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外道で優しい魔王様  作者: 菊田 百合子
5/18

魔力をくすねます





 ――翌日。

 ロームファクター大公様は昨日言っていたとおり、迎えに来て下さった。きらびやかで豪華な馬車で。私は今それを見上げ、ほうと感嘆している。魔王城にいるから見るのは沢山あったとしても、乗るのは初めてなのだ。基本魔王様も馬車がお嫌いなので移動手段としては“飛ぶ”のがメイン。


 え、飛ぶとはどういうことか、ですか? それはもちろん空を飛ぶんですよ。ですが魔王様は誰かにまかせるのが嫌ですので、ドラゴンなども使いません。まあ、飛ぶというより……ジャンプですね。魔王様の跳躍力はまさに悪魔的。地獄を見ます。


 懐かしい涙の思い出を頭に浮かべながら、私の顔は風化する。まさか本当に馬車に乗れる日が来るだなんて……。





 「おい、我が輩は馬車嫌いと言っただろう。しかもなんだこのうさん臭い見た目は」


 「酷いなぁ、兄さん。これは女の子にとっても人気な馬車なんだよ。外観もそうだけど中はもちろん、造りだって上質だ。揺れは少なく丈夫で、中の椅子はどのソファよりも柔らかで心地いい」


 「……。愚弟よ、これにあの妻を乗せた事は」


 「ないよ。とても乗りたがってはいたけどね、それを隠してるみたいだけど」


 「トコトン性悪な奴め」





 魔王様とロームファクター大公様はしばらくなにか会話をしていたものの、私は馬車に見とれていてまったく聞いていなかった。


 しかし、うーむ。私なんかが乗ってもよいのだろうか。仮にも私は魔王様の使用人……メイドだ。こんなお客様専用の馬車に、一介のメイドが乗るだなんて。しかも、一台しかないということは魔王様とロームファクター大公様と同室。恐縮すぎる。……魔王様とだけならぶっちゃけ恐縮はしないけど。あるのは恐怖だけである。





 「いたたたた! 痛いです魔王様っ! みっ、みみ、耳だけはぁぁああああ!!」


 「ふん、貴様が無礼な事を考えているからだ」


 「くっ……何故いつもバレてしまうんですか……」


 「馬鹿め、我が輩を誰だと思っている。そんなに同室したくないならば、貴様だけいつものように投げ飛ばしてやろうか。ふはは、我が輩が馬車から降りたら受け止めてやろう」


 「明らかに受け止められなくないですかそれ!?」





 まあ、天国へなら飛べるとは思いますが。





 「ほらほら兄さん、女性をそんなぞんざいに扱ったらダメだよ。……大丈夫ですか? レフティちゃん」


 「ふん。その見掛けの優しさを妻にもやれ腹グロが」


 「失礼だなぁ、妻だけは特別なんだよ。さあレフティちゃん、馬車に乗ってください」


 「うう……顔が同じなのにこの差!!」


 「なにか言ったかミジンコレフティ」


 「魔王様と瓜二つだと申しました!」


 「顔だけな。飛ぶ準備はいいか」


 「すいませぇぇええん!」





 魔王様に掴まれてジタバタする私をロームファクター大公様は助け出てくれて、「お先にどうぞ」と馬車へと入れてくれた。それにまた比較したくなったのだが、地雷を踏むまいと何も言わず私は馬車へと乗り込む。


 中に入って、私は再び感嘆する。まるで本当の部屋のように美しい内観は、まるで豪華な秘密基地を思わせた。それか、小人の部屋のよう。外観は白と黒で統一されて少しリッチに見えたのだが、内観はそれを良い意味で裏切るかのような可愛らしさだ。本当にお菓子の家があるならば、きっとこんな感じに仕上がるのではなかろうか。





