第4話 感染者
ヴィクセンをとりあえず修理すべきであることを思い出したのでヴィクセンに乗ってアンナの職場に向かう。
本当、八歳のアンナまで働かせることになっている事実にとても悲しくなるが、その縁のおかげで安く修理してもらえそうなのだ。
そこは修理屋。倉庫一つをガレージにして様々な修理道具が床に散乱し、作業している人たちは油で汚れている。
「どうも」
「むお、おお、どうも。って何このクランカー!!」
修理屋のガレージの奥から出てきたのは、作業服を着た油を顔につけた少年だった。そんな少年は、ヴィクセンを見て叫び声をあげえる。
「おおおお、凄い! 何これ、見たことない装甲してる! どこの企業のでもないよこれ、ねえ親方!」
「うるせえぞ。ったくはしゃぎ過ぎだ。って、なんだこりゃ! 見たこともねえ型じゃねえか! おい、坊主見てみろここの装甲やべえぞ!」
そんな似たような修理屋の親方と少年の反応にロイドは苦笑だ。
しかし、放っておけばずっとそのままヴィクセンを見たまま止まっていそうなので流石に声をかけることにした。
「あのー、修理お願いしたいんですけど」
「何でい、お前さんか。いいぜ、特別に無料だ。こんな珍しいもん扱わせてもらえるんなら無料でやってやる」
実に気前の良いことだ。それも当然だった。なにせ、この二人無類のクランカーギークなのだ。マニア、あるいはオタクとも言うべき人種なのだ。
そういうこともあってこんな見たこともないどこの企業のパーツも使っていないオリジナルのクランカーなどというものはもはや目の前に吊るされた餌でしかないのである。
まあ、無料で見てもらえるならばどうでもいいロイドにとっては本当にありがたい話だ。そんなわけで、そろそろアンナも買い出しに戻っているだろうと思ったロイドは自宅へと戻った。
しかし、アンナは戻ってはいない。
「あれ、おかしいな。もう戻ってもおかしくないはずだけど」
そんなに買い物に時間はかからないはずだ。奮発するとは言っても限度がある。
「もしかして何か事件にでも巻き込まれた? 探しに行こう――っうわ!」
そう思い立って出て行こうとした瞬間、天井を何かが突き破ってきた。埃が舞い上がり、瓦礫が積みあがる。
運よく瓦礫から外れた場所にいたロイドは無傷。彼が見たのは埃によって生じた光の柱の中に立っているのは白髪の少女リノア。
いきなり上から落っこちてきたとか、天井ぶち破ったとかどうでも良くロイドは勘に従って扉をぶち破って外へと転がりでた。
その瞬間、少女の両手の紋様が輝く。生じる何らかのガス。ロイドの勘が告げている。アレを吸いこんでは駄目だと。毒の類。生存本能がそう言っている。
近所の住人はいなくて良かったと思う。リノアが落っこちてきた時点で事態を察して早々に逃げて行ってしまっていた。周囲に被害が出ることはない。
「どうしてそんなことしてるのか聞いて良いかな?」
「あのクランカーを渡してください」
「ヴィクセンが狙いねえ。話が早いね。君の飼い主っていう奴かな」
「関係ありません。そのクランカーを渡してください」
「渡して上げたいのはやまやまなんだけど。せっかく手に入れたあれを早々手放すわけにもいかないんだよね。アンナも帰ってこないし」
「そうですか。なら仕方ありません」
少女が地を蹴った。たった一歩で確かに開いていた距離が零になる。身体能力の強化率が高い。真正面に迫る拳に対して勘と経験だけで回避行動をとりながらロイドは考える。
異能発動状態。つまり体内のゲネシスが励起状態だ。あの紋様が輝いてからは普段よりも身体能力が強化され異能が発動する。その代りに何らかの毒を服毒しているのだろう。
早々長く使える代物ではない。ロイドの経験上、感染者は早々長く死にかけていられない。だからこそ、素早く決着をつけに来る。
ゆえに、時間を稼ぐ。振るわれる拳を躱して受け流す。手首を掴み足を引っ掛けて盛大に投げる。もちろん身体能力が上昇しているリノアはそれでも難なく体勢を整えて地面を蹴って追撃。
それに対して草でも刈り取るように身体を回して足を薙ぐ。踵がリノアの腹を捉える。カウンターで入った。
