第2話 能力者・白川郷は帰郷する。 前
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国内有数の規模を誇る国際ターミナル・エリシア空港はこの日も人でごった返していた。出国手続きを済ませた人達は手荷物検査を受けるためにセキュリティゲートに、入国を済ませた人達は外へ向かうために列を作る。自然に生まれた流れに沿って人々は移動を続けていた。初見で訪れた人はそれこそこの光景を目にすると誰しもが目を丸くして人の波が揺れ動くさまをしばしじっと眺めるものだ。毎日見ている俺も、この光景は日常風景として捉えることが出来ないな。
セキュリティスタッフとして働くロッキーはセキュリティゲートの横に立ちながらいつもと変わらぬその光景をただぼうっと見つめていた。忙しなく動き続ける人の波、横をちらりと見ると自分と同じ仕事をしている彼ら彼女らもまた終わらぬ業務に忙殺されそうになっていた。
忙しそうだ。ロッキーは頭の中で思いついたことをそのまま口に出した。
「おいおいどうしたんだロニー、将来何もしない人になることが夢だった男がいう言葉じゃねえぜ?」
そう茶々を入れてきた男は、ロッキーの十年来の付き合いのある友人で、彼にこの仕事を紹介した人物であるマッケンジーである。二人は121番口セキュリティゲートのセキュリティスタッフとして働いているのだが、彼らが佇むゲートを潜ろうとするものはいない。彼らの担当であるSゲートは能力者だけを対象に開放されているゲートである。混雑や対応の悪さなど、様々な理由で能力をむやみに使われては他のお客様の迷惑になってしまうことを想定した航空会社がこのゲートを新設したのだが、『自分が能力者であることを知られたくない』、『最低限のモラルぐらい持っている』などとあまり良い目では見られていないせいか、利用者はごく小数であった。
「ここで一日中立ち続けてれば、隣であんなに必死に働いてる奴らと同じだけの金がもらえるんだぜ?これほど上手い仕事もないだろ?」
ロッキーは目の前の友人から誘われた時の言葉を思い出す。確かに初めは楽でいいや、なんて気楽な思いで臨んでいたが、今では楽という気持ちはさっぱりなく、ただただ暇を持て余したような、何もしない自分に腹が立つような、なんとも言えない感覚に陥っていた。なぜ、そんなことを思うのだろうか。ロッキーは自身でもその理由をわからないでいた。
「それにしても、この仕事を始めて2週間経ったけどよ、未だにこのゲートをくぐる奴はいねえな」
ロッキーはそう言いながらゲートの柱を叩く。パシリという軽い音が一瞬聞こえたが、すぐ周りの雑踏の中に消えていった。ロッキーは舌打ちを打ちながら胸ポケットにしまっていた箱から一本の煙草を取り出して口に咥えると、右ポケットをまさぐる。ロッキーは再度舌打ちをした。
「おいマック、火ぃ何かもってねえか?」
「ロニー・・・勤務中は火器を持っちゃいけねえって言われてただろ?」
マッケンジーからの言葉を受けて、ロッキーはおぼろげな記憶の中から火器関係の件で責任者から叱られたことを思い出した。ロッキーはうつろ気な表情を浮かべながら煙草を箱のなかにしまうと大きなため息をついた
「全く、お前の得意技は女探しとジョイント作りだけか?一回注意されてんだぞ。次やったら俺ともども外に放り出す言われてんだから、くれぐれも馬鹿なことすんじゃねえぞ?」
まさかマックに説教される日が来るとはな。ロッキーはそれ以上考える事をやめて、ただ立ち続けることにした。考えていてもどうにもなんねえし、面倒起こすわけにもいかねえ。マックの言ってたとおり、この仕事自体は楽なんだ、それだけが事実だ。それ以外何も考えるな・・・。そこから二人は何も話すことなく、誰も通ることのない門を守り続けていた。
数時間が経ち、日は完全に昇りきっているのだろうが、空港内は変わらず人々がゲートへ、出口へ向かうためにぞろぞろと歩き続けている。先ほどの会話の後、一度も口を利かなかった二人ではあったが、マッケンジーはとうとう沈黙に耐えることができなくなり口を開く。
「それにしても、今日もここはうるせえな。どっかにレオ・マキアーソンでもいるんじゃねえか?ポルノ出身の大物様がよぉ」
「はっ、それはねえだろ。あいつはきっと昼間からガブガブ酒を食らってるだろうよ」
「まるでちょっと前の俺達みてえだな」
ははは。乾いた笑い声をだすが、それ以上会話が続くことはなかった。マッケンジーはしまったと思いながら、話題を変える。
「俺達が守ってやってるこのゲートの先は、どこ行きの飛行機なんだろうな」
「あぁ・・・どこだろうな」
そう言いながらロッキーは右ポケットから一つの液晶端末を取り出した。それはここに就職する時に会社側から渡されたもので、会社の様々な情報がそこに送られている。ロッキーは指をスライドさせて画面を動かす。
「おおあった。次はジャパン行きみたいだな」
「ほーう、ジャパンか。あそこは部屋は狭いけど、うまいもんが多くていいよな」
「その上ヘルシーだ。お前みたいなファットマンにはお似合いかもしれねえな」
「ファットマンじゃねえ、内側に筋肉が集中してるだけだ」
「俺もどっか外国に行きてえなぁ」
「それじゃあ、この便に乗ってジャパンに行っちまえばいいじゃねえか」
「この機械、ミリ単位で俺たちを追跡してるらしいぜ?」
