第5話 異能
遅くなりましたが更新です。
彼の胸、それから両腕で輝く紋様。普通とは違う感染者の紋様を前にしてリノアが思うことはまずそうか、という納得だった。
「感染者、だったんですね」
「そうだけど、それが今重要?」
「重要ですよ。それなら人間用の毒で生き残ったのも理解できます。先ほどの即死の毒も感染者の力で防いだのでしょう」
ならば、今度はそれを踏まえた上で毒を生成するだけだ。リノアは言外にそう言って構えを取る。ロイドはそんな彼女の様子を見て嘆息する。
まだわかっていないのかと呆れた様子だった。その人を見下したような態度にリノアは怒りを感じる。どのような能力かはわからないが、強化率はそれほどではないだろう。
何せ、通常の状態でそれほど強くなかったのだ。人間とさほど変わらない。だから感染者と見抜けなかった。
普通、感染者はゲネシスに感染された時点でその生存本能によって強化される。異能もそれだ。生存本能の発露だ。そして、だからこそ死にかけなければ異能が使えない理由である。
感染者を創るゲネシス。それはウイルスなどと言われているがその実態は寄生生物だ。生物に寄生し、生きる為に宿主を強化する。
そして、宿主が死にかけた時自らが生存するために異能を貸し与える。それがゲネシス。だからこそ、身体能力が常人以上に強化されるし、異能が使えるものの自由に使えない。
その通常状態での強化率が高いほど、死にかけた時の身体能力の強化率も高くなる。それが人間より少し強い程度の強化率しかないのならば死にかけて紋様を出したゲネシスの励起状態での強化率だってたかが知れている。
だからこそ、そうそんな酷く常識的なことを考えてしまったからこそリノアは驚愕することになる。
「そんな考えは通じないよ」
「――――っ!?」
目の前に急に現れるロイド。今度は技術などのではない。単純に身体能力で行った接近だった。
「何を驚いてるの。言ったでしょ。今の僕は、君に勝てる僕だって」
「―――――っ!」
咄嗟に毒を放てたのは単純な反射行為だった。だからこそ放てた毒は過去最高と言っても良い。反射的に最高の毒を生成した。
何をしても即死するほどの毒だ。息を止めたところで無駄。彼の身体が紫に染まって行く。だが、
「…………へえ、こんな組成なんだ。うん、わかったよ。ほら、分解」
しかし、その毒の霧は即座に霧散し、彼の身体も元に戻る。
「どう、して」
なぜ、それでもお前は生きている。リノアには理解が出来ない。思考が目の前の自重を前にして追いつかない。
「だからさあ、言ったでしょ。今の僕は君に勝てる僕なんだよ」
向けられたリボルバー。放たれた弾丸を半ば反射だけで回避する。
リノアの思考は泥沼に嵌ってしまった。
「なに、を」
何をした。何をした、何をした。理解不能。目の前の事象は認識できるし、それは単純に理解できる。だが、その内情が理解できない。
何が起きた。何をしたんだ目の前の男は。毒は呼吸を止めたくらいでは防げない。皮膚に触れればそこから浸透していく。
効いたはずだ。身体を蝕む毒を見た。だが、次の瞬間には綺麗さっぱり毒の侵食が消える。考えられるのは異能だけ。
分解の異能? 確かに毒が分解できたことは説明ができる。では、あの身体能力の強化はなんだ? 元の身体能力が低ければ励起した状態の身体能力の上昇だってそこまで劇的なことにはならない。
なぜならば、低い状態がいきなり高い状態になれば負担が大きいからだ。宿主が死にかねない負担を課すほどゲネシスは馬鹿ではない。
ならば強化の異能か? いいや、それならば毒を無効化できたことに繋がらない。強化の異能は大抵一つの物しか強化できないからだ。脚力を強化する異能だとすれば己の毒を無毒化なんて芸当ができるはずがないだろう。
ならば、何をやったのだこの男は。理解不能。どうやったって思考の迷路は抜け出せない。
「そんなんで良く君は生きて来れたね」
「――――ッ!」
ただの一歩で目の前にロイドが現れる。毒を放ってもそれが効かない。どんな悪夢だ。こんな相手は今までいなかった。
「最初から答えは言っているんだけどな」
