第1話 辺境惑星の男
それはいつだったか定かではない昔のこと。一度死に、彼女に生き返させてもらった夢。
そう、何もすることもなく、ただ生きるだけで朽ちるのを待つだけの毎日の中で、彼女にただ一つだけ夢を抱かせてもらったのだ。
いつもなら泡沫に消えるはずのそれは、どういうわけか、胸の中に残り続けていた。
それだけ、あの時見た、光景が忘れられなかったのもある。それは、きっと運命だったのだろう。
あの重厚な駆動音と重量感あふれる足音は今でも耳に残っている。エネルギージェネレーターが空気を揺らすあの騒音と振動は今でも身体を揺らしているかのよう。
太陽を背に、堂々と巨人は立っていた。鈍色の装甲を輝かせて、轟音を立てて戦っていたのだ。
クランカー。それが巨人の名。人型有人機動兵器の名前。全長約10メートルから16メートルというまさに巨人と言うべきただ一つの兵器の名前だった。
男ならば憧れないはずがない。美しき片刃のオリエントブレードを振るったあの姿を。あの長大なライフルによって数キロ先の敵を一発も撃ち漏らすことなく貫いた姿を。
資産家でもなく、企業人でもないただの一般市民がクランカーを得るには莫大な金がかかる。あとは相当の運が重ならなければ不可能だ。
そうホイホイと誰もが手に入れることが出来るほどこの世の中は甘くはない。大崩壊の起きたこの惑星の全ては砂の海に沈み、わずかな淡水の海が存在するだけとなっている。
そこで生きるにはシステムに従って生きるしかない。運が良ければ手に入れることができるかもしれない。
そんな程度の確率しかない。自分に適性はある。だが、それでも自分のクランカーを手に入れることができるとは限らない。
だが、それでもどうやったって夢を忘れることなどできなかった。
だからこそ、全てを捨てでも乗りたいと思ったのだ。乗って、遥かな宇宙へと飛び立つ夢を抱いたのだ――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それは歴史的瞬間なのだろう。いうなれば最終決戦と言う奴だ。おそらく過去に一度もないほどの星の海に浮かぶ船は数千を超えて万に達する。
クランカーなどその数十倍はいるだろう。これぞ歴史の分水嶺。支配か、それとも自由か。これを決める最後の戦いの場がこれだ。
『人類はなぜ自ら滅びようとする。我々に身を委ねていれば少なくともあなたがたの遺伝子は永久に保存されるというのに』
旗艦たる白亜の都市船ヴァンテアン。僅かな操作盤と空中投影型モニターがあるだけの仄暗い艦橋にいるただ一人の人間。白髪が混じった男――イズモは相手方のお決まりの通信に呆れたような表情を創る。
まさにやれやれと言ったような表情。この大事な時にも相も変わらずシステム様とやらは同じことの繰り返しなのかと本当に呆れた様子だ。
「まったくもっと気の利いたことは言えんのかねえ。なあ、ヴァンちゃん?」
「そうですね。まあ、それが元同胞の限界でしょう」
そう答えるのは〈ヴァンテアン〉である艦船制御コンピュータである人型ユニット、ヴァンテアン。長く伸ばされた青い放熱用の髪を揺らしてやれやれですね、と言った無表情。
「ワタシであれば、あのようなことは言わずさっさと滅ぼしています。特にイズモ様には色々と言いたいこともありますし」
「お! それって告白ってやつ?」
「いいえ、違いますイズモ様。やはり、イズモ様には道具を愛でる趣味があるのですね」
「それは前々から明言してるじゃん! 僕はね、ヴァンちゃん? 船が好きなの」
「では、その辺でマスでもかいててください」
「うわ、そんな言葉どこで覚えたの! お母さん信じられない!」
キーッ、とハンカチをかみしめるイズモ。そんな彼の様子に呆れたようなじとっとしたような無表情のヴァンテアン。
「それよりも最終決戦なのですから、一応艦長らしいことをしては? イズモ様?」
