本当の試験はこれからですか?
――まるで残像がちらつくかの如く。先生様は猛スピードで、剣を掲げながら こちらへ走ってらっしゃいました。ここの生徒様とは比べ物にならないその早さに、私は一気に気を引き締め、やってくるであろう衝撃に身を固める。
「……っ!?」
振り下ろされた刃――それを大剣で防ぐ前に、私は身を転がしてそれを避けた。避けざるを得なかった。
……何故ならその先生様の剣は、目に見てわかるほど私のいた場所を抉っており、尋常ではない破壊力を見せつけていたのですから。生徒に使う力とは思えない――思えないが、これが特別クラスの“当たり前”なのだろう。生徒様だけでなく、先生様もしっかりと粒揃いな事に私は今さらながら感心した。
先生様が言う。
「いい判断だ。動きもいい。どこか戦いなれてる感じだな」
「……はい、悲しい事に」
「ははは。まぁそれでこそ特別クラス。ただのイイとこ出のお貴族様なんかが入ってきたわけじゃなくて、安心した」
それはどうも、と言おうとして――私は次に迫る攻撃を大剣で受け流した。
「っく……! 重い……」
受け流したはずのその衝撃さえ、かなりの重さを纏っていた。魔王様の愛犬ケロベロスなんかより、断然強い。
身を翻しつつもなんとか間合いをとる私を面白そうにしながら、先生様はおっしゃった。「まわりを気にして戦えるほど、俺は甘くねーぜ?」……と。さっきからチラチラと魔王様のほうを伺っていた事が、しっかりバレていたようだ。スピードもあり力もあり、加えて相手を観察する能力にも長けているということか。厄介な。
――私は一度深呼吸をした。
戦いの最中なのだ。この際、魔王様を気にしていては自分が危ない。……模擬試験を早々に終わらせるため、集中しなくては。
「……切り替えたか?」
「はい。失礼いたしました」
「それでよし。聞き分けのいい生徒で本当に良かったぜ――っと!」
来る――!
私はすぐさま構えて、防御ばかりの体制をかえ、攻撃に打って出た。
たしかに先生様は流れるように早いスピードだったが、私の身体が追いつかなくともその早さを目視する事は容易い。それならばそれを利用して、どういう攻撃が来るかを先回りして考え、隙を狙い撃ちする……それしか方法は皆無だ。
右下斜めから左上斜めに向かって来る――そう判断して、私は大剣を握る。
「――くっ!!」
ザリザリ、と。剣と剣の擦れあう鈍い音ともに、その衝撃はやって来た――うん、かなり重たいです。想像していた通り、非常に身体に伝わる重量でした。しかし怯むわけにはいかない。
私は一瞬の間を逃さず、その大剣で先生様の剣を弾きながら、野球でもするかのように大きく振りかぶった。
「っ――!」
……間一髪、先生様はそれを避け、綺麗な身のこなしで私から数歩離れた。先生様のふわりとした髪が、地に落ちる。
避けられてしまった。
ケロベロスと比べて申し訳ない――本当にこの先生様は、お強いようだ。だがしかし、魔王様と比べるまでもない。私がどれだけあの方の“遊戯”に突き合わされて来たか――これでも人間としてはかなり鍛え上げられていると自負している。魔王様の放たれるあの攻撃の恐ろしさ、誰にも敵うまい!!
いえ、そんなこと声を大にして言わずとも今更だったりするのですが――なんせ最悪最凶の魔王様ですからね。極悪を絵に描いたようなお方ですもの。……いたぁぁああっ!! えっ、何故猿ぐつわが!? ていうか魔王様、模擬試験中でもその察しの良さは健在なのですか!?
「おーおー、あっちの戦いはヒートアップしてんなぁ。物が飛んで来るほどだぜ」
「……今のは多分わざと……」
「ん? なにか言ったか?」
「いえ特に」
私はひっそりと苦笑をこぼした。
「しかし、アレだな。お前は人間にしては動きが発達している――ハーフかなんかか?」
「? ……いえ、両親とも人間だったと記憶しておりますが」
「そうなのか……いや、本当にいい動きだったからな。人間の――しかも生徒がこのスピードについて来れるなんて、多分お前が初めてだ」
……ちょっと待て。いや、待って下さい。人間の生徒で初めて、それはとても喜ばしい褒め言葉だとは思います。伊達に拷問を――いえ、調教――じゃなくて、訓練を受けて来たわけじゃないのだと思えます。しかし、しかしですよ先生様――何故それをいきなり私に使ったりしたんですかぁぁああ!?
その気持ちが伝わって来たのか、先生様は、朗らかな笑顔でおっしゃいました。
「学園長がな、お前の保護者から本気を出しても構わないと仰せつかったらしくてよ。どんなもんかと思ったが、いや、期待以上で本当に嬉しいぜ。仮入学が惜しいくらいだ」
「こんの外道ぉー!」
ここでも来るのか鬼畜設定! 裏で手回しするのが少しよすぎなんじゃないでしょうか魔王様!?
