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外道で優しい魔王様  作者: 菊田 百合子
12/18

拷問の予感?





 ――まる一日。そう、一日中。鎖でグルグル巻きにされたまま、私は魔王様に担がれて……本当に夜が更けるまでシクソン様に追いかけ回されておりました。あまりの扱いにもちろん涙。せめて鎖を解除していただきたかったです。


 宿のベッドの上でぐったりしながら、私は呆然と自分の人生を呪った。それを気遣うようにするシクソン様や愉快に笑う魔王様は、まったく疲れた様子がありません。それに若干悔しく思いながら、酷い疲れにより私は死ぬほど脱力。


 まぁそんな感じで、ようやく鬼ごっこ――否、“魔王ごっこ”を終了させたのだが、お二方はひとまずとばかりに宿をお借りになられたのだ。そうして今に至るわけなのだが……シクソン様はすぐさまダーク・チェーンを解除してくださり、手慣れた様子でお茶を注ぎ、私に差し出してくださいました。そんな些細な優しさにも、今の私には感無量。ああ、魔王様にも見習わせたい! 


 ……いたぁぁああっ!

 魔王様、今何処から木刀を!?





 「これ、魔王様! 少女をかような物で殴り付けますとは!」


 「よいのだ。レフティは何よりも木刀を愛している」


 「どこの痴女ですじゃ!!」





 ナイスツッコミ!

 って私、褒めている場合ではなく。突き付けられた木刀の先端がかなり痛いです。それはもう、めり込む勢いで背中を抉ろうとしております。とりあえずシクソン様、ツッコミを入れる前にこれをどうにかしてくださいませぇぇえ!





 「ちょっ、痛っ、ままま、魔王様っ! ――アイタタタタタタタタ!!」


 「これ! 止めませぬか魔王様!」


 「チッ、本当に小煩いジジイだ。我が輩は可愛い下僕のために鍛練させているだけだ」


 「これはれっきとした拷問ですぞ! 少女に向けるものではありませぬ!」


 「ふん。手加減はしている」


 「手加減の問題ではありませぬぞ!!」


 「ええい! 煩い! 黙ってろこのクソジジイが! カッチカチな脳みそめ!!」


 「んなっ、カッチカチとはなんですじゃ!?」


 「堅いという意味だ」


 「そんなことわかっておりますわい!」





 シクソン様は「むしろ儂の脳みそはドロドロですじゃ!」なんて言い返しながら、めんどくさそうにする魔王様にお説教をし始めた。いや、まあ、ドロドロもどうかとは思いますが。


 とにかく。すでに夜の空が明るくなり初めている時刻なので、本格的に私は眠たくなっていた。トーナメントやらパルクールやら、実際私はいつもの拷問以上に動いていたはず。疲れて眠くなるのも無理はないでしょう。私はお二方の口喧嘩をまるで子守歌のように、ゆっくりと眠りに落ちていく――。





 「……む。寝たのか、レフティ」


 「おやおや……ならば煩くしてはなりませんな」


 「煩いのは貴様だけだ」


 「ですからそういう……! ――おほん。とりあえず、神殿へ参りましょうぞ。お伝えしたい事がやまほどあります、魔王陛下殿」





 ――柔らかく頭に触れる、誰かの手。私はその温もりが誰なのか、知っている。究極の安心を得た私はへにゃりとほほ笑む。


 完全に意識がなくなる直前に、私は魔王様の匂いを間近で感じた……ような気がする。同時に唇に何か当たったとも。でもそれは多分、私が見たいと思った夢だからなのでしょう。


 ……かまいません。叶わぬ夢とて、それでも離れず貴方様の側にいますから。私は、絶対の自信を持っております……自分は魔王様の下僕だと。だから――少しだけ、休憩させていただきますね……。





 




 ――――……昼過ぎ。





 「いつまで寝ておる! このグータラな下僕め!」


 「っ――もう食べれませぇぇええええん!!」





 ……起きてから数秒、間をおく私。窓外に見える太陽は真上を向き、すでに昼時なのだということを教えてくれている。


 と、いうか。ああ、なんて酷い夢だったんでしょう。あまりの苦痛に悶絶しながら飛び起きてしまいましたよ……。普通、食べ物が食べ切れない夢って幸せなものですよね? なのに、なのに――。





 『ほうら、レフティよ。我が輩が“あーん”をしてやっているのだぞ? さっさと食わんか』


 『青酸カリとストリキニーネェェエエッ!!』





 ……と、まあ。どうしてそんな確信を持って言ったのかについては、夢なんだからと言えるでしょう。つまり毒を盛られそうに――というか、腹いっぱい食べさせられる夢でした。いや、ホント勘弁してください魔王様。精神が崩れるかと思いましたよ。


 夢にまで出て私を苛めたいのでしょうか、この方は。鬱になりそうです。





 「くだらん夢を見おって。なにが青酸カリだ。我が輩はあんなもので死んだりはせぬ」


 「やっぱり夢にまで介入を!」


 「さあ? 我が輩はなにも知らんぞ。シチューにストリキニーネを盛って貴様に食べさせようとした夢など、まったく知らん」


 「確信犯だーっ!」





 まさか魔王様に、夢にまで介入できるお力があろうとは……。いえいえ、なんでも出来るデタラメなお方ですから、ぶっちゃけ不思議ではないのですが。むしろ出来る事に驚いたというより、とっても納得でございます。本当にデタラメな力にデタラメな性格だ。


