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屈辱

 生駒と鳶丸は検非違使庁に連れられたが、ほとんど間をおかずに外に引っ張り出されてしまった。まだ縄をかけられ、大納言家の姫付きの女房と下男であることを確認された程度で、何の尋問も受けてはいない。

 大内裏の刑部省へ向かうのではないらしい。刑部省や弾正台などに近い大内裏の皇嘉門とは方角が違うようだった。


「どこに連れて行かれるの?」生駒は役人に尋ねたが、


「中納言殿のお屋敷だ。お前達には中納言殿が直接尋問なさりたいそうだ」


 と、面倒そうに答えた。邸に着くと、二人は庭の寝殿の廂の前に連れて来られた。御簾のうちには中納言殿がいるようだ。


「お前達は大納言邸を襲った盗賊ではない事は分かっている。だが、以前からその男の方は盗賊達を追いかけているな。何故なのだ?」


 自分が盗賊達を操っているのだから生駒達が仲間でない事を知っているのは当然。それを知っていることを言ってやりたい衝動に生駒は駆られたが、ここは中納言の邸。何を言っても無駄だろう。しかもうかつに深い事情を知っていると知れたら、自分はともかくただの下男にすぎない鳶丸など、すぐにも口封じに殺されかねない。


「私が命じたのよ。あの連中は私達が狙いをつけた邸を片っ端から襲うんだからね。奴等を出し抜かないと、私達の仕事が出来ないのよ」


「それにしても執拗に追いかけていたようだが」


「私個人にも恨みがあるのよ。あっちの連中の頭に、私は親を殺されているの。そのせいで私は大納言殿の邸で人に仕えて暮らすようになった。だから大納言殿に信用があるのを利用して、盗賊達を動かしていたのよ。ついでに仇を打ちたくなっても、おかしくは無いでしょう?」


「何故大納言はそれほどお前を信用したのだ? 邸の中に二人も盗賊がいて、何故気付かぬ?」


「私が周到に立ちまわったからよ。私はぜひとも親の敵が打ちたかったし、女一人、身寄りもなく生きていくためにそれなりの蓄えだって欲しかった。だから姫君に尽くして邸の人々の信用を得たわ。北の方はもともと御自分の亡くなった姫君の代わりに、私を可愛がっていた。だから私を疑う気なんて起こらなかったはずよ。それに大納言様は私に多少の気があった。疑われそうになっても一夜を過ごせばそんな気持ちは失せてしまったでしょうね」


「邸に居るお前がどうして盗人たちを集める事が出来たのだ? 頻繁に邸を出てはいくらなんでも大納言殿が疑わぬのは解せぬではないか」


 生駒が何か答えねばと口を開きかけると、鳶丸が口を挟んできた。


「盗人を集めたのは俺だ。俺と同じように故郷で食って行けずに宛ても無しに都に流れて来る奴は多い。俺は同じ境遇の者たちに声を駆けまわった。あんた方は飢饉で飢えた者たちからだって容赦なく取り立てをする。どうせ罪を犯さなければ生きていけぬのなら、ひと泡吹かせてやりたいと思う奴は都には多くいる。集めるのは簡単なことだ」


「では、お前達が盗賊を追いまわしたのは、盗みのためと、仇打ちのためか。大納言殿に知られる事は本当になかったのか? 邸に二人も盗賊を置きながら、気付かなかったというのか?」


「あれほどの邸だからこそ、気付かれずに済んだのよ。殿上人は自分の邸ほどこの世に安全な場所は無いと思っているに違いないわ。入りこまれればこれほど逃げ場のないところもないのに。役人たちだってあんなに派手に立ち回る人殺しの盗賊達さえ、捕まえられないじゃないの。私たちなんてもっと気付かれる事は無いと思っていたわ」