 「邪魔だ、さっさと入れ」


 「げふぅっ!」


 「むう……。予想より中はよりキツいな。こんなものの何処がいいんだか」


 「そりゃ腐った性格なんだもの、兄さんには理解出来ないだろうね――おっと危ない」





 ロームファクター大公様はサラリと魔王様の攻撃を避けて、笑いながら向かいの席へと据わった。私は魔王様と隣り同士になって据わる。


 うわあ、本当に上質なソファみたいだ。これ私のベッドより気持ち良いかもしれない。いや、それ以上に。いったいこんな素敵な馬車、誰が考え誰が造ったのだろう? いずれ会えたらサインをいただけるであろうか。


 惚ける私の横――魔王様は、居心地悪そうにしばらく身動ぎをしていた。ゆっくりと進み出した馬車から見える景色を、げんなりとして見つめている。





 「ちっ、これだから馬車は。もっとスピードは出んのか」


 「せっかちだなぁ、これもまた一興だよ兄さん。ねえ? レフティちゃん」


 「はい! これぞ馬車の楽しみです。……しかし本当に素敵な馬車ですねぇ、魔王様の移動方法とは雲泥の差です。むしろ月とスッポン、天と地の差です」


 「ははは、レフティちゃんもなかなか肝が据わってる」





 ……私もそう思います。しかし言った後で気付くのです、私は。魔王様に締め上げられた私は、しばらく魂がふわふわと空中散歩するハメになった。


 それを私が一生懸命手繰り寄せている中、魔王様とロームファクター大公様は仕事の話をし始める。





 「――兄さんはどう思う? 僕は少し怪しいと思うんだけど」


 「確かに。その件については、我が輩も部下に調査を向かわせている。そろそろなにか尻尾を見せるだろう、ディスティニー公爵もシックスの手からは逃れられまい」


 「ああ、宰相さん。彼がわざわざ調査をしているならば確かに早く済みそうだね。それはそうと……聞きましたか? ウィルとミーナの生まれ変わりの話」





 やっと魂を捕まえてきた私は、その言葉に反応した。……世界に大きな変革をもたらしてくれた前魔王陛下、ウィル様。そしてそのウィル様が愛する人、ミーナ様。以前アイリーン様がわざわざお伝えに来て下さった内容のことだろう。


 ――魔王様は一度唸り、頷いた。魔王様はハタから見てもアイリーン様を毛嫌いしていらっしゃる。このままでは本当にアイリーン様が妻となってしまうことに、頭を悩ませているのだろう。





 「聞いてはいる、が。信じられん」


 「どうする兄さん、こちらも調査を?」


 「……今は人を割けん。しかしどうにか嘘を暴かねばならんな」


 「はは、まるで嘘だと決定してるみたいな言い方だね」


 「ふん。白々しいやつめ」





 どこか意味深な会話をするお二人は、それ以上その話題に触れる事はなかった。





 「そうだそうだ、忘れてました。レフティちゃん」


 「はい?」


 「これどうぞ、ユリフェルナからの贈り物です」





 ユリフェルナ様からの? 私は差し出された、その綺麗にラッピングされている袋を受け取った。けっこう大きいけれど、なんだろう。ユリフェルナ様とは一度しか会っていないものの、会ってからは文通友達として仲良くしていただいている。本当に見た目も中身までもお美しいユリフェルナ様は、時々こうして私なんかのためにプレゼントをしてくれているのだ。


 ……しかし、今までのものより随分大きい。私の顔三個分はありそうだ。「今開けてごらん」というロームファクター大公様に甘え、私は袋を丁寧に開け、それを取り出した。


 ――袋から取り出そうとした瞬間触れるのは、甘美なほどに柔らかいなにか。そっと持ち上げて出て来たのは……ミルクチョコレート色の、可愛いクマのヌイグルミで。私は一瞬にして顔を綻ばせる。





 「な……なんとお美しい……!!」


 「ユリフェルナ、どうしてもレフティちゃんにこれをあげたかったみたいなんですよ。本当はもっと以前に僕が渡しに行く予定だったんですが、時間があわなくて」


 「あ、ありがとうございます……! でもこんな――なんてお高いクマさんを!」


 「そうなのかい? 僕はあまりヌイグルミには詳しくなくてね」


 「これはかの有名なテディベア専門店“びゅーてぃふる”の店設立と同時に三体しか造られなかった極めて貴重なクマさんでして、このクマさんを造るにあたって用意された素材はどれをとっても一級品なのです! この瞳はかなり稀少で価値の高い黒ダイヤを扱っておりまして、この糸はなんと何万年に一度しかしないというクルクル草の脱皮した抜け殻を――」


 「長い、所詮クマだ。どれ、この我が輩が枕にしてやる」


 「シンディちゃーん!!」





 さっそくつけた名前を呼んで、私は魔王様からシンディちゃんを命懸けで守った。苛めよくない! ダメ、ゼッタイ!





