんね」
「別に、謝ることでもないんだけどね。はい、お休み」
「おやすみなさい」
ロイドとクレア以外が眠ってしまった。
「疲れてたのかな? 野宿なんて早々しないから」
「そりゃそうよ。あなたも寝たらボーヤ」
「僕は坊やって歳でもないんだけどね。まあ、そういうことならその好意にのせられておこうかな。そっちの方が楽そうだし」
そう言ってロイドも目を閉じた。
「…………」
確かに寝静まったのをクレアは確認して進路を変える。街へ向かう道を外れて、向かうのは盗賊どものたまり場。
廃墟に存在するビルの一つが彼らの本拠地であった。その入り口には見張りの男が立っている。その見張りにクレアは合図した。
「よう、運び屋の姉ちゃんじゃねえか。その様子じゃあ成功したんだな」
盗賊の1人がトレーラーに積み込まれた白銀のクランカーを見ながら言う。下卑た笑いをしているのが、気に入らないが約束は守ったのだとクレアは告げる。
「ええ、あんたらが欲しがってた例のクランカーを持ってきてやったわよ。約束通り例のブツを渡しなさい」
「中に入んな。親父が待ってるぜ」
「…………」
不機嫌な顔になりながらもクレアは中へとトレーラーを進める。天井を全てくりぬいたただの四角い箱となっているビルの中は広い。クランカーが数台は止められるくらいには。
トレーラーを止めると、屯していた盗賊どもの中から一際ガタイが良く背の高い筋骨隆々の男が出来た。顔に傷のある男だ。嫌な笑みを浮かべている。
「よう運び屋、ちゃんと持ってきたみたいじゃねえか。うちのクランカーを一つ潰した甲斐があるってもんだな」
「そうね。あんたらの情報の早さとタイミングの良さには驚かされるばかりだわ。さあ、約束は守った。アレ、渡してもらおうかしら」
「そのクランカーを降ろしてからだ」
「…………」
仕方ないので言われた通り、クランカーをトレーラーから降ろす。
「さあ」
「ん~、なんだったかな」
ああ、こいつしらばっくれる気だ。さらに言えば、ここで自分をなき者にして全て持っていくつもりだ。無論、そんなことなどわかり切ったことだ。盗賊などという連中は得てしてそういう連中だ。
システムの庇護を離れ、庇護下の人間を襲って糧を得るアウトロー共。こんな連中の口約束など信用できるものではない。ゆえに、この程度のこと想定内。
しかし、想定していたからと言って対策があるわけではない。自分はしがない運び屋なのだから。クランカーに銃口を向けられてどうにかできるほど規格外ではない。
さて、どうしたものか。そう思っていると、
「ああ、やっぱりこうなるか」
そんな声と共に背後から大口径の銃声が響き渡った。
「ガ――」
ドスン、と盗賊のリーダーが倒れる。振りかえれば、そこには硝煙をあげる大口径リボルバーを持ったロイドが立っていた。
「あんた……」
「か、頭がやられた! てめら、生きて返さねえ!」
クランカーが動き出そうとするが、
「はいはい、ヤマモト。よろしく」
「了解でござる~」
銃を向けたクランカーの銃が細切れになり、腕が落ちる。
「うむ、やはり切れ味悪いでござるなぁ~、ロイド殿~新しいの買って欲しいでござるー」
「我慢しなさい」
「え~、やる気失くすでござるな~。拙者、侍でござるから、刀欲しいでござるよ」
「お金持ってるでしょ。自分で買いなさい」
「これは非常用でござるよ~。他人に買ってもらったものほど良いものでござるからな~」
鉄パイプで肩を叩くヤマモトが暢気そうに言う。輝く胸の紋様。感染者だと、盗賊たちが騒ぎだし、銃を撃って応戦してくるが、その全てをヤマモトが切り裂く。あるいは、ロイドが弾丸を弾き返して盗賊を殺していく。
