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仇打ち

 隼人は寝がえりを打ったときに衣が肩から落ちた感触に、ふと眼を覚ました。何かわずかな物音を聞いたような気もする。気づくと隣に寝ていたはずの生駒の姿がなかった。外はまだ夜も明けずにいるようだ。


「生駒? いないのか?」


 まだはっきりしない頭で起き上がり、周りを見回すと几帳にかけておいた自分の衣が無い事に気がついた。


「どういう事だろう? これでは帰れないではないか」


 生駒がふざけて衣を隠してしまったのだろうか? 今日は帰るなと。それにしても……。


 無くなっているのは衣だけではなかった。弓と胡簶やなぐいに入れられた矢は残されているが、小刀が無くなっている。隼人は嫌な予感がした。


「時が惜しいわ」


 昨夜生駒は確かにそう言っていた。その時は隼人が来るのを待たされ、ようやく逢えた喜びから出た言葉だと思い隼人も嬉しく思っていたが、どうやらそれだけではなかったのかもしれない。生駒は何かを焦っていたのだと、隼人は思い当たった。


 そう言えば昨夜生駒は、言葉を返すと言う事が少なかったように思えた。「共に」と言われて何の反論もせず、流されるように受け入れる生駒はいつもと少し違っていた。ようやく分かり逢えた安心感がそうさせているのだと隼人が思い込んでいたのだ。


 自分を足止めするように失われた衣。共に無くなった小刀。時が惜しいと言って自分の言葉にただ頷き続け、姿を消した生駒。


「まさか」


 隼人はそうつぶやくと、衣が無いので生駒の着ていた衣を身にまとい、弓と胡簶やなぐいを手に、外に飛び出していった。


 こんな風に生駒が姿を消したと言う事は、きっとあの男の消息を生駒がつかんだに違いなかった。隼人に黙って出て行ったのは、自分一人で男を倒すつもりなのだろう。いくら盗賊として働いていたとはいえ所詮女の身。一人、人を斬り慣れている男に立ち向かっても無事で済むとは思えなかった。生駒もそれは百も承知なのだろう。生駒は死にに行ったのだ。


 あれほど「共に」と言ったのに。そして頷いてくれていたのに。


 いや。初めから生駒は決意していたのだ。だからあんなに素直に頷き続けていたのだ。守る必要のない約束だと思いながら、頷いていたのだろう。


 そう思うと隼人の胸に苦い思いがこみ上げた。俺は生駒にとってその程度の存在でしかなかったのか? 共に生死を分かち合うほどの男として、見てはもらえずにいたのだろうか?

 心は散りじりに乱れるが、まず隼人は検非違使の役所に駆け込んだ。そこに宿直とのいしている忠清殿がいるはずだった。


「忠清殿を呼んで欲しい」


 素肌に女衣姿の隼人を見て、役人は驚いた様な、あきれた様な顔をしていたが、それでもすぐに忠清を呼んでくれた。


「隼人、何事だ。その姿は」


「生駒に衣を奪われた。自分で着ているのかもしれない。あの男の消息について、生駒に何か話されたか?」


 隼人は事情をかいつまんで説明した。


「いや。私は何も聞いてはおらぬ。考えてみれば鳶丸がいなくなって昼間は生駒殿一人だった。自分で動いて何かつかんだのかもしれない」


「無茶なことを。あれほど共にと言って聞かせたのに」


 そう言って隼人は唇を噛んだが、そこで気がついた。

 あれほど隼人が言ったにもかかわらず、返り討を承知で向かっていくにはそれ相応の訳があるはずだ。生駒が隼人を裏切ってまで守ろうとする何かが。


「大納言殿の所か」


 隼人は重い考えに確信を持った。




 大納言に近づこうとする男に、生駒が立ちはだかった。

 

 これが生駒の追っていた仇の男か。


 自分の身が狙われているにもかかわらず、大納言にはそんな感慨が先に浮かびあがった。


「待て、生駒。一人では危険だ。人を呼ぼう」大納言はそう言ったが、


「いいえ、駄目です。今、人を呼ばれては私が困ります。人を呼べば誰かが役人を呼んでしまう。この男は私の仇。仇を目の前にして役人に捕まる訳には行かないのです」


「しかし」


「良いのです。私は覚悟が出来ています。それよりお方様のもとに早く」


 二人のやり取りを聞いて男は目を細めて生駒をよく見た。


「ほう。そんななりをしてはいるが、よく見れば美しい女じゃないか。こんな女に仇と呼ばれているとは。悪い気はしないもんだ」


 いつの間にか少しづつ、夜明けが近付いていた。夜明け前のうっすらとさし始めた光の中、生駒の顔まではっきりと見えるようになっていた。


「お前は覚えてなどいないでしょうけど、私は幼い時にお前に親を殺され、連れ去られて売り飛ばされたのよ。そしてこの邸に使われていたの。一緒にいた童の親や、女童も殺されたわ」


 そう言いながら生駒は、その手に小刀を握りしめた。


「たしかにいちいち覚えちゃいない。俺は人殺しも人売りも山のようにやって来た。俺を憎む者などこの世にはゴマンといるだろうが、今まで俺は無事に生き続けている。お前のような生っちろい女に、殺されたりなどするものか」


「それでも私は長い月日、この時を待っていたのよ。今はお前にもいつもの仲間はいない。見た所邪魔そうな大太刀も持っていないようね? 人や物に守られていないお前は、どれほどのものなのかしら?」


 生駒は男を挑発した。大した言葉ではないが、こういう男では女にこんな風な挑発など受けた事などほとんどないはず。必ず勘に触るはずだ。


「お前や大納言を殺すのに、太刀などいらぬわ」


 口とは別にその顔には不快感がにじんでいた。それに大納言に逃げられまいと、様子をチラチラとうかがっているのも分かる。こちらが落ち着いていれば、必ず隙はありそうだ。


「さあ、早くお方様の所に」


 生駒がさらに大納言を促した。


「行かせてたまるか!」


 痺れを切らしたように男が短めの腰刀で生駒に襲い掛かった。しかし男のその視線の端は大納言を追ってる。おかげでかろうじて生駒は男の刃をかわす事が出来た。

 けれど男は大納言に向かって行こうとする。今度は生駒が小刀で男を後ろから襲おうとしたが、さすがに気配を察するのか、男は向き直って生駒の刃を腰刀ではじき返した。やはり男の方が慣れている。生駒は小刀を手放さずにいるので精一杯だ。

 

「無理だ生駒。誰か! 侵入者だ!」


 ついに大納言はそう叫んだ。


「やかましい! 死ね!」


 男も大納言に襲いかかろうとしたが、生駒は男を止めようと、刺す事も忘れてその足にしがみついた。


「ええい! 離せ!」


 男は生駒を蹴りはらおうとしたが、必死な生駒もその手を簡単には離さない。それでもついに男は生駒を強くけり上げ、生駒を振り払った。


「お前の方が先だな」


 男は肩を怒らせながらそう言うと、手にした腰刀を握り直した。生駒もこれまでと覚悟を決め、刺し違えるつもりで小刀を握り直す。


 男は腰刀を持って振りかぶり、生駒は男に向かって刃を突きたてるようにして突っ込んでいった。






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