 「ふん、何故クマがそんなにいいんだ。……我が輩が最初あげてしまったせいか」


 「ふふふ。ミリーちゃんは、私の初めてのヌイグルミさんです。あまりの可愛さにクマの魅力から離れられません」


 「ああ、兄さんが買って来たというヌイグルミだね。その様子を思い浮かべるだけで僕は一日中爆笑出来ましたよ」


 「黙らんかこの愚弟」





 しばらくその話題で馬車の中は笑いと恐怖で絶えなかった。あ、恐怖というのはもちろん魔王への。笑いと恐怖が絶えないなんていったいどんな新境地だ。


 ――そんなこんなで私達は数時間をかけ、ロームファクター地方にある領主のお屋敷へと到着した。馬車から降りた私は、久し振りに見るロームファクター邸を見上げながらそのすごさに圧倒された。


 ……もちろん、魔王城のほうが明らかに大きいし豪華だ。しかしまたロームファクター邸も負けず劣らず、外観が素晴らしい。魔王城はまさにと言われるほど見た目が末恐ろしいのだが、ここは真逆。


 庭には色とりどりの美しい花が植えられ、芝は柔らかそうにしっかり手入れをされ、ぽつんとある噴水は存在感を逆に際立たせとても立派だ。まさに乙女が憧れる王子様のお家。そこに住むのは間違う事なく王子様のような大公様とユリフェルナ様なのだから、本当にでき過ぎているというものだ。


 先へと進みだす魔王様達を追うようにして歩く私は、少々浮かれながらその風景を楽しむ。二人は足が長いのでちっこい私とは間違いなく歩幅が違うのだが、どうやらお二人は私に合わせてゆっくりと歩いて下さっている。そんなところにまた私は優しさを感じ、本質的なところで二人は似ているんだな……と思った。





 「お帰りなさいませ、旦那様」


 「ああ、ただいま。すまないがこの二人を客室へ案内してやってくれますか」


 「かしこまりました」





 執事の服に身を包んだ青年が、「さあ、どうぞこちらへ」と丁寧に案内をしてくれる。それに私と魔王様はついて行った。





 「ふむ。久しいなレオン、かわりはないか」


 「挨拶が遅れて申し訳ありません、魔王様。ええ、旦那様のおかげでこの通り……レフティ様もお久し振りでございます」





 私はその言葉にキョトンとする。


 ……はて、どこかであっただろうか。こんなに顔が整っているならば、覚えていてもおかしくないというのに。その様子が伝わったのだろうか、麗しい青年は優しげな笑みを浮かべ、言った。





 「初めて魔王城にレフティ様がやって来た時期に、一度しかお会いになられていませんからね。以前魔王城で隊長を勤めておりました、レオン・スクリューバルドでございます」


 「貴様魔王城に来てすぐ恐怖で泣いていただろう、その時貴様を慰めたあの優男だ」


 「あ……! キャンディーのお兄さん!」





 私はそれを聞いて、やっと思い出した。実は……魔王様と出会いあの城へと向かった時、まさかこの人が魔王様だとは思わずまわりに魔族ばかりで不安だったのもあり、つい混乱と恐怖で泣き出してしまったのだ。


 その時オロオロしていた魔王様の元へ駆け寄って来た青年が、この方……レオン様だった。レオン様は私と同じ視線になるようしゃがみ、優しい笑顔を浮かべながら言ったのだ。


 『大丈夫、怖くないよ』……と。そしてゆっくりと頭を撫で、何もない手のひらからいきなり飴玉を出したのだ。それも沢山。それをハンカチで包みレオン様は私に渡して下さった。今もそのハンカチは大事に保管しており、飴玉は全部ありがたくいただいたものだ。あの時の飴玉の甘さを、私は忘れていない。不安になった時はアレを食べて、自分を励ましたりしていたものである。……まさか、こんな所で出会えるとは。


