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外道で優しい魔王様  作者: 菊田 百合子
3/18

育ちが良い人はこれだから





 ――散々あの鬼畜性悪ドS大魔王から一日中逃げ回ったあと、私はやっと心休まる休憩時間をいただいた。休憩時間というか、もう就寝時間だ。いやはや、今日こそ私は死ぬのだと思ったよ。若干悟り始めてたくらいだし。


 私は最愛の娘ミリーちゃんを抱き抱えつつも、そのふわふわな身体に顔を埋めた。ああ、なんて甘美なる柔らかさ、そして匂い。まさにこれぞ、至福の時。


 だから、幸せ絶好調にいる私は気付かなかった。その真後ろに――先ほどまで私を追いかけ回していた、魔王陛下様が佇んでらっしゃっただなんて。そうとも知らない幸せな私は、魔王様に対しての愚痴や不満をベラベラと喋る。





 「聞いてよミリーちゃん、本当にもう今日こそ大変だったんだから! あの性悪マジキチ魔王、一日中私を追いかけ回していたのよ? 信じられないわよねぇ、これだから暇人は。仕事しろっての!」


 「ソレハ大変ダッタネ。トコロデ、ソノ魔王様ノコト実際ハドウ思ッテイルノ?」


 「わぁ! ミリーちゃんとうとう喋れるようになったのね! 大事にしている物には魂が宿るって宰相様が言っていたけれど、本当だったんだ。あぁ、魔王様の事だっけ? えっとね、そうだなぁ……ははは、ホント性格悪いよとしか言い様がないかな」


 「相当貴様縛り上げられたいようだな」


 「やだミリーちゃんてば、物騒な言葉…………」





 享年・16歳。

 暖かな春でした。





 「あぐぅぅう……痛いれす……」


 「ふん。しかし、いつ来てもつまらん部屋だ。クマのヌイグルミだらけとは……気色悪いなまったく」





 あたしはベッドの上で足をバタバタさせながら、激痛の頭を撫で擦った。ていうかいつの間にいた! ミリーちゃんを装って私に話をかけるだなんて、性格悪すぎだ。そうやって人の心抉ってばかりいるから性格がぐにゃんぐにゃんに曲がるんだよ。あいたたたたたた足を捻られている!!


 ――魔王様は一通り私をいじめ抜いたあと。私の横……つまりベッドの上に寝転がりながら、欠伸を零す。その様子に、「案外魔王様も疲れていたのですね」とつい言葉を漏らした。というかそれ以前に何故ここへ来る。


 その疑問も漏らした言葉も無視した魔王様は、二人で寝るには狭いベッドで毛布を被りながら――私を引き寄せ、言った。





 「今日はあの雌狐が来たせいで、魔力が我が輩の中に溜まりに溜まってしまった。頼んだぞ」





 そう言った後――魔王様は、私を包むようにして瞼を閉じた。数分後、そこからは小さな寝息が聞こえる。“頼んだぞ”、とは。それはつまり私の体質の事だ。私は間近にある魔王様の顔を見ながら、その暖かな温もりに懐かしい過去を思い出す。


 ――実は私、人間だったりするのだ。魔王城には基本人間は働いていない。だから実際、人間で働いている者は私しかいないということだろう。それもこれも、魔王様と私の体質に原因がある。


 私は元々、奴隷の娘だった。奴隷同士で出来たその娘――私は、もちろん同じく奴隷生活を送っていた。が、しかし。私は五歳のある日、奴隷として働いていた屋敷から突如ほうり出されてしまったのである。原因は……たった一つ。“触れた瞬間に膨大な魔力を吸い上げてしまうから”、だった。


 両親はとくに変わった血族だったという感じはない。両親は私が追い出されたあと私を探しに逃げ出した際、殺されてしまったのだけれど。もちろん確証はないが、たしかに両親も人間で、私も人間だった。しかし、私が変わった体質も持っているのもまた事実。


 追い出され、両親が殺されたあと――その後の生活は奴隷時代よりも酷いものだった。


 不思議な体質だ、と。こぞって学者や研究者が身体を調べようとして私に触れては、皆倒れて行く。私自身に魔力は一切ないというのに、私の体質は何故か人間の致死量ともいえる魔力を……吸い上げてしまうようだった。普通の人間だけれど、普通じゃない。私の回りからは自然と人間がいなくなっていた。


