友達を作るにはどういう返しをすればいいんですか?
余計な事を言わずに黙った私を褒めてくださった魔王様は、若干残念そうに猿ぐつわを懐にしまわれた。うん、ホント残念そうに。相当この場で使いたかったのでしょう……魔王様は一旦しまわれた猿ぐつわを取り出し、何故か問答無用で宰相様に取り付けてらっしゃいました。理不尽すぎる。
宰相様は涙目かつ恨みがましく私を見据え、強制無言を強いられ――魔族学園の生徒様から絶大な注目を浴びた。
「よし。次は教室とやらを覗くとするか」
「……楽しそうですね」
「まあな。我が輩は学園に通った事がない。だから気になるのだ」
私はそれを聞き、なるほど……と納得する。
「では、魔王様が通えばいいのではないですか? 別に無理して私を入学させなくとも、魔王様の力さえあれば変身くらいして自分で――って、お仕事があるから無理ですよね」
「……」
「……? 魔王様?」
「そうか……その手があったか。ふはははは! よくぞ思い付いたなレフティよ!」
……!?
この世の終わりを見たかのように、私は愕然とした。
だって……魔王様が魔族学園に入学、だと? なんでだろう、たったそれだけの言葉なのに身体が震えるのは。まるで本当に世界の終わりを目の当たりにしたかのような震えである。それにしても……、魔王様がこの冗談を真に受けるとは思わなかった。私の軽い冗談がまさかこの学園の破滅を促す事になるだなんて、まったく予想打にしていなかったよ。
私は震えながら宰相様を伺った。宰相様は私と同じく、この世の終わりかの如く顔面蒼白で、こちらを伺っている。それはもうもぎ取れる勢いで激しく首を横に振っており、“このままではマズい!”とでも言いたげなご様子だ。私達は同じように震える。違うのは猿ぐつわだけでした。
「ふはは! さっそく学園長に言って、仮入学をさせてもらうぞ。よし、レフティも仮入学をするか」
「もごっ! もご、もごごっ! もご!!」
「なんだシックス、貴様も入学したいのか? 仕方がないな」
「もごーっ!」
ちがーう!!
宰相様、心の叫び。
「よいぞよいぞ! まったく楽しみだ! ふはははは!!」
……そして。私と宰相様は魔王様に引っ張られながら、学園の姿を目に焼き付けるのでした。
――――……。
数十分後。私達二人と化物は――おっと間違えました。私達三人は、ビビりまくる学園長様から難なく仮入学の許可を得てまさに今……案内された特別クラスの教室内にて生徒様達に紹介されている。そして、魔王様が魔王だと言う事を知っているのは私と宰相様、そして学園長様だけ。
つまり。
それを知らない人達が……“いつ地雷を踏むかわからない”、という事になるのです。今私達の身の上紹介を未だしてくださっている先生様も、生徒様も、もちろん知らない。魔王様が“忠実”とか“忠誠”といった言葉に、敏感なのを。
私は危惧する。絶対、絶ーっ対、嫌な事がおこる! ……と。
「――と、こういった経緯で仮入学をされた。魔王様の弟君、ロームファクター大公の奥様の血縁だそうだ。しばらく一緒に授業を受けてもらうから、仲良くするように。じゃあそれぞれ自己紹介を」
「はい。――ただ今ご紹介賜りました。僕は、ダブリュー・ウルフリックと申します。よろしくお願いします!」
ニッコー、と。
いかにもキラキラオーラを発したように笑った、魔王様。すごい、発光した。眩しい。全身に鳥肌が立つような身の毛のよだつ瞬間に、私はただ硬直するばかり。しかし――というかやっぱり、隠れたところで制裁だけは忘れない魔王様だった。抓られた腹が痛いです。
そんな、早くも苛めっ子生徒になりつつある魔王様に促され……私と宰相様は続けて自己紹介を始めた。
「あっ、私はミリーナ・ウルフリック……です」
「えー……ダイス・ウルフリック、です」
「僕たち兄弟妹で学びに来ました。僕が一番上で、ダイスが二番目、ミリーナが三番目です。仲良くしてください!」
したくねーっ!!