「ガッ――!」
腹を抑えながら這いつくばるリノア。ロイドは追撃することなく距離をとる。
「追撃しないのですか?」
「しないよ。したら多分、君の異能に僕が倒されちゃうだろうからね」
「…………」
「多分、君の異能は何かの危険なガスを創るタイプだと思うんだよね。生成型ってやつ? 家の中で霧っぽいの出してたけど、たぶん毒かな」
「はい、正解です。毒を生成してます。死にかけにくいので面倒ですが、毒で死にかければあとは延々と発動可能です」
「うわ、便利」
つまり時間稼ぎが意味を成さないと言うことだ。死にかけないと、つまりは危機的状況にならなければ感染者は能力が使えない。
だからこそ、多くの場合は毒を服用する。ゲネシスがその毒を分解するまでの間、感染者は身体能力が上昇し異能を扱えるわけだ。
「それじゃあ、君を無力する必要があるね」
「できますか? あなたに」
「舐めないでほしいな。これでもだいぶ長く生きてるからね」
だから、こういうことを練習する暇はいくらでもあったよ。そう彼が言った瞬間、リノアはロイドの姿を見失った。
「――っ!」
背後、頭部に向けた蹴り。超スピードではなく歩法だ。特殊な歩法で相手の視界から一瞬はずれ背後を取る。そんな技術。
しかし、なんとかリノアも反応しクロスした腕で受ける。しかし、ロイドからしてみればそれくらいの反応は当たり前。
その綺麗な顔に砂をぶっかけた。大きく開いた瞳にかかる砂。
「――――!?」
視界が一瞬にして封じられた。その瞬間、足を持ち上げられ地面に後頭部を叩き付けられる。咄嗟に異能を発動しようとするが、ロイドは即座に離れて躱す。
もともと見えていないのだから、攻撃したところで無意味。ロイドは風上に立って相手の毒を吸わないように立ち回り、そして逃げ出した。
視界が戻った時、リノアの前にロイドはいない。
「どこに……」
辺りに隠れている気配はない。完全にロイドはこの場所から逃げていた。
「毒を自在に操れる二型の感染者。そんな厄介なのとまともに戦うわけない。というか、女の子と戦いたくない」
ゆえに、全力で裏路地を走っていた。入り組んだ路地を走り、時に人ごみに紛れて大通りを横断して追跡から逃れる。
向かうのは修理屋だ。クランカーが狙いならばそこに来るだろう。迷惑をかけるわけにもいかない。だからこそ、先にヴィクセンを移動させる。
幸いな事に目立つ機体ではあるが、修理屋が目立たな過ぎて今だ、場所はバレていないのだ。だからこそ、ロイドは無事にそこへ辿りつけた。
走って入ってきたロイドに修理屋の親父たちは驚く。しかし、いちいち説明している暇などない。ちょうど修理を開始しようと寝かされているヴィクセンに飛び乗って制止を振り切って起き上がらせそのままダッシュでメランの外を目指す。
『急にどうかしましたか』
緊急発進にアテルが疑問を呈する。
「ちょっと追われててね。というか、この機体が狙われているみたいで」
『逃げるわけですか?』
「いや、外で迎え撃つ」
『それは悪手では?』
「そうだね」
背部カメラで追ってくるリノアを見ながらロイドは頷く。悪手だ。リノアの異能は毒を生成することだとロイドは予測している。
それも二型、遠距離タイプとも呼ばれる遠隔型だ。生成した毒を自在に操れる。そんな相手と戦うならば街中の方が良いだろう。
隠れながら相手との距離を保つことができるからだ。なにせ、メランの街には長年住んでいる。その裏路地は全て把握しているのだ。
高低差も利用して逃げることもできる。毒を避けるだけなら広い外の方が良いこともあるが、逃げ続けるという意味合いでは隠れることができない外は悪手だろう。
倒せるならそれもありなのだが、ロイドはリノアを倒す気がない。子供を倒すことは、アンナに何か起きない限りないだろう。
だからこそ、悪手。まさか、このままヴィクセンで逃げるわけもない。ヴィクセンに乗ったまま籠城しても良いのだが、酸素容量などを考えれば数時間が限度。
その間に応援でも呼ばれたら目も当てられない。だというのにロイドは外を目指す。
『何を考えているのですか?』
「まあ、色々――」