「えー、僕ってそういうの向いてないんだよねー」
「何をおっしゃいます連合艦隊総司令のくせに」
「成り行きってさ、あるよね。はあ、まあいいか。それじゃあマイクかして」
「はい、どうぞイズモ様」
ヴァンテアンが放熱フィン掃除用のブラシを手渡す。
「そうそう、これでヴァンちゃんの髪をすくのが僕の癒しでさあ――って、違うよ! ヴァンちゃん! これ違うブラシこれ!」
「はい、既にこれ艦隊にオープンで発信してますのでマイクなんていりません。マイクかしてキリッ、とかしてた憐れなイズモ様の醜態は映像つきで放送されています」
「え? えええええ!?」
やだよー、もうおそとあるけないじゃーん! と嘆く艦長の声と映像が艦内通信を含めて連合艦隊に送信される。
それに連合艦隊の各艦艦長共は苦笑といつも通りだなあ、と笑う。〈ヴァンテアン〉の食堂ではいつも通り過ぎてもはや誰も気にしてない風だ。
「いやあ、艦長とヴァンテアン殿、仲がよろしく良いでござるなあ」
そんなことを言うチョンマゲを結い上げ和装スーツに身を包んだヤマモトジュウジローはオリエントブレードの柄に手を当てながらおにぎりを食っていた。
「あなたは格納庫に行かなくて良いのかしらミスター・サムライ?」
そう聞くのはダークスーツを着た黒髪に眼帯の女クレア。山盛りの食事を目の前にしておかわりをしているところだった。
「それはクレア殿もじゃないでござるか? これ、最後になるかもしれぬでござるよー? 拙者、もう少しここで過ごしてからいくで御座るよ」
「腹が減っては戦は出来ぬと言ったのは貴方でしょう? ここで食事よ」
「それにしては食い過ぎでござるし、ロイド殿に言う事があるのでは?」
「これが終わってからにするわ。最後になるかもしれないんだから、他人が邪魔するわけにはいかないでしょう」
「むむ、これが駆け引きという奴でござるか」
どうとでも言っていなさいと食事に戻るクレアと悩み続けるヤマモト。その間もイズモとヴァンテアンの夫婦漫才は続いていたが、もはや誰も気にしない。
気にしなさすぎてトレーニングルームにいる赤茶色の髪に黄緑色の目をした偉丈夫レオナルドの腕立て伏せは七千回を突破し八千回に達そうとしていた。
「今回、陸戦隊は出番なさそうね。父さん」
そんなレオナルドの背に乗っている黒髪に黄緑色の目をした少女リンが最終決戦の様相を予想しながら乗っている父にいう。
「7998、7999」
「ちょっと、聞いてるの父さん?」
「聞いているよ。私たちの出番はこの先だ」
「そうねえ。でも、これでいったいいくらの金が飛ぶのかしら」
ああ、想像しただけで倒れそう、と言うのはリン。ああ、すっかり金にがめつくなってしまって、いったいどこで教育を間違えたのだろうかと思う父親。
ただ健やかで育ったのでまあいいだろうと結局はそう思ってしまうあたり駄目な父親である。
「お金のことはこれが終わってから考えよう。私たちは良いが、これから戦場に出る彼らは大変なのだ」
「そうよね。特に、あの子はきついと思うわ。私でも、きついし」
「……苦労を掛ける」
「それは言わない約束でしょ。母さんにも言われなかった?」
「うむ、良く言われた。お父さん、駄目な父親ですまんな」
それも言わない約束でしょ? といつもはツンツンしているリンは微笑んで、レオナルドはそんな彼女に今何回目だったかと問うのであった。未だ、館内放送は混沌としている。
『あーあーあー、まったく結局決着つかなかったじゃないの! どうするのよレイヴン!』
「…………」
『ちょっと、黙ってないで答えなさいよー!』
格納庫に存在するクランカーの一機漆黒のルナールの戦闘支援AIアルブスがシートを倒している白髪の少年レイヴンを問い詰めるが、
「もういいだろうアルブス。どの道、これが終わらない限りどうしようもない。出撃前だ余計な口を聞くな」
