そうさ今こそアドベンチャー
――暖かい春の日差し。全身にそれを受けながら、やはり私は今日も言うのである。
「いやぁぁああああっ! お助けー!!」
……魔王城から少し歩いた所にある、新しく出来た魔族専用の学園。私と魔王様、そして宰相様は……視察という名目でやって来ていた。そしてやっぱりこうなるわけである。
私は魔族学園の生徒の一人と、何故か練習試合をさせられていた。何故こうなったのかと言うと、まぁまず視察に来た理由からお話いたしましょう。
「――え? 私を、魔族学園に入学……ですか!?」
毎度の事ながら私は朝早くから執務室にて、魔王様の必殺・関節技を掛けられていた。その途中で知らされる内容――それが、私の魔族学園行き。もちろん突然のことで何が何やらの私は、オロオロとしながら宰相様を伺う。どうやら宰相様も初耳のようで、ひどく困惑してらっしゃいました。
「そうだ。決まってはないが……入学するかどうか視察に行く、ということだな」
「はあ……なるほど。つまり、“ぶっちゃけ仕事だりーから視察という名目でちょっと息抜きしてこようかなぁ”、という事でしょうか?」
「ふはは、なにを言ってるかわからんぞ下僕よ。そんな貴様にはさらなる恥辱を与えてやろう」
「嘘ですゴメンナサーイ!!」
さわらぬ神に祟りなし。まさにこの事。……いや、“神”ではなく“魔王”なのですが。ハハハ、魔王様が神になるなんて世界の終焉ですよね! まったくバッドエンドもいい所です。
こんな外道な神様なんて誰も信教しな――ぐほはぁっ!!
「ん? どうしたレフティよ。言いたい事があるならば顔で言うのではなく、口で言え」
「ふぐぅっ……! 顔でわかる時点でおかしいれふ……」
ていうかその顔もたった今踏み付けられて再起不能になったんですが……なんて文句を考える前に、掲げられた剣により、それは霧となって消えた。もうホント怖い、魔王様マジ無理怖い。
「さあて、さっそく準備をして行くとするか。シックス」
「えっ……!? し、しかし魔王様、仕事は――」
「む? すまんよく聞こえなかった。なにか問題でも?」
「なんでもございません。速やかに視察に行きましょう魔王様」
弱ェェエエッ!
男ならもう少し粘ってください、宰相様!!
――と、まあ。上記に戻るわけなのだが。こんな感じで私達は魔族学園にやって来て、おわかりのとおり魔王様の鬼畜余興が始まり、私は学生と戦っているわけでございます。戦い初めて、かれこれもう三十分。本物の剣、もちろん鞘無しです。
真剣で真剣に戦う……あ、ちょっと今の面白っ――。
「ぎゃぁああああっ! ちょ、魔王様それは危ないですマジで!!」
「すまんな。今何故かつまらんギャグが聞こえた気がして、かなりイラッときたのだ」
心で呟いたはずの、センス最高だった剣ギャグ。それに盛大なツッコミをしてくださった魔王様は、とても楽しそうな笑みを返す。
……魔王様の愛刀“陽炎”が、早くも学園に傷を付けました。
「それより、いつまで受け身をとっているのだ。さっさと攻めんか! 実につまらん」
「いつも受け身な私に攻めろなんて無茶な!」
的を射た答え、だと私は思う。
「ひいっ! あぶなっ!」
「レフティ殿、ファイト!」
「物陰に隠れず応援してくださいませんか宰相様ぁー!?」
――私の対戦相手である、この学園の生徒様。魔族と思いきや実は人間なのである。魔族学園とは名ばかりで、人間との仲を深めるために建てられた、言わば交友の証。半分以下は大体人間で、留学生といった形でこの学園にやって来ているのだ。
ところがどっこい。人間とはいえ魔族と共に勉強出来るほどの秀才しかいないこの学園。普通の人間と思って戦ったら、もちろん痛い目を見ます。魔力も人間のそれでなく、魔族には及ばないものの人間レベルでは遥かに上……つまり根っからの天才達なのです。
そんな方と、私は今戦いをしている。しかも剣で。本物で。真剣で。
――若干相手の疲れが見え始めた頃、私はチャンスとばかりに一気に踏み込んだ。これでも体力は、対魔王用に通常よりレベルアップされているのである。三十分? ハッ、笑わせないでほしい。本気を出せば、このくらい丸一日私は体力が持つでしょう。
剣術がダメでも避けるのは得意……そして体力は魔王並! 鍛えられ方が切ないものの、これはある意味好機なのです。私は一気に踏み込んだあと、一瞬の隙をついて相手の剣をはじき落としました。そして拾われないよう足で蹴飛ばし遠くへやって、すぐさまその首元に刃を当てる。
……勝負アリ、です。
「まっ……まいり、ました」
「……ふう」
私は肩の力を抜いて、剣を鞘にしまう。
……が、しかし。
「隙アリ!」
「甘ぁーい!!」
「ええええっ!?」
飛んで来た拳をサラリと避けながら、いつもは掛けられているだけの関節技を、私は生徒様にかけた。……体力もあれば逃げるのだって得意。私がどうしてそんなに上達したのか、皆様お忘れだろうか。
そう! 私はあのズル賢こさナンバーワンの極悪非道魔王様に育てられ、ありとあらゆる状況にて罠を掛けられて参りました! そんな私が一介の生徒様なんかに、隙を見せる……? 馬鹿を言ってはいけません。魔王様がいつ、どこで、どんな風に耳打ちをしているかわからないのです……この生徒様に、「隙を狙って殴れ」とね!!