だからこそ、それを捉えたのは偶然だった。
「アンナ――ッ!」
モニターを拡大する。黒服の男に抱えられトレーラーの荷台に詰め込まれる子供たちの中にアンナの姿を見つけた。
周りへの影響、追われていることすら全てどこかに吹っ飛んだ。高速反転し、フットペダルを踏み込み脚部を最高出力で稼働させる。
たった一歩で回りの建物を破壊しながらも、トレーラーへと肉薄し左手の操作をマニュアルに切り替え左手を伸ばす。
「――ッ!」
しかし、伸ばした左手は即座にひっこめられた。空を斬る斬線。ヴィクセンの高性能センサーは捉えていた。
大気すら切断する圧倒的な斬撃を。いいや、正確にロイドの目は見ていた。侍の東方の和装スーツの胸に隠された輝きと紋様を。
「おお、外したでござる、おっとやはりこの状態はあまり長くやれないでござるなー」
それを放った本人は建物の屋上に着地して外した、外したとお気楽に言っていた。ふらりと身体を揺らしながら、にこやかに笑っている。
「…………」
更に追いついてくるリノア。まったく状況は最悪と言わざるを得ない。
「おや、リノア殿、ということはこれが目標のクランカーでござるか~?」
「…………あなたは何をしているのですか?」
「何って、一時の主殿が食事を所望らしくて、食材集めでござる」
「人の子を?」
「食人種らしいでござるなー」
侍はまったくどうでもいいとばかりにお気楽にのんきに言うが、ロイドからすれば無視して良いことではなかった。
アンナが攫われた。つまり、それは食われるということが。食人は禁止されているが、食人種がいないわけではないのだ。
その手の連中は非合法に、裏で子供を集める。きちんと、身寄りのない子を集めているはずだがそこにどうしてアンナがいるのか。
おそらくは、そういった子供を助けようとしたのだろう。流石はアンナと思わなくもないが、自分のことだけを考えてほしかったとも思う。
「それは出来ないか。あの人の娘だからね。なら、ここから先は僕の仕事だ」
取り戻す。
「先に謝っておくよ、ごめんねアテル」
『え?』
そう言って、ロイドは右のフットペダルを踏み込み、右操縦桿を前に倒した。侍に突っ込む形。
「お、来るで御座るか?」
そう暢気に刀へと手をやる。しかし、侍の予想通りにはならなかった。
「―――」
ロイドは左のフットペダルを踏み込んだのだ。急激に下がる出力。停止域まで下がった出力に前のめりになっていたヴィクセンは必然としてこける。
オートバランサーが作動するのをロイドは更にフットペダルを蹴ることでキャンセル。ぶっ倒れる大質量。
ロイドはハッチを解放し、勢いのまま外へ飛び出した。倒れる勢いのまま、彼の身体は侍が立っていた建物を飛び越えトレーラーへと向かう。
「逃がさんでござるよ」
咄嗟に放たれた斬撃。ヴィクセンを傷つけるわけにはいかない為に放たれた斬撃はロイドへと向かう。切っ先だけ当たる。
たったそれだけですっぱりとぶった切れる腹。血が噴き出すが、それがどうしたとばかりにロイドはそのまま落下していった。
建物に突きだした手すりを蹴って加速。トレーラーへと飛び乗った。足に感じる衝撃。それでも歯を食いしばって耐える。
そのまま内部に侵入しようとして、そこに降りたつリノア。
「何がしたいのですかあなたは。理解が出来ません」
「…………」
突きつけられた手。それを避けるには遅すぎた。紋様が輝きロイドに生成された毒を浴びせる。猛毒が一瞬で全身をめぐる。
「カッ――」
それでも手を伸ばそうとして、背中を斬られ意識は闇に沈んだ。
「いやあ、なんだったんでござるなこれ」
「知らないですよ。私に聞かないでください」
「てっきり知り合いかと思ったのでござるが違うのでござる?」
「違いますよ。それよりこれで私の仕事も完了です。あれ運んでください」
ぶっ倒れたヴィクセンをリノアが指差す。
「えー、拙者、非力なので無理でござるー」
「…………」
「喜んでやらせてもらうでござるよ」
睨みつけてやれば侍は従う。ドラッグケースから一錠彼が口に含むと再び輝く紋様。そのままヴィクセンを掴みあげるとトレーラーに無理矢理接続する。