『マー失礼しちゃう! せっかくこのあたしが緊張してるんじゃないかって思って話しかけたのに!』
「お節介だ」
『フーン、もう知らないわ! サポートしてあげないんだからね!』
「その時はお前もお陀仏だ」
『キー! ここに至っても生意気なガキネェ! 少しはあいつを見習いなさいヨ!』
「…………」
『無視すんなァ!』
アルブスが何を言おうともレイヴンは目を閉じたまま答えない。目を向けるのは外部モニター。そこに映っているのは一人のゴーグルを持った茶髪の小柄な男ロイドだ。
それからロイドと話している茶髪をポニーテールにした少女アンナ。もちろん会話など聞くつもりないがライバルと認めたあの男がまたへらへらしているのかの確認をする。
「もう! しっかりしてよね!」
いきなりロイドが怒られている。いつも通りなのだが、最後くらい決められないものか。
「ごめんって、寝坊したのは謝るけど昨日も大変だったんだよ」
「それは、ボクたちもだよ。君が壊したヴィクセンの修理、誰がやってると思ってるのカナー?」
そう言うのは作業服の半昆虫の少女ミリィ。四本の自由に使える腕のうち一本はロイドに突き付けて、あと三本で作業をしている。
そうだよと、これに同意するアンナ。これには勝てそうもないロイド。完全降伏である。
「わかりました。ごめんなさい」
「もう、いっつもそれなんだから。許しません」
「うそお!」
いつもはこれで許してくれるのに! と泣きつくロイド。
「だから、帰ってきてね。死んだら許さないから」
「……うん、帰ってくるよ。アンナを一人にはしないから。それに、今の僕は無敵だよ。なぜなら――」
「――今の僕は、あいつに勝てる僕だから、でしょ?」
知ってるよ、とアンナ。
「うん、じゃあいい子で待ってろよ。すぐに勝って帰ってくるからな」
「……うん、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
そう言ってミリィにアンナを任せてロイドは自分のクランカーであるヴィクセンへと向かっていく。そこかしこの塗装がはがれ、装甲は傷やへこみだかけでボロボロだ。
ここまで戦ってきた歴戦のクランカーという風格。随分と戦ってきたなとロイドは思う。思えばこんなことになるとは予想していなかった。
辺境惑星で宇宙にでる、クランカーを手に入れるだなんて言っていたのがついこの間のよう。
『一時の別れは済みましたか?』
コックピットに座ると問いかけてくるヴィクセンの戦闘支援AIアテル。
「済ませたよ。勝てるかな?」
『勝率……いえ、勝てます。私とあなたなら』
「そっか。なら頑張らないとね」
未来の為にも。
「ロイド・アーミット、ヴィクセン発進します」
さあ、行こう自由はすぐそこだ。天の星が敵だろうとも二人ならば勝てる。
思えば本当に遠くにきた。〈ヴァンテアン〉から宇宙に出て辺境の惑星を見つけながらロイドは思う。全てはあの星から始まったのだ――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
銀河統合時代における最辺境の惑星。大崩壊後の砂と荒地が半分を占めるこの惑星の砂漠にに立つとまず思うことは最悪の二文字だろう。
熱風が砂を巻き上げ、灼熱の太陽が砂を熱して、砂漠はまるでこの世の地獄とも呼べるような有様と化している。まさに、最悪な場所だ。
しかし、意外にもそんな場所だからこそ、お宝が埋まっていることもある。岩盤付近に埋まっているという希少鉱石であったりあるいは古代の超文明の遺跡なんてものが見つかることもある。
そのため、今でも熱心な企業は広大な砂漠のあちこちに作業場を構築してを人を雇い、砂地を掘り返していたりするのだ。
「ふぅ」