リノアはアンナと共に一番安全なヴィクセンの中に避難させられている。騒ぎに気付いた外にいた奴らも中に入ってきて、クランカーと盗賊入り乱れてひたすら乱戦気味。もはやクレアのことなど誰も気にしていない。
「まあ、結果オーライってことで」
その隙にクレアはアジトの奥へと入って行く。そこは盗賊の頭をやっていた男の部屋。そこにある鍵のかかった箱を蹴り開ける。
中にあるのはクレアが探していたものだ。
「ふふ、見つけた。まったく、面倒かけさせてくれたわね」
回収した物を懐に納め、クレアは部屋を飛びだす。途中であった盗賊を打ち殺し乱戦現場に戻る。まだまだ乱戦は継続中。終止、圧倒しているのは感染者軍団。
一人は異常な銃捌きで銃弾を弾き返して敵を殺し、一人は銃弾を斬り伏せながら走り回ってクランカーを潰して行っている。
トレーラーにあるヴィクセンに注意が行かないようにロイドとヤマモトが立ち回っている為、トレーラーはフリー。
「さて、こんなところさっさと離脱させてもらいましょ」
こっそりとトレーラーまで走り、悠々と乗り込む。重石であるヴィクセンになど興味はないのでさっさと切り離す。更に、もう一つのコンテナは少しだけ話してから切り離した。
それにリノアが気が付いてひょこりと顔を出した。
「あー! あなた、これだけの事態引き起こしておいて逃げる気ですか」
「ハーイ、可愛い娘ちゃん。正解。そもそもあんたらには何にも興味ないのよ。じゃ、また生きてたら会いましょ」
そう言って、ふりふりとスイッチを見せつける。
「ちょっ!」
それが何かきがついてリノアが顔を引っ込めると同時にトレーラーを全力で出す。スイッチは一度押し、再び押す。二度のプッシュでコンテナ内の爆薬が起爆し、大爆発を巻き起こして廃墟は更地へと姿を変えるのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はあ、結局こうなるのね」
爆発を無事生き延びたロイド一行。ぎゅうぎゅう詰めのコックピット。
「あははは、まあ、良いではござらんか。リノア殿良い匂いでござるし。くんくん」
「やめて下さい。殺しますよ」
「わー、ころされるー。ロイド殿ー、拙者殺されちゃうでござるー」
「もう、ヤマモトさん、女の子にそんなことしちゃダメです」
「アンナどの、冗談でござるよ」
結局、全員でヴィクセンに乗っている。熱さと砂だけでも軽減するという意味で乗っている。
「良いところに運び屋とかいないかな」
『いますよ』
「そうだよね、いないよねって。いるの?」
『はい』
確かに、モニターにどうやら砂に車輪をとられたらしい運び屋のトレーラーが映っていた。しかも、どこかで見覚えのある奴が。
「あー、ミスったわー。こんなところでハマるなんて」
更に見覚えのある人物がそこにいた。背後から話しかける。
「手伝いましょうか?」
「あら、助か――って」
「どうも」
「意外に早い再会ね。生きてたの」
「おかげさまで。それで? 手伝いましょうか? その代わり――」
「良いわよー。乗せてあげる。安心しなさいな。これ以上騙す必要なんてないでしょ? 次の街まで。それ以降はお金次第でしてあげるわよ」
ロイド的にはそれで良かったのだが、
「殺しましょう。今すぐ。絶対裏切ります」
リノアが顔をゆがめながら断言する。
「しないわよー金貰ったら断言できないけど。それに感染者なんていう奴ら相手にただの人間がどうしろっての。あたしはお金くれるなら差別しなわよ。そのあとどうなっても知らないけど」
「大丈夫だよ。何かあっても僕が守るからさ」
「…………」
ぷいっと顔を背けて勝手にしろというリノア。
「じゃあ、よろしく」
そういうわけでロイド一行はクレアのトレーラーに乗って次の街に行くのであった。