答えは最初から言っていると、そうロイドは言っていた。そう答えは最初から言っている。しかし、弾丸を回避することに集中するリノアの思考はそこまで及ばない。
無論、そんなことはロイドにとってどうでもよく、今はここから先へ進むことだけが重要だった。ゆえに、このまま立ちふさがるならば倒す。
「この――っ!」
六発の弾丸を躱しリロードの隙をついて放たれるリノアの蹴り。しかし、それがどうしたとばかりに受け止められる。
そこに毒を放ってもやはり効くことはしない。その場で無毒化されてしまう。毒を生成できるからこそ、自らの毒に彼が干渉していることはわかった。
「なるほど、変化系の能力ですね」
ゲネシス感染者の異能は色々と大別できる。その中の一つに変化系という分類が存在する。物質を変化させることのできる異能のことだ。
通常は物質Aを物質Bに変化させる類の異能である。にわかには信じがたいが、ロイドの変化させられる物の範囲が異常に大きいようだ。
だが、身体能力は身体の構造を変化させて強化したのだろう。毒の無毒化も変化系なら説明ができる。種が分かれば対処は出来る。
「まあ、そうだね。そうだよ。僕は色々と変化させられる異能を持ってるね」
「なら、こうするまでです」
毒を生成する。一種類ではなく二種類。如何に毒を変化させられるとしてもこちらの異能で作ったものだ、多少は変化させるのに時間がかかる。
その証拠に、毒が無毒化されるまでに多少のタイムラグがあるのだ。一度は毒が体内に入って効果を及ぼす。
しかし、深刻化する前に毒を無毒化してしまうのだ。だからこそ、対処できない連撃で仕留める。
「うん、良い手だと思うよ」
ロイドはそれを読んでいた。
「僕じゃなかったらね」
手を前に出す。輝く紋様。お前は忘れていないか? この紋様が胸だけでなく、腕にもあると言うことを。
「毒が」
分解された。毒を消すのにタイムラグがある。そんなものは知っている。ならば、遠距離から無毒化すればいい。
「うそ……」
だが、それは理屈としてありえないだろうとリノアは思う。ゲネシスの異能者は二つの型しか存在しない。
一型、二型などと呼ばれるが、簡単に言うと近距離タイプと遠距離タイプだ。
たとえば、炎を生成できる異能者がいたとして、それが一型ならば炎を腕に纏わせたりなどはできるが、その炎を飛ばしたりはできない。異能が自己で完結する。
だが、二型であったならば発生させた炎を飛ばすことができるのだ。リノアがおおよそその典型と言える。毒を生成してその毒を前に飛ばせるのだ。
一型と二型。見分けるには紋様を見ればいい。一型は胸に紋様が現れ、二型は手足など末端に現れる。そう、だからこそ警戒してしかるべきだったのだ。胸にも末端にも紋様が現れているロイドのことを。
だが、自分の能力を過信し倒せると思いロイドを舐めてかかったリノアは警戒しなかった。その異常性を目の当たりにして今更、警戒したところでもう遅い。
「僕は、君たちでいう一型、二型その両方の特性を持ってるんだよ。僕には勿体ない良い女のおかげでね」
「そんな、馬鹿な」
「ありえてるんだから、それを受け入れなよ。でないと死ぬよ」
「くっ!」
なおを毒を作ろうとするリノア。同じことは通じない。だが、彼女にはそれ以外にできることがないのだ。だからこそ、それをやるしかない。
過去最高で己の異能を回す。ゲネシスはその生存本能に従って励起し、今まで以上の力を発揮する。死にかければ、生存本能が生を手繰り寄せようとすればするほど感染者は力を増す。
だが、それでも届かない高みというものがあるのだ。それを端から無毒化しながらロイドは駆ける。その速度、強化されたリノアですら霞むほど。
身体構造を変化させて君に勝てる僕になっているのだから当然だろう、と言外に言っているよう。
「時間がないんだ手早く行こう」
装填したリボルバーを向ける。無論、その射線に入らないように立ち回るリノア。経験上銃を持った相手とは何度か戦っている。
だから、その対処法もわかる。距離が近ければ銃弾は真っ直ぐ跳ぶ。だからこそ、その射線に入らないことが肝要。
そうすれば少なくとも銃弾に撃たれるということはない。ロイドがその上を行っていなければ。射線が合わないと言うのに射撃。
