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外道で優しい魔王様  作者: 菊田 百合子
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馬子にも衣装、顔にも化粧?





 優雅にお茶を楽しみ終わったあと。魔王様とロームファクター大公様は仕事の話と言う事で、執務室に向かわれた。魔王様は私にその間ユリフェルナ様と居てもよいと言う事だったので、その言葉に甘え今――ユリフェルナ様のお部屋で、楽しいお茶会をしている。


 ロームファクター大公様のお部屋でもあると思い、私はしばらく入るのに恐縮していたのだが……「ここはわたくしだけのお部屋だから、安心してちょうだい」と言ったユリフェルナ様の言葉に、私は安堵して入ったのだ。


 ――ユリフェルナ様の部屋は、まるでお花畑のような可愛らしい場所だった。入った瞬間「あれ私いつの間に死んだのでしょう。魔王様のトンチキ」とむしろ私がトンチキな台詞を呟いたほど。それを聞いて苦笑いしたユリフェルナ様は、「いいって言ってもおいてくのよ、あの人」と言葉を返す。


 どうやらロームファクター大公様は、花好きのユリフェルナ様のために毎日お花をこうして贈り、ここに飾っているらしい。なるほど、毎日贈ればたしかに天国になってしまうわけだ。ユリフェルナ様もさぞ目覚めて困惑するだろうに……お身体が悪いから、より一層勘違いを起こしてしまう。


 美味しいお茶をいただきながら様々な事を話す私達。男がいないからこそ広がる話題も多々あり、本当に飽きなかった。私魔王城を出てここで働こうかしら。あれ何故だろう? 今、対魔王用殺気探知器が発動した。





 「ふふ、本当にレフティは面白いわね」


 「えへへ……」


 「あ、そうだわ。わたくしどうしてもレフティに着てもらいたい服があるのよ」


 「え……服、ですか?」





 立ち上がって洋服タンス開けるユリフェルナ様をポカンと見つめながら、私は首を傾げる。ユリフェルナ様と私のサイズは雲泥の差だ。私なんかが着てもズルリと落ちてしまうのでは……? でもそう言えば以前、手紙で服のサイズを聞かれたような。


 戻ってきたユリフェルナ様の手に抱えられた、それは……私なんかが一生着る事などないような、そして縁もまったくないような、それはそれは見事な――可愛らしいドレスだった。


 私はそれをマジマジとみて、言った。





 「可愛らしいドレスです、ユリフェルナ様のですか? あれ……でも随分と小さいドレスですね。もしかしてご幼少の頃に着ていらっしゃったものでしょうか」





 そう言った私を見て、ユリフェルナ様はニンマリ笑った。ああ、どんな表情で笑ってもユリフェルナ様はお美しい……ロームファクター大公様が惚れ抜いてしまうのもわかります。


 ユリフェルナ様は私を立たせながらそのドレスを一旦置き、私の肩に手を掛けた。





 「これはレフティのために作らせた物よ」


 「……え?」


 「さ、お着替えしましょうか」





 ……私の抵抗は虚しく。テキパキと私のメイド服を脱がすユリフェルナ様に、私は女ながらにも少しドキリとしながら――着せ替え人形のごとくアッサリとドレスにチェンジされてしまった。ついでと言わんばかりに髪までユリフェルナ様にセットをされ、私はもう呆然。手際よ過ぎて本当に自分が人形になったかのようだ。


 しかし、そんな呑気な事を考えている場合ではない。私に触れては魔力を吸い上げてしまうのに! ……それに気付いたのか、ユリフェルナ様は「気をつけてるから大丈夫」と笑いながらおっしゃった。自分の体質のせいなのだが、とても不安である。





 「さあ、出来たわ! 鏡はこっちよ」





 ――そして、鏡を見てまた呆然。


 ……ドレスに着せられてる感がハンパない。たしかに可愛いです……ドレスが、ですが。にしてもこのドレス、どこかで見た事あるんですよねぇ。どこでだっけ? 私がこんな豪華なドレスを見る事が出来るのは、魔王城に来たご婦人等くらいしかない。でも魔王城にくる女性の方にこんな可愛らしい花のようなドレスを着ていらした方なんて、いただろうか。花のような、といえば……ユリフェルナ様くらしいか思い当たらない。


 そう思い浮かべたら、私はやっと思い出した。「これ……もしかして!」という言葉に、ユリフェルナ様は満足げにほほ笑んだ。





 「そうよ、私が一番のお気に入りのドレスと同じデザインの、色違い」


 「も、もしかしてわざわざお作りになられたのですか?」


 「ええ。わたくしは水色で、レフティは桃色。とーってもよく似合っているわ。レフティにプレゼントしたくて」





 私は間髪を入れず「いただけません!」と叫んだ。だって、だってこれは……ユリフェルナ様の亡きお母様が作ったという、大切なドレスと同じデザインではないか。絵と一緒に、手紙にそう書かれていた。