私はなるべく痛みが残らない程度に、持参した縄で生徒様を縛り付けた。その縛り方のなんて滑らかで鮮やかな事……多分縄なら魔王様より、私の方が詳しいのではないのでしょうか。どこをキツくしたほうがよくてどこを緩くしても大丈夫なのか、そんなの掛けられている側――私にしかわかりませんもの。
……こんな所まで鍛えられてしまったというか、育ったというか。アレですよね、子は親に似る、みたいな感覚と同じだと思います。似たくはありませんが。
魔王様から飛んで来た生徒様の鞘を後頭部でキャッチしながらも、なお私は訂正せずに言います。似なくてよかった!!
「ふん――勝ったか。ま、当たり前だな」
「まったくもう……勘弁してくださいよ、魔王様。視察に来ただけなのでしょう? それで命落としたら笑えません」
「我が輩は笑う」
「ですよね」
殴られた。
「とにかく。人間の生徒のレベルがどんなものかはわかった」
「……それは何よりです」
「ところでレフティよ。どうする?」
「? ……どうする、とは?」
こてんと首を傾げる私に、横にいた宰相様が「入学の事ではないでしょうか」と呟く。
私は納得して、少し考えたあと……横に首を振った。
「いえ。……何故いきなり魔王様がそんな事をおっしゃられたかは存じ上げませんが、私個人は入学しようという気はございません」
「何故だ?」
「……と、言われましても……だって」
学園――もちろん少しは、憧れがあった。普通に家から通い、授業を受け、そして友達が出来て。ほとんどが当たり前のように過ごすだろうその風景を、夢見なかったはずがない。授業が終われば家に帰り、友達なんかを招待しちゃったりして。
でもそれは……“普通の家庭だったら”、の話だ。私はすでに両親を失っているし、なにより魔王様のもとで使用人をしている。それに学ばなくとも、必要な学問は幼い頃、すでにシクソン様や宰相様から学んでいるから問題もない。
私は想像した。今この状況――魔王城から、学園へ通う姿を。そして友達を家である城に迎え、魔王様に合わせる瞬間を。
『魔王様! こちら私の友達で――』
『ほう、ようこそ我が輩の下僕の友よ。ふはははは! 喜べ、貴様も我が輩の下僕にしてやろう!』
『ヤメテー!!』
……あ、無理無理。
つーかコレ友達いなくなっちゃいますから! ああ、なんて想像のしやすい未来だろうか。まったくこれだから魔王様は。拷問の底が知れてます。
「……む。今すごく失礼な事を考えたな」
「断言!?」
「さぁレフティ、今すぐその窓からバンジージャンプをしようではないか」
「言い訳をする余地すらない!」
くっ! 魔王様の笑顔が眩しい……。拒否するのも危険、飛び下りるのも危険とは。ああそうか、これがいわゆる“前門の虎、後門の狼”という状況か。……魔王様側の前門は、“閻魔”になるでしょうが。そうすると後門のが安全ですね。
――ああああっ!
でも命綱無しのダイナミックバンジーだけはご勘弁をぉぉおおおお!!
「ほうら。ちょうどいいぞ、下には花壇があるようだ……綺麗な花だな。まるで、でっかい宝島のように見える」
「そそそそうさぁー今こそアドベンチャー!!」
もちろん天国へ向かって。あ、ちなみに今のボケのネタは異国に伝わるという代表的アニメの主題歌でその名も――。
「ところでレフティ」
「んもうっ! 魔王様、なんでいつもタイミングバッチリで邪魔をするんですか!? ……え? まさか、本当に心を……」
「……」
「ええええっ!? なんで黙るんですか!」
「さて、行くぞ」
「ちょおぉぉっ!!」
も、ものすごく気になる話の逸らされ方だ。
しかし魔王様は、“これ以上追及したらその口を塞ぐぞ”と言わんばかりの雰囲気……ではなく、明らかにハッキリと猿ぐつわを手に持ちながら、私を笑顔で見つめていた。それこそ今突っ込んだらアドベンチャーな結果になるだろう。今ここでそんな事をされたら――する気はないが、入学出来なくなる。入学は出来ても楽しい学園生活にはならないだろう。
利口な私は素直に口を噤むのだった。