今も現在進行形で、砂が除去されて固定化された作業場の中で、多くの人間たちが汗水垂らしてせっせと岩石層を時代錯誤なツルハシで掘っていた。
本来の岩盤事態をレーザーで切り取って採掘する惑星採掘ではなくこんな時代錯誤な方法を用いた採掘しているのにはもちろん理由がある。
様々なもの、特にクランカーと呼ばれる兵器のエネルギー源となるジェネレータに使用される希少金属が採掘できるのだ。
企業の一つでエネルギー企業でもあるインターナショナル・インセンティブ・インダストリーが希少金属を求めて採掘を行うというのは良くある話であり、人員が雇われるというのも良くあることである。
ジェネレーターに使われるこの希少金属は非常に繊細だ。大きな振動を与えてしまうと駄目になるほどには繊細だ。
そのため、噂で聞く大規模な惑星採掘やクランカーなどの大型機材で掘り起こしたりなどしてしまうと、否応なく希少金属は駄目になってしまうのである。
それゆえに、この金属は人を使って人力で、掘り出すしかないのだ。
炎天下の作業で文句もでそうなものであるが、辺境ということもあり労働者が溢れておりいつクビになってもおかしくない状況であるため炎天下の中でも黙って作業が進んでいた。
しかし、掘り始めて数時間が経つが未だに発見の報告がない。この辺りにあるだろうという企業の非常に大雑把で信用ならない観測データを基にして掘り進めているのだから早々見つからないのは当然である。
そんな作業場の端で時代錯誤のツルハシを振るう茶髪にゴーグルを首にかけた小柄な男――ロイドがいた。
「ふぅ」
額に流れる汗をぬぐう。そんな彼の下にやってくる同僚の男。見上げるほどに背の大きな男は作業をしているロイドに向かって辞めろと言った。
「なんでだ?」
「クビだってよ」
「なんで?」
「そりゃ人件費削減だとよ。アンドロイドの性能が良い感じになったんだと」
「うわ、アンナになんて報告しよう」
「はは、まあ頑張れ」
そんなわけで、ロイドは現実逃避と時間潰しも兼ねて砂漠の一角をホバーボードで爆走することにした。あわよくば何かしらのお宝でも見つかることを期待して。
銀河統合法に逆らって好き好んで砂漠に来て何か使えるものが埋まっていないかとトレジャーハンターの真似事をするのは良い。
嫌なことを一時でも忘れることができる上、掘り出し物でもあれば金になる。しかし、どこもかしこも作業場の穴ばかり。
使えそうなものは見つかりそうもない。仕方なくそろそろ帰ろうかと思ったその時、硝子を掻き毟るかのような甲高い音が響くと同時に光線が着撃する。
「うわっ!?」
『ちょうど良いところにいたなガキ。相手してくれや』
それは地獄の鬼ごっこの開始の合図であった。
「なんで僕が追われなくちゃ行けないんだ!」
そう言いながら背後から自分を追ってくる巨人に目を向ける。砂漠迷彩を施されたクランカー。
エネルギー装甲を通るエネルギーラインが浮き彫りになった流線型の美しいクランカーだ。本来ならば淡青を基調にしたインターナショナル・インセンティブ・インダストリーの標準的な中量級機体だろう。
特に両肩の盾が特徴的で、それはシールドジェネレーターにもなっている。また、機体背部が通常よりも膨れている為、大型ジェネレーターを搭載しているのだろう。
まさに典型的なインターナショナル・インセンティブ・インダストリーのパーツを主軸としたエネルギー兵装を主軸としたクランカーだった。
「I3のクランカーの主兵装はエネルギー系の大型ライフルだったよな。見たところ威力高そうだ。ああいうのがあればアンナにもっといい暮らしさせられるんだろうな。っと、そんな場合じゃない!」
思わず感心どころか羨ましいとすら思ってしまったのだが、そんな場合ではない。ホバー移動で迫りくるクランカー。
「なんで僕を襲う! 企業恭順の傭兵が僕を襲う価値はないだろ!」