 動揺する私をユリフェルナ様は優しく見つめる。そして、言った。





 「……おこがましいけど、わたくし、レフティのことを妹のように思っているの」


 「お、おこがましいなんて……! むしろとても嬉しいです! ですが……」


 「……レフティ、わたくし貴女と本当の姉妹になれたらいいのにと、何度も思ったわ。だから、その証が欲しかったの。レフティに一番近い同性は、わたくしなのだと」





 ユリフェルナ様はニコリと笑う……「わたくしの特別を受け取って」、と呟きながら。





 「そして、ぜひどうかわたくしを……“お姉ちゃん”と呼んで下さらないかしら? 強制はしないけれど」


 「……! お……………………お姉、様」





 さすがに、“ちゃん”なんて馴々しくは呼べなかった。


 ……でも、私は嬉しさに胸を熱くする。私に姉妹、兄弟はいない。だからこそ憧れていて、「姉がいたらこんな感じかな?」とか、「兄がいたらこんな感じかも」と何度も想像をした。だからユリフェルナ様のその言葉は私を強く刺激して、頷くのを止められなかったのだ。


 ユリフェルナ様は優しく、ギリギリ触れるか触れないかの程度で……私の頭を撫でる。





 「触れられないのが歯がゆいけれど、こうしてまた二人きりの時だけでも……私をそう呼んでいただけるかしら?」


 「……っ、はい……」


 「……ありがとう、レフティ」





 私は涙を堪え、今日一番の笑みで笑った。ユリフェルナ様も、優しくほほ笑む。……その時。





 「入るぞ。おいレフティ、そろそろ我が輩は仕事のある地へ向かうから貴様もついて来――」





 ピタリ。

 魔王様も私も、そんな効果音とともに止まった。ついでに時間も止まった気がする。……魔王様はしばらく止まったまま、視線だけをゆっくり私の姿を上から下まで眺めた。それを見て私はなおも固まる。


 ……なんて事でしょう。まさかこんな恥ずかしい場面をかの性悪鬼畜ドS大魔王様に、見られてしまうとは。ああ私、もうお嫁にいけません。このまま死んでしまいたいです。


 ――魔王様はじっくりその姿を眺めたあと。口角をあげ、おっしゃった。





 「馬子にも――」


 「衣装ですね! わかってますぅぅうう!!」





 私は床に伏せながら我慢していた涙を流す。





 「しかし、ちょうどいい。これから向かう場所は少々服装の厳しいところでな。わざわざ貴様のドレスを買いに行かずに済んだ」


 「あら魔王様、もしかしてサンドウェルズ領のパーティーに向かわれるのですか?」


 「うむ」


 「まあまあ、でしたらアクセサリーやらなんやらも付けて着飾らなくては」


 「よい。向こうで買う。どうせ靴も買わねばならんからな」


 「そうですか。お化粧はどうされますか?」


 「それもよい。化粧などせんでもレフティもそこそこ見れる顔だろう。それに、我が輩は化粧が嫌いだ」





 そう言うやいなや、魔王様は伏せる私を肩に担ぎあげ、荷物のように運んだ。ユリフェルナ様が「魔王城に戻ったらまた手紙をちょうだいね!」と言いながら、手を振る。


 私はそれに今生の別れのような勢いで手を振りかえし、ロームファクター邸を出た。ここへ来る時に使った馬車へと、私を問答無用で乗り込ませる。魔王様は一度振り返り、馬車の横でお見送りして下さるロームファクター大公様を見て……言った。





 「邪魔をしたな」


 「こちらこそ、レフティちゃんに助けられたよ。――ありがとうございました、レフティちゃん」


 「あ……お邪魔しました、大公様! ユリフェルナ様によろしくお願いします」


 「ええ」





 魔王様も馬車に乗り込んで、向かい側に座る。……そして、馬車は走り出した。


 徐々に遠くなって行くロームファクター邸を見つめながら、私はポツリと言葉を漏らした。





 「魔王様、私魔王様に会えてよかったです」


 「……なんだいきなり、気色悪い」


 「ふふ……秘密です」





 秘密にした事で一瞬殴られるかと思ったのだが――そんなことはなく。魔王様は珍しくほほ笑んだかと思うと、「そうか」と呟いた。魔王様にはきっと、なんでもお見通しなのだろう。だって……魔王様なのだから。


 私は流れる景色を見て、しばらく嬉しさに胸をいっぱいにさせた。魔王城へ戻ったらすぐに手紙を書こう。そして、“お姉様”と目一杯書いて、甘えようじゃないか。私は密かにそう考えた。


 ――どんどん進んで行く可愛らしい馬車。柔らかなソファの上、可愛らしいドレスを身に纏う私の隣りには可愛いクマのシンディちゃん。そして目の前には極悪魔王様。うん、なんて奇妙な絵だ。