そのまま引きずるようにヴィクセンとトレーラーはバグズの屋敷へと向かう。
「で、これどうするでござる?」
それを見送ったところで倒れているロイドを鞘でつつく侍。ぴくりとも動かないものを斬っても面白くはない。
侍をやっているのは半ば趣味であるが、これでも矜持というものは持ち合わせているのだ。斬るのは生きているものだけ。
あと、斬りたいものだけ。動かないものを斬っても面白くはないのでできればこのまま放置しておきたい侍。
「私の毒を浴びせました。すぐに死にますよ」
「む、そうでござるか。ならこのまま置いておくでござる。拙者疲れたのでおぶってほしいでござるよ」
「あなたも毒を浴びますか」
「遠慮するでござるー」
お気楽にのんきにそう言いながら侍は地面を蹴る。そのまま建物の屋上まで移動して向こう側に消えて行った。
「…………あなたは何がしたかったのですか」
意味不明だ。理解が出来ない。逃げたかと思えば向かって来て。しかし、その答えを聞くことはないだろう。
毒を浴びせた。猛毒だ。この毒を浴びて生きていた者はいない。リノアは踵をかえし侍と同じようにこの場から消えた。
静まり返るこの場。警察組織が億劫そうに現場を封鎖し、死体とされているロイドを運び出す。何が起きたのか詮索する気は警察にはなかった。
バグズが関わっている。ただそれだけで動かない理由には十分すぎる。しかし、それでは職務怠慢なので、一応ただの事故と言う事で処理を行う。
人死にが出たが、外周区で暮らす男だ。その程度。崩れた建物を遠隔操作ドローンに修復させてそれで終わりだ。
そう終わるはずだった。
「――――カッ」
突然ロイドが息を吹き返すまでは。
「おわああ!?」
死体と相乗りする羽目になっていた男が悲鳴を上げる。
「あー。また死に損ねたわけね。そういうわけですか。そうですか……」
そんな男のことなど関係なく、ロイドは車両から飛び降りる。事件の参考人になるのだが、突然生き返ったことに驚くばかりで警察はまったく動けなかった。
身体の調子を見ながらロイドは自宅へと戻る。調子は普通だった。毒を浴びたと言うのに。腹を斬られたというのに。
「あれで死ねたら良いんだけど、やっぱり死ねないか。まあ、アンナが攫われたんだから、死んでる場合じゃないんだけどね」
自分のベッドの下に隠した山盛りのエロ本の箱の奥に隠した箱を取る。もう開けることはないと思っていた箱。
それを開く。
「また、これを使うことになるなんて思ってもなかったよ。いや、逃げていただけか。うん、行こう」
そこに入っていた多くの武装を手に取る。
「待っててねアンナ。必ず助けてあげるから」
背側のホルスターに大口径のリボルバー拳銃とナイフ、その他手榴弾などの武装を収めてロイドは家を出る。
向かう場所は決まっていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
門番の立つバグズの屋敷。そこの門番ほど暇な仕事はない。黒服を着てただ毎日立っているだけだ。ここを襲おうだなんている馬鹿はいない。
なにせ、ここにいるのはこの街を取り仕切る裏の支配者だ。逆らえば最後、この街にはいられない。いいや、下手をすればこの惑星のどこにも居場所なんてなくなるだろう。
だからこそ、門番などという旧時代的な仕事なんてものはやる必要はないのだが万が一があるかもしれないと立つ羽目になっている。
くじ引きで決めたのだが、やはり厄日だ。つい先ほどのくじ引きで当たりを引いてこのざま。まったく足が棒になるほど立っていなければならないとは最悪に過ぎる。
「ん?」
そんな時だ。訪れる者の稀な館の前に人影が現れた。それは少年のようだった。こんなところに来る少年などいない。
「なんだ?」
ゆえに警戒する。そう警戒していた。その一挙手一投足を注視していた。だからこそ、撃たれたという事実を理解できなかった。
一回にしか聞こえなかった破裂音。だというのに、自分と同僚が撃たれた。その事実をわかっていても理解できない。
「え――?」
だからこそ、痛みを感じる前に呆ける。理解できない事象を前にして脳が痛みを感じると言う行為をする前に事態の解明に動いていた。