 ……などと考えたりするから、私は結局窓から落とされそうになるという、危険な日を迎えるわけなのだが。





 「ごめんなさいごめんなさいすいません申し訳ありませぇぇえん!!」


 「ふむ、わかればよい」





 身体全体で息をしながら、私は床に手をつく。起きてすぐにこんなハッスルをするとは思わなかった。


 ……ああ。ホント、生きる事のありがたみはきっと誰よりも、私が理解しているのではないのではなかろうか。16歳という身空で何故そんな重い事実を理解せねばならないのでしょうとは思うけれど。


 ――魔王様はくたびれたように、一度ソファへ腰をお掛けになった。そして、手招きをして私を招く。


 ……満面の笑みで。





 「……っ」





 こ、これは……。

 凄まじい拷問の、予感っ……!?





 「なにをしている。さっさと来ないか」


 「え……いや……あの、ですね……」


 「怖がる事はない。ただ魔力が溜まってしまったから、貴様を呼んでいるだけだぞ? ……ふはははは」





 何故最後に笑う!?

 今確実に不要な笑みでしたよね! ……これは相当イライラしていらっしゃる様子だ。よく見れば外掛けを羽織ったままのお姿なので、多分ついさっき戻ってこられたということになる。つまり、それまで出掛けていたということ。


 いったい……何があったのでしょうか。


 ――私はそろりと、魔王様へ慎重に歩み寄る。何が起きるのか、それが恐ろしくて素直に歩み寄れない。未だ笑顔を貼り付けたままなので、不安はさらに倍増だ。心臓がバクバクと嫌な鼓動を激しくする。





 「遅い。吊されたいか、早くしろ」


 「よよよ喜んでー!!」





 居酒屋の店主にも負けないくらいの発声でした。





 「ふむ、座れ」


 「あ、はい」


 「違うそこではない。ここだ」





 向かいに座ろうとして、私は魔王様に止められる。


 ……魔王様は綺麗なお膝を叩いていた。





 「……」


 「早くせんか」


 「ひいっ! はは、はい……」





 ……無理矢理、というのは毎回のこと。


 しかし……呼ばれて自ら座るのは、多分幼少の頃しかしていないのではないのでしょうか。そう思うと本当に幼い頃というのはまったく恐ろしい。真の勇者は過去にあり、ですね。なんてカッコつけてみるものの、だからといって今この状況に対する勇気が増えるわけでもなく。


 私はドキドキしながら、ゆっくりと魔王様のお膝の上へと腰掛けた。後ろから魔王様の腕が伸ばされ、ぎゅっと抱き締められる。


 しかし――どうしたのだろうか? てっきり拷問が待っているのかと思いきや、魔王様は普通に魔力を奪わせているだけ。しかも心底疲れているような、残念がっているような……そんな気配さえする。なにが魔王様をそうさせているのだろう? 私の勘違い、ではないと思うのですが。


 ――魔王様は小さく溜め息を吐いた。そして、ボソリと言う。





 「……ダメだったようだ」


 「! え……?」


 「人間を魔族にする方法、だ。数百年も前に失われていたらしい。一度賊に盗まれかけて、奪われんように消滅させたらしい。……シクソンがそう言っていた」





 その言葉に私は、おこがましいのだけど、魔王様も私を魔族にしたかったのかな……? なんて思った。


 ただ、過度な期待は禁物。私はなるべく当たり障りないように……と、魔王様にほほ笑みながら言った。





 「私は人間でいたいので、いいですよ。魔王様ってば私の意見も聞かずにかってに決めてしまうんですから」


 「……」


 「……私は人間です。だから絶対、魔王様より早くこの世界から散る事になるでしょう。もちろん魔王様に長くお仕えはしたいですが――でもやっぱり、人間として魔王様に出会ったのです。それで出会ったまま、私は命を手放しましょう。ご安心ください。……魔王様に絶対の忠誠を誓っているのですから、“最後”まで――私は魔王様の側にいます」





 たとえ、アイリーン様を娶られたとしても。ご子息が生まれたとしても。……私を、一番にしてくださらなくても。私にとって魔王様は――母であり父、兄妹であり友人、恋人であり……旦那様なのですから。





 「……ふん」





 きっと、その気持ちが伝わったのでしょうか。


 魔王様は私を抱き締める力を少し強くしながらも、私を我が子のよう――そして宝物のように。私を、包んでくださいました。





 「レフティ、飯を食ったら城へ帰るぞ」


 「私の鍛練はもうよろしいのですか?」


 「よい。この町にも飽きたし、鍛練など我が輩がかせばよいのだから」


 「うぐっ……それはそれで嫌です……。あ、やっぱり私ここで鍛練を! あのっ、お友達もいますから!」


 「……何故そんな切なくなる嘘を吐くのだ……」


 「うわぁああああん魔王様のバカー!!」





 ――こうして、魔王様とのちょっとした旅は終わった。「旅をするのもいいな」、なんて呟かれる魔王様に苦笑しながらも、私は「早く帰りましょう。宰相様が泣いてしまわれます」と言って、英雄ベッフェの地から去っていく。


 帰る途中に見つけた小さな町の店で昼食を食べ、談笑をし、また虐待されたりして。でもやっぱり、魔王様は優しいから、たまに撫でてくれたりして。


 ――さて。

 明日はどんな苛めが待っているのでしょう? 出来ればヤワなもので済めばいいです。






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