間違っても魔王様と仲良くはしたくねーっ!! ……心でそう通じ合った私と宰相様でした。
っていやいや、それ以前に兄弟妹にもなりたくないんですけどね。大体こんな似てない兄弟妹おりますか!? 変身したとはいえ、魔王様は幼くなっただけで全然面影が残っておりますし……ダイス様も然りで、ちょっと幼くして髪や瞳の色を変えただけ。お二人とも顔が整っており覚えやすい顔をしてらっしゃいますので、知っている人がいらっしゃったら間違いなく……隠し子伝説が生まれてしまうと思います。前代未聞の事態になりますよ、これ。
あ、ちなみに私はそのままでございます。まぁ私はお二人と比べて顔が知れているわけでもないですし、万が一を考えても誤魔化しは効きます。
――私は隣りでにこやかに笑う、幼い魔王様を見つめる。私よりちょっと上に見えるその姿に、少なからず私はキュンとした。
もしもだ、魔王様が普通に学園へ通っていて……私も通っていたら。そう思うと、とてもドキドキする。それは甘い夢というドキドキでもあり、地獄のような夢と兼用のドキドキでもあるのだが。ああ、一度考えたらなかなかその想像が止まらない……。
『おはよう。今日もさえない顔だな、レフティ』
『あ、おはよう! 今日も外道だね!』
『ふはは、吊すぞ?』
『サーセン』
怖ェ、魔王様チョー怖ェ。いくら同い年に変換しようと一番重要な部分が変換されないではありませんか……魔王様。ただの妄想だから、かなり失礼極まりないけれど。まあ、当たらずしも遠からずだろう。
……ハイ。
毎度の事ながら抓られました。まさに地獄耳。いててっ。
「――で、レフティちゃんは養子で人間だ。ちゃんと配慮を怠らないように、以上。模擬試験がすぐ始まるから、準備してすぐ演習場に向かえ」
それだけ言うと、担任の先生様は早々に去っていってしまった。席はどうやら好きに座れとの事だったので、困る事はないでしょう。
困るのは、この方――魔王様だけ。だって聞きましたか? “模擬試験をやる”と爆弾発言を残して去っていったんですよ、あの先生様は。魔王様にもやらせるのでしょうか……やらせるんでしょうね。まさかこんな早くに学園崩壊が迫り来るなんて思いもよりませんでした。ああ、大変です。
まあ……案の定、というか。魔王様は満面の笑みを浮かべ、宰相様は極寒の地にいるかのような白さでした。
――魔王様は次々に寄ってくる生徒様に囲まれて、姿が見えなくなる。そんな様子に油断も出来ず、私はヒヤヒヤするばかりだ。……でもまぁ、しかし。やはり魔王様は人気者。性格さえなんとかすれば誰もが寄って来るお顔ですものね……損なお方だ。
おっと殺気が。
「――えっと、あの、ミリーナちゃん?」
「……え、あ。はいっ!」
ふいに掛けられた声に驚き、私はビクリと返事をする。振り向いた先にいたのは……一人の、可憐な少女だった。
その少女は――綺麗とか可愛いとか、そういう褒め言葉が似合わない方で。だからといってそれは、整っていないという意味でもない。なんと言いますか……、儚い感じ、だと思います。つついたら折れてしまいそうな、守りたくなるような印象を与える。
可愛い? 綺麗?
……違う。当たってもいるけれど、なにか違う。やっぱり“儚い”という言葉が似合いそうなお方だ。
……少し見つめすぎたのだろうか。少女は照れたようにはにかみ、その真っ白な頬をうすピンクに染める。その様子があまりにも可憐で……私は魔王様以上の“キュン”をいただきました。そして何処からか来た殺気で、私の胃がすぐさま“キュン”となる。しかし今だけは意地でもスルー。
少女がはにかみながら発する言葉に、私は真剣に耳を傾けた。
「あ……わたし、メーリンって言うの。このクラスで人間の女の子って、わたしだけで……。それで、よければなんだけど……その、仲良くしてくれませんか?」
……!!