それで、理解する。目の前の少年が銃を抜いて撃ったのだと。なぜならばわかりやすく少年の手に銃があったからだ。
「ごめんね。ちょっとお邪魔するよ。ああ、安心して良いよ。なるべく痛みを感じない場所に撃ったから。まあ、もう聞こえてないだろうけどね」
そう理解した瞬間、もう終わっていた。銃が分かりやすく手にされていた時点で既にもう一発が叩き込まれていたのだ。その頭に。
ゆえに、門番の思考は必然的にそこで崩れる。もう彼が起きることはない。それをやった少年と認識されていたロイドはスイングアウトして回転弾倉から薬莢を捨てて新しい弾丸を装填する。
二発を残して四発が排出され新たに装填された。
「さて、行こうか」
アンナとヴィクセンを返してもらう。お前らに慈悲はない。既に引き金はひかれてしまった、もう全てが遅いのだ。
有体に言うとロイドはアンナを攫われて、殺されかけてヴィクセンを奪われたおかげでキレていた――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……騒がしい」
異能を使った反動、つまり死にかけていた反動で自分にあてがわれた地下の独房のような部屋のベッドで眠っていたリノアは館内の騒がしさで目を覚ます。
騒がしい。ゲネシスは感覚も強化する。特にその強化幅が大きいリノアは地下の部屋にいながら地上階の騒ぎを聞き取っていた。
「襲撃みたいですね」
それを理解したのと同時に壁面の投影モニターから呼び出しがかかる。さっさと出れば襲撃されてるからその襲撃者をどうにかしろというバグズの命令。
「仕方ありませんね」
逆らえば生きてはいけない。生きていくには生きる場所がいるのだ。感染者は生きてはいけない。そう言われているのだから。だから、生きる場所は守らなければならない。
リノアはドラッグケースを取り出す。もう効かなくなってきた毒薬。それを一気に口へ放り込んで飲みこむ。身体を苛む痛みが全身に広がり、それと同時に両腕に広がる紋様が現れ輝きだす。
絶不調だというのに絶好調と言う矛盾した状態。そんな慣れた状態になった彼女は部屋を出て上階へ出た。そこで見たのは一方的な虐殺だった。
階段横にいた黒服の頭が吹き飛ぶ。粉みじんになる頭蓋と降り注ぐ脳漿。からんころん、と投げ込まれたグレネード。
「――っ!」
リノアは咄嗟にそれを蹴り返した。だが、次の瞬間発砲音。蹴り返したはずのグレネードが目の前に落ちてくる。
「――――」
もはや神がかり的な反射でそばで死んでいた黒服を掴んでグレネードに投げていた。リノアの驚異的な身体能力によって投げられた死体はグレネードを外へとなんとか押し出すことに成功。
エントランス外で爆発するグレネード。即興のバリケードで固められたエントランスホールは地獄のような光景が広がっている。
「くそったれ!」
生き残っている黒服がアサルトライフルを乱射する。爆炎の向こう側に見える影に向かって部下たちが一斉射撃。
だが、リノアが聞いたのは弾丸に肉が貫かれる音ではなかった。バグズの部下たちが盛大に銃火器をぶっぱなしている音でもない。それに異音が混じっていた。
それは金属同士が激突する音。そう襲撃者――ロイドは異常を起こしていた。息もつかせぬ十字砲火。前と屋敷横側。
そこから現れた黒服たちは物量によって襲撃者であるロイドを押しつぶそうとしている。門番の襲撃とエントランスへの強襲。
そこから彼の武装は拳銃といくらかの爆発物であることは知れている。ゆえに、対処法としては単純だ。遮蔽物のない玄関ホールへと追い出し、そこから物量によっての圧迫。
効果は単純ゆえに絶大だ。なにせ、人間と言うのは遮蔽物のない場所で数多の銃弾を避けられるようにはできていないし、なによりそんな銃弾を防ぐ芸当などできるようには出来ていない。
だからこそ、目の前の光景は異常。未だロイドは健在。リノアにしてみれば毒を受けて生きていること自体が理解できないのだが、それ以上に理解できないのは大きく動き回りながらもこの十字砲火の中を前へ進めているという事実。