「おいおい元気だなぁ、どうした?」
「いえ……保護者に向けての愛のメッセージを送ったところです」
「へえ? 家族円満でいいねぇ」
ああ、閻魔?
たしかに私の家族は閻魔です。空耳にもほどがあるとは自分でも思いますが。しかし“円満”と肯定することは出来ないので、あえて聞き間違いをしたいと思います。うちの父は閻魔でーす!!
そして何故か今度は三角木馬が飛んで来る……と。っええ!? いったいどこにそんないかがわしい拷問器具を隠してらっしゃったんですか!! ……魔王様、ホントに恐ろしいです。
「さってとぉ、ミリーナ。お前の実力はよおーくわかった。その実力を考慮した、ホントの試験をこれから開始する」
「えっ……? 今までのは……」
「今までのはただ実力を知りたかっただけだよ。んじゃミリーナ、試験内容だが……俺に傷を与えろ。切り傷かすり傷打撲等、なんでもいい――その剣を使ってな」
そう言い終えると、始まりの合図もなく――先生様は駆け出した。剣を掲げながら、私の方へ。私はそれにすぐさま反応し、ひとまず逃げの体制をとる。
なんでもいいから、傷を与える――それが試験クリアの条件。しかし、さっきはたまたま髪の毛の先があたっただけなので、それって結構難関なのではないでしょうか。いや、それが狙いなのか。簡単にクリアは出来ないギリギリの条件、それに意味があるのでしょう。困った事に変わりはないが、やるしかない。うまく先生様の攻撃をかわしつつも、私は策を練った。
思い出すんだ、私。魔王様との特訓――という名の拷問で受けた、いい打開案を。スピードと力、そして判断能力が長けた相手……そんな人と戦うハメになった場合、いったいどうすればよいのか。隙をつく? しかしその隙が見つからないのでは意味がない。少しくらいなら卑怯な手を使ってもいいだろうか。そしたら色々と案はある。なんたってあの魔王様の使用人ですもの、私。
とりあえず試験クリアの条件は“剣を使って傷を与える”ということなわけで。その中のルールとして、蹴りなどの攻撃をしてはいけないとは言っていない。つまりそれで傷を作ってもクリアはできないけれど、反則ではないよ……ということだろうか。万が一何か言われても、言い返せるので問題はないだろう。まあ、この先生様ならそれさえも見越しているでしょうが。私は一旦息をすべて吐きだしてから限界まで吸い込み――止める。そして次の瞬間には、私は先生様のほうへと踏み込んだ。
「――っう、おぉ!?」
いくら先生様が本気を出そうとも、それは確実に“殺さない程度”のものだ。そしてそれを感づかせないために先生様は最初に行動に移した。もしかしたら小さい怪我では済まないかもしれない、そう思わせる攻撃を。それで私に恐怖を与えたのだ。実際私もそう思い、逆に感心をしていた。もしかしたら本当に大けがをさせても問題ないと思ってなのかもしれないが――まぁ、それでもいいだろう。
私が何を言いたいのかというと。先生は間違いなく、私が“迂闊な行動をしない”と思っているということ。さきほどの戦いの中でもそれを周知しただろう……事実私はいろいろ考えてから、行動をしていた。
ニヤリと笑う。魔王様に引けを取らない怪しい笑みを――先生様に向かって。振り下ろそうしていた剣を戸惑いにより止めた先生様の、その一瞬の隙。私は問答無用と言わんばかりに大剣で叩き付けた。切りつけたのではなく、危なくないように平らな所で叩き付けました。こう、バシーンと。当たり所によってはどっちにしろ危険なのだが、まあ受け身を一応取っていたようだし大丈夫だろう。「ぐぼはぁっ!」と盛大に倒れこむそんな先生様を見下ろしながら、私はドヤ顔で言った。
「試験クリア、です」
「なんてずる賢いやつだ……あいててて」
「なに言ってるんですか、このくらいで。うちの保護者はもっとひどいんですからね。……私なんか比べるにも値しませんよ」
そう、比べるに値しない。それは私だけではなくて、誰も、一人もいないのです。なぜならそれは魔王様だから。魔王様より強くて芯があってかっこいいご主人様は、いません。そしてそんな主人のメイドですから――勝って当然です。
卑怯だと言われようとも、私はそれが最高級の褒め言葉と感じて、誇らしげに笑う。だってそれが私……魔王様の下僕ですもの。
先生様は溜め息を吐いたあと、よっこらせと立ち上がり、言った。
「戦いなれてると言ったが、本当に慣れてるな。確実に勝算のあるほうを選ぶ、いい判断力だ。……うん、合格、試験クリアだよ」
私は満面の笑みを浮かべた。
「――っと、戦い終わったのは俺達が先みたいだな?」
「え? ……あっ!」
その言葉で思い出した私は、すぐさま振り返る。戦いに集中していたせいか、魔王様のほうを伺う事、すっかり忘れていた。
私はヒヤリとする背筋を無視しながら、魔王様へと視線をやるのだった――