私はその言葉に、一瞬で感動の涙を流した。
「えっ!? あ、そ、そんなに嫌だった……? ごご、ごめんね……」
「ごめんだなんてまさか! もう喜んで!! いいえむしろ土下座をしてでも私が頼みたいくらいで……!」
この瞬間、私はすっかり魔王様の事なんてどうでもよくなってしまいました。きっと宰相様はそれを見て焦ったでしょう……“仲間が消えた!”と。
――本当に土下座を始めようとした私。それをメーリン様は驚きながら止め、苦笑していました。……ああ、なんて癒されるんでしょう。ここ、絶対マイナスイオンが充満してますよ。ちなみに魔王様のまわりは絶対零度といわんばかりの冷気しかありません。
……いや、魔王様の事など今はどうでもいいのです。今重要なのは、私に友達が出来るか出来ないかの問題なのですから。
どうしましょう。まさか、こんな夢見た日常が現実になりうるかもしれない事態がおきるだなんて! ま、まさに想定外……。失敗しないためには、どんな接し方がいいのだろう? 私にはそれすらわかりません。
――なにを言おうかテンパっていた私。でも、そんな私に一つの救いの手が。
……その人とは。
「――僕の妹は、ちょっと口下手なんです。でも慣れれば滑舌で面白い子だから……こんな子でよければ、体験入学が終わったあとでも仲良くしていただけませんか?」
ふわりと香る、その匂い。これは見なくてもわかる――魔王様の香りだ。
魔王様は優しくほほ笑みながら私を見て、メーリン様に続けて言った。
「ミリーナは、養子である事に引け目を感じています。僕はもちろん気にしていませんが……是非どうか、この子の良き理解者になってやってはくださいませんか?」
「ええ、もちろん! 私も人間のお友達が欲しかったので」
「――だとさ、ミリーナ」
瞬間。
私は潤みそうになる瞳に力を入れ、なんとか涙を我慢した。
……何に対して泣きそうになったのか、と言われると、困ります。もちろんメーリン様が迷いなく“もちろん!”とおっしゃってくださったのも、嬉しく思いました。ですが……。
私が一番泣きそうになったのは、この魔王様がそう言ってくださった事に対して、です。
魔王様はおっしゃられていました。自分は学園になど通った事がない、と。それはもちろん私も同じです。ですが……、それでも魔王様は私を配慮してくれた。私に、“友達が作れるような環境”を、作ろうとしてくれたんです。
私はしみじみ感じました。何故魔王様は、私にそんな優しくされてくださるのでしょう……と。自分を重ねて? いえ、魔王様はそんな事いたしません。“重ねる”だなんて、魔王様はしないのです。
だって魔王様は……“同情”をしないのですから。同情ではない優しさを持っている、私はそう存じ上げています。
「――ミリーナ? どうしたんだ」
魔王様が、私を見つめた。
ああ……私やっぱり好きです、この方が。たとえ結ばれなくとも――私はどうしても、“愛して”しまいました。何故報われないのでしょう? それを考えてしまったら止めどなく気持ちが溢れてしまいそうですが……でも、この気持ちに蓋をする事がなかなかうまくできません。
どうして誰もこの気持ちを認めてはくれないのでしょう? 死にそうなくらい辛い、この想いを。私は何故……人間なのでしょう。
――本当に少し心配した表情になる魔王様に、私はほほ笑みを浮かべた。
言えない、言ってはいけない想い。それでも私は大丈夫です。もし限界だと感じたら……その時は、潔く魔王様の元を離れますから。そうする事で、魔王様に余計な重荷を背負わせないようにいたしますから。だから、それまでは――。
「――お兄ちゃん、ありがとう」
「!」
「……へへ」
今、私が言えるのは……この感謝の気持ちだけ。たった五文字の言葉には、計り知れないほど膨大な想いが詰まっている。それに魔王様が気付く事は絶対にないでしょう……それでも私はかまいません。私だけが知っていればいいのですから。
魔王様は笑う――何故か少し、切なそうだったけれど。その意図に気付く事が出来ないのは、私がまだまだお子ちゃまだから。そんな魔王様に少し首を傾げながらも、私は頭を撫でてくれるその人に最高の笑顔を向けた。
「ふふ……仲がいいんですね」
「――ええ。悪口ばっかりで腹立つ子ですが」
「だってそれ事実……、ぐうっ」
静かに流れる時間の中。私は魔王様と、初めて出来たお友達――可憐で麗しいメーリン様の三人で、笑い合ったのだった。