 「なにか言いたそうだな。どれ、言ってみろ」


 「私は命を無駄にしないイイ子です」


 「ふむ、つまり命を無駄にしそうなことを考えていたわけだな」


 「しまった二重罠か!!」





 言わずともわかるとおり、足蹴にされました。ドレスを汚さないため顔に。ひでぇ、この魔王。





 「ふん――それより、今から向かうサンドウェルズのことだが」


 「あ……もしかして、以前宰相様とお話になられていた……?」


 「ほう? さすが我が輩の下僕だ。……そう。誠に不本意だが、今から我が輩が直接言って、アレを断らねばならんのだ」





 以前宰相様とお話されていた内容。それは、サンドウェルズの領主でいらっしゃる方の娘様――たしか名は、ウエルディ・サンドウェルズ様だ。領主様が側近でもいいからと、そのウエルディ様を差し出そうととてもしつこく手紙を寄越して来るらしい。ウエルディ様もどうやら乗り気だという噂まである。しかし人間の国では有り得ても、我々魔族に“側近”という言葉はない。


 ……そう、その言葉からわかるように、サンドウェルズは少々人間の知識が入り交じっている。魔王城のある町の次に栄えた場所なので、人間も多く出入りしている。多分そのせいだろう。サンドウェルズの領主様も然り、サンドウェルズに住む魔族も多少その影響が出ているとかいないとか。


 あまりにしつこいため宰相様は困り果て、魔王様に相談した。無下にするわけにもいかず魔王様も珍しく悩んでいた様子だが……そうか、それでわざわざ向かう事に。パーティーと言っていたし、最初から向かう気でいたのだろう。


 魔王に選ばれる魔族の女性はただ一人――そして今現在それに近しい方は、アイリーン様のみ。敵わないとわかっているからこそ、せめて側近にと思うのかも知れない。私はあくまでも人間なので気持ちはわからなくもないが……さすがに魔族には魔族のルールがあるのだ。少し、サンドウェルズの領主も勝手すぎやしないかと私は思う。


 魔王様は疲れたように溜め息を吐いて、憂鬱そうに流れる景色を見つめた。そして……爆弾発言を投下させる。





 「側近は迎えぬ。だがしかし、結婚するまでの間だけと言われるのも億劫だ……貴様には、恋人のフリをしてもらう。光栄に思え」


 「……は?」


 「安心しろ、使いたくはないが魔法で顔を変えてやる。ふはは、ちょうどいい……化粧をしたと思えばいいのだ。我が輩以外には貴様の本当の顔は見えん。どれ、今のうちにやってしまうか」


 「ちょっ、まっ!」





 制止する声も虚しく……私は、どうやら顔を変えられてしまったらしい。鏡を見てはその出来を確認した。ははは、なんてロリ系の顔だ。……今とあまり変わってなくない? いや変わってるけど、そういう意味でなく。もしや魔王様はロリコン……あいたたた、頬が伸びる!


 ――しかし。困った事になってしまったようだ。恋人のフリ、だなんて。私になんか出来るだろうか? そんな大役、アイリーン様にでもまかせれば良いというのに。そりゃ私からしたら願ったり叶ったりだけど。でも、恋人のフリって……いったいどう演じればいいのだろう。


 困惑する私を見てか、少し楽しそうな顔になった魔王様。ニヤニヤとしながら魔王様は言った。





 「経験がないのはわかっている。本番もその初々しさのままで構わん」


 「失礼な! 私にだって恋愛の一つや二つ……」


 「ほう、あるのか? どれ……ならば少し試してみようか」





 魔王様はそう言うと、私の隣りへと腰掛けた。


 そして……肩へと手を回し、引き寄せ、もう片方の手をそっと頬へやり、甘く妖艶にほほ笑み、そして――耳元で囁く。





 「……レフティ……」


 「ふにゃー! ごめんなさい嘘ですぅぅ!」





 即敗北。

 幸せな人生でした。





 「ふはははは! 言わんこっちゃない。貴様は間違うことなき処女だな」


 「乙女になんちゅーこと言うんですか!」


 「なんだレフティ。“処女”とは、処は居るの意味であり、本来は結婚前で実家に居る女性を指すのだぞ? ……いったいなにと勘違いしたのだか」


 「うわぁああああん!」





 卑怯だーっ!

 私はしばらく黙り込み、シクシクと泣き続けた。


 ……とはいえ、いったいどうしよう。魔王様と恋人のフリ――ああ、考えていただけでも緊張してくる。何度想像したか、その幸せな願いを。今のお試しだけでも強烈だったのに、これから少しの間本物のような恋人の時間を味わえるというのだ。大丈夫かな、私死ぬかも。


 そんな私を見て、魔王様は私に聞こえないくらいの声で……ボソリと呟いた。





 「……ふ。顔に出やすいやつめ」


 「え?」


 「いや。……それより、今のうちに魔力を吸え。またいつの間にか溜まってきた」





 そして魔王様は、私を持ち上げ自らの膝の上にチョコンと乗せた。……あ、こういうのなら恥ずかしくはないかも。幼い頃から毎日のようにされていたし。


 後ろから両腕を回し、魔王様はぎゅうっと力を込める。でもそれは苦しいものではなく、ちゃんと手加減をされたとても優しいものだった。暖かくて優しい温もりに、私は笑顔になる。やっぱり恋人というより……お父さん、かな。いや、お兄ちゃんかも。





 「いてててててて! 何故今力を入れたんですか!?」


 「……さあな」





 そして、私達は再び長い時間をかけ……馬車でサンドウェルズに向かった。優しい温もりについ安心して少し眠ってしまったのは、秘密である。






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