とにかく逃げることを考えなければならないだろう。なぜ追われているのか考えるのはあとだ。しかし、親切なことにそれは追っている本人が教えてくれるらしい。
『はん、そりゃそうだ。見るからに金を持ってなさそうなガキだからな』
「ガキって……ああ、はあ。ならエネルギーの無駄じゃない? だからやめよう。な?」
『やめるかよォ! こいつの性能テストがまだなんだ。お前で試させてくれやァ!』
若い男の声が外部無線で響く。
「そんなもん身内でやってろ!」
「そんなもんツマラネェだろうがァ! 傭兵の真価ってのは他人と戦ってこそだろォ!」
管理体制における力ある企業の尖兵として金をもらって何でもやるのが傭兵。その中でも奪う事専門の盗賊稼業のやうなものがある。このクランカーのパイロットはそんなアウトロー側の物理的破壊工作などを担当しているだろう。
企業戦闘の守り側ではなく攻め側だ。どうやったって力ある側であるだけに生身でどうこうできる相手ではない。
何とか逃げ切るしかない。どうやって逃げ切るかそう考えていた時だ。エネルギーが収束している時のガラスをこすっているかのような甲高い音が響き渡る。
「やべえ!」
それはエネルギーを収束する時の音、つまりエネルギー兵器における独特のチャージ音だ。それが止まったと同時に収束されたエネルギーが解放され、一筋の光と成る。
ロイドはボードの機動を左右に揺らして一撃をなんとか回避。しかし、そのおかげでもっていた鞄が光線をかすってお亡くなりになってしまった。
「あああぁぁぁああぁ!?」
あの中にはこの状況を一変させる可能性のあるアイテムが入っていたのだが、それは綺麗さっぱり蒸発してしまった。残っているのはナイフ一本。
更に再びチャージが終わり放たれるエネルギー光線。何とか切り替えて再び躱す。直撃した地面の砂が巻き上がり砂煙を巻き起こした。
その砂煙をぶち破ってロイドは疾走する。勿論、追ってくるクランカーはそのまま。
「くぅ、しつこい。どうする――って、おわっ!?」
砂丘を越えた瞬間、地面が消え失せる。そこはかつての採掘場。砂が除去されて固定化された作業場だ。クランカーのジェネレーターに使われる希少金属の採掘跡に突っ込んでしまったのである。
更にそこには機械の化け物が巣をはっていた。あれはマシンエネミー。それは紛れもない人類の敵である。
機械の身体を持つ機械の生き物。様々な生物を模写しているかのように多くの形態が存在し、全てが人類を抹殺するべく行動している。それがマシンエネミーと呼ばれるもの。
AIが暴走したものでありAIが銀河統合法によって禁止されることになった原因のそれだ。作業場の中にいたのはサソリ、砂漠に多いマシンエネミー――スコーピオンだった。
「こうなりゃ一か八かだ!」
ほとんど垂直に作業場の固定化された砂の壁を駆けおりながらスコーピオンの群れへと突っ込んでいく。風が髪を揺らして遠く小さく見えていたスコーピオンが巨大になっていく。
それにつれて地面もまた近づいてくる。恐怖が浮かぶがそれを意志の力で押さえつけて尚も加速。地面へと激突する寸前にボードのヘッドを掴み力いっぱい引いた。
ヘッドが上がると同時に地面と平行になりそのまま直進する。
「へへ、やったぜ」
しかし、それで安心もしていられない。クランカーがすぐ後ろに着地。追ってくる。だが、ここから先はそう簡単には追いつかれない。
その駆動音にスコーピオンたちが反応して弾丸をばらまいたからだ。かすめていく弾丸にビビりながらもスピードは緩めずロイドは突っ込む。
クランカーサイズよりも大きいスコーピオンにとって人間などいてもいなくても変わらない。そもそもクランカーが近くにあるのだから優先度はそちらが上。
群れの中を縫うように作業場を反対側に抜けようとする。
『スコーピオンか、まあ肩慣らしにはちょうどいいぜ!』
