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第二幕『惨禍』

 ちょっとグロ描写が入っています。苦手な方は無理なさらず……。

 黒い煙が濛々と立ち込め、村全体が火に呑まれようとしていた。

 

 そこで勇者は見た、見てしまった。あたりに散らばる村人たちの無惨な亡骸を。

 

 顔が半分崩壊しながらも結晶体となった我が子を抱きしめる若い女、抵抗しようとしたのか鈍銀に光る剣を握り締めていた男は槍に串刺しにされていた。

 

 小さい子供たちは幼い顔をぐしゃぐしゃに歪めたまま結晶体の石像と化していた。

 

 抱き合ったまま結晶化していた老夫婦は唖然とした表情のまま、人生を終わらせていた。

 

 生きている村人たちは誰も存在していない。皆、訳も分からずこの世から去ってしまった。

 

 身体の結晶化。

 

 それは《浸蝕性魔導鉱物化現象》と呼ばれ、何らかの外的ないし内的な要因により体内の魔力が変異し、無意識下に暴走することで肉体が結晶に形態変化する特殊な症例のことだ。

 

 根本的原因は不明。特徴を挙げるのならば、結晶化かした人体はきわめて稀少な魔鉱石であると言うだけだ。

 

 発症例も極僅かで、然も此処数年は全く確認されていない。

 

 そんな半ば天災と恐れられている現象がこれ程局地的に起こるのだろうか。そもそも村に火が放たれている理由がわからない。串刺しに去れている男もそうだ。

 

 どれもこれも不可解な点が多すぎる。しかし勇者は既に一つの答えにたどり着いていた。 そしてそれを確かめるべく、村の奥へと向かおうしたとき燃え盛る火の中から数人の黒装束の男たちが現れた。


「……おいおい、何でこんなとこに《黒焉の勇者》がいんだよ。聞いてねぇぞ」

 

 比較的若い男の声だった。少し高めな声と荒い口調に、聞き覚えがある。


「それはこっちの台詞なんだけど……お前、ここで何してんの? なあ、《灰燼の勇者》」

 

 場違いにも飄々と肩をすくめる勇者に、灰色のローブの青年は舌打ちした。


「ったく、即効バレてやがんじゃねぇか。クルチの野郎ふざけやがってよ……ああ、めんどくせぇ!!」 

 

 布地越しから頭を乱雑に掻くと、灰燼の勇者はフードを取った。

 

 背後の炎によって顔に影が指しているが、現れたのは灰色の髪をした青年だった。ボサボサの髪は勇者と言うより不良少年に近い。


「一つ聞いてもいいか?どうして此処が分かったんだ?」 


「助けてくれって、俺のところに来た子がいたんだよ。その子の話を聞いてすっ飛んできたらこの有様ってわけだ――納得のいく説明をして貰えるんだろうな?」

 

 腕を組んで片目を瞑り勇者は探るような視線を灰燼の勇者に向ける。


「……説明ってもな、俺は教会に命令されてやっただけだし。まぁ、今回は村人たちの運が悪かったんじゃねぇの? と言うわけで見逃せよ」 

 

 くつくつと灰燼の勇者は喉の奥で笑う。可笑しそうに肩を肩揺らす“同僚”の姿に、勇者は大きな溜め息をついた。


「なあ、俺の信条テーゼ知ってんだろ?」


「“悪には裁きを、罪には罰を、生命には生命を”だっけか? くだらねぇ、この偽善者が」


「万回言われたっつうの……まあいいや。俺の信条テーゼを知ってるんなら話が早い。この後の展開ぐらい予想つくよな?」

 

 気負った様子もなく言い、勇者は腰に佩いた黒剣を抜いた。

 