 ……それでも、私は一肌がほしいと思った。なんせまだ五歳の少女だ。親を亡くし、人には怖がられ、寂しくないはずがない。自然と私は――魔力の多く持った、魔族の世界へと歩み出していた。でも、それでも私には居場所がなかった。


 人間に触れたら一瞬だったものの、魔族ならば少しは触れる事は出来た。だが、あくまで少し。数分もすれば一介の魔族など――いや、魔力のとても豊富な魔族でさえも、数分としたら気を失うかのように倒れていった。悪魔よりも悪魔らしい、そう言われた時にはさすがに泣いた。





 『こんな辺鄙な山奥でなにを泣いている、小娘』





 ――でも。

 神様は、私にたった一つの希望を下さった。





 『……む? 貴様人間の子だな。ひどい目に遭いたくなければ、さっさとここを去れ』





 最初は、とても横暴で乱暴な人なんだと思った。でも実際それは違っていて、とても優しい人なのだったのだ。この人――魔王様は、優しいからこそ辛く当たる、そんな人。





 『お兄さん……怪我、してる。大丈夫?』


 『ふん、こんなもの怪我の内に入らん。それよりさっさと消えんか』


 『なんで怪我をしているの?』


 『話を聞かん奴だな……。まあいい。これは、ただの魔力の暴走だ。我が輩は魔力が強すぎるからな』





 わかったらさっさと消えろ、と。魔王様は言った。でも……私は、去るどころか徐々に、その人へと近付いていったのだ。


 ――魔力の暴走。幼い子供に、そんな言葉の意味は理解していなかった。でもその時私は何故だか、魔王様に触れたくなったのだ。悪魔より悪魔らしい、そう蔑まれて人に触れたくなくなっても、何故だか……気付いたら近寄っていた。そして、切り傷を負っている頬に触れる。





 『だから、我が輩に近付くなと――……っ?』





 魔王様は、頬に触れた私の小さな手を退けようとして――固まった。気付いたのだろう、己の魔力を吸い上げられている事に。その反応を嫌悪と勘違いした私は咄嗟に手を離そうとしたのだが、魔王様は何故だかその手を掴んだまま……私を離そうとしなかった。


 不思議な時間、空間だった。まわりに木や草しかない辺鄙すぎる森の中、成人男性が幼女の手を握り、それを頬に当てているのだから。しかし、幼い私はそれになんの恥もなく、違和感もなかった。いや――むしろ、違和感はあった。あまりにも長いことこの人に触れられている、ということに。





 『――貴様、名は?』





 魔王様は私の手を頬に当てたまま、目を瞑って私に問う。私は答えた。





 『レフト。……でも、奴隷だった頃にご主人様につけられた名前だから、あまり好きじゃないの。それに可愛くないから……』





 魔王様は、そうか、と呟いて……瞼をあげて私を見つめた。魔王様は、泣いていた。


 何故泣いているのか。そう聞こうとして、私も泣いていた事に途中で気付く。きっと魔王様は、危ないからと誰にも触れてもらえなかった事に苦しんでいたのだ。そしてそれは私も同じで、同様に涙を流していた。





 『レフト――いや、今日から貴様はレフティだ』


 『レフティ?』


 『そう、レフティ。……レフティ、我が輩とともに来てくれないか。我が輩は、貴様が必要なのだ』





 私が必要――その言葉に、私の感情という名のダムは、一瞬にして決壊した。何度も頷き泣きわめく小さな私を魔王様は抱き締め、背中を撫でる。その行動にさえ私は嬉しくて仕方がなくて、しばらく涙が止まることはなかった。


