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外道で優しい魔王様  作者: 菊田 百合子
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これがホントの地獄絵図




 「ふはははは! よいぞ、とてもよいぞ! さあさあ、もっと踏ん張らんか我が輩の下僕よ!!」


 「鬼ーっ! 悪魔ーっ! 鬼畜ー!」





 ――戦闘の地。英雄ベッフェの地、戦狂乱の溜まり場、世界の武術が集まる場所。呼ぶ方は様々あれど、それが一体なんだというのか。魔王様が降り立った時点で、その名前など無に等しい……もう此所はまさに、地獄の世界だ。必死に怪物――という名のゴリラ、という名の人間から逃げつつも、私は結局死ぬまでこの運命なのかと人生を嘆く。


 私も人間ということで、戦う相手を人間にしてもらえたのだが――いや、してもらったというか、トーナメントなので自然になったというか。とにかく。さすが魔王様……ただの女の子をこんな危険な試合で戦わせるなんて。慈悲もなにもになかった。むしろこれなら魔族と戦ってもよかったよ! 助けてー!!





 「ぐへへ……可愛い娘っ子だ……どうしてやろうか……」


 「うぅぅうううういぃぃやぁぁだぁぁああああ!」


 「そそるなぁ……そそるなぁ!」





 きーもーちーわーるーいー!





 「どうしてこうなったー!!」





 私の悲痛な叫びは、今日も響き渡る。いつもと違うのはここが魔王城じゃないということで、止めに来てくれる神様がいないということだ。神様イコール、宰相やロームファクター大公様のことです。


 事の顛末――というか、ここに来てすぐの事からまず説明をしようか。


 私と魔王様は、この地に降り立ってすぐある場所へと目指した。まあしかしその前に、馬車を任されていたロームファクター大公様の部下様へ「お付き合いいただいて大変申し訳ございませんでした。是非お戻り下さいませ」と断ってからだったが。


 嬉しそうに去って行ったところを見るや、相当疲れていたのだろう……魔王様の対応に対して。そんなロームファクター大公様の部下様は、最後に「命だけは大切に」と私に向かって小声で助言してくださった後、まさに脱兎の如く消えて行ったのだ。馬車なのに兎。しかし本当に早かった。馬もまれに見る素早さだったように感じる。


 ……まあ、そんな有り難くも意味の成さない助言を持て余す私は、魔王様に引きずられながら戦闘の地を進んでいくわけだが。そこはもう、まさに戦いだけの町。至る所にリングのようなものがあって、様々な武器を、または武術を扱い、血と汗と筋肉のバトルが繰り広げられていた。


 一言で言うと、ムサい。言うのを我慢していたというのに、横で「キモいなこいつら、吐き気がする」という魔王様の言葉で、私は肝を冷やす事になるのだが。だって筋肉のお兄さん達に睨まれたもの。


 あ、ちなみに私達はすでに服を運動しやすい服にチェンジ済みです。そして魔王様は申し訳なさ程度に変装をしていたり。どんな変装なのかというと、なんてことない、ただ髪型を変えただけ。あと瞳の色を青に魔法で変えてらっしゃいました。髪型というのはやはり重要で、少し変わるだけでまったく別人に変わってしまっていた。


 中身はもちろん性悪のままだったが。そして言うまでもなく、私は殴られーの蹴られーのをされていました。さすが魔王様、期待を裏切らないです。


 まあそんな事がありつつも、私達はさっそくパルクールを覚えられるところを探したのだが……いかんせん広い。容易く見つけられるはずもなく、段々イライラが募る魔王様にビクビクをしながら、私は身体を縮こまらせておりました。


 そして、運命の時が現れた。





 『こいつに勝ったら“ベッフェ神殿”に入り放題! 許可証をタダであげるよー! トーナメント応募者はこちら!!』





 ……と、反応してしまったのである。魔王様が。


 そしてまさか魔王様が直々にそんなことをするはずもなく、こうして私は笑いのネタに戦いの渦へと巻き込まれたわけだが――とにかく褒めて欲しい。これでも今行われているのは決勝戦。そう、私はなんと勝っているのだ。最大の補助として、魔王様に毎回体力回復の魔法を数時間ずつやってもらってはいるが……。人間の男対、人間の女。相手は筋肉もりもりだ。まじ無理。


 たまに魔族とも当たったりもしたのだが、そこは一応魔王様も色々魔法でバレないようごまかして援助をしてくれた……しかし今の相手は間違いなく人間。してくれるのは回復魔法のみだ。本気で泣きそうになったのは今日が初めてである。





 ――と、こんな感じが今までに対する顛末というわけなのだが。どうだろうか、この魔王様のド鬼畜っぷり。最低の補助? どう考えてもいじめだよコレ!!


 ……なんて文句を言っていたら回復すらしていただけないので、結局私は我慢して戦うしかないのである。ぐすん。てゆーかですね、ホントもう私忍耐力に関しては人よりも――いや、魔族よりも断然あると思うのです。鍛える必要ないんじゃないですかね。だって逃げるのも得意だし、いざとなったらパルクールも簡単に覚えられるんじゃないでしょうか。それ以前に、もうすでに覚えている可能性が……。


 と、はんば本気で思う私。しかしだからといって、今それが発揮出来るというわけでもなく、ただひたすらに私はリング上を走り回っていた。とにかくあんな筋肉ゴリラ様に捕まるのだけはイヤだ。抱き締められた瞬間私は鯖折りされてしまうのだろう。こう、あばらをボキボキッと。


 ああ、私って前世になにか悪い事でもしたのでしょうか。だとしたら地べたを這いずり回って謝る覚悟はある――本当にごめんなさい私をゴリラ様から助けてくださいませ!!