凄まじい速度の速射。ただの二度の発砲音しかなかったようにしか聞こえなかったというのに都合四発が放たれている。
「ガッ――――!?」
そして、膝を撃ちぬかれた。突然の衝撃に受け身なんぞ取れることなく顔から地面に落ちるリノア。彼女には何が起きたのかわからなかった。
何が起きたのか? ロイドがやったことは単純である。一度放った銃弾にもう一発の銃弾を当ててその軌道を変えただけ。
言葉にすれば単純だろうが、そのありえなさは異常だ。銃弾を銃弾で弾いてほぼ同時に狙った位置に着弾させるなど変態技を通り越して神業だ。
もう人間の技ではない。いったい、どれほどの修練を積めばこういうことができるというのか。異能かと思えばそうではない。
彼が銃弾を放った時、異能は使っていない。異能を使えば紋様が輝くのだ。先ほどは輝いていなかった。異能は使っていない。
つまり、純粋な技術なのだ。なんだ、この相手は。頭をよぎったのは、
「ば、ばけもの」
そんな言葉だった。
「そっ、で、残す言葉はそれだけ?」
その言葉でリノアは自分の状況を正しく理解する。膝を破壊された。つまり、自分は立てない、走れない。
腕だけで現状からの離脱など不可能。絶体絶命。それがわかってしまった。感染者と言えど、精神は人だ。
だからこそ、よぎる死の予感にリノアは恐怖する。
「い、いや、たすけ……」
「そう、わかったよ」
そんなリノアにロイドは彼女の首を正確に叩いた。絶命するほどではなく、しかし意識を正確に刈り取る位置に絶妙な力で。
リノアの意識はそうやって闇に沈む。
「子供は、殺さないよ。ごめんね、怖い思いさせちゃって」
だが、悪いとは思ってはいない。先にやったのはそちらだ。これは仕返しと思ってくれればいい。言ったはずだ。立ちふさがるならば容赦はしない。
これで彼女はこの先に関われない。それでいい。膝を変化させて元の状態に戻しながら、
「で? そっちの奴はやるの?」
「おお、ばれていたでござるか。ああ、リノアどのがやられた~。しょうがない、拙者も加勢するでござるよー」
そこに現れる侍。棒読みでリノアがやられた仇とうつぞーといって、走り出す。既に輝く胸の紋様。強化された強靭な脚力による踏み込みは侍の技量の高さからして神速のそれと化している。
鞘を走らせれば最後、その居合い抜きの速度はたとえ強化された感染者だろうとも見切ることは不可能。だが、ロイドは紙一重でそれを躱してみせた。
「おお!」
下から上へ相手の胴を斬り裂くように振るわれた刃は空を斬る。まさか躱されるとは思っていなかった。最高の速度で放った一撃だ。
だが、それでこそと侍は笑う。こんな相手は今までいなかった。これは極上の相手。戦闘狂と言うほどではないにしても、自分の力を十全に振るうことが出来るというのは生物として当然の欲求。
だからこそ楽しいのだ。笑みが深まる。
「いいでござるよ! 名を聞かせてほしいでござるな」
「そういうときはそっちから名乗るものじゃないかな?」
「おおう、これは失敬したでござる。拙者ヤマモトというでござる」
「ロイド」
「では、ロイド殿、存分にやりましょうぞ」
「そんな時間はない」
だから、手早く終わらせるぞ。そう言外にロイドは言って、自らを作り変える。先ほどの一撃の交差。その際、リノア用に作り変えられていた己の目が捉えらたのはこの男の本質。
つまりは異能を捉えていた。あの刃に乗っていたのは強化。斬撃の強化だ。単純にいうと切断力の強化と言える。
おそらくは一型の強化系。それも切断という非常に狭域の強化。だからこそ、その異能は厄介なのだ。狭域だからこそ、身体能力の上昇率も高い。
異能に割くリソースが少ない代わりに身体能力が高いというわけだ。その逆がロイドに言える。つまり条件はほぼ同じ。だが、だからと言って油断できる相手ではない。
なにせ、切断という事象はもっとも死に近い。斬るという行為はそれだけで厄介なのだ。刃に触れれば必ず斬れるとしたら厄介なんてものじゃない。
必ず斬れる。絶対に斬れるというのは、いわば一撃必殺を振り回していることに他ならないからだ。受けることができない。
