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外道で優しい魔王様  作者: 菊田 百合子
7/18

大魔王の調教講座



 血などの表現があります。

 お気をつけ下さい。








 ――フンワリとした可愛いドレス、色にあったこれまた可愛い靴、蝶々のティアラ、花をモチーフにしたイヤリングに……真珠のネックレス、そしておそろいの指輪。そのすべてを身に着けた私は今、すでにパーティーのど真ん中にいる。


 ……横に、キッチリと着込んだ麗しい魔王陛下を連れて。ああ、クラクラしそうだ。





 「まぁ! 魔王陛下じゃありませんこと! ご機嫌麗しゅう……あら、そちらの方は?」


 「こちらは、我が輩の可愛い恋人だ」





 このやり取りを、今のでいったい何回やったのだろう。もう緊張すら忘れてしまった私にあるのは、疲労感と眠気、魔王城へ帰りたいと言う以外な感情。ああ、これがいわゆるホームシックというやつか。まさか自分にそれが起きるとは……しかも、あんな恐ろしい魔王城へ向けて。


 作った笑みを貼り付けたまま、魔王様が話している間……私は延々と黙りこくっていた。


 ユリフェルナ様が手紙でおっしゃっていた、“パーティーはあまり好きじゃないの”という言葉が浮かんだ。それを読んだ時はなんて羨ましいお方だ、と思ったのだが……今の私には身に染みた。たしかに私も、好きにはなれなさそうである。


 男性と歩けば女性に値踏みされ、一人でいても男性に値踏みされ、私はほとほと精神が疲れ切っていた。そんな私をチラリと見ては、魔王様はご婦人に言う。





 「すまないが、我が輩のレディは少々こういった場が苦手でな。今日はどうしても挨拶せねばならん方がいるので、失礼する」


 「まあまあ、それではお引き止めしてはいけませんわね。ごゆっくり」





 怪しいほほ笑みを浮かべて、ご婦人は去って行った……「こんなので疲れるとは淑女の風上にもおけませんわね」と、私に呟きながら。





 「……まおーさま……」


 「なんだ、やけに覇気がないな」


 「もう無理です……ドロドロです……キラキラですが……ドロドロヘドロです……」


 「む。なかなかうまい事を言うな……たしかにこの香水の集合体は、まるでヘドロのような香りだ」





 そうじゃなくて……と言いたかったが、やめることにした。どうせ言ってもサンドウェルズの領主様には会わねばならないのだから、帰れまい。


 しかし弱り切った私に今だけは優しい魔王様は、私を気遣うようにして頭に手を触れた。そして、撫でながら言う。





 「もう少しの辛抱だ。奴に挨拶だけしてさっさと断れば、すぐに帰れ――」


 「おぉ! まさか、なんと……魔王陛下! わざわざこんな所まで直々に!?」





 またか、と嘆息しかけるのを堪えて、私は再び笑顔を作り直した。そして、固まる。


 何故なら……目の前にいたのは、間違いなく目的の人物――サンドウェルズの領主様、ヴェベル・サンドウェルズ公爵様だったからだ。ヴェベル様はよほど魔王様が来て下さった事に嬉しさを感じたのか――それとも側近の話を引き受けてもらえるのだと思ったのか、始終笑顔のまま魔王様のもとへとやって来る。横には噂の、ウエルディ・サンドウェルズ様もいた。


 再び緊張を取り戻した私は、合わせていた手のひらをぎゅっと握り締める。





 「ご無沙汰だったな、ヴェベル公爵」


 「いやいや、本当に嬉しい限りです。まさかこのパーティーにわざわざ赴いていただけるとは、露とも思わず……」


 「前置きはよい。本題に入りたいのだが」





 魔王様は顔色を変えず、ヴェベル様に言い放つ。ヴェベル様はその様子に少し怯んだものの、再び笑顔を浮かべながら「手紙の件でしょうか?」と話を促した。魔王様は、頷く。





 「そうですか! ということは、もしやお引き受けに――?」


 「ならぬ。我が輩は側近という制度が嫌いなのだ。手紙で断るのは失礼と感じたため、わざわざ足を運んだまでだ」


 「……! で、ですが……この通りうちの娘は器量よしでして、きっと陛下の――そうです、ご結婚なさる間までの恋人などは?」


 「器量よしなのは認めよう。だがしかし側近という制度を考える事もない。……それと、我が輩にはすでに、その間限定の恋人がいる」




 そう言って、視線を私に流された魔王様。それに釣られるようにして、ヴェベル様とウエルディ様は……初めて存在に気付いたかのように、私を見た。魔王様に言われていた通り礼儀よく頭を下げる。


 ……ちょ、ウエルディ様の視線がめちゃめちゃ殺意的意味で激しいんですが……どうしたらいいのでしょう私。





 「こちらは……ミリーナ・ウルフリック嬢、と申す。我が輩の愚弟の妻の血縁だ」


 「そ、そう……で、ございますか……あー……」


 「何度も言うが、我が輩は人間の制度である“側近”という言葉が嫌いなのだ。気が多い方ではないのでな」





 魔王様は「これで失礼する」とだけ言い、私の背中を押して去ろうとした。


 ……が、しかし。





 「お、お待ち下さい……魔王陛下様!」


 「……なにか? ウエルディ・サンドウェルズ嬢」


 「なぜ……何故わたくしではダメなのでしょう? わたくし、魔王様をとてもお慕いしております! なんだって耐えられましょう」





 その瞬間、ピシリとした。魔王様が? いいや違う。ヴェベル様が? いいや違う。ウエルディ様が? いいや違う。……私だ。


 今、ウエルディ様が言った……“なんだって耐えられましょう”、これはいけなかった。禁句中の禁句をまさかこの魔王様の前で言うなどとは。なんだって耐えられましょう、それは軽はずみに言う言葉ではないのだ……とくに魔王様の前では。自分の事ではないのに、冷や汗が溢れ出した。