 「まぁてよぅ~、お嬢ちゃあん」


 「ひぃぃいい! 気持ち悪いほどの猫なで声ーッ!!」


 「ひでぇな~。あぁ、ツンデレって奴だなこれが」


 「今のどこにデレの要素が……!?」





 どこをどう見たらそれを見出だせたのか定かではないが、とにかく今はこの打開策について練らなければ。


 相手はとにかく巨漢――まさにゴリラだ。打撃などを一方的にやっても、所詮か弱い少女の攻撃など簡単に防ぐか、もしくは食らっても平気だったりするのだろう。としたらまず不意打ちをキメねばなるまい。そして強力な一撃をあたえて気絶をさせる。急所に、ね。


 ……しかし、言葉では簡単に言えても、それを実行出来るほどの力は、私にはない。強力な一撃? そんなものが出来たら、私はすでにこんな男ぶちのめしているでしょう。それができないから、本当に困る。このゴリラ様、こう見えて動きが俊敏。あり得ないくらいに。そのビックリ差加減といったら、ゾンビが全力で走ったくらいにビックリだ。まあ、どちらにしても出会いたくない光景である。


 本当は「相手は女だから」と、お目こぼしで武器オッケーにしてもらえたのだが……皆さんおわかりの通り、それを許さないのが我が魔王様だ。私は素手だったりする。Sを超越した人をなんと呼べばよいのだろうか。超S? 読み方が超越という言葉に近しいから、なかなかうまい言葉だと思うのだが。って私、それどころじゃなく。


 さすがに今だけは現実逃避などしてはいけないのだ。なんせ命と貞操と心が掛かっている。とにかく身を守るために戦わなければ。ちなみに負けるのは許されない。





 ――私は思案する。

 あのゴリラ様にとって不意打ちになることとは、弱点とはどこか。よく観察した結果、どうやらゴリラ様は肝臓が悪い――というか、弱いらしい。多分お酒が大好きなのだろう。とりあえず箇所にわけて蹴りを入れたりしたのだが、肝臓のあたりは他より少し顔色が変わっていた。これなら急所になるだろうか? いや、不意打ちか。


 ならば後は簡単だ。男なら言わずもがな、急所はアソコただ一つなのだから。うん、それしかない。


 私はとりあえずそう見定めて、逃げ回りながらゆっくりと息を吐く。……まずは不意打ちとして肝臓あたりへの――パンチ、いや蹴りだ。蹴りのコツは、しっかり習得済みである。だてに魔王様から蹴られてきてはいない。相手が逆上するという想定も踏まえ、そこは臨機応変にいきましょう。さて……なにか、どこかに隙はないか。


 ……隙、隙か。そうか、なら――すごく古典的だけれど、このお馬鹿そうなゴリラ様に効きそうないい方法がある。それを試してみるしかないだろう。それでもしダメだったならば、次の手を考えるまで。


 私は急ブレーキをかけた。そして、たっぷりと息を吸い込んで――叫ぶ。





 「なっ……あんな所にロリっ子バニーガールがいるだとぉぉぉぉ!!」


 「なんだってー!?」





 ウソォ!?

 騙されてやがる!


 とにかく気を取り直した私は、すぐさま不意打ちに肝臓へと蹴りをめり込ませた。ゴリラ様は一瞬顔を歪ませて、一時停止する。それでいい。私はオマケとばかりにもういっちょ不意打ちで、相手の両耳へ向かって挟み込むようビンタした。


 想定通り逆上してくるゴリラ様のフラフラ鈍ったパンチを受け流し、使えなくするため私は全体重をかけ膝を押すように蹴る。瞬間下がって来た顔面に膝キックをかまし、顔を押さえた瞬間――曲げた足をのばしてアソコへ力強くヒットさせた。ゆっくりと、ゴリラ様が倒れていく。





 「なっ、なんと! わずか16歳の少女に大男ゴンザレスが気絶しました!! 優勝はレフティちゃんだーっ!!」





 白目をむきながら泡を吹くゴリラ様を、私はホッとして見下ろす。ていうかゴンザレスて。字画がよろしいですね。


 私は賞品を受け取り、歓声の上がる中――魔王様の方へと向かう。魔王様はニッと笑ってらっしゃいました。





 「ふん。勝ったか」


 「ええ、死に物狂いでしたが」


 「我が輩の下僕だ。当然の事」





 ……なんて言いながら、魔王様は鼻高々と笑う。





 「……はあ、もう。本当に私この世の終わりだと……まさに地獄絵図ですよ」


 「ふはは。よかったではないか、生きながら地獄を味わえるとは」


 「いや、日々からほぼ地獄のような体験ではありましたが」





 そして私は絞め技をキメられた。


 ――魔王様はそんな私の上に座りながら、持っていた賞品を奪い、眺めた。ベッフェ神殿というのが一番気になっていたからだろう、だから興のために私を戦わせ、尚且つギリギリ負けないよう手助けをしたのである。魔王様はニンマリと、それはもう悪い笑みを浮かべた。……忍び込むような事はなくなったのはいいが、だがしかしそれが安全に繋がるわけではない。なにが起こるのだろう?


 悪い予感しかしない笑みを見つめながら、私は思う。……神殿におられる神官の方、早くお逃げください!






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