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仕返しバレンタイン的な何か、の話


 ホワイトデーを受け取って、仕方なく食したあの日。

 俺は歯を痛めて、その翌日に歯医者に通った。

 実際に痛めたのは顎だったわけだが。

 その話は横に置くとして。


 俺は二人にホワイトデーのお返しリベンジすることを心に決めた。

 ホワイトデーでもらったのだから、言わば【逆バレンタイン】になるわけだ。


 バレンタイン、か。そうなるとチョコだよな。


 残り少なくなった小遣いをポケットに入れ、俺は「ちょっと出てくる」と母さんに言い残して家を出た。



 ――向かった先は本屋。


 甘いものが苦手な俺はチョコに関して無頓着だ。まずはチョコという物の知識を得ることから始める。

いや別に、そこら辺の店で普通にチョコを買っても良かったのだが、それだとあまりにも普通だ。普通過ぎる。普通のものを普通にあげてしまってはリベンジにならない。

 俺はリベンジがしたいんだ。

 だからこそ究極のチョコを完成させてそれを送りつけようと思う。


 女性誌やお弁当本、子育て本が並ぶ棚の前で俺は立ち止まり、一冊の【かわいいお菓子作りの本】を手にした。

 それをパラパラとめくる。

 隣に居た女子が俺に視線を向けてくるが完全無視した。

 言いたい事はどうせわかっている。

 男のくせにこんな本を読んでとか思ってるんだろ。ほっといてくれ。俺の心は今、復讐に燃えているんだ。


 本を閉じて棚に戻し、気にせず俺は二冊目のお菓子作りの本を手に取った。

 いかにも女の子向けの菓子本をわざと選んでいるわけだ。俺はけして変態じゃない。変態じゃない。大事なことなので二回繰り返しておく。

 パラパラとページをめくる内に、俺はあるページで目を止めた。


 生チョコの作り方。


 材料もシンプルで作り方も簡単そうだ。

 よし、これにしよう。


 菓子本を手に、俺はレジで会計を済ませた。



 ※



 自宅に戻り。

 俺は台所に買ってきたばかりの材料と本を並べた。

 キッチン器具は収納された場所がわからなかったので母さんに用意してもらった。


 母さんが微笑ましい顔で俺を見てくる。

「あらあら。誰にあげるのか気になるところだけど」


 ほっといてくれ。


 俺はさっそく菓子作りを開始した。


 材料を並べ、チョコレートを刻む作業から始める。

 ――途中、チョコレートを細かく刻む際の香りくる甘い匂いと服に付着するチョコレートのかけらに何度も挫折しそうになる。

 だがここで諦めるわけにはいかない。俺は立ち向かわなければならないんだ、この試練に。

 復讐心が俺を本気にさせた。

 駆り立てる苛立ちの心に真剣に向き合い、俺は本気で生チョコ作りに取り組んだ。

 マスクを着用し、捨てる前の服に着替えて装備を整えて。

 俺は完全防備でこの試練に挑み続けた。


 菓子本マニュアルは片時も手放せない。

 手放すことができないのだ。

 俺はチョコに関してあまりにも無知だ。

 このマニュアルを手放せば俺は甘味に翻弄され、無意味な所業に放心してしまうことだろう。このマニュアルを完璧にマスターしてこそ俺は目指していた成功の光を手に入れられるのだ。忠実に再現してこそ俺の復讐はきっと満たされる。


 製菓用チョコレートをひたすら細かく刻み続ける地道な作業が続く。

 その作業が終わり、今度は鍋の準備に取り掛かる。

 生クリームを注ぎ込み、細心の注意を払いながらじっくり丁寧に温めていく。

 沸騰するちょっと前に火を止めて、刻んだチョコレートを入れて丁寧にかき混ぜた。

 生クリームとチョコレートが完全に混ざり合ったところで、用意していたラップを敷いたバットに流し込み、ある程度温度を置いてから冷蔵庫に寝かせる。

 その間、材料と一緒に買い揃えておいた完成型のラッピング箱を用意し、台所を離れた。


 

 あとはテレビを見たり勉強したり飯食ったり風呂に入ったりとある程度の日常を済ませ、再び完全防備になって冷蔵庫へと向かい、寝かせていた生チョコを取り出した。

 包丁を手に、生チョコに立ち向かう。

 いざ──。

 俺は生チョコに包丁を入れた。

 女の子が食べられるほどの一口サイズに切り分けて取り出し、カットした生チョコに真新しい茶こしを使ってココアパウダーを上から丁寧に振りかけていく。


 居間のソファーでテレビを見ていた父さんが不思議そうな顔で俺を指差し、母さんに尋ねる。

「あいつは何してんだ?」

「女の子にプレゼントするんですって」

 父さんに鼻で笑われながらも。


 俺は自分でも器用と思えるほどのラッピングを完成させ、そして無事、仕返しバレンタインを完遂させた。



 ※



 ――翌日。

 俺はそれぞれの家に赴き、そして彼女らに生チョコを手渡した。

 まさかそれが新たな災難を呼び込むことになろうとは、俺はまだこの時気付いていなかった。



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