防御行動は回避に限定され、そうなれば相手に対する攻めの選択肢が増えるということになる。しかも、回避というのはバリエーションが少ない。
平たく言うと上か下か、前か後ろか、右か左か。大別するとそれだけだ。そこに微妙な技術が入ってくるのだが、大別するとこう。
微妙な技術を抜きにして考えるとたった六種類。これを多いと取るか少ないと取るかは個人次第だろうが、ロイドからしたら少なすぎる。
戦闘巧者からすれば、六種類などあってないようが如し。その程度考慮できる。だからこそ、この相手は普通ならば一筋縄ではいかない。
そう普通であれば。
「ぬお――!」
そう声を上げたのはヤマモトの方。振るった刃。それは切断力を強化した刀。つまり、触れれば最後なんでも斬れる。
それくらいには強化した代物。これまで築き上げてきた屍の数は多い。それに比例して自分の技術はかなり向上していると自負している。
ゆえに斬れないものはないと思っている。だが、結果はどうだ。振るった刃は大口径リボルバーで受け止められている。
ありえない事象であるが、ロイドとリノアの戦いを見ていたヤマモトはその絡繰りを知っている。
「斬れない物質に変化させたでござるなー?」
「わかっているなら言わなくていいでしょ」
そう実に種は簡単だ。絶対に切断できる? この世に絶対なんてものは存在しない。ゆえに斬れない物質に変換すればいいだけのこと。有体に言えばあれの切断力を上回る硬度の物質にリボルバーを変換したまでのこと。
斬鉄すら可能とする刀ではあるが、それでも物理的限界はある。だからこそ、最高硬度に設定してやれば斬れないのは道理。
「いいでござるよー!」
切り結べる相手などいない。だからこそ、彼は落ち込むだとかそういうことはない。なにせ、望みの相手ともいえる存在にであったからだ。
「本気でやっても良い相手というのはとんと出会ったことがなかったでござるからなあ」
感染者は人間よりもその性能が上だ。単純に考えても、侍の性能はどうやったって人間が敵うような相手ではない。
だからこそ本気を出せる相手を渇望していた。今、ここに出会った。
「だから、拙者と付き合ってくれでござる!」
子供のように満面の笑みを浮かべたヤマモトは地を蹴った。単純に最も速く懐へと飛びこむように真っ直ぐに。
それに対してロイドもまた同様に前へと出る。ロイドの思考は単純だ。切らせない。刀とは、引いて斬るものだ。
だからこそ、その引くと言う工程が短ければそれだけ斬れない。この場合はだいぶあれだが、ようするに振らせなければ良いのだ。
だからこそ肘へと手を伸ばす。振りぬく前に止めてしまえば絶対に斬れる刃とて怖くはない。即座に銃を向ける。
「――っ!」
「遅いよ」
必殺の一撃。相手の一撃を止めたところで、その心臓に向けて弾丸を放つ。ヤマモトはそれに対して左手で防ぐように前へ。
大口径リボルバーの弾丸だ。それは、普通に考えて左手だけで防げるものではない。だが、左手に触れた弾丸は細切れに切断された。
手刀がロイドの首へと迫る。ロイドの目が捉える。大気すら斬り裂く手刀を。切断力の強化はこういうことも出来るのだとヤマモトが体現していた。
つまり、この手刀すらも必殺の斬撃装置と化している。左手を離し蹴りを放つ。腹を撃った蹴りはヤマモトを吹き飛ばし、それに向けてロイドは弾丸を放つ。
それらすべてはヤマモトの刀が切り落とす。跳弾させても圧倒的な身体能力によって全て斬り伏せる。
「なるほど、確かに君は強いね」
「いやいや、ロイド殿ほどではござらんよ。いったい、どれくらいの修練を積めばその極致に行けるのでござろうな」
「そうだね。ざっと百五十年かな」
「はは、面白い冗談でござるな」
ロイドは肩をすくめた。
「冗談ってわけじゃないんだけどね」
「はは、面白いでござるよ。もっとやろうでござるよ」
「いいや、もう終わり」
ぱきん、と割れる音が響く。
「お、おお?」
折れるオリエントブレード。中ごろからぽっきりと折れてしまった。
「やっと折れたよ。まったく」
「ロイド殿がやったでござるか? はて、これは何をされたのでござろうなー?