 私は笑顔になって、深々と礼をする。





 「あの時はありがとうございました! ……私、本当に元気が出たんです」


 「ははは、よかったです。それにしても大きくなられましたね」


 「そうか? 我が輩は、こいつの成長は何故だか十歳で止まっているように見えるのだが」


 「失礼な!」





 私達は談笑しながら、客室へと向かった。


 レオン・スクリューバルド様。過去、それは高名をあげた魔王城の騎士様でいらっしゃって、最年少で隊長をやっていたのだとか。まさかそんな人があのキャンディーのお兄さんだったとは……。私は何故今ここで働いているのかと聞いたら、「魔王様は人使いが荒かったもので」と苦笑した。なるほど、納得だ。


 うんうんと頷いていたら、ギンッと魔王様の睨みが飛んで来て、どうじに拳骨を食らった。あまりの衝撃に頭がぐわんぐわんとし、視界が揺れる。





 「デタラメを言うな、愚弟の危機に誰を向かわせようか悩んでいたら貴様が自ら名乗りあげてこちらへ来たのだろう。買収されたいか」


 「はは、ご勘弁を。でも嘘ではありませんよ、魔王様は無理難題を簡単に寄越されますから」


 「ふん。我が輩は貴様に出来ると思った事しか渡していない」


 「それは誠に光栄です」





 客室に到着した私達は、中に入ってソファへと座る。レオン様は「お茶の用意をしてまいります」といって、この場を去った。


 待っている間、私は気になっていたことを魔王様に問う。





 「魔王様。ロームファクター大公様の危機って、なんですか?」


 「……む、そういえば貴様は知らんかったな。以前ここロームファクターは、前領主――愚弟の義父だが、一度暗殺されかけたことがあるのだ。そして愚弟は元領主に持ち掛けた。“犯人をもし見つける事が出来たならば、娘さんを私に下さい”とな。愚弟はその頃、我が輩の弟だということを隠し、見た目もバレぬように変えていた……大事にしている娘をそこらの魔族にやれぬと渋っていたのだが、犯人を見つけるならと了承した」


 「ええっ、かなりロマンチックですね。でもそれがレオン様とどういう――」


 「犯人はすでに目星がついていたんですよ。一人では骨が折れるので、レオンに手伝ってもらったのです」





 この声に扉を振り返る。そこには、ぐったりとしているユリフェルナ様を横抱きにしていた、ロームファクター大公様が。





 「すいません、少し遅れました」


 「……愚弟、“ナニ”をしていた?」


 「はは、兄さん。野暮なことは聞かないでよ」





 ロームファクター大公様は笑ってそれを流すと、ユリフェルナ様を向かいのソファへ横たえた。気を失っているようだ。心なしか頬が赤い……そんなに魔力が溜まってしまっているのか。私は心配そうにユリフェルナ様を伺う。


 開けっ放しだった扉からお茶を持って来たレオン様に、ロームファクター大公様は「ありがとう」と言いながら、ユリフェルナ様に膝枕をした。





 「すまないね、レオン。頼み続けで悪いが、ベッドを整えてくれるかい?」


 「かしこま……、それはメイドに言って下さい」


 「はは、だって“色々な”ものが散らばっているから、女の子だと引いてしまうでしょう?」


 「……どちらについても変わらないか……」





 レオン様はボソッと呟いて、部屋を出ていった。





 「あぁ、大丈夫。これは魔力のせいじゃないから。ユリフェルナが起きたら頼めるかな」


 「え? あ、はい!」


 「まったく、さすが愚弟というべきか……恐ろしいほど性格が悪いな」


 「え……? それを魔王様が言います……?」





 今度は私が気を失う。


 ――そして私が目を覚ました時。ダルそうにはしているものの、笑って魔王様とお話ししておられるユリフェルナ様がいた。私が起きた事に気がついたのか、ユリフェルナ様は満面の笑みで私の名を呼ぶ。





