ホワイトデー的な何か……の話【被害者的な何か編】
三月十四日。ホワイトデー。
甘いものが苦手な俺には無縁の日、のはずだった。
恐怖は突然やってくる。
ピンポーン。
玄関から鳴り響くチャイムが二階の自室に居る俺の耳にまで届いた。
瞬間、俺の背にゾクリと悪寒が走る。
来た! 奴らだ!
やや間を置いた後、一階から母さんが俺を呼んでくる。
昨日から沸々と身振るうような嫌な予感はこれを予期してのことか。
荒れ狂うクトゥルクよりも強い恐怖。それよりも恐ろしい邪悪な何か。
それは確実に俺に近づいてきていた。
気のせいだと思いたい。だが気のせいじゃない。
俺は覚悟を決めると、自室を出て一階へと降りる階段を踏みしめていった。
※
「お久しぶりです、K君」
くせっ毛と眼鏡が特徴の平凡な女子高生――コードネームEこと、園河愛海と、
「やっほー、K」
一緒に来ていたコードネームMこと──笹原結衣が玄関に佇んでいた。
平常心を保ちつつも、俺は震える声で尋ねる。
き、今日は……何の用事で来た……?
「じゃーん」
結衣が背中に隠していたであろうプレゼント箱のような物を俺に差し出し、見せてくる。
隣でEがにこにこと微笑んで俺に言う。
「ホワイトデーのお届けに来ましたー」
ほ、ほわいとでー、だと?
結衣が頷く。
「そう。なんか暇だったから作っちゃった」
いや、俺甘いもの苦手で
Eが横から言ってくる。
「甘いものじゃありません。これは新作です」
新作……? また例の──
「はい。Eちゃん新作【パン・ナ・カチャトー・レ】です」
難しい横文字キタ、これ。
俺は怯える。
食べ物の正体が全く掴めない。
なんなんだ? いったい何が入っている?
俺の頬を嫌な汗が流れた。
どう断る? どうすれば受け取り拒否できる?
→ 受け取る。
だ、ダメだ、これ。選択肢が受け取り以外抹消されている。
どうすればいい? どう断れば俺の胃袋は死守できるんだ?
結衣がトドメの一言で締めてくる。
「Kが甘いもの苦手っていうから、二人で一生懸命考えて作ったんだよ。もちろん食べてくれるよね?」
※
帝都神殿内――神聖の間。
幾重にも厳重に閉鎖された結界の部屋の中に、俺は姿を現した。
その部屋で待っていたのは菩薩のような笑みを浮かべた長身の優男――魔術師セディス。
「やはり戻ってきましたか、クトゥルク」
俺はハッキリと言い返す。
気付いたんだ。向こうの世界よりもこっちの世界の方が安全だってこと。
「……はい?」