「単純だよ」
オリエントブレードのある一点に銃弾を集中させて当てただけだ。銃弾が来ればヤマモトは斬る。だから、刀のとある部位で斬らせるように銃弾を放っていたのだ。
切断できるとはいえ衝撃はある。それが蓄積して耐久を越えたというだけの話。
「いやいや、凄いでござるなー。こんなことした奴は初めてでござるよ。すごいでござるな」
「練習する時間だけはあったからね」
「いや凄いで御座るな。うむ、では拙者ロイド殿についていくでござるよ」
「は? え、いや、なんでそうなるの?」
「そりゃ、長い物には巻かれろ、強い奴にはこびへつらえという奴で御座る。ほら、拙者らって感染者でござろう? 生きるには強い奴にまかれるのが一番でござるからなあ」
だから、強い方につく。彼はそう言っているのだ。大した割りきりである。先ほどまで殺し合いしていたのになんだろうこののほほんとした空気を持つヤマモトという奴は。
「さあ、いくで御座るよー。あ、捕まえた子供たちは地下で御座る。クランカーの方は裏の方に止めてあるでござる」
「おおう、なんか本当にこっちにつく気だよこいつ」
「ほらほら、いくでござるよー」
「はあ、そうだね」
考えるのはあとだ。とりあえずはアンナを取り戻す。それが専決。それに戦うにしても、もう制限時間だ。
紋様の輝きが消え、紋様が皮膚に沈むように消えた。時間切れ。如何にゲネシスと言えど延々と異能を使えるわけがない。制限時間がある。
持続時間ともいえるがロイドはそれが極端に短い。数分間。たったそれだけ。一度使えば体力、つまり多大なカロリーを消費する。何度も使用すればエネルギー切れで死ぬだろう。
その上、
「ふぅ」
「たいへんでござるなあ。そうまでしないと死にかけられないのでござろう?」
ロイドは胸からナイフを抜く。そう、ナイフを刺さないと死にかけられないから異能が使えない。しかも、だいぶ刺さりが悪くなってきている上に、心臓を貫かれても死ななくなってきた。
ゲネシスは生き物だ。ゆえに、自ら宿主を守ろうとする。大抵の感染者が使う毒による異能の発動も何度も同じことをやっていれば耐性が付いてくる。
ロイドのこれもそういうこと。普通ならばこんな外傷に耐性など付きようがないのだが、ロイドのゲネシスはありとあらゆるものを変化させるというゲネシスだ。
だからこそ、死なないように宿主の肉体を良いように弄繰り回す。テロメアの延長であったり、毒物薬物への耐性、骨格の強化、皮膚の硬化。
死にかけたりすればするほど、それに対して凄まじい速さで耐性を獲得してしまうのだ。だから、それだけ死ににくくなっていく。
それは異能が使えなくなっていくのと同義だ。
「そうだね」
だが、それが何の関係があるというのか。アンナを救えればいい。
「ついてくるなら、そっちの子を連れてきて欲しいな」
「リノア殿でござるか? まあいいでござるよー。失敗した以上、もうここにはいられぬでござるからな」
よいしょっと、荷物を抱えるように肩にリノアを担いで先を歩くロイドにヤマモトは続いて屋敷の中に入る。
ヤマモトの情報によれば地下だ。階段を降りて地下へと向かう。迎撃があるが、感染者でもない普通の人間。
ロイドが早撃ちで即座に処理していく。地下に広がっているのは牢獄。特に嫌な臭いはしない。むしろ芳しい。
何かしらの香草などが煙っている。
「これは」
「ああ、これバグズへの食材の匂い抜きでござるよー」
「下ごしらえってことか」
ということはまだアンナは無事だろう。それに安堵しながら、奥へと進む。
「アンナー!」
アンナの名を呼ぶ。
「お父さん?!」
そんな声が返ってくる。即座にそちらの方へ行けば牢屋の一室に詰め込まれるように子供たちと共にアンナがいた。