 「レフティ! ああ、起きたのね。よかったわ」


 「ふん。我が輩がこやつを簡単に殺すか。時期が来るならばもっといたぶってから殺……いや、ギリギリ生かし続けるな」


 「ひぃぃいい!」


 「もう、魔王様。レフティをあまり苛めないでやってくださいませ」





 そう言って、ユリフェルナ様は私にほほ笑む。そのほほ笑んだお顔のなんと美しいこと美しいこと……鼻血を出しそうになって両手で必死に止めようとした私。それを先回りした魔王様は、その鼻の穴に綺麗な指を突っ込みあそばされた。


 ちょっ!

 仮にも乙女!





 「まあ! いけませんわ魔王様!」


 「よい。こやつは三度の飯よりコレが大好きなのだ」


 「んなわけありますかぁ!」





 三度の飯より好きって、私どんだけMっ子なんですか!? と、小一時間問い詰めたい。しかしそんなことしようものなら逆に小一時間拷問されるので、妄想だけに止どめて置く事にした。ふふふ。妄想最高。


 しかし私は本当に学習能力がないようだ。そういう妄想は魔王様の前以外でやるべきという事を、今やっと自覚した。ああ、また気絶しそう……誰か魔王様の熱い抱擁を止めて下さいませ。





 「魔王様ってば、これではまたレフティが気絶してしまいますわ!」


 「だからよいのだ。これで気絶するようなら、我が輩の城に勤める事は出来ぬ」


 「……苦労してるのね、レフティ。今日は手紙に書けない相談をいっぱい話してちょうだい?」





 哀れむように私を見るユリフェルナ様。ああ、こんな優しさがあるからこそ私は今まで心折れる事なく生きて来られました。結婚してください。むしろ愛人にしてください。





 「では、レフティちゃん。すまないが頼めるかい?」


 「もちろんです! ……ええと、どのくらいの時間触れていればよいのでしょう?」


 「ごめんなさいね、レフティ。わたくしがもう大丈夫と言ったら離してくれていいわ」


 「わかりました」





 私はユリフェルナ様の差し出された美しい手を、そっと握る。ユリフェルナ様は華奢でとても可憐でいらっしゃるので、間違っても壊さないよう丁寧に。


 ……段々顔色がよくなっていくユリフェルナ様を見ながら、私はその嬉しさで少しほほ笑んだ。私のこの力は、きっと人を不幸せにしかしないと思っていた。でもこうして私は、誰かのためになっている。その事が、とても嬉しい。魔界へ来てよかった。そして――魔王様に会えてよかった。


 ――二、三分だろうか。ユリフェルナ様の「もう大丈夫よ、ありがとう」という言葉で、私はまたそっと手を離した。少しだけそれが切なく思えて、でも我が儘はいけないと自分を律する。


 そんな私の複雑そうな顔を見たのか、本当に思ったのか――多分両方だが、ユリフェルナ様は切なくほほ笑みながら言った。





 「ごめんなさい、レフティ。わたくしに魔王様ほどの魔力があればよかった……そしたらレフティを抱き締められるのに」


 「そんな! ……ユリフェルナ様のそのお気持ちだけで、私はとても救われています」


 「あらやだ、今抱き締めておけばよかったわ。……またわたくしが魔力を溜めてしまったら、助けてくれるかしら?」





 柔らかくほほ笑んだユリフェルナ様は、まさに天使のようだった。魔族だけれど、この比喩は間違っていないだろう。


 むず痒い気持ちに私は照れ隠しで笑い、「もちろんです」と言葉を返した。





 「よかった、気分はどうだい? ユリフェルナ」


 「ええ、とてもよくなったわ。本当にレフティのおかげよ」


 「僕からも礼を言うよ、レフティちゃん」


 「そんな……私はただ魔力を強奪しただけですから」


 「ふん。強奪とは言葉が悪いな。くすねたと言い換えろ」


 「……なんですかそのこそ泥的イントネーションは」





 私達は笑いながら、その後優雅にお茶を楽しんだ。






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