「検非違使は盗賊だけ追っていればよいのではない。今日の所はもういい。こいつらは錠のさせる部屋にでも閉じ込めておけ」


 中納言がそういうと二人はその場から連れられ、侍所の中の物置のような部屋に閉じ込められた。


「鳶丸。ありがとう。とっさに口裏を合わせてくれて」


 周りに人の気配が無くなると、生駒は鳶丸に小さな声で言った。


「いいえ。生駒様こそすべてご自分で罪をかぶられている。殿のために尽くしていたのは私も同じ。私にも少しはお譲りください」


 そう言って鳶丸は笑って見せる。


「今の言葉で中納言殿は納得したかしら?」


「分かりませんね。しかし、大納言家の方々のためにも、苦楽を共にしていた仲間たちのためにも、死んでも口は割れません」


「そうね。お前と一緒なのがせめてもの救いだわ。最後まで一緒にいられるといいのだけれど」


 生駒がそう言った時、部屋の外に人の気配がした。二人はあわてて口を閉じた。すると部屋の戸が音も立てずにそっと開かれた。


「二人とも、ここか?」顔を見せたのは隼人だった。


「隼人! どうしてここが?」


「俺は検非違使庁の中とこの邸は、隅から隅まで役人よりも良く知っている。自分の庭も同然さ。例の俺の弓の師匠が、侍たちの気を引いている。今のうちにここを出るんだ」


「待って、そんなことしたら大納言殿が」


「大丈夫だ。あなたの御蔭で大納言殿とあなた達の繋がりを示すものは何もない。むしろいつまでもここに居てあなた達の言葉のつじつまが合わなくなる方がまずい。さあ、早く」


 隼人にそう促されて、二人は用心深く部屋を出た。隼人の案内で邸の裏側の、物影になった所の塀が、ようやく人が一人通れそうな程度崩れている所に連れられてきた。


「あきれた。検非違使の別当の邸に、こんな不用心なところがあるなんて」


 生駒はそういったが、


「ここはこの邸の女たちに通う男の通り道さ。ここの北の方はなかなかうるさくて、下女でさえも男となかなか逢う機会がないんだ。だからここが崩れている事は一部の人間は知っているんだが、わざと黙っていて修理させないんだ」


「検非違使の邸だから盗人が狙わないのね」


「男女の関なんて下手に閉ざすものじゃないのさ。おかげでこっちは助かるが」


 隼人はそういいながら二人を無事に邸の外に連れ出した。



 隼人は二人を場末の小さくとも良く整えられた家に連れてきた。


「ここは空き家なの?」あまりにきちんとした様子に生駒が訊ねると、


「この家の持ち主は主人が国司に任じられて、共に任地に赴くのに自分の家族を伴って行ったんだ。その間人に貸したいと言っていたのを思い出して俺が借りた。身寄りのない女の落ち着き場所として俺が通うと貸主に言ってある。まるっきり嘘でもないしな」


「でも隼人には危険だわ。右大臣の息子の従者が逃亡中の盗人を都の中にかくまうなんて」


「大納言殿に比べれば、大した事はしていないじゃないか。あなただって姫や大納言殿の消息が分からなければ不安だろう。離れているとはいえ、ここは洛中だ。大納言御一家のご様子は知らせに来る。しばらくここに隠れ住んでいて欲しい」


 そう言われては生駒は異を唱える事は出来なかった。


「しばらくって、いつまでかしら?」


「そうだな。とにかくあなたとの約束を果たすまでは。あの盗賊の頭を倒すまでは居てもらおう」


 あの男を倒すまで。そう、私もずっと長い間それを目的にして来た筈。いつの間にか思いは散り散りに乱れ、大納言殿やそのご家族に心を寄せ、今は鳶丸や仲間達への思いも加わってしまっている。でも、もう私はあの邸には二度と戻れまい。鳶丸以外の仲間たちと会う事も危険だろう。気がつけば私はあの、親を失い、何もかも失った時と同じ立場になってしまった。


 今はこうして隼人の親切にすがって、鳶丸と二人、なりをひそめるしかないのだわ。昔と同じように母を殺したあの男を倒すこと。もうそれ以外に私が向かって行く所は無いのだわ。


「隼人」


 帰ろうとする隼人の背中に生駒が声をかけた。


「どうした? 何か足りぬものでもあるのか?」


「足りないわ、何もかも。姫様への懺悔も、お方様への励ましも、大納言殿への愛も、何も私は告げられなかった。何もできないまますべてを捨てて来てしまったの」


「生駒。それは違う。あなたはあの御家族を守ったのだ。あなたにしかできぬことを立派にやり遂げたのだ」


 そう言って隼人は生駒を慰めようとした。


「あなたはもう、守ることにとらわれる事は無い。俺は生駒を守るためにここに連れてきた。これからは俺に守られてほしい」


 でも、生駒は激しく首を横に振った。


「いいえ、いいえ。守られたくなど無いわ。あなたが守るのは私じゃない。私が抱えた大納言殿の秘密だわ。私が愛する方の秘密だわ。あなたは私に代わってあの御一家を守って」


「あなたは……それを私におっしゃるのが、どれほど私にとって屈辱か、御存じの上で言っているのですね?」隼人は拳を強く握りしめた。


「ええ。こんなこと私に言わせたくなかったら、一刻も早くあの男を倒して。私達が結びつく事ができる物は復讐だけ。私はもう、大納言様にお逢いすることはできないのだから」


 生駒の目に涙があふれると、それを視界から避けるように隼人は背を向け、生駒のもとを去っていった。





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