嘘
「姫様! 姫様は御無事ですか?」
生駒は叫びながら姫の御前に飛び込んだ。
「生駒。外の騒ぎは何? 何が起っているの?」すぐさま姫が生駒に尋ねた。
「夜盗です。盗賊が押し入ってきたんです。彼らは東の門から侵入しています。ここは危ないわ。奥のお方様のもとへ、北の対にお逃げ下さいませ」
生駒がそう言っている間に、大納言も姿を現した。
「姫! 姫は無事か?」
「御無事でございます。でもここは危険です。早く姫様をお連れして下さい」
生駒はそういうと外の様子をうかがった。侍たちが懸命に抵抗していたが、盗賊達は人を斬り慣れていた。どうやら押され気味の様子。隼人の姿もすぐには確認できなかった。
すると今度は検非違使の役人たちがぞろぞろと邸に入ってきた。それを見て盗賊達は散り散りに逃げていった。一方で中納言と役人が現れ、逃げる姫君と大納言を追いかけだした。生駒はそれを見て中納言達に立ちはだかった。
「お待ちください。何故役人方が姫様を追いかけられるのです?」
「追っているのではない。この騒ぎだ。姫君達に何かあってはならぬ。我々が姫君を保護するのだ」
中納言はそういっているが、生駒は信用できなかった。
「姫様には父上の大納言殿がついていらっしゃいます。勝手に建物に入らないでいただきたいわ」
「何を。一介の女房が我ら役人に指図をするか」
中納言はそういうと、生駒を突き飛ばして寝殿に踏み込んでいく。生駒もすぐさま後を追ったが、大納言と姫君は今にも追いつかれそうになっていた。すると、
「お待ちください!」
姫と大納言の目の前に、少将が現れた。後に隼人が続いている。無事だったようだ。
「少将殿。どうしてここに」大納言が目を丸めた。
「隼人が姫を心配するので、私もここにきて門で待っていたのです。この騒ぎで中に入ったが、賊と従者が争ってしまいました。ようやく振り払ってここに来た所です。姫、お怪我はありませんか?」
「わたくしは無事です。邸の者は?」
「少し怪我人がいるようですが、大丈夫です。賊は逃げました。もう役人に用は無いはずです。お帰り下さい」少将は中納言にそういったが、
「いや。賊は姫君のいらっしゃる東の対を狙って侵入していた。姫の身柄は検非違使別当である、私が保護させていただく」と、中納言は譲らない。
「それは御無用です。私は姫の婿にさせていただく身。姫は私と大納言殿とで守らせていただく。中納言殿にはお引き取り願いたい」
それを聞いて中納言は、勝ち誇ったように言った。
「そうはいきません。大納言殿は信用できない。この邸は盗賊の一味を置いているようだ」
中納言は大納言と姫から視線を外し、生駒達の方に振り返った。思わず生駒の顔色が変わる。ところが中納言が指し示したのは、生駒ではなかった。
「そこの下男。鳶丸とか言うらしいが、役人たちに幾度か盗賊の後を追う姿が目撃されている。その者は盗賊の一味なのではないか?」
鳶丸は言葉を失い、視線をそらした。
「図星のようだな。検非違使の目を誤魔化せるつもりだったのか? 今夜もこの男が仲間に手引きしたのかもしれぬ。即刻その男をひっとらえよ。大納言殿にもいろいろお聞きしたい」
中納言がそういうと鳶丸は捕えられ、中納言は大納言に迫った。大納言は何もかも観念したような顔色で、
「待て、北の方の御様子をうかがいたい」とおっしゃった。
駄目だわ。このままでは大納言殿は捕えられてしまう。姫様の身もお方様の身も大変なことになる。私にとって家族以上に大切な人たちが窮地に陥ってしまう。
生駒は迷う暇などなかった。突然生駒は高らかに笑い声を上げた。誰もがギョッとして生駒の方に振り返った。
「大納言殿は関係ないわ。私が盗賊達の頭よ」
生駒は胸を張り、良く通る声でそういった。
「何?」中納言は唖然としている。
「私が盗賊の頭領だと言っているの。鳶丸は何も知らずに私に従っていただけよ」
「嘘よ! 生駒じゃない!」
姫が思わず声を荒げた。けれど生駒が視線で制すると、その真剣さに姫はひるんでしまった。
「生駒、嘘を言わないで。あなたが罪をかぶってはいけないわ」
姫はそう言いうが生駒はかまわず続けた。
「嘘じゃないわ。今夜の連中は仲間じゃないけど。どうせ私達の上前を狙って、押し入ってきたんでしょう。私はもうずっと長い事、この邸を根城にして来たから」
そう言って生駒は、邸をぐるりと見渡した。子供の頃から住み慣れた邸を。
「殿上人の邸なんて隠れ蓑にするにはもってこいだったのに」
生駒は卑屈な笑いを作って見せた。
「お前が女の身でありながら、盗賊達を従えていたというのか?」
さすがの中納言も信じられないと言った表情だ。
「今夜の様な人を襲うような奴等は知らないけどね。若狭守の邸や、摂津守の邸を襲わせたのは私。男と逢って邸の様子をうかがい、鳶丸に下見をさせてから忍びこんだのよ。なんなら、その邸から盗んだ品々をここで言いましょうか? 唐物の壺に玉の櫛、水晶の数珠……」
「何故、逃げもせずにここで白状したのだ」
中納言はまだ不審そうに尋ねた。
「人間、年貢の納め時ってあるものよ。根城でこんな風に騒がれちゃ、私もお終いだわ。私はこの邸で誰よりも信頼されているから、疑われる事なんてなかった。それなのに役人がこうして押しかけて来るようじゃ、とても仕事どころじゃないわ。とうとう運も尽きたってわけ。でも、甘く見ないでよ。これでも長年女頭を務めていたんだから。そう簡単に仲間の事なんて口を割らないからね」
生駒はそう不敵に笑って見せた。
「この女を捕えよ」
とうとう中納言はそういった。大納言には何か罪を犯した証拠がまだ何もなかった。目の前の女房は盗品の詳細までも白状している。話の筋も通っているので、この女を捕まえもせずに大納言を追求する訳にはいかなかった。今ここで大納言や、後ろに右大臣家がついている少将から姫君を無理やり引き離す事も出来なかった。ひょっとしたら女房と大納言に繋がりがあるのかもしれないが、今は証拠がない。こうなったら女に大納言との繋がりがあるか白状させるしかないのだ。
役人が生駒を引っ立てたが、途中、隼人の前で生駒は立ち止った。
「仇は討ったの?」生駒は一言尋ねたが、
「いや。丸腰では」
「そう。いつか果たしてね」
生駒はそれだけ言うと役人に引っ張られていった。
「お父様……」
姫は大納言に懇願するような目を向けたが、大納言は、
「今は駄目だ。生駒の気持ちを無駄にするんじゃない」というばかりだ。
こうして生駒と鳶丸は役人に連れられ、邸を出て行った。