追ってきたクランカーがスコーピオンにエネルギーライフルを向けて放った。放たれた光線は直撃し高威力のエネルギーライフルの直撃を受けたスコーピオンは蒸発する。その凄まじい威力は遠くにいても熱量が感じられるほどであった。
だが、まだ一体倒しただけで終わっていない。作業場にいる複数のマシンエネミーが一斉にクランカーへと向かう。
同じくスコーピオンであるが、近接タイプが主だががそれだけでなく尾に当たる部分やハサミが砲になっている遠距離タイプまでいた。
遠距離タイプのスコーピオンがマシンガンのようにその尾やはさみから弾丸を放つ。ロイドを追っていた盗賊はそれをシールドで弾いた。そこに近接型が走り込んでくる。
その一撃をシールドジェネレーターによって発生させたエネルギーシールドによって受け止め、相手の動きが止まった瞬間に、高周波ナイフによって一突きにして倒してしまう。
更にそこから広範囲エネルギーボムをさく裂させた。
それは絶大な威力でスコーピオンを破壊していく。いや、絶大過ぎた。ここは放棄された作業場である。とっくの昔に掘り尽くされ辺り一面大小の穴があるのがわかるだろう。
ここまで言えばわかるだろうが放棄された作業場は酷く脆い。岩盤まで掘り進めて手作業で掘り起しまくるのだが、それが祟るわけだ。
脆い場所に度々振動を与えるとどうなるだろうか。答えは単純、崩落する。クランカーに乗っている盗賊はその性能を活かして即座に逃げ出した。
だが、ロイドはそうもいかない。作業場の真ん中に差し掛かっていたロイドを崩落が巻き込むのは当然の結果だった。
「え、あ――」
内蔵が浮き上がるかのような一瞬の浮遊感。そして、急激に身体を重力にひかれてロイドは落下する。ホバーボードもそこまで高級品ではないために地面があること前提のものだ。
高級品なら飛べたのだがもう遅い。何かを掴もうと手を伸ばすもその手は届かない。景色が一瞬のうちに上から下へ向かう線へと変わり果て、汗が上へと飛んでいく。
「うわあああああああああああ――――」
暗闇の中にロイドの悲鳴が木霊する。だが、誰もその悲鳴を聞く者はおらず、誰かが助けることはない。ただ、落ちるだけであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――っ!?」
手放した意識を手にした瞬間、半ば反射的に弾かれるようにして、ロイドは起き上がる。
その瞬間に襲う全身の痛み。だが、痛みがあるということは生きているということの証明に他らなず、痛みはすぐさま喜びへと代わり、それから疑問へと変化していく。
少なくない距離を落下したはずである。それなのにほぼ無傷なのはどういうことなのだろうかという疑問だ。その疑問のすぐさま解決する。
「砂がクッションになったのか? 良く助かったな。うん、今日はツイてる。」
辺り一面にうず高く積もった細かい砂がどうやらクッションになってロイドの落下の衝撃をうまく吸収してくれたようだった。
運がいいとはこのこと。もしかしたら一生分の運を使い果たしているのかもしれないともロイドは思う。とりあえずまだ残っているのならば、ここから生きて出るくらいは残っていて欲しいものである。
などと考えながらロイドは痛みをこらえながら立ち上がり、辺りを見渡す。どうやらここは四角い長方形の部屋のようであった。
エントランスでもあったのだろう、どこかへ繋がっているであろう通路はいくつもあるようであるが、一本を残して全てが砂と岩などの瓦礫によって完全にふさがっており通れない。
「まさか、遺跡か?」
広大な砂漠には遺跡と呼ばれる旧時代の建物や放棄された施設などが存在する。未発見の遺跡となれば、貴重なお宝が眠っている可能性もあるのだ。つまり、一攫千金のチャンス。
しかし、この部屋の中には何もなかった。砂ばかりである。