それも一切傷を負わずに。どういう芸当なのか黒服たちには理解できないがリノアには理解できた。鋭く強化された感覚は捉えている。
銃弾が銃弾を弾いているのを。
「おい、うそ、だろ」
次第に黒服たちも理解する。その異常な芸当を。まず黒服たちが持っているのは企業製の最新鋭自動小銃だ。
そんなものと拳銃が相対するには考慮すべき装弾数が違う。まず相手にならない。相手の装弾数は六発。対してこちらはその数倍以上。
リロードだって単純に考えてスイングアウトのリボルバーでは自動小銃のリロード速度に及ぶはずがない。
普通に考えれば銃弾で銃弾を弾くなどということはできるはずがないのだ。だというのに、たった一丁の大口径リボルバーで弾丸を弾いて無傷で進んでいる。
どんな冗談だ、これは。更に異常はそれだけにとどまらない。たった一丁の拳銃で無傷ということはつまるところ弾いた弾丸で更に次の弾丸を弾いている。
理解したところで何だ、それはと言われるようなことだがそこから更に上がある。その弾いた弾丸で弾丸を弾き、黒服の脳天を貫いているのだ。
明らかにおかしい。もう、何の冗談だとか言える場合じゃない。そのおかげで一発相手が弾けば一人死ぬ。
そんな異常事態にあって、襲撃者は排除すらできず困惑している間にまた仲間が死ぬ。そうして、ついにはその場にいた黒服は全滅していた。
「ふう」
そんな異常、あるいは偉業をなした男は気負った様子もなく息を吐いてリロードする。目の前にリノアがいることなど気にしていない。
まるでもう眼中にないように。
「…………」
「ああ、まだいたのか」
「ずいぶんな、真似をしてくれましたね」
「そうだね。でも、それは君たちも同じだよ。ヴィクセンだけならまだ許せたんだけど」
君たちはやってはならないことをやった。久しぶりにブチ切れだ。こうなったロイドは止められない。彼を知る者はそういうだろうが、生憎と彼を知る者はここにはいない。
だからこそ、リノアは再び彼の前に立ちふさがる。
「何の真似だい?」
「ここから先へ通すわけにはいきません」
一度は倒したと思った相手だ。ただの人間相手ならその超常の技量だろうが感染者には通じない。今度は最高の猛毒をくれてやる。
だからこそ、本気でリノアは地面を蹴った。恨んでくれて構わない。生きるにはこれしかないから。輝く紋様。即死の猛毒がロイドを包む。
避けようとすらしなかった。
「で? それだけ?」
猛毒のガスの中でそんな声が響いた。暴風が吹き荒れる。毒のガスが吹き飛ばされる。
「言っておくよ。もう君は僕には勝てない」
なぜなら――。
彼はナイフを抜き、自らの肉体に突き刺しながら続ける。
「今の僕は、君に勝てる僕だからね」
彼の身体に紋様が浮かび上がる。身体の中心から浮かび上がり、手の末端にも浮かぶ紋様。輝きをあげるそれはリノアに告げている。
ロイドが感染者であると。そして、同時にこうも言っているのだ。お前にもう勝ち目はないのだと――。
遅くなりましたが更新です。
感染者。彼らは異能者でありますが、その異能を使うには死にかけないといけないという条件があります。その理由は感染者という名にも由来する理由です。
大抵は毒物を使うのですがとある理由によりロイドは自傷が必要。
あとロイドが異常なことやってるけど異能ではありません。全部技術です。
今回の主人公は最強枠。あとようやく決め台詞出せて私は満足です。
あとやはり血界戦線面白いですね。四話みましたけど満足の出来。とりあえず原作同様超魔道存在が隕石にぶち当たって、電車に乗ってはしゃいでる旦那が見れたから私は満足です。
あとレオが原作と違って可愛い女の子との絡みがあってよかったなあとほっこりしてます。
面白いので是非見てくださいな。
さて、そんな血界戦線の宣伝はこれくらいにして次回もバトルです。ロイドさんのでたらめさが出せたらいいなと思います。
ええ、久方振りに本当に純粋な最強主人公なので書くのは楽しいです。
ある中のアルフの方も楽しいのですがこれはまた違った楽しみがあって良いです。
これ以上は長くなるので、これくらいにしてでは、また次回。