「アンナ! よかった無事だったんだね」
「な、なんでここにいるの!?」
「なんでって、助けに来たんだよ」
そう言って鍵を開けるロイド。走って来たアンナを抱きしめる。
「また、無茶したの? お母さんと約束したんじゃないの? 無茶はしないって!」
「ごめん。でも、アンナが攫われたらいてもたってもいられなくてね」
「もう、こんなに無茶して……でも、ありがとうお父さん」
それを横から見ているヤマモトは、
「おー、感動の再会でござるなー。って、お父さん? ロイド殿ー? 何歳でござる?」
当然すぎる疑問を口にした。
「なんだよ、いきなり」
「いやいや、お父さんって年齢に見えないでござるから聞いたのでござるよー」
「今年で百五十くらいになるんじゃないかな」
「あれ、冗談じゃなかったのでござるなー」
「そう言ったよ。とりあえず今はここから出よう。さあ、行こうアンナ」
「うん」
アンナを抱きかかえようとして、身長がすっかり負けていることを思い出して断念しロイドが先頭になってその後ろにアンナ、最後尾をヤマモトが行くという布陣で外へ出る。
牢屋の鍵は全て壊しておいたので今頃は脱走騒ぎだ。その間に館の裏に回りそこに止められていたヴィクセンへと向かう。
見張りを倒してロイドはヴィクセンに乗り込んで起動。
「アテル、今すぐ行けるかい?」
『…………』
「おーい、アテル?」
『はあ、はい、行けますよどうぞ』
「あれ、なんかすごい投げやりな感じが。……まあ、いいか。それじゃあ皆乗ってくれ」
残った左手にヤマモトとアンナを乗せてヴィクセンを出す。殺戮騒ぎと、感染者同士の戦いですっかり大混乱のバグズの屋敷を抜け出してロイドたちは一端落ち着くまで街の外に出ていることにした。
この騒ぎのまま街の中に残っているのは危険だからだ。流石にこの機体は目立つ。わかっていたことだが、本当に目立つ。
だから、落ち着くまではあの遺跡にでも隠れておこうと思ったわけだ。幸い、アテルによれば埋まっている区画に食料庫があるらしく、ヴィクセンで掘り返せばそれなりに住めるだろうということ。
「うん、それで――」
それでいいか? とアンナたちに聞こうとして思った。
「うーん」
「どうしたのお父さん?」
「うん、実はさ、このクランカーを見つけた時にね、なんでも宇宙船があるっていう情報があってね。そこに行こうかなって思ったんだよ。もう街にはいられないだろうしね」
自分がやったことを思えば当然。それにヤマモトやリノアはバグズに顔が割れている。このまま街にいれば厄介なことになるだろう。
そこにロイドが気を回す必要はないのだが、どうにも回してしまうのだ。だから、このままそこに向かってもいいのではないかな、っとロイドは思っていることを口にした。
「アンナはどうする? 街に残るなら僕も無理を言って街を出ようなんて思わないからさ」
「ううん、行こうよ。夢だったんでしょ」
「うん、良し。じゃあ、行こう」
そういうわけで、まずは遺跡へと全ての事情を説明するために向かうのであった。
中々難産でした、特に最後。まあ、とりあえずロイド無双終了。
ある中と違ってこちらは、あまり難しいこと考えずサクサク進めていこうと思います。
予定では一話完結の小話を続けていきつつ、大筋を進めていく感じで行こうかなとか思ってます。まあ、予定は未定ですが。
とりあえず。ここまでが盛大な第一話と言えるでしょう。
てなわけで、ここからが本番です。
ロイドが強すぎてヴィクセンいらねえんじゃね? とか言われそうですがヴィクセンの活躍場所は宇宙なのでもう少しお待ちください。
ちゃんとロボット物ですから活躍しますのでしばらくお待ちを。