 炎の光に曝され妖しく煌めく黒い刃。黒剣は72ある聖剣の中で最も扱いが難しいと言われる白剣と双璧を成す存在だ。  その為、歴史上黒剣を完全に扱えた勇者は3人のみ。 

 そしてその内の一人は今此処にいる。


「――いいぜ?俺もあんたと戦って見たかったんだ。ミューズ戦役で七万の軍勢を皆殺しにした悪魔とよ」 


 そう言うと、灰燼の勇者も腰の聖剣を抜いた。灰の刃は青年の心のようにくすんでいる。

 自然と灰燼の勇者の周りを囲んでいた黒装束の男が距離を取る。


「……後ろの奴のことはいいのか?」


「別に構いやしねぇよ。此処から先は俺とあんたの戦いだ。無粋な真似はさせねぇよ」


「――ああ、悪い。そう意味じゃないんだ」

 

 瞬間、勇者は地を蹴っていた。地面が砕け風が切り裂かれる。人間の限界を軽々と越えて跳躍した勇者は、灰燼の傍らに佇んでいた一際大きな男の間合いに入ると笑った。



「罪を贖え」

 

 跳躍の勢いそのままを剣に乗せ、右下段から斬り上げる。 

 爆発的な速度で放たれた剣閃は男の上半身を斜めに切り裂いた。直後、血の噴水が吹いた。

 

 ぐら、と男の上体滑り落ち下半身と永遠の別れを告げた。最後まで男は呆気に取られたまま死んでいった。


 村人たちと同じように。

 そばに居た灰燼の勇者とその取り巻きたちの顔に大量の血が掛かった瞬間、彼らは漸く我に返る。


「糞がッ!!」

 

 黒装束の男が薙いだ斬撃を黒剣で弾き、そのまま隙の出来た腹部目掛けて突きをぶち込んだ。

 勢いを殺さず引きずるようにして土壁に串刺しにする。


 内蔵が切り裂かれ血が噴出する。ピクピクと痙攣している男から剣を引き抜くと、後ろから唐竹割りを放ってきた黒装束の男の両足を振り向きざまに切断。

 

 地面に這い蹲り必死にもがく男の後頭部に勇者は容赦なく黒剣を振り下ろした。漿液と血液が飛び散り、勇者の衣を染め上げる。 

 

 剣を脳味噌から抜き取ったとき今度は四人掛かりで襲いかかってきた。

 前後左右からの時間差攻撃。まず灰燼の勇者が間合いに飛び込み、内角から抉るような斬撃を放つ。勇者は上体を反らすことで灰色の刃を回避する。



 その態勢のまま勇者は後方宙返りに移行し、飛び上がる慣性の力で灰燼の勇者の顎門を蹴り上げる。

 その際、魔力を右足に纏うことで威力を底上げした。目論見通り、灰燼の勇者を捉えた右足は灰髪の青年を数十歩先へとぶっ飛ばした。

 

 空中で器用に回転し軽やかな体捌きで地上に着地する。

 

 と、そこで残る三人が一斉に唐竹割りを放って来た。

 上から斬り下ろされる鈍い光に対し、右上段で構える。

 

 ギィイン!!と金属がぶつかる甲高い音が響き、僅か火花が散る。

 

 叩きつけるように振り下ろされた三本の剣を同時に受け止める。


 そこで、押し込めようとする刃から一瞬力を抜いた。 

 がく、と三人の男が前のめりになった隙を突き一気に刃を押し返し、鋭く腰を捻り黒剣を円を描くように横薙ぎに振り払う。

 

 男たちの腹部は一挙に切り開かれ、放射線状に血が吹き荒れた。


 腑を切り裂かれた衝撃のまま男たちは地面を転がりながら飛ばされていく。土塊に血の絨毯をひく黒装束の一人に狙いを定め、地を蹴った。


 疾風の如く加速し瞬く間に跳ね転がる男の横を併走する。

 