 魔王様は……ゆっくりと、とてもゆっくりと。ウエルディ様にほほ笑みながら目の前へと歩み寄る。まさにその姿は黒さ百パーセント。私なんか一秒でタイムエンド、でしょう。なのにこんな淑女がしばらく耐えているとは……ああ、知らないって素晴らしい。





 「……ふ」


 「ま、魔王様……? あの……わたくし……」


 「ふ、ふふ――ふふ」





 ――その時。

 地を揺るがすような魔王様の笑い声が、パーティー中に響き渡った。それは、とても目の引く恐ろしくも神々しい、まるで“雷”を思わせる笑い方で。私が今まで生きて来て聞いたのは……“アレ”の時だけ。


 これはまずいと思った私は、急いで走り出す。そしてなるべく被害を少なくするために、紳士淑女に声を掛けていく。「早く逃げて!」と付け加えながら。





 「ふっ、ふふ――フハハハハハハハハハハハハハハ!! ハハハハハハ!! フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」





 ……外が闇に、包まれた。本物の“暗闇”に。





 「“従う”? “従う”と言ったのか? 我が輩に“どんな事でも耐えられる”と? ふふ――フハハハハハハハハハハ! 愉快……実に愉快! そうだろう!? なあ、我が下僕よ!!」





 ちょうど逃げ出そうとしていた所に呼ばれ、私はドキィッ! として振り返る。魔王様も見計らって声を掛けたのだろう……まさしくこれは、“大調教”の前触れ。……私がこれを体験したのは、ほんの数回。そしてそれが出る原因はすべて――“あなたに忠誠を誓います”と言った、絶対に忠誠を誓わない者にある。


 ウエルディ様は地雷を踏んだのだ。“なんでも耐えられる”、つまりそれは魔王様の言う事はなんでも聞ける……“忠誠”を誓うということ。それを勢いで言ったあげく、ウエルディ様は“お慕いしております”とまで付け加えていた。


 本当に……これは、やばい。





 「“忠誠”、それすなわち忠実で正直な心。また、忠義を尽くすこと――貴様に忠実で正直な心はあるのか? 忠義があるのか? ならば、今ここで自害して証明して見せよ」


 「そ、んな……!」


 「我が輩の信頼する部下供は、絶対に迷いなく自害するぞ。なあ……我が輩の一番可愛い下僕よ」





 ――私は逃げるのを諦めて、魔王様の横へと向かった。もう絶対逃げられまい。私も、この愚かな方も。





 「……さあ、下僕よ。見本を見せてやれ。腕を切るのだ」


 「喜んで、魔王様」





 私はテーブルの上にあった皿を取り、叩き割る。そしてその破片で……深く腕を切った。


 ……たとえ私がどれだけ魔王様を怖いと思っていても、だからといって私に忠誠心がないわけではない、怪我をするのも、死ぬのも、もちろん怖い――でも魔王様が望むのならば、私に迷いなど一つもないのだ。


 それが、魔王陛下に対する……“忠誠の証”。





 ――ポタポタと血が流れていく腕を、私はウエルディ様によく見えるよう掲げた。


 無表情のまま顔色を変えずにそうしていた事が、ずいぶん不気味に見えたのだろう……ウエルディ様は吐き気を覚えたかのように、両手を口にあてがう。それを見て、魔王様は残忍に笑った。尚且つ凄惨に、だが微笑ましく。


 魔王様はほほ笑んだまま言った。





 「おい、小娘。貴様は“耐えられなかった”ようだな。どれ……我が輩に忠誠を誓えるように、調教をしてやろうか?」


 「ひっ……!」


 「それとも……そうだな、この場を許して欲しければ……。靴を舐めよ、ナメクジめ」





 ウエルディ様は、震える手で魔王様の足に触れ、縋るように靴を舐めた。涙を零しながら靴を舐める娘を見てか、ヴェベル様は始終顔面蒼白だ。その両者を見下ろしながら、魔王様はなおも笑う。





 「ふん。もうよい、小汚ないメス豚が。……帰るぞ、下僕よ」


 「はい」


 「――と、その前に」





 魔王様は不意に私の血を流した腕をとり、それをマジマジと見る。小声で「深く切りおって、馬鹿者」と呟きながら。そして、魔王様はその長い赤い舌で……妖艶に傷を、血を舐めとっていった。徐々に治っていく傷を見ながら、私は思う。なんて恐ろしくも……美しい方なのだろう、と。


 魔王様は傷を舐め終わったあと、私の腰を引き寄せながら――愚かなサンドウェルズの二人に、言った。





 「我が輩の恋人はただ一人――絶対の忠誠を誓う、この下僕のみだ」





 ――そして、私達はサンドウェルズを後にした。これからもう二度と手紙を寄越す事も出来なくなるだろう。魔王様に、恐れて。






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