上を見上げれば一筋の光が差しこんでいる。落ちてきた穴があることがわかるが、それは随分と小さく、かなりの高さを落下したことを示していた。
壁はつるつるとした金属のようなものであり、継ぎ目はあるものの指を引っ掛けられるほどではない。手が吸盤にでもなってなければ登ることはできないだろう。
ボードは落下のおかげで真っ二つ。それなりに高い買い物であったので悲しいところであるが、遺跡を発見したという高揚感のおかげで気にならない。
「ボードが壊れちまったのは痛いが、もしかしたら何かあるかもしれないな。もしかしたらクランカーが在ったりするかもしれない」
そんなことを思いながら瓦礫に埋まっていない、行くことのできる通路へと入る。通路は暗いが、床の非常灯のおかげで辛うじて見えないこともない。
安全の為、壁に手を付きながら歩く。冷たい金属の感触。非常灯が生きていることから、大崩壊後に放棄されたタイプの遺跡だろう。しかも生きた。
「これは、お宝、あるかも」
生きている遺跡など数少ない。まず間違いなくお宝があるのは確実だろう。その分だけ危険もある可能性が高いのだが、宝があった時のことを考えてロイドはニヤリと笑ってそんなことすら考えない。
少し足取り軽く通路を奥へ奥へと進む。一本道で分かれ道すらない通路。非常灯の明かりを頼りにただ奥へと進む。
「しっかし、何の施設なんだ、この遺跡――っとと」
突然の揺れでバランスを崩しかけるがなんとか転倒することだけは避ける。ぱらぱらと砂や埃が落ちて来た。
「上の戦闘の影響か?」
まだ戦闘が続いているということにげんなりする。まだ上に盗賊がいるということだし、下手をすればまた崩落する可能性がある。
崩落して遺跡ごと生き埋めにされるのだけは勘弁願いたい。まだ死ねないのだ。自分のクランカーを手に入れるまでは何があろうとも死ねない。
「とにかく、先に」
少し歩くスピードを上げて通路を進む。と、不意に右手の壁が消えてこけてしまう。非常灯がそこだけ消えていて部屋があることに気が付かなかったのだ。
「おわっつぅ。なんなんだ!」
倒れたままそのあたりを探る。小さな部屋だった。正面の壁にはひび割れたモニター類が所せましと埋め込まれており、床には壊れたデスクなどが散乱している。資料らしきものもあるが、古代語で書かれているためロイドには読むことが出来ない。
しかし、何かお宝があるかもしれない。
「何か、金目のものは……」
資料を放り捨てて、適当に部屋の中を漁る。しかし、そこには金目の物はない。風化した資料ばかり。他には何もない。
金庫らしきものはあったが中身はなんだかわからない資料が入っているだけであった。もちろんそれも紙が経年によって劣化してしまって読めない。
「何もねえ。何かないのか?」
と、壁にこの施設図らしきものがあることがわかった。この先にあるのは広い空間のようだった。明らかになにかあるのならばそこだろう。
「良し、行くぞ」
期待しながら通路を進むと巨大な空間に辿り着いた。そこは格納庫なのだろうクレーンなどの多くの整備機器が所狭しと置かれている。ロイドが中に入ると電源がオンになり明かりがついた。
その奥に待機状態で膝をつき、王に頭を垂れる騎士のような姿勢の白銀のクランカーが鎮座している。見たこともない、背に一対の翼の如きスラスターが装備されたクランカーだ。
長年放置されたせいで、埃にまみれてはいるがその細身ながらも14メートルはある巨大な人型はまさしく紛れもない夢にまでみたクランカーであった。
キカプロコン用の話。
ロボット、異能、その他もろもろを突っ込んだ私お得意のごった煮小説で御座います。
それから最後に出てきたロボットのイメージは閃の軌跡に出てくる灰の騎神ヴァリマールとクロスアンジュの主人公機であるヴィルキスが一番イメージに近いです。
基本不定期更新できたら上げる方式で行きます。
では、また次回。