 軽く地面からバウンドした瞬間、稲妻の如く閃いた右手の黒剣が男の胴体を真っ二つに切断し、続いて左下段から振り上げられた斬撃が首を跳ね飛ばす。 


 ごろごろと転がり、生首となり果てた男の赤く血走った双眸は怨念にかられ見開かれていた。 

 獲物を狩り終えた黒い勇者は次なる獲物を探すため周りを睥睨すると、斬り飛ばした二人の男がゆらゆらと幽鬼の如く立ち上がるところだった。

 男たちの腹部は線が走っていて、どばどばと赤黒い血液が垂れ流しになっている。惨憺たる状態だったが、彼らの血走った瞳にはまだ生存本能が煮えたぎっている。


 生きたい、そう思っているのだ。 


 黒装束にも友が、恋人が、家族が居るだろう。そしてそれはこの村の人々にも言えることだ。未来ある子供たちの命が、今日どれだけ失われただろうか。


一度死んだ人間は甦らないし、怨嗟の叫びを上げることもない。

 

 だからこそ、死神と呼ばれる黒焉の勇者がいる。悪や罪に平等に裁きを与える。情状酌量を見いだすことはない。ただ等しく相応の罰を与えるだけだ。

 

 覚束無い足取りでそれでも死に物狂いで剣を振り上げる黒装束たちを見ながら、勇者はそんな益体の無いことを考えていた。

 

 獲物に感情移入をしてはいけない。勇者に世界を魅してくれた先代はそう言った。

 師匠から教え込まれたように感情を制御する。

 心から人らしい熱気が完全に失せ、代わりにひりつくような凍気が支配する。もう随分慣れたしまった。

 人を殺す度、何かがひび割れていくのを感じていたが、気がついてみるとそれがいつのことだったのか全く覚えていない。

 麻痺したのだと思う。余りに沢山殺しすぎて、人として、勇者として、なくしてはならないものを認識出来なくなってしまったのだ。

 

 別段それが悲しいことだとは思わない。裁きを与えるものとしては、些か咎を背負い過ぎているような奴でもそばに居てくれる者が居る。 


 あいつが隣に居る限り、勇者が務めを放棄することはない。

 

 少しだけ心残りがあるとすれば、先代の遺言を思いっきり無視していることだろうか。

 

 草場の陰で泣いているのならすみません、と心の中でつぶやいた所で黒装束たちの間合いに入った。 


 ぎょろぎょろした眼球の焦点が勇者に定まった瞬間、男たちは大気を揺さぶる手負いの獣の如き咆哮上げた。


「うあ゛ぁぁあああああああああああああああ!!」


 二人の男は腹から夥しい量の血を噴出させながらも剣を振り上げる。 

 上段からの斬り下ろしを難なく剣で弾き、斬り掛かってきた男の腹部に体重を乗せた蹴りを叩き込む。血液が土石流のように噴き出し砂まみれになりながら男は地面を勢いよく転がった。

 

 突き上げた右足を下ろした途端、左横から突き出された剣を空かさず脇の間に通し、両腕の関節を使い拘束。のばされた男の腕を真上にねじ曲げる。

 

 ゴギュッ!!という濁音と共に男の右手が直角に折れた。

 

 鋭い悲鳴を上げた男が剣を放すのを見計らって突き飛ばし、やや前屈みになりちょうど良い高さの首っ玉に流れるような左水平斬りを繰り出す。

 一瞬、時がとまったかのように男の動きが止まった。間を於いて男の首に細い赤い線が引き、そこに赤い玉がいくつも溜まり、少しして滴となって流れた。

 

 やがて、ずずぅと奇妙な音を出しながら男の頭部が滑り落ちた。

 

 切断面から鉄砲水のように血を撒き散らす死体から視線を移し、さっき蹴り飛ばしたもうひとりの男の方を見ると身体全体が血だまりの中に埋もれていた。 

 全く生気が感じないところからすると、どうやら既に事切れているらしい。

 死者と生者の区別さえ、数多の屍を量産している内に分かるようになってしまった。

 

 土壁と藁葺き屋根で形作られる家と家が挟む何の舗装も去れてない道には、壁にもたれかかったり首がなかったりと、無惨な最期を遂げた5体の新たな死体が村人の仲間入りを果たしている。

 

 唯一の生存者は灰燼の勇者ぐらいなものだが、それも半刻経たない内に死に絶えた彼らと同じ運命を辿るだろう。 


 勇者は気怠い脚を半ば無意識的に動かしながら、灰燼の勇者に向かって歩き始めた。


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