そう言いながらロッキーは手にしている液晶端末を振る。
「しかもこれ置いてどっか行ったら警報鳴るんだとか」
「そいつは嫌だな。置いてかれた俺が」
そんな他愛もない会話を続けていると、ロッキーはある男性に目がいった。
その男は上下軍服のような黒い服を着、左腕には包帯が巻かれている。背丈はそれほど高くはないが、その姿を奇妙だと思わせるものがあった。それは彼の髪の毛である。頭の左半分は白色、もう半分は黒色に染める様は、まさに奇妙そのものである。
その奇妙な男は、人の流れをかき分けてこちらに近づいてきた。ロッキーは大きくため息をついた。めんどくせえ。それが彼の、その奇妙な男に対する第一印象であった。
「あいつ、本当に異能力者だと思うか?俺は違うと思うね、あの髪見てみろよ。明らかに私おかしいですよオーラ振りまいていやがる。あれで異能力者気取れるとでも思ってるのかね」
マッケンジーはロッキーにそう話しかけた。ロッキー自身、彼の意見に至極賛成であった。
彼らの守るゲートは異能力者専用ではあるが、待たずに済むということで異能力者ではないものもちらほらこのゲートをくぐろうとする。彼らも、めんどくさいから通したいところなのだが、それを許すと他のものもこぞってこのゲートに集まってしまい収拾がつかなくなる。というのが上司の言葉であった。非能力者を通さないこと。それが彼らに課せられた仕事の一つなのだ。
奇妙な男は何食わぬ様子で二人の間を通ろうとする。が、そこでマッケンジーがホイッスルを鳴らす。ホイッスルの高い音で、その男は立ち止まり、何があったのかと問うようにマッケンジーを見つめた。
「あんた、異能力者かどうか確認させてくれないか?能力者認証書見せてくれればいいから、オーケー?」
マッケンジーは彼にそう説明したが、彼には伝わらなかったらしい。男はどうすればいいのかわからず立ち止まっている。マッケンジーはロッキーに合図を送る。どうやら今手にしている液晶端末の翻訳機能を使ってほしいということらしかった。ロッキーは再び息を吐き出しながら男の肩を軽く叩いた。男はロッキーの方に向き直った。
翻訳アプリを起動させ、男の方に画面を向けた。すると男は何をして欲しいか察したらしく、端末に声を吹きこんだ。ロッキーは液晶画面を見つめる。そこには日本語からの翻訳が書かれていた。
「なるほどジャパニーズか。帰国目的ってやつか」
マッケンジーは液晶画面を覗き込みながらつぶやいた。こっちに仕事を回しやがって、ロッキーは心中彼に毒づいた。
ロッキーは端末を介して『能力者認証書を見せてくれ』という旨を伝えた。すると男は包帯の中からパスポートを取り出してロッキーに渡した。
冊子を手渡されたロッキーは確認のためにそれを開いた。しかしそこには文字がなに一つ刻まれていなかった。これはどういうことだ、と思う半面、やはりこいつも今までのやつと同じだったという、一種の呆れのような気持ちを湧かせていた。
「そんな寂しいこと思わないでください。
あなたの人生はここから面白くなるんですよ」
不意に聞こえた言葉に、一瞬身体が固まる。なんだ今の声は、どこから聞こえたんだ。まるで体の内側から響いてきたかのような・・・。いやいや、今はそれより目の前の奴の方が先だろ。
「・・・あぁっ!?」
マッケンジーが突然驚きの声を上げるのと同時に、ロッキーが目の前の不自然さに気づいた。
--あの男がいない・・・。
もしやと思い、ロッキーはゲートの方へ振り返り、奥にある飛行機入り口付近をにらむ。そこには、先ほどまでゲート前で立ち止まっていたあの男が既に搭乗券の確認を済ませて搭乗ゲートを通っていた。
「・・・なんだったんだ、あいつは」
人混みに消えていった奇妙な男について、マッケンジーは疑問符を浮かべた。ロッキーはそっけなく、簡単に返した。
「ま・・・、あいつが能力者だったってだけだろ。それ以上でもそれ以下でもないだろ」
「ロニー・・・お前結構気楽だな、あんな瞬間移動みたいなことされてびびったりしねえのか?」
「あんなマジックより、女怒らせた方がよっぽど怖いぜ。さっさと忘れるんだな」
と言って見たものの、ロッキーの内心は穏やかでなかった。今の言葉は、友人にというより自らを落ち着かせるための言葉であった。
身体の内側から湧いて出てきたようなあの声は一体なんだったのか。あの、自らの内面を見透かしたかのような物言い、そして未来を暗示するような台詞・・・。
わからない、だけどそれを理解したいとは到底思っていなかった。
ふと、あの男から渡された冊子を見据える。あの奇妙な奴が持っていたもの。すぐにダストに放り込もうとも考えたが、結局その冊子をポケットにしまった。
「さ、仕事の続きだ」
そう言って、ロッキーは警備の仕事に従事した。途中、マッケンジーから何度か話しかけられたが全て無視した。明日から続くつまらない日々をつまらなく過ごすために。面白くない人生を続けるために。
前とあるように、後も作る予定です。が、もしかしたら中を挟むかもしれません。要はやる気次第です。
感想
外国人ってこんなかんじでジョーク言うんだっけなんて思いながら書き始めてみたものの、なんか空回りしてる気がします。できるだけ外国っぽくしたかったのでニックネームで呼ばせてみたり、フランクっぽい場面を書いてみたつもりです。うまく言ってなかったら申し訳ない。続きも少しずつ書いていきます。はい。