 ――嬉しかったのだ。

 同じ感情を抱いていた人がいた事に。


 ――嬉しかったのだ。

 なんの恐れも問題もなく触れてくれる事に。


 ――嬉しかったのだ。

 無垢で透明な温もりに抱かれている事に。


 ――嬉しかったのだ。

 ただ存在しているというだけを必要としてくれた事に。


 ――嬉しかったのだ。

 邪険にされる事なくただ求めてくれた事に。


 ――嬉しかったのだ。

 嫌いだった名前を少し変えただけなのにそれが好きになれた事に。


 ――嬉しかったのだ。

 この人に、出会えたという運命に。





 魔力が膨大すぎて人が触れる事のない魔族と、魔力を吸い上げてしまって触れられない人間。魔王様と私は、こうして出会った。森の中、私達しかいないこの空間で。


 それはただ運命と思いたい。でも、運命という短絡的で雑な言い方で終わらせたくもなかった。そう、私達は別に出会うべき存在だったわけじゃない。色々な経験をして努力した末に、自ら勝ち得た大切な存在。私が、魔王様が、互いに努力を――我慢をした結果。私がこの体質を持っていなかったらこんな展開はなかった。私が最初レフトという名前じゃなかったらこの名前を好きになれなかった。それ以前に、私が両親の子供でなかったら……この出会いは成立しなかった。


 とても、救われたんだ。私の経験した事はすべて無駄じゃなく、魔王様に出合うための付箋――試練だったのだと。嫌な過去は、無駄なものでは決してなかった。意味があったのだ、すべて。





 「……おい、レフティ。頬に手を添えろ」





 寝息をたてていたはずの魔王様の唇から、微かに漏れたその言葉。掠れた声はとても甘く、官能的で……私の脳内を痺れさす。私は「喜んで」と呟きながら、魔王様のきめ細やかな肌――頬に触れた。


 ……吸い上げられていく魔力は、いったい私のどこに向かっているのだろう? 跡形もなく消え去ってしまうのだろうか、それとも――私の一部になっているのだろうか。願う事ならば、私の一部になってほしいと思う。溶けないまま、そこにいてほしい。





 「ああ……やはり、貴様といるのは心地よいな。少しずつ貴様に流れてゆくその感覚が……ひどく官能的で、甘く蕩けるように、我が輩の脳内を痺れさせる……。我が輩の魔力が、貴様の中に永遠と残ればよいのに」





 抱き締めあう私達。

 決して恋人にはなれないけれど、友達よりは親しい、むしろ家族のような――掛け替えのない存在。私はどんなところでも、魔王様に一生ついていく。もう離れない。それは地獄の果てだとしても。


 むず痒くて、甘い、でも切なくて苦しい。そんな恋情を抱きながら、私は眠りについた。暖かな温もりに身を任せ、私はほほ笑む。とても近いのに何故だか遠い、そんな存在。だとしても、私はかまわない。これ以上の我が儘など言うものか。だって……もう充分すぎるくらい、幸せなのだから。


 ――魔王様は眠る私を抱き締めたまま、小声で言う。それは眠った私に届かない言葉で、唇に当てられた柔らかな感触も……到底気付く事はない。





 「何を失ってもいい……レフティ、貴様だけがいてくれるのならば。だから、もうどこかへ行ってくれるな」





 それはきっと、いっぱい失って来たから。その失う苦しさを味わって来たから、出た言葉。掬っても細い指から流れ落ちるサラサラとした砂のように、魔王様の回りからは色々な人が去って行ってしまっていたのだろう。そしてそんな中でも唯一、手に残った大粒の石がある――私はきっとそんな存在だ。


 私は石以上にはなれないだろう、砂浜にある貝殻にはなりきれない、ただの石。それでも魔王様は大事にしてくださるのだ。私はそれに応え、石は石なりの努力をしてゆく。


 ……だから、魔王様。どこにも行かないで下さいませ。





 ――――……


 朝。何かに締め付けられて動けない私は、ぼんやりとした頭で把握した。横にはもう魔王様はいない。当たり前だ、私達は別に甘い関係ではないのだから。だから魔王様が横にいないのは当たり前で、この切ない気持ちはあまりにも我が儘な感情といえる。……え? そしたら何故身体が動けないのかって? ふふ、そんな理由はわかりきっている。





 「うわああん誰か荒縄を解いてくださーい!!」





 ザ・亀甲縛り。目覚めの一発になかなか通な縛り方をしてくれるではないか、あんのクソ性悪魔王めが! 通というか、まあ、めちゃくちゃ代表的だけど。しかし縄プレイの中でもこれは拘束力が薄く、尚且つ性的を部分を強調出来るといった優れた縛り方だ。これでプレイをする男女はそうとう盛り上がるだろう。私はただの放置プレイなのだけど。本当にもう育ちが良い人はこれだから! この無駄な金を他に使えー!!


 ――縄と四苦八苦する私が解放されたのは、なかなか来ない私の様子を見に宰相様がやって来てからなのでした。






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